041.閑話:それぞれの少女たち

「ただいまっ、お母さんっ! お父さんっ!」


 美咲は豊川家の護衛たちに厳重に守られながら送られ、敷地の入り口で待っていた多くの者たちの中心にいる両親に飛びついた。


「おかえりなさい、美咲。良かったわ」

「あぁ、無事だと聞いてホッとしたよ。怖い思いをさせて済まなかったね」

「ううん、いいのっ。大丈夫!」


 父は気付かなかったようだが、母である瑠璃は目ざとく美咲についている〈制約〉に気付いたのがわかった。しかしその場では何も言わなかった。

 両親から離れ、きょろきょろと周囲を見渡す。何百人という人数が集まっているが、その一角に隠れている者たちを美咲はめざとく見つけ出した。


「瑠華、瑠奈。帰ってきたよ!」

「美咲様。あの、お守りできなくて申し訳ありません」

「申し訳ありません」


 瑠華と瑠奈は美咲の護衛を統括する立場であり、姉同然に幼い頃から一緒に育ってきた。ただ美咲が攫われた時には傍に居なかった。

 他にも美咲が攫われた時に護衛をしていた者たちは、美咲が無事に帰ってきたことを喜んでくれているが、自分たちの責任で守るべき美咲を奪われたことを悔しく思っているのは見なくてもわかる。

 そして当時の護衛メンバーの中にはもうその姿が見えない者たちすらいる。美咲を守る為にその命を捧げたのだ。他にも大怪我を負って術士として引退してしまった者も居る。

 美咲が攫われてしまったことで心苦しい思いをした瑠華や瑠奈や生き残った護衛たち、そして散ってしまった彼らや彼らの家族や友人たちには申し訳ないことをしたと美咲はチクリと胸が痛んだ。


「瑠華、瑠奈。それに他の人たちも。うちも油断してたの。だからごめんね。これからもよろしくね?」

「「はいっ!」」


 罰はおそらくすでに与えられているはずだ。美咲は彼らを責める気はかけらもなかった。だが少なくとも瑠華、瑠奈に関しては手放すつもりもなかった。これからも一緒にいて欲しい。


「そうだっ、お母さんっ。お父さんっ」

「あらあら、どうしたの。美咲。すごく嬉しそうよ」

「うち、つがいを見つけたの!」


 その一言で、両親だけでなく周囲で聞いていたすべての者たちが驚愕した。


「そう、どんな方なの。後でゆっくり教えてくれる? あとお母様が奥の間でお待ちよ」


 母である瑠璃は穏やかにそう返したが、父は固まっている。


(あ~、絶対超怒られる~)


 美咲は先程とは違い、少しだけ足取りが重かった。現当主であり祖母でもある豊川美弥。彼女が出迎えに居なかったのは美咲と対面で話すためだろう。

 そして必ず美咲の不明に雷を落とすはずだ。あの場で適切に美咲が動ければ攫われるなどという事態にはならなかった。急な襲撃に驚き、適切に動けなかったという自覚は美咲にもある。


 だが番を見つけたのだ。報告しないわけには行かない。ついでにレンを手に入れるためにどうすればよいかアドバイスも貰いたい。

 美咲は無駄に広すぎると思っている庭を突っ切り、怒られないように屋敷内に入ると走るのを止め、祖母ともう一人の気配を感じながら瑠璃に言われた奥の間に向かった。



 ◇  ◇  ◇



「灯火、あなたソレ」

「聞かないでお姉ちゃん」


 感動の再会が終わり、灯火は父、母、姉2人と数人の使用人のいる場所でお茶を飲みながら寛いでいた。

 他の家はどうかわからないが、水無月の家の者で〈制約〉に気付かないはずがない。しかし灯火は説明もできないし答えようもない。


「わかったわ。でも調べない訳にはいかないの。それはわかるわね?」

「はい」


 母の言葉に灯火は頷く。なにの話をしているかわからない父だけが頭の上にハテナマークを浮かべているが、こればかりは仕方のないことだ。


「それ……大丈夫なの?」

「今のところ害はないわ。受け入れたのは私の意思よ」


 灯火は全員に聞かせるようにはっきりと言った。


「調べるのは仕方ないけれど、解呪は試さないで」

「それは」

「お願い、やめて。約束なの」

「そうは行かないわ」


 灯火はそうなるだろうと思っていたがやはりダメだったかと残念な気持ちになった。

 だがこの〈制約〉という術はかなり特殊な術であることは掛けられた本人である灯火は理解している。

 おそらく水無月家の総力を結集しても解く事はできないのではないかと思っている。




「魂に干渉する術って凄い術ね」


 灯火は何人もの術者が解呪に失敗し、自室に帰ってからぼそりと呟いた。

 レンの〈箱庭〉や従魔だと言う神霊にも驚いたが、レンの存在が〈蛇の目〉に危険な存在だと予言された理由はよくわかる。

 善性だと灯火は思っているが、力は持つだけで危険視されるものだ。

 レンがその力を使えば都市が簡単に壊滅するだろう。その力を人口密集地で使えば100万人を超える人数が死んでもおかしくないレベルの規模だ。


 だからこそ灯火はレンを刺激したくはない。

 灯火たちが帰されたのはレンの温情なのはわかっている。通常アレだけの物を見られたら帰されない。

 だが武装組織に攫われ、生贄にされかかっていた灯火たちを見捨てらずにその危険性もおそらくわかっていながら灯火たちを救い、条件付きながら家に帰してくれたのだ。


「このまま何もなければ良いけど……」


 窓を開け、月を見ながら灯火は小さく呟いた。



 ◇ ◇



「ただいまっ、お母さんっ。お兄ちゃん!」

「おかえり、楓。よく帰ってきたわね。嬉しいわ」

「無事で良かった。攫われたと聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」


 母と兄が優しく迎えてくれる。予想通り父は忙しく、帰ってくる間もないようだ。

 スマホには無事で良かったと父から端的にメッセージが入っていた。


「それで、何があったんだい」

「ごめん、わからないの。急に襲われて攫われて、そして助けられたみたい」


 しかし兄の言葉で楓の嬉しい気持ちは沈んだ。

 〈制約〉という術は凄い。話そうと思うことはできるがすることはできない。

 楓のしる〈契約〉系の術はどちらかというと破ると何かしらの術が発動し、当人に被害を及ぼす物だ。


「そういう訳にはいかないだろう」

「そうだけど……本当にわからないの。ごめん。お兄ちゃん」


 その楓の態度に兄は追求することを諦めた。


「お腹減ってない? 夕ご飯あるわよ。こんな時間だけど食べる?」

「食べる!」


(やっぱり本家に報告されるよね。うぅぅっ、レンくんに迷惑掛けたくないよぉ。というかレンくんを敵に回したら藤森家なんて簡単に潰れちゃうんだよ! 言えないけどっ!)


 楓は久しぶりでも何でもないのに母親の手料理を食べれることに嬉しくて涙が出た。

 そして泣いて食べている楓を見て母や兄のまなじりも潤んでいる。




「ふむ、コレは拙僧にはどうにもなりませんな。また、お嬢様の為にもどうにかしないほうがよろしいかと。おそらく無理やり解呪しようとするとお嬢様の御身に問題が生じると思います」


 本家に報告され、楓に何かしらの術が掛かっていることが判明し、本家から解呪のための術士が派遣されたが全員解呪することに失敗した。

 幸いなことに解呪されそうになったことで苦しいということもない。


(すごいなぁ。このお坊さん、結構有名な方だって聞いたけど。でもこれ以上はやめてくれるようぜひ説得をして欲しい!)


 楓はそう思ったがそういうわけにも行かないと本家の男は僧侶に答えた。

 だがその後解呪のための術士が来ることはなかった。

 1つはその僧侶以上の術士への伝手がなかったこと。2つ目に水無月家から解呪は不可能であり、また、無理に行うとせっかく助かった命に危険があると警告が来たことだった。


 しかしその後楓は知る。どのような手段であるか知らないがレンが川崎事変と呼ばれたあの事件で楓たちを救った者であることがバレたのだ。

 本家はレンのことを調べようとしているようだがあまり捗っていないようだ。


(灯火や水琴ちゃん、美咲ちゃん、葵ちゃんと遊びに行きたいな。レンくんも一緒に。葵ちゃんは難しいかも知れないけど4人なら誘えるかも?)


 レンの存在がバレたのは楓には予想外だったが、逆にそれで楓の周囲は落ち着いた。

 そして「玖条漣」という言葉をスマホに打てるようになったことに気付き、〈制約〉の性能の高さに再度驚いた。

 今までは言葉にも出せないしレンの名を書いたり打ち込むことすらできなかったのだ。


(すっごいなぁ。レンくんが異能に覚醒した少年じゃなくて過去の大術士の生まれ変わりだって言われたほうが信じられそうだな)


 楓の想像は実に近いところまで迫っていたが、それを誰かに話すことはなかった。



 ◇ ◇



「水琴っ」

「水琴ちゃん」

「お兄様。お母様。ただ今帰りました。心配掛けてごめんなさい」


 水琴は捜索していた豊川家や水無月家の護衛に守られ、獅子神家まで送って貰った。

 水琴が帰ると祖父や父も駆けつけ、神社の守りは大丈夫なのかと心配になる。

 丸1日しか離れていないのに妙に懐かしく感じる。そして家族や仲の良い使用人たちの顔を再度見れて良かったと思った。


(レンくんに足を向けて寝られないわね)


 レンに救われたのは2度目だ。


(もっと、もっと強くなりたいわ。誰にも負けないくらい。レンくんを助けられるくらい)


 襲撃の時も思ったが更に今はそう強く思う。

 助けられてばかりでは居られない。

 レンの出自や事情を知っている水琴は現在レンについて最も情報を持っている存在だろう。

 だが幸いと言って良いのか、水琴に掛けられた〈制約〉に気付く者は獅子神家には居ない。

 だが豊川家などの大きな家では気付かれるだろう。


(レンくんに迷惑が掛からないといいけれど)


 きっとそうはならない。そう思いながら水琴は今日垣間見たレンの力を思い出す。

 多数の神霊を従え、見たことのない果樹や花が咲く異空間を操るレン。

 そんな存在は水琴にとっては神話に出てくる術士くらいだ。もしくはフィクションの中の存在だろうか。


(異世界の大魔導士なんだから、実際漫画みたいなものよね)


 確かにあれだけの力を持っていれば大魔導士と呼ばれるだろう。

 実際はかなり弱体化していると本人は言っているが、それでもレンの持つ戦力は膨大なものだ。

 召喚された黒蛇も従えてしまっていた。


 レンが力を隠そうとする気持ちはよくわかる。もし水琴が急にアレだけの力に目覚めたらどうだろうか。絶対に秘匿するだろう。

 だが近しい人が害されそうになった時に使わないという自信はない。

 しかし仲が特に良いというほどでもない水琴を助けにレンは来てくれた。そして他の4人の少女も同時に救ってくれた。

 黒蛇と戦ったのは別の理由だったようだが、その事実だけでレンを信じられる。


(まだまだだけど、きっとレンくんの横に立って戦えるようになって見せる)


 水琴はそう心に決め、あの時持ち出せなかった大蛇丸に手を添えた。

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