039

「え、30億円?」

「うむ。足らなかったか?」

「いえ、少し驚いただけです。むしろ多くないですか?」

「そうでもない。むしろ不動産などを処分してもっと差し上げても良いくらいだ。玖条殿は退魔の家として正規に認められたと聞いた。ならば贈与税なども掛からぬ。それに当家が所属している刀剣類も贈ろうと思う。迷惑だったかな」


 レンは斑目久道と会っていた。

 前回会ってから10日ほど経っている。瘴気に侵されていた体調はよくなったらしく、以前は動かなくなっていた右腕もそれなりに動くようになったらしい。現在はリハビリ中だと言っている。


 レンは空いている日を選んで浄化作業なども手伝っている。と、言っても夜中に飛んで行って霊水を撒くだけだ。あまり一気にやってしまうとアレなのでそれなりに手加減しているが、本来数年から10年以上掛かると聞いているのでかなり助かっていると聞いた。

 ちなみに自衛隊の輸送機が落とした岩は黒くなり、注連縄も一部切れそうになっていたがレンが霊水を掛けて浄化すると、岩は白く戻り翌日には新しい注連縄がされていた。

 どうやら要石としてそのまま置いておくらしい。


「当家の長年の懸念、悲願が達成されたと言って良い。何でも言って欲しい。私の娘がもっと年頃であれば嫁に勧めるところなのだがな」


 ちなみに久道は28歳。娘は6歳である。9歳差はそれほど気にならないが流石に現在では幼すぎる。

 漣少年や現代の感覚では18歳から20歳以上。レンのハンター時代の感覚では15歳。貴族の感覚だと12,3歳くらいから婚約や結婚が行われることもある。

 それ以下の幼女趣味も帝国貴族ではそう珍しい物ではなかったが、レンの感覚としては15歳から女性というイメージが強い。

 数えなので現代だと14歳だろうか。葵や美咲でギリギリという感じだが、レンはそれほど結婚や女性との付き合いにはまだ積極的に動く気はないので縁談はノーサンキューである。


「どうも急に家を興すことになったので正直そういう金銭感覚はわからないんですよ。億を超える金額は大金という感じです」

「だが金は掛かるぞ。稼げる金額もでかいがな」


 例えば霊剣。鍛冶師に打って貰うと数千万は普通に掛かるらしい。術具や陰陽道に使う紙やインクも特殊な物で、ロープや狩衣などもきちんとした物は通常の金額より0がいくつも多い。

 札に使う良いインクは1瓶数百万円することも珍しくないのだとか。

 水琴は大蛇丸は1億円出しても買えないと言っていたが、そういう世界なのだろう。確かに幾らあっても足らなそうである。

 ハンター時代に魔剣に手を出そうとして金額に驚いたことがあるが、似たようなものだろうか。

 魔法金属は通常の金属より遥かに高い。ハマっていた錬金術の素材なども一般的な金銭感覚では頭がおかしいと思われるレベルだろう。

 特にレンが使っていた素材などは手に入れるのも難しく、白金貨を何十枚も使い、そして実験に失敗すれば灰となる。そういう世界だ。


「それに当家は封印を守る必要がなくなった。今後はそれほど金銭を必要とせぬ。忍者たちも傭兵として他家に貸し出していたりしたが、人員を減らしても良いくらいだ。そういえば玖条殿は忍者に興味あると言っていたな。当家から人員を融通しようか?」

「えっ?」

「当家の忍者は信濃望月家や甲賀望月家の流れを組む忍者と甲斐武田家に仕えて居た忍者の流れを組む者たちだ。腕は良いぞ」


 甲斐忍者というと歩き巫女だろうか。それとも透破などだろうか。望月家と聞くと望月千代女というくの一の名は文献で見たことがある。女性だけで構成された忍者集団の巫女頭としての名が残っている。

 だが本当に腕のある忍者というのは歴史に名の残らないものらしい。

 忍びの者が有名になるというのはある意味本来の忍ぶ目的と相反しているからだ。

 服部半蔵や風魔小太郎などは襲名制で本名ではなく頭領の通名だ。


(確かにうちの周囲を伺っていた諜報員の中ではレベルが2つくらい違ってたな)


 レンは斑目家の忍者と接触した際後ろを取っているが、アレは隠密装備と〈影渡り〉という術で忍び込んだだけだ。

 不意打ちではなく、お互い認識していない状況で戦うのはあまり歓迎したくない。

 アーキルたち蒼牙も強力だったが、鳥居と言う男の腕前は見ただけで高いのがわかる。


「興味はありそうだな。他の忍者などを雇えば必ず間諜が入る。当家はそういうことはしない。玖条殿は我らの恩人だからな」

「あははっ、それではお願いします」


 レンは鷺ノ宮信光からいくつか雇える忍者集団のリストも貰っていたが、鷺ノ宮家の息が掛かっていることは間違いない。

 黒鷺や彼が連れてきた秘書たちは有能だが忍者まで頼るとレンの情報が筒抜けになる。

 それに斑目家の忍者になら〈制約〉も掛けやすい。

 最初にあった時より雰囲気が明るくなった久道をレンは信じることにしてみた。



 ◇ ◇



「望月重蔵と言います。以下19名。いつでもご命令をお聞きします」


 レンの口座には30億円の金銭が。それといくつもの霊刀、霊槍、盾や狩衣、術具などが送られ、更に忍者まで礼として受け取った。

 とりあえず今年度いっぱいの給料は斑目家が持ってくれるらしい。


「よろしく。まだ拠点も用意できてないんだ。ちょっと待ってね。あとまだどういう仕事を任せようとかあんまり決まってないんだけどね」

「とりあえず周辺の退魔の家や犯罪組織などの情報を集めさせましょう。また〈制約〉という術も受け入れます」


 斑目久道が送ってきてくれた忍者たちは男性14名、女性6名の20名だ。若手で構成されているが望月重蔵は頭領望月重元の3男らしく、組頭を任されていたらしい。

 全員一気に来られても受け入れ準備ができていないので挨拶を受けているのは重蔵だけだが、レンが条件にした〈制約〉を受け入れることも全員問題ないと言う。

 構成は比較的若手が多く、重蔵も20代後半である。2人ほど40代の年長の者が居り、彼らは指導役を兼ねているのだとか。


(こりゃさっさと拠点買って改装しないとな)


 黒鷺おすすめの物件はビルであるのに1億円しないという破格の値段だ。

 これも目に見えない報酬の1つなのだろう。

 レンとしては蒼牙と重蔵たち20人を今後雇って給料を払わなければならない。1人1000万払えば30人で年間3億円だ。16億円など5年も持たない。貰った30億円も含めても15年だ。せめて黒字とは言わないがトントンになるくらいにはしないと行けない。

 大体忍者にどのくらいの給料を払うのが適当なのかもわからない。


「そういえば斑目家は傭兵みたいに忍者を貸し出してたっていうけれど、そういう伝手もあるの?」

「ありますが山梨県から長野県が主流でしたし、流石に斑目家の客は奪えません。近隣の弱小勢力などに話を持ちかけたら良いのではないでしょうか。こちらでも需要はあるかもしれません。ただ他家との兼ね合いもあります。調べてみなければわかりませぬ」

「獅子神家が最近戦力不足って言ってたしありかもなぁ」


 どのくらいの値段が適当なのかわからないが、獅子神家は襲撃を受けて戦力が減っている。元々あまり大きな家ではないので被害の影響が大きいと聞いている。

 金銭でなんとかなるなら傭兵を雇うことも受け入れてくれるだろうか。問題は玖条家は新興で信用がないことだ。アーキルたちなど見た目や言語の問題もあるだろう。

 ただ葵は自身で英語を勉強していたが、退魔の家の者たちは語学も堪能だ。少なくともレンの知っている灯火や楓、美咲も数ヵ国語問題なく習得しているらしい。

 他国の諜報員などの言葉がわからないというのは問題らしく、昭和後期から英語、中国語、韓国語、ロシア語などを中心に学ばせるのが主流だという。他にもヨーロッパ系の言語も習得しているものも多い。


 レンは獅子神家に関しては今度水琴を通して聞いてみようと思った。如月家はおそらく必要ないだろう。他の近隣の退魔の家は正直あまり情報もないし知り合いもいない。

 新しく作る法人は名目は警備会社だ。警備員の派遣という形態になるのだろうか。そういうところもよくわからない。

 ちなみに重蔵たちは警備部門という部署に所属していることになっていたらしい。


(これじゃアーキルの言っていたPSCだな)


 PMCのMはミリタリーだがPSCのSはセキュリティのSだ。より警備や警護の色が強い。

 日本でPMCはあまり需要がないだろうと思っていたが、斑目家が忍者を戦力が足らない懇意にしている退魔の家に貸し出して金銭を稼いでいたというのは傭兵と変わらない。

 つまり退魔の世界ではそういう需要も日本でもあるのだろう。


(アーキルたちも派遣したら喜びそうだな)


 彼らは未だ暇している。蒼牙が元々所属していた組織のメモリデータからかなりの情報は抜けたし、横浜の情報屋などから新しい情報も買えるがレンは今買いたい情報はすぐには思いつかない。


「とりあえず聞いてみるけど僕を調べてる諜報員たちの家なんかを調べるのを優先しておいて。後のことはまた考えるよ。この世界のことはまだよくわからなくて相談することもあると思うけど宜しくね」

「ハッ」


 重蔵は任務を与えられて喜んでいたが、レンは一気に話が進みすぎて少し食傷気味だった。



 ◇ ◇



「それでレンくんはあんなにぐったりしているの?」

「そうなんですよ。ふふっ、なんか可愛いですよね」


 水琴は葵と庭にあるテーブルで話しているが、レンはハクの毛皮に埋もれてモフモフしている。

 獅子神家は大水鬼討伐は要請されなかったが、大水鬼が復活し、大きな討伐部隊が組まれたことは知っていた。

 だがレンがそれに参加し、功を上げて玖条家を興すなんて話はレンから聞いて驚いたものだ。

 更に外国人の傭兵集団を雇い、忍者まで雇ったのだと言う。

 傭兵集団は実は水琴たちを攫った組織の実働部隊の1つなのだがレンはそこまでは言っていない。


「私も新しい退魔の家を興すとかはよくわからないわね。でも戦力を貸してくれるならうちは助かるとは思うわ。相場とかはよくわからないから父か祖父と相談して欲しいけれど、聞くだけ聞いてみるわ」

「いいんじゃないですか。ちなみに傭兵集団はめっちゃ強いですよ。特に集団戦がすごいです。少なくとも私は狙われたら絶対負けますね」

「そんななの。それは凄いわね」

「アーキルの剣術は今の水琴でも負けるかもね」


 復活したレンが会話に混ざってきた。モフモフタイムは終わったらしい。

 葵もだが水琴もたまに彼らの毛皮に埋もれさせて貰っている。

 温かくてふわふわでなかなか気持ち良い上に巨体なので乗ったまま寝たり箱座りしているところにもたれかかると気持ち良いのだ。

 乗せて貰って走って貰ったこともある。物凄いスピードだが視点も高くそうそうできない体験であった。


「それは興味あるわね」

「あとはナイフ術の達人とか、銃なんかを巧みに使う人員もいるよ。そういう相手対策のインストラクターなんかでも派遣するよ。それなら獅子神家の強化にもなって獅子神家の技が盗まれることもないからいいんじゃないかな。忍者たちはまだ実力を試してないから知らないけどね」

「そういう方向性なら父も興味持つかもしれないわね。集団戦や現代兵器対策、諜報部隊対策なんかはうちはかなり弱いもの」

「銃も効果的に使えば強いよね。僕は身をもって体験したよ」

「剣で打ち合ってる最中に隙をついて銃弾が飛んでくるんですよ。霊力も感知できないし食らうと死ななくても隙ができるのでかなり厄介でした」


 葵もアーキルたちとの模擬戦を経験して痛い思いをしたと語る。

 霊力を纏っている為実弾でも致命傷にはならないし、大体肌が出ている部位に直接喰らっても肉にめり込む程度で済むが、大口径の銃や霊力を込めた弾丸は霊力の鎧も破壊して当たりどころが悪いと重傷を負うと教えられた。

 そんなのを至近距離で実弾霊力弾、そして術を混ぜて撃たれまくるのだと言う。


「それは私もイヤね。あの襲撃や誘拐事件、それにレンくんと知り合ってから強くなりたいって欲求が強くなったわ」

「私もレン様を守れるようになります!」


 水琴は獅子神家では上から数えた方が早いレベルで強いが、接近戦では年下の葵にまだ敵わず、魔法や魔術ありならカルラたち従魔が居なくてもレンにも近づくこともできない。

 霊力量では水琴はレンには勝っているが効率や使える幅が違うのだ。


「でもぐったりしているレンくんはレアね」

「そうでもないよ。水琴の前で見せることが少ないだけさ。色々あるんだよ。前の人生で貴族になったり宮廷魔導士になった時も大変だったのを思い出したよ。立場が変わるとその立場なりの教養なり常識なりマナーやローカルなルールもあって順応するのも大変なんだよね。派閥とかもあるんだろうし、忍者も勢いで貰っちゃったけどこんなに早くなくてよかったんだよ」


 レンはテーブルについたがやはりぐったりしている。肉体的にではなく、精神的に疲れているのだろう。


「忍者ねぇ。傭兵も興味あるけれど忍術も興味あるわね。まだ戦ったことないのよね」

「僕もないよ。ただ忍術は凄い興味ある。何とか遁の術とか使うのかな」

「そんなのも知らずに雇ったの?」

「雇ったっていうか、譲られたんだよ。ありがたい話だけどね。腕は良さそうだし僕1人じゃできることも限られるし、カルラやハクはあまり表に出したくないし日本人の手下ができるってのは使い所が多そうでいいけどね」

「外国人を雇う家も多くなってるらしいけれどやっぱり目立つものね」


 一昔前の日本は外国人の存在がかなり珍しかったらしいが、近年は中国系を中心に外国人の存在も増えている。

 国策として観光に力を入れているというのもあるのだろうが、島国で1民族国家なので肌の色や髪の色が違うと目立つのだ。

 水琴はあまり気にならないが40代以上の者たちから話を聞くとかなり増えている印象があると言う。


「まぁ最近はそんな感じで大変なんだ。ビルも買うことになったし」

「あら、凄い。玖条家の屋敷を建てたりはしないの?」

「別にココを拠点に決めなきゃならないってこともないでしょ。しばらくはココに居るつもりだけど海の傍とかもっと平和な地域とかに引っ越しとかも考えてみたいね。日本でも行きたいところいっぱいあるし」

「京都奈良はやめたほうが良いですよ。複雑でぐちゃぐちゃなので余所者の術者集団はかなり嫌われます」


 レンが将来的に東京を離れる可能性を示唆すると葵が即座に京都奈良はおすすめしないと言う。

 水琴はあまり他の土地は知らないが京都奈良のように寺院神社があれほど密集していれば色々とあるのは察せられる。


「観光には行きたいけど拠点を構えるのはやめておくよ」

「それがいいです。弱小勢力は絶対どっかの寺院や神社の傘下に組み込まれますからね」


 獅子神家は独立色が高いが神社でも系統や派閥というのはある。

 稲荷神社、天満宮、春日神社、諏訪神社など分社が多くある神社も多い。

 他にもその地方だけに強い神社などもある。


「まさか生まれ変わってもおんなじ苦労をするとは……こういうとこはもっと便利でもいいと思うんだけど。科学が発達した世界は便利だけど法律は細かいし厄介な部分も多いよね」

「私は生まれも育ちもココだからそういうことはわからないけれど、そういう物なのね」


 水琴は「異世界でも苦労は変わらない」と嘆くレンを眺めながら逆にレンの住んでいた世界にもし行けても大変なことは多いんだろうなと苦笑した。



 ◇ ◇



「ようやくちょっと落ち着いてきたかな」

「そうですね、なんだかずっと慌ただしくしてましたからね」


 レンは大量の書類仕事を終えてまたハクのお腹でぐったりとしていた。

 だがレンが、玖条家が退魔の家として認められたことで周囲がかなり静かになった。

 斑目家がやっている建設会社がビルの改築も進めてくれている。

 とりあえず一段落と言うところだろう。


 獅子神神社への襲撃に横槍を入れてから連続して事件が起こった。レンも大きく絡んでしまったがこれで一連の事件も流石に収束するだろう。

 何よりクローシュと〈大水鬼〉の時にはかなり無理をした。レンとしてはしばらく落ち着いて鍛錬と勉学に励みたいところだ。

 やりたいことも知りたいこともはまだまだある。

 とりあえずこの国に地盤の基礎は作れたはずだ。今後はどうなるかわからない。


 顔を上げると葵と目があったのでくすりと笑った。

 どうやら気付かないうちに羽妖精がレンの髪の毛をおかしな形にしていたらしい。

 涼しい風が湖の方向から吹いてくる。羽妖精が飛ばされたのをみて顔を見合わせ、また笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る