046

「警察の部隊とかって使えないのかな」

「レン様」

「ん?」

「警察に期待してはいけません」


 レンはGWの最終日は休日としてエマとエアリスたちには不用意に玖条ビルからでないように言いつけて自室から〈箱庭〉に移動してゆっくりとしていた。

 最近あまり〈箱庭〉に来なかったのでハクや眷属たちがレンに構ってほしそうに集まっているので、葵と水琴と共にエンの毛皮に背を預けながら眷属たちが近寄ってはレンに擦り寄り、交代しては擦り寄ってくるのを好きにさせている。


「そうなの? この前の自衛隊みたいに警察や公安も魔力持ちの特殊部隊とか持ってるんでしょ?」

「それはそうですが彼らは災害救助隊のようなものです。災害が起きなければ動きません。未然に襲撃を防ぐ……なんかを期待してはダメだと聞いたことがあります」

「そうなんだ。警察は犯罪を未然に防ぐのも仕事だと思ってたけど」

「私も聞いたことがあるわ。単純に抱えている術士の数が足らないんでしょう。もしかしたら助けてくれるかもしれないけれど、それを期待しては動いてはいけない。そういう感じじゃないかしら。キャッ。もうっ、すっごいベタベタするわね。確かに着替えておいて正解だわ」


 水琴が葵の主張を肯定する。最後の悲鳴は顔を舐められたからだろう。

 そのためにレンたちは汚されても良いように貫頭衣を着ている。

 従魔たちの舌はレンや水琴の顔よりも大きいのだ。舐められると顔だけでなく物凄くベタベタになる。

 レンは水魔法で汚れた水琴の顔を洗ってあげるが、さっきから山程集まって入れ替わり立ち代わり構ってと来るのでキリがない。


「楓経由で楓の父親に情報を流すってのはどうかな。斑目家や如月家には情報収集の依頼を掛けてるけど、国が動いてくれるなら楽な話だよね。お金が掛かるわけじゃないし」

「まぁ……やって損はないんじゃないかしら?」

「期待しないでやる分には良いと思いますよ」


 水琴と葵はその効果に疑問がありつつも否定はしない。

 レンは楓の父親が公安の特殊部隊を率いていることを知っている。今もその地位にいるのならば、日本に外国からの怪しい術士集団が来るかもしれないという情報は無視できないだろう。

 やらないよりはやったほうがマシかもしれない。とりあえずやるだけやってみようと思った。


「あ~、シャワーを浴びてから中庭でお茶にしようか」

「えぇ、シャワー借りるわ」

「お前たちももっとくるようにするから今日はこのくらいでな」


 相手される順番が回ってこなかった従魔たちは残念そうだが、流石に何百匹も一気には相手ができない。クッションになっていたエンはとても満足そうだったが。

 〈箱庭〉に居ると外の世界での襲撃に気付きづらいし連絡も取りづらいので最近はあんまり来られてなかったのだが、定期的に顔は出すようにしようとレンは心に決めた。



 ◇ ◇



「むぅ」


 藤森誠は娘の楓経由で得た情報を見て唸り声を上げた。

 今レンはチェコから逃げてきた術士を保護しており、更に国を越えて術士集団が追ってくる可能性が高いというのだ。

 川崎事変のあと横浜、川崎周辺の犯罪者集団の摘発を強めた。

 また、レンが玖条家を興してから周辺の犯罪組織の数が減った。


 レンは30人を超える戦力をあっという間に整え、それほどの規模ではないが着々と地盤を固めているのは知っていた。

 アーキルたちは指名手配はされていないが、彼らの入国に問題がないように密かに手を回したのは誠である。鷺ノ宮信光からそう指示されては聞かざるを得ない。


 しかし誠の情報網にもそのような情報はない。

 未だ入ってきていない名もわからぬ海外の犯罪組織にまで手を広げられるほど人員が居ないのだ。


「だが……」


 それとは別に下りてきた情報がある。

 それは政府、というよりも皇室が抱えている巫女集団、〈月読〉からの神託だ。

 それには近日に日本海から脅威となる神霊を連れた集団が日本に密入国するであろうことが書いてあるのだ。


 レンの守っている少女たちを狙う集団とこの神託の脅威が同じとは限らない。むしろ全く別の可能性が高い。

 だが届いた時期がほぼ同じということや、内容が似通っているのも事実だ。

 職務として気にせずにはいられない。

「念のため人員を回しておくか」


 誠はレンに個人的な恩はあるが仕事は別だ。

 そして神託は信用はできるが曖昧で具体性が低い。

 しかし神託が降りてくるということはそれだけの脅威なのだ。小さな事件では神託が降りてくることはない。

 今回は自身の職務の領分だ。そう思い、誠は部隊の配置を変えることにした。



 ◇ ◇



「レンくんは〈蛇の目〉に伝手はあるの?」

「え? いや、どんな組織かくらいしか知りませんよ。それもほとんど情報がないですが」


 レンは麻耶から連絡を受けていた。葵が静かにお茶を淹れてくれている。

 葵はレンがお茶好きだと知ってからお茶の淹れ方の研究も余念がない。

 レンは自分で淹れるのも好きだが葵のお茶も好きだ。

 今日は塩大福と煎茶である。


「あそこは秘密主義だからね。本拠が東北にあることくらいしか私たちも知らないわ。だけど異国の少女を狙う集団がこの地に来るってのはレンくんの言ってたあの子たちのことじゃない?」

「え、そんな予言が来たんですか」

「えぇ、一応依頼を受けていたからね。うちの情報網にはまだ捉えていないけれど、そう言った連絡があったから教えてあげようと思ったの」


 レンは〈蛇の目〉の連絡先も知らないし、どうすれば彼らの助力を得られるのかも知らない。

 今話している麻耶に聞けば教えてくれるだろうが、レンを危険な脅威として予言した組織だ。敵、とまではいかないがあまり利用しようと思う気持ちはなかった。

 それに予知能力者に思うところはないが、それを運用している者たちはあまり良いイメージはない。

 国であったり宗教組織が抱え込む事が多く、生活に不自由はないが外に出ることすら制限され、閉じ込められる籠の鳥にされる。

 希少な能力であるために自由が与えられることはほとんどないのだ。


「それで、いつどこに来るとかはわからないんですか?」

「残念ながらそれほど具体性のあるものではないのよ。ただ今すぐって感じじゃなさそうよ」

「そういうのはわかるんですね」

「大体だけどね。でもそんな遠い未来じゃないはずよ」

「残念です。せめて夏休みまで待ってくれたら良かったんですが」

「なんで夏休みなの?」

「単純に夏休みなら奥多摩に籠もって待ち受けられるじゃないですか。守るなら万全の防護を張り巡らせた場所に誘い込むのが1番です。それに一般住宅もあの辺りはありませんからね」

「なるほど。そうね」

「試験の時期と被られると試験を休んで追試になるのかなぁ」


 レンがそう呟くと麻耶は笑った。


「そうよね。レンくんは学生なのよね。なんかそういう感じがしないで話していることが多いから忘れちゃってたわ」

「夏休みって言った時点で思い出してくださいよ」


 麻耶と笑い合いながら、貴重な情報を得られたとレンは思った。

 相手が来るかどうかもわからないのと来るとわかっているのは大きく違う。

 精神的にもいつになるかわからない危機の存在はきついものだ。

 もちろん危機が来ないのが1番だが、来るならしっかり準備すれば良い。

 この1月半でなんとかエマもエアリスも動けるようになった。

 必死にレンの指示を毎日こなしているし、文句は言うが本気で取り組んでいる。

 それはもちろん自分たちの危機なのだからそうあるべきだと思うのだが、案外危機感のない護衛対象というのは多いのだ。

 少なくともハンター時代にイヤな思いを幾度もした。だからこそイザベラとの契約ではレンの指示に従うことと明記したのだが。


「連絡ありがとうございます。また何か情報があれば教えてください。ちゃんと料金はお支払いしますよ」


 如月家は情報を売る家だ。当然タダで使える物ではない。だが報酬に関しては月毎に結構な大金をイザベラに請求している。

 この程度は必要経費だ。

 護衛をするなら護衛対象の助かる確率を1%でも上げる。そのためにレンは手を抜く気はなかった。



 ◇ ◇



「ん~、うまくいかないなぁ」


 レンは夜中に自身の修練をしている。学校が終わればエマたちの訓練をしているので自身の訓練時間が取れないので睡眠時間を削っているのだ。

 健康には良くないのだろうが、魔力持ちは通常の人間よりよほど肉体強度が高い。

 昔は1月寝ずに研究室に籠もっていたりしたものだ。

 執事やメイドに物凄く怒られたが、夢中になると日付などは気にならないので治らなかった。


 やはりこの気質も今のレンになっても治らないようで、新しい魔法や、魔術の改良など、基礎訓練以外にも様々な物に手を出している。

 エマの結晶魔法を魔術化したいが今のレンでは少し難しい。

 ただサンプルはあるので時間を掛ければいつかできるだろう。

 こっちの世界の魔法はレンの居た世界の魔法と似ているようで違う。故にレンの知るローダス式魔術や他の国で学んだ魔術系統に落とし込もうとしても難易度が違う。


 結晶魔法は血統に依存していそうなので残念ながらレンは習得できない。エアリスの植物操作もそうだ。魔樹などの魔物を従魔にすれば似たことはできるが種から瞬間で成長させ、操るなんて真似はできない。

 樹操術に似た系統であるが、エアリスのソレは汎用性も強度も高い。

 レンの知り合いには樹操術士の達人が居たが、エアリスも修練を続ければあの域に辿り着けるのだろうか。

 今は彼に比べれば児戯のようなものだがポテンシャルは高い。まだ13歳の少女ということを考えればエアリスの未来は無限大だ。

 レンの教えた呼吸法や魔力制御の訓練も毎日欠かさずやっているのは見ていればわかる。


「まぁそのためには今回の脅威から護らなきゃね」


 襲撃を撃退するだけではダメだ。彼女たちを逃しながら襲撃者たちを殲滅しなければ脅威は取り除けない。


(私もいつでも手伝おう)

(ありがとう、クローシュ)


 クローシュは霊果を食べ、霊水を飲み、侵されていた瘴気を浄化し、傷も癒えたので〈箱庭〉の湿地帯に住み着いた。

 元いた場所に帰ることを望まずにレンと共にいることを選択してくれたことをレンは嬉しく思う。

 そしてカルラのように分体を作れるようになり、小さな黒蛇に変化してカルラと共にレンを守る守護者として常に近くにいてくれている。


「うん、魔力純度が安定してきたな。これならもっと魔力圧縮が捗るな」


 レンはここ数ヶ月取り組んできた修行の成果が目に見えてきたことで表情が綻ぶ。


「やっぱり素質高いなぁ。この身体。魔力炉も安定してきたし、次の魔力炉の励起も思ってたより早くできるかも」


 数年は掛かると思っていた2つ目の魔力炉の稼働。少なくとも今年中にはできそうな気配がある。

 魔力炉の励起は3つ目くらいまではそれほど難易度は高くない。それでも通常は10年くらいは掛かるものだが、4つ、5つと増える度に難易度は格段に上がっていく。

 同時にいくつもの魔力炉が稼働していると、そのバランスを体内の魔力回路を調整し、稼働状態や出力などの調整をしなければならないのだ。


 だが1つ目の魔力炉の安定性は思ったよりも早く終わっているし、回路の調整も予想よりも順調だ。

 素養と言う意味では100年に1人の天才……などというほどではないが、以前のレンの身体と比べれば遥かに高い。

 以前のレンは素質は本当に低かったのだ。だがかなり無理を行ったこと、死線をいくつも潜り抜け、且ついくつかの幸運もあった。

 結果的に大魔導士と呼ばれるほどの魔導士になれたが、そんな風になれる未来など想像もしていなかった。


 しかし今のレンは違う。以前と同等、いや、ソレ以上になることを目標にしている。

 叶うかどうかはわからない。だが以前届いた高みでは見れなかった景色がある。それを見たい。そして今のレンなら届くかも知れない。

 その可能性があるだけでレンは修練を苦にも思わず続けている。


「そう考えると学校は無駄なんだよなぁ」


 あとほんの2年弱の我慢ではあるが、学校に通っている時間というのは強くなるという目的のためには無駄な時間だ。

 それは危険が迫っているエマやエアリスにも言えることで、数ヶ月であれば強化を優先して1日中訓練漬けでも良いと思っている。

 ただクライアント、イザベラはそういう生活を娘たちに望んでいない。

 母親の気持ちというのはレンにはわからないが、そういうのは得てして合理的ではなく理解できないことが多い。


 玖条漣という社会的な地位は裏向きでは得られたが、表向きは未だ親戚の保護下にある未成年だ。

 18歳にならないとこの国では様々な制限がある。

 早く大人になりたい、なとどいう子供じみたことを思いながらレンは手の平の上に作り上げた以前よりも研ぎ澄まされた風の刃を見て満足感を覚えた。

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