045
『なんで私たちのサイズを知っているのよ!』
『え、見ればわかるよ。大体でいいわけだし。なんで怒ってるのかわからないな』
レンはイザベラ、エマ、エアリスにインナーをプレゼントした。インナーと言ってもオールインワンの下着型の防具だ。ノースリーブタイプで下はスパッツのように太ももの付け根まである。
エマたちも制服や下着はそれなりの防御力を持っている者を装着していたみたいだが、水琴や葵に頼んで確かめて貰ったところ、防御性能が足らない物だったので準備したのだ。
インナーだけでなく普通に街で履いていてもおかしくない見た目だがしっかりした作りの靴や上着タイプの防具も用意している。
街中を常に鎧などを付けて歩くわけにも行かないので見えないところを強化するのだ。
バストサイズやウエストサイズなどは細かくはわからないが、見れば大体のサイズはわかる。ぴっちりと合わせる必要はないのだ。動きを損ねずに防御力が上がれば良い。
純粋な善意であり、イザベラは感心して喜んでくれたが年頃のエマは同年代の男子にインナーを作られたことが納得行かないようだ。
『エマ、諦めな。これは確かに高性能だよ。むしろちゃんとサイズを申告して作って貰った方が良いくらいだ。追加の要求も受け付けてくれるんだろう?』
『むしろそれは試供品だよ。ちゃんと作って欲しいなら作って売ってあげるよ。パッケージの護衛には防御力の強化は大事なことだしね』
『お姉ちゃん諦めなよ。レンは私たちの安全を考えて作ってくれたんだよ』
『うぅ、わかってるけどっ。わかってるんだけどっ!』
むしろ妹のはずのエアリスのが物分りが良い。
だがレンは思春期女子の気持ちはわからないし、事情的にもそこに配慮する気はなかった。
エマたちが襲撃され、攫われたり死亡してしまえばレンたちのミッションは失敗だ。
2人とも根は良い娘だし、イザベラは娘思いの良い母親だ。
依頼を受けたからにはできるだけ手は尽くして守ってあげたいと思っている。
GWに入り、レンたちは合宿をすることにした。
奥多摩の山林での訓練を集中的に行うのだ。
2人が別々に居る時に襲われたパターン、2人一緒に居る時に襲われたパターン、3人一緒に襲われたパターン。
一般人を巻き込んだ市街戦は流石に想定はできても訓練はできないが、エマやエアリスには地図をしっかり覚えて貰い、想定しているいくつもの逃走ルートを走ったり〈隠蔽〉を掛けて壁を駆け上ったりビルや民家の屋根を飛び移る訓練なども行って貰っている。
『エマ、2時の方向に罠。右斜め前方に〈結晶槍〉3本。エアリスは左手後方に下がって』
『はいっ』
『足元気をつけて』
『ねぇ、この格好すっごい気になるんだけど』
『気にしてたら捕まるよ。その後どうなるか想像して』
『くっ、覚えてなさいよっ』
『お姉ちゃんそんなこと言ってる場合じゃないよ』
今エマは多少強化されてはいるが制服で山林の中を走り回っている。
上はブラウスにブレザー、下は膝下のスカートだ。靴は指定がないので山歩きもできるスニーカーを履いている。
当然ながらそんな服で山林を高速で移動すれば服は乱れるしスカートも捲れる。〈強化〉をしっかり掛ければ枝に引っかかった程度で破れることはないが、そうもいかないようでブラウスやスカートの一部が破れている。
ただ中身はレンが支給したインナーなので見えるのはブラやショーツではない。
多少捲れたくらいで恥ずかしがることはないと思うというか、本番では恥ずかしがっている場合ではない。
訓練でできないことは本番でもできない。
この訓練は市街地で襲われ、制服で逃げる訓練だ。
市街地で学校登校時や帰りで襲われることもあるので、制服を持って来るように言ったのだ。
エアリスは同様にセーラー服である。
流石に襲撃に備え、走り回りながら指示を聞きながら服の強化までは手が回らないようで制服がかなり酷いことになっている。
ちなみにエマがレンにきついのはつい先日行わせた特殊訓練のせいだ。
エマは大抗議し、エアリスも引いていた。
しかし合宿についてきていた水琴や葵はしらっとした表情だった。
なぜならすでに彼女たちは経験済みだからだ。
ただその特殊訓練の話をした時蒼牙や黒縄も同様の訓練を行うと言っていたし、イザベラも賛成して強硬してやらせたが、エマはレンに怒りを向けた。
(まぁどうしてもやりたくなかったらやらなくてもいいっちゃ良かったんだけどね)
今更そんなことを言えば火に油を注ぐようなものなのでレンは黙ってエマに指示を出す。
護衛チームのリーダーは時によって変えている。
主に蒼牙のアーキルと副リーダー、もしくは望月と2人の頭領補佐が行うがレンも指示側に回ることもある。
『狙撃、右手前方。注意』
盾を構えて急所を守り、頭を下げながらエマが走る。
地形の悪い場所を走るのにもだいぶ慣れたし体力もついてきた。
指示にも素直に従うのでこれなら護衛も大分楽になる。
レンはわがままな護衛対象や勝手な動きをする護衛対象は大嫌いなので護衛任務は嫌いなのだ。且つ成功率もそれほど高くない上に失敗すれば評価も下がる。当然命の危険もある。
護衛任務はとてもコスパが悪いと思っている。
(悪魔崇拝者たちが使う術式がわからないのが不安だけど、まぁそれはいつものことだしな)
敵が使う術式が不明なことなのは当然なことだ。なので襲撃者チームは様々なタイプの術を使って攻撃を行ってくる。
今回はイザベラも襲撃者に混ざっている。手加減などせず、娘たちを鍛えるために追い詰めてくる。
更に今回襲撃者側のアーキルたちとの連携も強化されている。
(厄介だな。だけど相手が蒼牙たちより弱いという保障はない)
蒼牙は高位の術者集団であるし、現代兵器を取り入れた戦術など成長した今のレンでも敵に回したくない相手だ。
しかもレンは蒼牙も黒縄も強化するために様々な装備や戦術を伝授し、お互いに訓練をこなして強くなっている。
だが相手の人数も脅威度も不明なのだ。クローシュのようなレベルの魔物が相手方に存在するかもしれない。
(カルラ、いや、クローシュまでは見せても良いことにするか)
ハク、ライカ、エンなどはあまり表に出したくはない。だがカルラはすでに1度見られているし、クローシュも倒したのではなく調伏し、式神化したことにすれば言い訳にはなる。
『ポイントCを経由してEに向かう』
『『『ラジャー』』』
レンが指示をすると護衛役の黒縄とエマ、エアリスが即座に返事を返す。
(うん、良い感じだね。さて、実際襲撃者は来るのかな。来るとしてもできるだけ後がいい。できれば夏休みがいいな)
希望的観測を思い浮かべながらレンは指示を続け、襲ってくる術を叩き落した。
◇ ◇
『まだ怒ってるのかい? エマ』
『お母さん、お姉ちゃんは拗ねてるだけよ。放っておきなよ』
エアリスは膨れているエマの事を放置して、レンから与えられた課題をこなしていた。
エマも同様に魔力制御の訓練を課されているし、結晶魔法の鍛錬も必要だ。
確かに最初聞いた時アレはないと思ったが、イザベラが苦い顔をしながら賛成し、くノ一たちも必要な訓練の1つだと言っていた。
それにレンはエマやエアリスに配慮してあの訓練の時は女性陣でチームを組んでくれていた。
気持ちはわかるが緊急時なのだ。実際2度も襲われてなんとか逃げられたが、かなり危険な場面もあった。
海を越えてエアリスたちを再度襲撃しない保証などない。
ないからこそイザベラはヘレナの勧めに従い、レンたちを頼ったのだ。
そして実際レンたちの練度も指導も的確でエマたちの実力はどんどんと上がっている。
これほどの密度で訓練するのは緊急時だからで、本当はじっくりと鍛えるべきところもあるが、仕方がないとレンも言っていた。
(強くなる実感が得られるのは楽しいわね)
そして実際に毎日の訓練は厳しいが、今までできなかったことができるようになるというのは楽しいものだ。
エアリスも多くの魔草や魔花に頼るのではなく、有用な物や現状で使いやすい物を選んで集中して運用することで魔法の精度が格段に上がっていることを実感できている。
1日ではわからなくても1週間も経てば達成感を得られるのだ。1月前の自分とは比べ物にならない。それはエマも同様のはずだ。
『お姉ちゃん、ほら、一緒に訓練しよ。毎日集中するのが大事だってレンもアーキルも言ってたよ』
『そうだね。レンの教えてくれた魔力制御訓練はたしかに有用だ。アタシの知っている訓練法よりも効果が高いよ。〈制約〉がなければ魔女仲間に教えてやりたいくらいだね』
そう、〈制約〉。〈契約〉系の術は欧州にも様々なタイプがあるが、このレンの掛けた〈制約〉の術はエアリスの知っている体系とは違う魔法だと感じられる。
〈制約〉を掛けられた者同士では話せるが、そうでない者の前ではレンの術式や訓練法などは話せない。
(お姉ちゃんは年が同じだから余計レンとの差が気になるのかも)
武術や魔法の腕も、従えている戦力も持っている術具などもレンはエマたちよりも上に居る。
エマやエアリスは魔女だ。魔女というのは特殊な魔法に目覚めた特別な魔法使いである。エアリスはそうでもないが、エマはそこにプライドを持っている。
しかしまだ16歳の少女である。数と経験に勝る襲撃者たちを撃退できなかったことは仕方ないと諦められるだろう。
だが同い年の極東の少年が、明らかに特別だと信じていた自分を上回る戦力を持っているのだ。
しかもエマがレンに勝てるところは今のところない。結晶魔法という特殊な魔法は使えるが、魔法の撃ち合いでもエマは敗れていた。
エアリスも同じだ。必勝だと思っていた手まで使っても対処され、氷の槍を腹に撃ち込まれて悶絶した。
『ねぇ、あいつは信用できるの』
『できるできないじゃなくて、しないとね。あんたらは狙われているんだ。そして少なくともこの1月、レンたちはアタシらを守るために毎日付き合ってくれているんだ。仕事だから、依頼だからと言ってココまでやってくれるところはそうそうないよ。確かに依頼料はお高かったけどね』
詳しくは聞いていないが、依頼料はかなりの値段だったようだ。金銭ではなく物納で良いとは言ってくれているが、それでも長引けば長引くほど金額は膨らんでいく。
『でも高いだけの仕事はしてくれている。アイツラになら命を、娘たちを預けられる。アタシはそう思うよ。蒼牙なんてどこぞの大国の特殊部隊だと言われてもアタシは疑わないレベルだね』
『そうよね。うん、私もやるわ』
エマはうだうだしていたが、毎日やれと言われている魔力制御の訓練や結晶魔法の制御訓練を始めた。
◇ ◇
『日本か。厄介な土地だな。だがエイレン様のためにもあの少女は必要だ』
『おいおい、まだ追うってのか。もういいじゃねぇか、あんな小娘。もう目的の大部分は達したんじゃないのか。そういう話だとオレは思ってたんだぜ?』
ゲイルが呟くと黒人の大男、アレックスが反論する。
『いや、あの少女は特別だ。それに目的は達したのではない。これが始まりなのだ。これからエイレン様を封じた奴らに天罰を与えねばならぬ。その為には種子であるあの少女が必要だ。大体襲撃に失敗したのはアレックス、お前たちだろう』
やれやれとアレックスは両手の平を上に向ける。
『オレのせいじゃないさ。おかしなジジイが邪魔しやがったんだ。それにプラハで派手に暴れるのは色々とまずい。あの時はエイレン様も居なかったしな。今ならあんなジジイ簡単にひねってやれるがな』
『ふっ、大口を叩くならきちんと仕事をしろ。エイレン様、いかが致しますか』
『我はどちらでも構わぬ。ゲイルの思う通りにせよ』
『ハッ』
エイレンと呼ばれる銀に近い金髪の少年が答えた。エイレンの雰囲気は尋常ではない。
それも当然だ。
エイレンはゲイルたちが崇める対象であるのだ。
多くの魔女の命を犠牲にし、秘宝も使い、ようやく現世に復活させることができた。
確かにゲイルたち〈暁の枝〉の最初の目標はエイレンの復活である。そしてそれは成った。だがエイレンを悪魔などといいがかりをつけて貶めた教会に鉄槌を落とし、更にエイレンの神殿を建て、改めてエイレンを主とする宗教を設立する。
そこまで行って初めてゲイルの、〈暁の枝〉の目的は達せられたと言って良い。
『どうせ教会が嗅ぎつけて邪魔をしてくるだろう。日本は教会の勢力が弱い。ついでだ、教会の背教者共にエイレン様の御威光を見せつけ、更にあの少女を得るのだ。わかったな。アレックス』
『はいはい。この力を存分に振るってみたかったんだ。ただどこに潜んでいるのかはわかっているのか』
『まだ詳しい場所はわからぬが、調べさせている。ロシア経由で日本に渡るぞ。準備をしておけ』
ゲイルはそうアレックスや他の〈暁の枝〉のメンバーに日本へ渡る準備と今の拠点を廃棄する準備を進める事を命じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます