043

 エマ・アレクソヴァーは目の前でヘレナやイザベラと商談をするレンを疑っていた。

 なぜなら魔力をほとんど感じない。


(あら、美味しいわ)


 出された紅茶の美味しさに少し気を緩めながら、レンを観察する。

 やはり魔力は一般人よりは少し多い程度で、魔法使いとか魔術士と呼ばれるレベルではない。

 しかし彼はエマと同じ年齢でありながら30人を統率する警備会社の社長であり、玖条家という日本の退魔の家の当主だと言うのだ。


 どちらにせよエマに発言権がないとは言わないが決定権はない。

 狙われているのも明確にエマとエアリスであることはわかっている。

 襲われた時もエアリスと2人で居た時で、たまたまイザベラを訪ねに来ていた魔法使いの友人が守ってくれなければ危なかった。

 その後国を出て移動したが更に襲撃はあった。

 他にもエマやエアリスだけでなく、魔女が襲われる事件はその時期ヨーロッパで多発していた。エマの友人の魔女も行方不明になった子が居る。

 現代の魔女狩り、と言うほど大規模ではないが、魔女界隈は今はピリピリしている。


 ヘレナは年齢は離れているがイザベラの妹弟子に当たる人物だ。同じ魔法使いに師事していて、今は日本で占いや錬金術で作った術具の販売などを行っているらしい。

 そしてヘレナが紹介してくれたのがココ、KSCと言うレンが経営する怪しげな会社だ。

 魔力持ちで構成され、アラブ系人種の姿まで見える。

 特にアラブ系人種のトップらしい男やスーツを着た望月という男の方がよほど隙がなく、ここのトップは彼らのどちらかだと言われた方がしっくりくる。


『お姉ちゃん、なんか彼ら忍者っぽくない?』

『何バカいってんの。エアリス』


 妹のエアリスは日本フリークだ。友人に勧められた日本のアニメに幼い頃にハマり、アニメや漫画などを嗜んでいる。

 3人の中で日本語が最も堪能なのがエアリスだったりするし、アニメ鑑賞につきあわされ、エマが日本語が多少できるのもその影響も大きい。

 逆にイザベラは日本語は全くできない。

 だがKSCのメンバーは英語やチェコ語などが通じるし、レンもチェコ語で普通に会話している。たまに単語の意味や慣用句などがわからない部分もあるようだが、コミュニケーションはちゃんと取れているレベルだ。


『でもでもっ、忍者だよ忍者っ』


 小声だがエアリスのテンションが高いのがわかる。狙われて逃亡中の身で気楽だと思うし内容もアホらしいが、エアリスは忍者が出るアニメーションも好きなので日本人で魔力を持ち、警備会社を表向きしている忍者だと言われてもなんとなく説得力がある気がしてしまうのだから言って居る意味はわかる。

 テンションはついていけないが。


『忍者だったらいいわね。少なくとも見せられたアニメで出てきた忍者くらい強いといいのだけれど』


 エマはエアリスのテンションにはつきあえず、そう突き放した。


『じゃぁそんな感じで。とりあえず1月。その後は更新で。娘さんたちにもきちんと条件を説明して納得させてくれ。そうじゃなきゃうちは受けない』

『わかったわ』


 そんな風に妹と話しているとイザベラとレンたちの交渉が纏まったらしい。

 母であるイザベラから説明されたのは警備の関係からこのビルの住居区画に移ること。ただ警備されるだけでなく、訓練も受けること。危険な場所には行かず、必ず行動予定を伝えること。そして〈制約〉という特殊な術を受けること。おおまかに言えばそんな内容だ。


『訓練?』

『そう。警備される側との連携が取れるか取れないかは重要なことだ。こっちの指示を無視したり、勝手な動きをされたら警備にならない。また、守られる側の実力が高ければ生存率が高まる。どこで襲われるかわからないから市街地での移動や山林部での逃走訓練、基礎訓練なんかもしっかりと受けてもらう』

『うっ、わかったわ』


 エマはこの時よくわかっていないのにわかったと答えたことを後々後悔することになる。



 ◇ ◇



 エアリスは次の逃亡先が日本だということにワクワクしていた。

 日本はエアリスにとっては憧れの国だ。

 もちろん祖国のチェコや友人のいるスロバキア、オーストリアやイタリアも素敵な国だが、1度観光で良いから訪れたいと思っていた。


 逃亡先という思っていた理由ではなかったが日本の地を踏み、更に忍者らしき者たちに守られる。なかなかファンタスティックな状況に高揚しているのがわかる。

 姉のエマは不服そうにしているが、エアリスにとってテンションが上がってしまい、小声でエマに話しかけたが「何をバカ言っているのか」と言う風にあしらわれてしまった。


『とりあえず君たちの実力を簡単に見せて貰うことにするよ。地下に訓練場がある。そこでやろう。手札を全て見せろとは言わないから得意な術や体術、武器なんかの腕を見せてくれ』


 レンと言うエアリスより少し背の高い小柄な少年。それが彼らのボスだと言う。

 そこは少し驚きだ。実際魔力をほとんど感じない。

 しかしエアリスはレンに対して不思議な感覚を覚えていた。どういう風に表現して良いのかわからない。

 だが他の魔法使いや魔術士、魔女などとあった時とは違う感覚だ。

 それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが、悪い感覚ではない。


 そんなことを思っているうちにエアリスたちは地下訓練場に連れて行かれ、訓練着に着替えさせられた。


『とりあえず体術のレベルを見ようか。イザベラは望月、エマはくノ一の誰かに頼もうか。エアリスは……葵、頼んでいい?』


(くノ一! 今くノ一って言った! やっぱり忍者なのね!)


 テンションが上がったエアリスは、葵と呼ばれた小柄な少女にコテンパンに伸された。どうやって投げられたのかもわからない。更に顔は狙われなかったが容赦なく当身も当てられる。

 ムキになってしまい、何度も挑んでその度投げ飛ばされ、足刀や手刀、拳などが急所に突きつけられて終わる。

 不思議な日本の武術にエアリスは日本の武術も学びたいと強く思った。


『イザベラはかなり戦闘慣れしているね。武器は何が得意? エマはまぁそこそこかな。エアリスはもうちょっとしっかり訓練した方がいいね』


 3人の動きを見ていたレンが評価する。

 エマもエアリスもイザベラから訓練を受けているが確かにエアリスは体術はあまり得意な方ではない。中近距離で魔法を使って戦うのが主体なのだ。

 その後得意な武器の武器術の評価をされ、得意な術もいくつか見せてくれと言われた。


『エマの魔法は使い勝手が良さそうだ。ただちょっと制御が甘いかな。エアリス、なかなか凶悪だね。ちょっと悪いけれど詳しく教えて貰えないか。使い方に寄っては警備に支障がでる』


 そしてレンに魔法を見せたり説明した時に、エアリスは注意を受けた。

 エアリスが得意なのは植物を操ることだ。常に魔草や魔花の種を装備のあちこちに仕込み、それらを急成長させたり遠距離で操ったりして戦う。

 植物は花粉や毒もあるものも多いので、直接的な攻撃というよりは毒も使うことが多い。それで襲撃を切り抜けられたこともある。


 だがレンはうかつに使われると警備に支障があるので使い方の指南や使える魔花や魔草、魔蔦などの種類やどの程度操れるかなど詳しく聴取されることになった。



 ◇ ◇



「ふふふっ」

「レン様嬉しそう」

「魔術を込められる結晶だよ。画期的だと思わない?」

「それは思いますが……」


 葵は嬉しそうに結晶を色々な確度で見たりモノクルでじっと見たり様々な調査機器を持ち出して結晶をいじくり回している。

 その姿はマッドサイエンティストを思わせるレベルだ。


「いいんですか。受けちゃって。護衛任務は嫌いだって言ってたじゃないですか」

「いやぁ、受ける気はなかったんだけどコレに釣られちゃってね。それに護衛するのは主にアーキルや望月たちだし。彼らも任務を与えられて嬉しそうだよ。特に蒼牙は」

「それでまたトラブルに首を突っ込むんですね」

「うっ、トラブルにならない可能性だってあるよ。それに金銭的にもかなり吹っかけたつもりだったけど受けられちゃったしね」


 葵は付き合いも長くなってきたし接している時間も長いのでレンの性格もわかって来ていた。

 興味のあることには我慢が利かないのだ。更にそれが魔法や魔術、魔道具などに顕著だ。

 それに蒐集癖もある。茶器や時計、それに文具などこんなに要らないだろうと言うほど揃えているし、霊刀や霊槍、陰陽道や僧侶が使う術具なども集めている。

 葵も小太刀と短槍を貰ってしまったし文句があるわけではないが、レンはハンター時代に護衛任務でひどい目にあって以来護衛は嫌いだと言っていたのに結晶の魅力に負けて受けてしまったのだ。

 これが大きなトラブルに発展するのか、無事に護衛任務が終わるのかは誰もわからない。レンに危険がないと良いなと葵は思っている。


(魔女。不思議な感覚。美咲ちゃんや私に近い気がする)


 訓練が終わった後で世間話に出たが魔女というのは単なる女性の魔法使いではないらしい。

 魔女の家系は遡ると12世紀~15世紀頃に居たとされる17人の女性に必ず行き当たるのだと言う。

 そして通常の魔法使いとは違い、特殊な魔法に目覚める。そして特殊な魔法を得るのは必ず女性で、男性は居ない。

 ユニーク、とまでは行かないが希少な魔法を使える者たちを魔女と呼ぶのだと言う。

 実際エマが使う水晶のような結晶を操る魔法もエアリスの植物を自在に操る魔法は葵の知る術の体系にはない。

 若さの割に練度が高いのも本能で生まれた頃から使い方がわかるからだろう。


 魔女は散発的に生まれる者で、実際イザベラは魔法使いだが魔女ではないと言っていた。ヘレナはどんな魔法を使うのかは知らないが魔女らしい。

 エマ、エアリスのように姉妹で魔女というのはレアだと言う。


「葵はエアリスと同じ学校らしいし、行き帰りは一緒に行ってよ。ついでに葵の警護にもなるし」


 レンは暇している黒縄のメンバーなどに葵が危険に晒されないように常に何人か張り付けている。

 過保護なことだとは思うが気に掛けてくれて嬉しいとも思う。

 と、言っても葵は放課後に寄り道をすることもあまりないし、学校もそう遠くない。

 転校して少しした時に上級生に絡まれ、衆目の中で投げ飛ばしてからは葵は少し特殊な女の子だと見られている。

 あまり友人とつるむタイプではないし、基本学校では無口な方だ。

 興味のない相手に愛想を振りまく趣味もない。


 だが葵がエアリスに気を掛ければ目立つ容姿のエアリスが変に絡まれることもないだろうと良い方向に考えることにした。

 少なくとも数ヶ月は付き合いになりそうな子で、エアリスの第一印象は明るい良い子だ。

 日本のアニメや漫画に詳しく、3人の中で日本語が最も堪能で普通に日本語でも喋ることができる。

 葵と手合わせして興味を持ったのか、既に懐いていると言ってもいいレベルだ。ちょっと距離感が急に近くて戸惑っている。


(レン様は楽しそうでいいですけど)


 即席で作った結晶の他にもいくつかサンプルを渡され、更にヘレナが扱っているという商品もいくつも買ってテーブルの上に並べている。

 西欧の魔女が作った製品ということでレンには物珍しいのだ。

 陰陽道の術具や寺院の者が使う法具などを手に入れた時も似たようなテンションになっていた。

 しばらくは楽しそうなレンを眺めることができる。葵はそれが嬉しかった。



 ◇ ◇


「それで、エマさんたちの警護を受けることにしたの?」

「うん、本意ではないけれど報酬の魅力が高くてね」

「彼女人気だから仲良くしていると妬まれるわよ」

「今更じゃない?」

「私と仲良くしているのは今更だけれど、複数人数だと違うんじゃないかしら。なんというか女性を侍らせてるイメージになるわ」

「なるほど?」


 レンは水琴と剣を合わせながらエマたちの警護について話をしていた。

 最近は簡単に負けることもなく、水琴と剣を打ち合うことができるようになっている。

 体力がついたり魔力炉が稼働したりというのもあるが、1番の要因はレンが獅子神流に詳しくなったことだ。

 初伝、中伝の型や技は既に教えて貰っているし、水琴との手合わせで様々な技を受けたり目にしている。


 戦いで最も怖いのは初見の相手だ。どんな技を使うかわからない。だからこそ相手の流派に精通していれば対応が楽になる。

 葵の術のように秘匿性が高く、気付かれづらい技は慣れるどころか何をされているのか気付くのも難しいだろうが、剣術や柔術は型があるので学べば学ぶほど対応力があがる。


 実際レンは公開されている空手や剣術、柔術の型の動画などはかなり積極的に見て、突然日本の武術家と敵対したとしても対応できるように備えている。


(中国武術は良い講師が居なさそうなのがなぁ)


 基本の型や稽古ができる道場はあるが、発剄は教えて貰えないだろう。

 レンの思っている発剄が魔力を使った物ならば、秘匿技術のはずだし、少なくとも覗きに行った道場に魔力持ちの存在は確認できなかった。

 水琴は礼もあるのだろうが詳細に獅子神流を伝授してくれているが、本来秘伝というのは隠すからこそ意味がある。

 表向きに披露している剣術や柔術だけでなく、魔力を利用した技も教えてくれているのだ。ありがたい限りである。


「彼女目立つものね。普通に美人だし。ただクラスメイトたちに質問攻めにされて困ってたけどね」

「水琴が助けて上げてたじゃないか。水琴も十分お人好しだよ」

「だって凄い困ってたんだもの」


 エマは見た目のインパクトとチェコと言うあまり馴染みのない国から来た留学生ということで、クラスメイトたちの興味を多いに引いた。

 日本語がまだカタコトなエマにかなりの人数が殺到したのだ。

 それを治めたのは水琴だった。エマが困っていることを周囲に説明し、仲良くなりたいにせよ節度を守れと言い渡したのだ。

 水琴は学校でも有名な子で発言力も高い。水琴に言われてクラスメイトたちはしぶしぶエマから離れ、エマがほっとしていたものだ。


「ぐはっ」

「今日はうまく決まったわ」


 集中していたつもりだが水琴の剣がレンの胴を薙ぐ。

 寸前に力を抜いてくれてはいるがしっかりと腹に当たっている。

 革防具はつけているが使っているのは刃引きだが金属製の刀だ。そして喰らえば普通に痛い。


「相変わらず手強いね」

「そう簡単に抜かせないわよ」


 レンは剣術に集中しているわけではなく、魔法や魔術、錬金術などにも手を出している。

 そして水琴は無二の才を持っている上に剣術や槍術、柔術に集中している。

 10本やれば2、3本取れれば良い方で、まだまだ追いつけてもいない。


「学校に襲ってくる……なんてことはないと思うけど一応気に掛けておいて。狙われてるらしいからね」

「えぇ、覚えておくわ。カルト教団って襲う場所とか気にするのかしら。普通に街中で襲ってきそうだわ」

「それはやだなぁ。うちのビルに襲って来てくれるならまだ歓迎だけどね。相手の情報や襲撃場所をうまく調整できるといいんだけど」


 玖条ビルは要塞のように様々な仕掛けが施してある。最も安全なのはあの中だ。

 もしくは奥多摩にレンは土地を買って訓練場を作ってある。

 避難小屋もあるので土日はそこで訓練をしよう。そこで狙われるのなら周囲の被害も防げる。

 殺す目的ではなく攫うのが目的らしいので急に大きな魔法で吹き飛ばしてくるというのはないだろうが、注意が必要だ。


「さぁもう1本」

「えぇ、やりましょう」



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