異国からの来訪者と襲撃者たち
042.異国からの来訪者
「もう1年が過ぎたのか~。長かったのか短かったのかよくわからないなぁ。1年自体は実際短いんだけど」
レンがこの世界に来た日からもう1年を少し過ぎている。桜が咲き、先日は葵と獅子神神社に花見に行った。巫女服の水琴も歓待してくれ、桜を楽しんだ。
こちらの世界では1年が365日。400年に97回うるう年があるというかなり正確な暦で運用されている。
レンの居た世界は1年が400日程度あったし、こちらは詳しくはわからないが1日も25時間以上あった気がする。
それを考えるとこちらの年月で数えればレンの年齢は600歳を余裕で超えているだろう。
600年前と言えば室町時代でまだ足利家が権勢を誇っていた時代だ。
大水鬼討伐を行った後、大きな戦いは起きなかった。小競り合いのようなものはあったが、アーキルたち蒼牙と望月たち
近隣のちょっかいを掛けてきた犯罪組織を潰したり、レンのことをしつこく探ろうとしてきた退魔の家にお仕置きをした。その程度だ。
11月にレンは誕生日を迎えると、バイクの免許を取った。お陰で移動が楽だ。2人乗りはまだできないが、日常での移動には非常に便利だ。それに黒縄のメンバーは免許を持っているので車やバイクを購入し、麻耶などに頼っていた移動の懸念は解消された。
ただ後になって知ったがレンの通う高校の校則では免許取得やバイクの禁止事項があったらしい。
後で知ったので事故を起こさないように気をつけようと思った。
普段乗っているのはヤマハのSR400というクラシックなスタイルのバイクだ。
別に〈箱庭〉内で乗る用のオフロードバイクも所有している。
そして別に、サイドカー付きのビッグスクーターを手に入れ、それを飛行使用に改造する計画も立てている。
まだ完成しては居ないがスカイボードよりも快適な空の旅ができる……予定だ。
拠点も構えた。黒鷺の勧めたビルを購入し、蒼牙と黒縄の拠点として運用している。会社も登記し、玖条警備保障というPSCに似た業務を偶に行っている。略すればKSCだろうか。
蒼牙たちは1度密出国して帰国し、きちんとした手順を使って入国を果たし、ビザを取ってレンの警備保障会社に就職したという体を取った。
蒼牙たちの古巣である組織は日本での度重なる作戦の失敗と他組織からの攻撃にあい、半壊したという情報が入ったためだ。
おかげで隊員たちの家族たちも日本に入国して暮らしている。
独身者が多いが何人かは妻帯者も居たのだ。
また、死んでしまった隊員の遺族たちに見舞金をアーキルは渡したらしい。
冬休みには旅行には予定が合わなかった為になかったが、レンの誕生日に全員が集まって誕生日パーティを開いてくれた。金曜日だったので土日も使い、美咲の東京や神奈川観光にみんなで付き合った。
春休みには美咲の実家である豊川市をみんなで訪ね、豊川家で歓待を受け、愛知県周辺観光を楽しんだ。これは結構最近のことだ。
「葵、そろそろお昼にしようか。後で水琴が来るって」
「はい。準備しますね」
「いつもありがとう」
「いえ、いいんです。お料理も楽しいですよ」
そして葵は普通に外を出歩けるようになり、学校にも通っている。
ただ問題がなかったわけではない。
葵の生存を知った父親が玖条ビルに怒鳴り込んできたのだ。
しかし葵の父親が行方不明だった娘が生きていたことよりも、生きていたことを隠していたことを怒ったことと、即座に戻って当主に謝り、本家で女中をしろと迫ったことで葵の母親がキレた。
葵の母親は当主の妾に葵を差し出すことも父親の独断で知らなかったらしい。また、白宮家の男尊女卑な風潮に溜まっていたものがあったようだ。
事情をしった母親が父親の顔をいきなりグーで思いっきり殴り、魔力持ちの母に殴られた父親は物凄い勢いで壁に叩きつけられた。
そしてそのまま怒りをぶつけ、ボコボコにし、離婚届けを無理やり書かせて提出し、資産などもがっつりと搾り取り、葵の弟と一緒に東京に引っ越してきて今はレンと同じマンションに住んでいる。
なかなかワイルドな第一印象だが、普段はおっとりとした良いお母さんで、葵を保護していたレンに丁寧に礼を言い、葵がレンの元へ通うことも許しているので葵は通い妻のように毎日のようにレンの家に居る。
「東京の桜もきれいですね。吉野の桜も好きですが」
「吉野かぁ。修験場とかあるんだっけ」
「あの辺りはいっぱいありますよ」
奈良県のある紀伊半島は修験道が盛んな場所だ。
熊野や吉野には修験者が多いらしい。
「天狗や八咫烏も居るのかな?」
「どうでしょう。伝承では居るって聞きますが実際に見たことはありません。探せば会えるものなんでしょうか」
「それは僕もわからないなぁ。八咫烏なんて神使なんだから何か用件がなければ現れないだろうけど、天狗ならどこかの山に潜んでそうだよね。天狗って妖魔なのかな」
「あ~、悪いことする天狗は妖魔扱いされることもありますが、大天狗レベルになると神霊として崇められている天狗も多いんですよね。天狗ってどっちかというと悪いことする存在なんですが、怨霊も鎮める為に崇める国なので勝手に退治するとまずいかもです」
「崇徳上皇は怨霊なのか天狗なのかよくわからないんだよなぁ。崇徳上皇には会いたくないけど役行者とかは会ってみたいな」
「そのレベルになると神様と扱いが変わらないですからね。レン様は引きが良いですから会えるかもしれませんよ」
「それ絶対トラブるやつだよね」
「ふふっ、レン様はどちらかというと首を突っ込む方じゃないですか」
「むぅ、反論できない」
レンはそんなつもりではなくても大事になってしまうことが去年は多かった。
大水鬼に関してはアーキルたちや葵のこともあり、自発的に依頼を受けたので別だが獅子神神社襲撃や川崎事変はレンが首を突っ込んで危険な目にもあったのだ。
だがその代わりに水琴や葵たちなどの命を救うことができたし、ここ半年は大きな出来事には巻き込まれていない。
その間にレンは修練を重ね、水琴や葵もどんどんと強くなっている。
レンが高校を卒業するまで今くらいの平穏な日常を過ごしながら地力を高めたいとレンは思っていた。
◇ ◇
「エマ・アレクソヴァーです。ヨロシクお願いしマス。まだ日本語うまくありません。ナカよくしてください」
始業式の日に金髪の女子が転校してきた。なかなかの美人さんで男子たちが騒いでいる。チェコから来たと言う。
ちなみに2年生もレンは水琴と同じクラスだ。久我も同じだが香田は分かれた。香田は彼女と一緒のクラスになれて嬉しそうだしまた一緒に遊びに行く時もあるだろう。
(なんで魔力持ちの外国人が同じクラスに転校してくるんだ?)
だがレンは心中は穏やかではなかった。なぜならエマはレンや水琴と同じ魔力持ちだったからだ。しかも結構レベルが高い。
制服はまだできていないらしく祖国、チェコの学校の服を着ているがその服や装飾品が魔道具となっている。
単なる魔力持ちではなく明らかに術士だ。
ちらりと水琴に視線をやったが、水琴からは「私は何も知らないわ」と首を横に振っている。
本当に偶然なのだろうか。
如月麻耶から特段情報は来ていないし、黒縄の重蔵たちのネットワークにも引っかかっていない。
レンは何もなければ良いなと祈ったが、その祈りは届かなかった。
学校が終わり、「客が来ている」と連絡があったので玖条ビルに顔を出すとついさっき見た顔であるエマが居たのだ。
そしてエマだけではなく金髪の更に若い少女がもう1人と茶髪の20代の外国人。そして30~40代に見える大柄な女性も一緒だった。
ただレンは外国人女性の年齢予想には自信がないので結構適当だ。
「玖条様、お帰りなさいませ」
「ただいま。事情は聞いたのか?」
「いえ、まだです」
レンも驚いていたがエマもレンの顔を見て驚いていた。
どんな用事だかわからないが玖条警備保障はまともな会社ではない。一般の依頼受付などはしていないしインターネットにページすら作っていないのだ。
獅子神家や如月家、斑目家などとは付き合いがあるが、見知らぬ外国人がなぜココにいるのか理由はわからない。
『貴方がなぜココに? レン・クジョーでしたっけ』
『それはこっちのセリフだよ。エマ、でいいかな。そちらこそなぜココに?』
『あなた達知り合いなの? まぁいいわ。話はこんなビルのエントランスじゃなくてもうちょい落ち着いた場所でしましょうよ。依頼があるの』
レンとエマがお互いに疑問符を飛ばしていると茶髪の女が話があると続けてくる。
レンはやれやれと思いながら、応接室に4人の女性を通した。
◇ ◇
『イザベラ・アレクソヴァーよ。こっちは娘のエマ、そしてエアリス。本国で娘たちが狙われたので逃げてきたんだけれど、このヘレナが良い依頼先があると行ってココを紹介してくれたの』
『紹介? 誰から』
『誰からでもないわ。私はヘレナ。レン・クジョウ。貴方たちに依頼したくて彼女たちを連れてきたのよ。とりあえず話を聞いて欲しいの』
ヘレナは日本に住む魔女の1人だと言う。本拠は横浜の近くだったが川崎事変があり、横浜川崎近辺の外国人に対して締め付けが厳しくなった。
別邸があったので最近はこの近辺で商いをしているという。
そして情報収集の過程で川崎事変の後でレンの情報が混じっていた。
ヘレナはあの時現場に居たらしい。
レンが見た箒で空を飛び、クローシュに攻撃をしてから逃げていったのがヘレナだったのだ。
その後ヘレナはイザベラに相談を受けた。去年の秋に娘たちを狙った謎の組織に襲われ、辛くも逃げ出したが逃げ出した先にも追ってきた。
警備を頼めるような伝手はないかと問い合わせを受けたのだ。
そこでヘレナが思いついたのがレンが商う玖条警備保障である。
ヘレナはレンの情報を川崎事変後も集め、退魔の家と認められ、警備会社を始めたことも知っていた。
それで1度ココへ相談したらどうかと提案したそうなのだ。
『うちは飛び込みは受け付けていないんだけどな。それで、内容は?』
『娘たちの警護よ。日本まで追ってくるかまではわからないけれど欧州は今危険な状態なの。アメリカに逃げたけれど更に狙われたし、そこで色々な知己に良いところはないかと聞いたらヘレナがココを紹介してくれたの。そちらがダメなら他を探すわ』
学校に入学したのは現状とりあえずヘレナが匿っており、イザベラの方針として娘たちを閉じ込めて守る気がないという方針からだそうだ。
エマが驚いて居たのはレンから魔力が感じ取れなかったかららしい。
レンは普段から〈魔力隠蔽〉をしているし、〈隠蔽〉の魔道具も偽装して付けている。
ヘレナの隠れ家はレンの家に近く、学校が同じだったのは偶然ではないが同じクラスになったのは偶然だと言う。
ちなみにエアリスは日本では中学1年生で3年生になった葵の後輩になったと言う。
『報酬と期間は? あと相手の情報もできるだけ詳細に。それで決めよう』
蒼牙や黒縄はそれほど忙しいわけではない。むしろ今の時期は暇している。彼らを警備につけるのはできなくはないが、条件次第だ。
なにせ警備保障と言う名を謳ってはいるが、長期の警備ミッションというのはかなり面倒くさい。
移動の際の目的地に警備するだけ、とかならともかく、襲われる可能性が高く、長期の警備というのは気を張り詰めている必要があるし、高確率でトラブルに見舞われる。
更に守るのが日本では目立つ金髪の美少女2人である。
『そうね、最低3ヶ月。報酬は金銭でもいいけど物納もできるわ』
『物納?』
『えぇ、エマ』
言われたエマは右手に魔力を集中させた。パキパキと音がして縦に長い八面体の水晶のように見える結晶が現れる。
その結晶にイザベラが魔力を込めた、特殊な透明な膜を取り出して被せた。
『これは向こうで私たちが売っていた物の1つよ。魔術を込められて使っても補充ができるわ。これは即席だから1週間くらいしか持たないし、魔力容量も少ないけれど、きちんと時間を掛けて作れば3月は持つわ。ちなみにこのサイズで3月持つ物で3万ユーロくらい。どうかしら』
『凄い!』
レンは驚いた。なぜなら日本の術具で似た物はなかったからだ。
そしてレンの世界にもなかった。
一時的に魔力を貯められる魔力結晶は存在したが、抜けるのが早く10日も持たない。更に再利用も何回もできない。
魔法で作った物は基本的には魔力が切れれば消えてしまう。それはこちらの世界の術士が作った物でも変わらない。水魔法で作った水は汚れを洗い流すことはできても飲んで喉を潤すことはできない。空気中の水分を集めて水にするのが通常だ。
そして魔道具や魔術具はその場で魔力を込めて発動するのが普通だ。
電池やバッテリーのような物はないのだ。
しかしそんなレンの常識を覆す現品が目の前にあるのだ。
(くっ、研究したいっ)
レンは渡された結晶を手に持って見るが、即座に解析できる物ではない。
レンはこの話は断る気でいたがその欲求に抗えなかった。
『条件をちゃんと詰めようか』
レンはくノ一たちにイザベラたちにお茶を出すように命じた。
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