047

「怪しい集団が北海道から南下してる? え、それわかってるのに途中の退魔の家や警察は何もしないの?」


 6月も半ばになり、エマとエアリスの訓練もかなり順調だ。

 少なくとも2ヶ月は鍛えることができた。4月の時点で襲われるよりもよほど守れる可能性は上がるだけの連携も取れるようになった。

 本人たちは戦うより自身を守り、逃げることを主に鍛え上げたが、通常の体術や武器の扱い、魔法の練度なども上がっている。


「怪しい集団が居るだけで襲撃は掛けられないでしょう。それだと付近の勢力すべてが敵になりますよ。監視くらいはしているでしょうが」


 葵はレンの疑問に答える。


「でもほら、退魔の家に認められてない集団とか怪しさ満載じゃない?」

「ですが実害もないのに先制攻撃を仕掛けるのは色々と問題になるので、あまり聞きませんね。あと一般の警察では術士は止められないでしょう。走るだけで車より速いですからね」

「あぁまぁ一般警察には期待してないよ。いくらでも撒く方法あるからね。でも情報が入って良かった。しばらく家の事情ってことで学校は休みにして、奥多摩に籠もろうか」


 情報をよこしてくれたのは麻耶ではなく斑目家だった。縁のある退魔の家が怪しげな術士集団が関東方面に向かっていると教えてくれたというのだ。

 どうやってエマたちの位置を特定したのかはわからないし、なぜ北から向かって来たかなどわからないことは多いが、来るということがわかっているならば迎え討てる。


 奥多摩の土地には大きめの小屋が最初あっただけだが、今は迎え討つ為に様々な仕掛けが施してある。

 玖条ビルにもイザベラやヘレナの意見も取り入れて防備を強化しているが、戦闘を行うなら人の居ない場所で行うのが良い。

 ただ相手の正体は未だわからない。組織の目的や名すらわからないのだ。

 再度狙ってくるということはエマかエアリス、もしくは両方に執着しているのは確実であるので、ここで殲滅してしまわないとエマたちの安全は担保されない。


「良かった。学校に襲撃されるのが1番嫌だったからな」


 レンの最悪の想定はエマかエアリスが通っている学校に襲撃が掛かることだ。

 一般人の命など何とも思っていない連中なら目標以外を皆殺しにしてでも確保しにくるだろう。

 もしくは街中での無差別な攻撃に紛れて攫われることだろうか。


 レンは探知用魔道具を街のあちこちに配置していたし、如月家などの応援も頼んで奇襲されることはできるだけ防ぐようにしていたが、それでも完璧というものはない。

 相手が集団ではなく強力な個人なら特定するのは難しい。

 数は力ではあるが、隠密性を考えるなら最強の術士が1人で突撃してくる可能性もあったのだ。


「葵はどうする?」

「当然ご一緒します」


 葵は玖条家の保護下にあるとは言え、レンの部下でもないし、エマやエアリスの護衛を請け負った訳でもない。

 レンが彼女たちを守る依頼を受けたので自発的に手伝ってくれているだけだ。

 単純にレンの傍から離れないとも言う。

 レンはアーキルと望月重蔵にエマとエアリス、イザベラも連れて移動することを指示するメッセージを送り、自身も即座に移動する準備を整えた。


「私も行っていいかしら」

「え、水琴は今回の件に関係はないし危険だよ」

「そうだけど放っておけないわ。それにレンくんには2度も助けられてる。恩を少しでも返したいの」


 そして意外なことに水琴も助力をしたいと言い出した。

 レンに取っては予想外だが、断るほど強い理由はない。


(いざとなったらカルラとクローシュに葵と水琴も守って貰おう)


 レンの切り札は2体の従魔たちだ。エマとエアリスの護衛も蒼牙と黒縄が主ではあるが、最悪の事態では彼らにお願いするつもりでいたのだ。

 そして護る対象が2人から4人になったところで彼らにとっては小さなことだ。

 危険が迫った場合は問答無用で護るように念話で指示をしておく。

 エマもエアリスも、水琴も葵もカルラやクローシュに互するどころか逆らうことすらまだできない。

 レンはそう考えて、水琴の同行を認めた。



 ◇ ◇



『本当に日本まで追って来るのね。一体何が目的なのかしら』

『あんまり愉快な理由ではないだろうね。魔女の殺人ではなく誘拐なら何らかの儀式の生贄なんかが目的だろうし、もしくは何かの実験材料?』

『ちょっと不安になること言わないでよ』

『言葉を飾っても現実は変わらないよ。どの道僕たちは君たちを命懸けで護る。エマたちも訓練でやったことを思い出して、焦らず指示にしたがってね』

『分かってるわよ』


 エマは不安なようで言葉が弱い。

 イザベラやヘレナから聞いたが魔女は魔女ネットワークを構築していて、情報交換は頻繁に行われているらしい。

 そして魔女狩りと言って良い連続魔女失踪事件はある時を境に落ち着いたと言う。

 それを聞いてレンはエアリスたちが狙われることはもうないのでは、とちょっとだけ期待したのだが状況はそう甘いものではなかったようだ。


 レンが魔法などを駆使して作り上げた拠点は様々な術や魔道具が設置されていて、探知結界も防御結界も張っている。物資も1月は籠城できるほどあるが、流石に1月も襲って来ないということはないだろう。

 いつ襲撃者たちが来るかはわからないが、少なくとも普通に学校に通っていたりビルに引きこもるよりは安全度は高い。

 ビルも警備レベルは高いが逃げ道の選択肢が少ないのだ。さらに一般人に迷惑が掛かる可能性が高い。

 待ち伏せできるならば人気のない奥多摩の土地の方が都合が良い。


 エマとエアリスを逃がす際は別個に逃がす予定だ。護衛対象は2人共なので一緒に守った方が効率が良いが、相手のターゲットを特定したいという理由がある。

 姉妹2人ともがターゲットなのか、どちらかが目標なのかに寄って対応も変わってくるからだ。


『今はゆっくり休もう。休める時に休むのは大事なことだよ』

『でも、眠れそうにないわ』


 夕方を過ぎ、夕食を終えて風呂は無防備になるので魔法で身体を洗うことにする。

 黒縄はローテーションで周囲を警戒しており、蒼牙は拠点内の防御を担当している。

 全員フル装備で出迎え準備も万端だ。


(時間を置かれるより今日明日に襲って来てくれた方がいいんだけどな)


 いつ来るかわからないというのは精神的に不安になるものだ。

 どうせくるなら早く来て欲しい。


『とりあえず柔らかいクッションに横たわって目を瞑っているだけでもいいよ。探知や警戒はこっちがしているから、エマとエアリスはしっかり休んで』

『わかりました』


 エアリスも不安に思っているのだろう。エマと違いどちらかというと口数が少なくなり表情が暗い。

 結局その日の夜は襲撃はなく、エマやエアリスもいつの間にか寝てしまっていた。

 レンや葵も就寝する。

 少なくとも半径5kmに大きめの魔力反応があればすぐにわかる準備がしてある。眠れる時に眠るのは大事なことだ。



 ◇ ◇



「警察の部隊が壊滅した?」

「えぇ、問題の集団は1度レンくんのビルの近くに現れて、奥多摩を目指したそうよ。そこに警察の特殊部隊が追いかけて襲撃したそうなんだけれど、蹴散らされたらしいわ」

「警察の特殊部隊って弱いんですか?」

「そんなことはないわよ。少なくとも中堅の退魔の家の精鋭くらいは備えているはずよ。20人の部隊が壊滅したのを如月家の監視員が確認したわ。相手も20人くらいでいろんな人種が混じっていたわ。黒人の大男が大暴れしていたわね。そしてそのままレンくんたちの拠点に向かっているわ。どうやって場所を特定しているのかしら?」

「それは僕もわかりません。でも情報ありがとうございます。来る方向と人数がわかっただけで助かります」

「えぇ、無事に帰ってきてね」

「善処します」


 麻耶との連絡を終えて警戒レベルを上げる。


 〈魔力探知〉を広げると確かに南方で魔力の残滓を感じることができるし、魔力持ちの集団が近づいて来ているのがわかる。


(まずいな、思ったより強そうだ。それにこっちの反応はなんだ?)


 レンは予想よりも相手の力量が高そうなことに冷や汗を垂らす。全体の魔力反応も高いがソレ以上に脅威がある。

 なにせ1つの反応が少なくとも大水鬼レベルなのだ。

 そして同時に別の集団も発見した。襲撃者だと思われる集団は南方にいるが北東からも近づいてくる集団が居る。

 挟み撃ちだろうか。それにしては動き方がおかしい。


『北東と南方から集団が近づいて来ている。挟撃なのか別組織なのかは不明。少なくとも南方の集団はかなりの脅威度の術者が居る。逃走ルートはC、Eルートをメインに組め。とりあえずココで迎え撃つ。エマたちを先に逃がすとそっちに向かわれる可能性があるからな』

『『『アイサー』』』


 野太い返事が聞こえたと同時に全員が戦闘態勢に入る。

 エマとエアリス、イザベラはすぐに逃げ出せるが防御性能の高い部屋に隠している。


(挟撃にしては進むスピードが違うな。追い込み猟という感じでもない。全く別の勢力か?)


 警察を壊滅させたという勢力はまっすぐこちらに向かっているし、スピードも一定だ。

 だが北東の勢力は速度と距離から今のままでは挟撃にもならない。

 ただ魔力持ちの移動能力は脅威だ。数kmなんて一瞬で走破してしまえるので距離と現在のスピードだけで判断はできない。


 そうこうしているうちに南方からの集団がレンたちの拠点に近づいてくるのが見えた。



 ◇ ◇



『全員待機。警戒レベル7』

『お、おいっ、ボス』


 レンは指示を出して向かってくる集団に向かって歩き出した。

 視認できるほど近づいたことでわかったことがある。そしてレンは今まで立てた作戦はとりあえず放り投げて、自分1人で対峙することにしたのだ。


 その動きには味方だけでなく相手も意外だったらしく、拠点から1kmくらいの場所でレンとの距離は声が聞こえるほどの距離になったが攻撃を加えてくる気配はない。


『話がある。言葉は通じるか?』


 とりあえず英語で語りかけてみる。


『わかるがイタリア語の方が良いな。どうだ』

『それで構わない』


 欧州のマイナー言語は流石にまだだが、メジャー言語は大体はすでにレンは習得している。

 エマたちと話す時は西スラブ語を使っているし、イタリア語も幸いなことに理解できるし話せるようになっている。


 出てきたのは黒ローブを羽織った初老の男だった。かなり痩せていて背が高い。そして瞳には狂気が浮かんでいる。


(狂信者の類か。厄介だな)


『話とはなんだ』

『聞きたいことがいくつかある。お前たちは目的をすでに達したんじゃないか? なぜまだ彼女たちを狙う。それともどちらかが特別な存在なのか』

『そんなことか。しかしなかなか目ざといな。そうよ、我らが求めるのは小さき方だ。彼女は我らが主に必要な贄なのだ』


(狙いはエアリスか。だが合点が言った)


『その力を得て何をする。復活、召喚が目的ではないのか』

『当然主を貶めた奴らに鉄槌を落とし、更に神殿を建てるのよ。主の復活を祝してな』

『そのためにはエアリスが必要だと?』

『名など知らぬ。種子を抱く子を得ることで主の力はより強力になる。今はまだ完全ではない。これでは教会の勢力にいずれ捕まってしまうだろう。そんな暴挙は許されん』

『幼い少女たちを犠牲にするのは暴挙ではないのか?』

『必要な犠牲というものよ』


(やっぱり狂信者は話が通じるようで通じていないな。だけど……)


 レンはこっそりと笑った。レンの予想は当たっていた。そして目の前の初老の男と話している間に目的は達せた。

 まだエアリスやエマの安全が確保できたわけではないが、直接戦闘になるよりはよほど良い結果になりそうだ。


『おい、何をうだうだ言っている。早く小娘を出せ。そうすれば見逃してやる』

『声の大きな阿呆だな。誰が渡すなどと言った。聞きたいことを聞いただけだ』

『なんだとっ!』

『落ち着け、アレックス。もう目的は寸前だ』


 警察を蹴散らした大柄な黒人というのはこのアレックスと呼ばれた男だろう。

 悪魔の力を得て調子に乗っているようだ。

 確かに魔力量は尋常ではないが、戦いとは魔力量だけでは決まらない。


『文句があるなら掛かってこいよ。それとも集団でないとイキれないのか?』

『あぁっ!? ゲイル、このクソ野郎をぶち殺していいよなっ。我慢ならねぇっ。このちびすけがっ』


 スラング混じりにアレックスが激昂する。


(うん、危なくて試せなかったけどこいつなら遠慮なく使えるな)


 黒人はローブを脱ぐと軍人がしているような装備をしていた。

 背にその格好とはそぐわない大剣を持っている。魔力を感じる良さそうな魔剣だ。装備もなかなか良いものであるし、溢れ出る魔力で強化されているのがわかる。


『ちっ、止まらんか。すぐ終わらせろよ。エイレン様を待たせるな』

『あぁ、すぐ終わらせてやるよ』


 ゲイルの言葉にレンが返す。その瞬間、アレックスがキレて大きく振りかぶって大剣を振り下ろしてきた。



 ◇ ◇



 エマは通信機から聞こえるレンの会話にギリと唇を噛み締めた。

 なぜかレンは1人で敵に向かい、話があると会話をしだしたのだ。そしてその様子はエマたちが隠れている部屋のモニターに監視カメラの映像にも映っている。


 そんな話は聞いていなかった。この拠点で防衛戦を行い、必要ならエマとエアリスを逃がす。そういう予定だったはずだ。

 イザベラも『どういうつもりだい』と声に出していた。

 そして相手が魔女狩りを行っていた奴らならば、エマの友人の魔女を狩った奴らだ。


 エマとエアリスの安全の為には相手の組織を壊滅させる必要があるというレンの方針にはエマは賛成だった。

 エマの知っているだけでも知り合いの魔法使いや魔女が数人は犠牲になっている。

 エマたちの力ではまだどうにもならないだろうが、レンやレンの戦力を使えばそれも可能に思えた。


 友人の仇が討てる。そう思っていたのになぜかレンはその憎い相手と会話をしている。

 だが会話の内容は相手の目的を聞き出すものだった。

 目的はエマではなくエアリスだったという事実が判明する。だが他の『目的を達した』という意味はわからない。


 そして黒人の大男が会話に割り込み、レンは煽り始めた。

 大男が剣を振りかぶり、そしてズゥンと音を立てたように地面に崩れ落ちた。

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