038

「私もレンくんのことを玖条様って呼んだ方がいいのかしら」

「なんですかソレ」

「普通他家の当主をくん付けでは呼べないわよ。私は一応如月本家の者だけれど、当主でも次期当主でも候補ですらないもの。立場というものがあるわ」

「公式の場ならともかく、私的な場でそんな呼び方は勘弁してください。公式な場で麻耶さんと会う機会があるのかわかりませんが」

「えぇ、では改めて宜しくね。レンくん」


 レンは笑いながら麻耶に返した。

 麻耶も本気ではないのだろう。笑っている。ちょっとした茶目っ気だ。

 麻耶は最初はできる女性風であったが、付き合いが深くなるにつれてこういう可愛らしい冗談も言うようになってきた。

 本人は中間管理職な立場で大変らしい。


「それにしても驚いたわ。それに鍛冶師や術具の制作者ならうちも紹介してあげるわよ。紹介料は貰うけれどね」

「そういう家だと水琴から聞いています。信光翁から紹介された職人が気に入らなければ紹介してもらうこともあると思いますが」

「流石に鷺ノ宮家から紹介される職人は日本でもトップレベルの人たちだと思うわよ。通常は紹介状がなければ会っても貰えないし、売って貰ったり作って貰ったりなんてできないわ」

「そういうもんなんですね」

「レンくんはそういうことも知らないものね。実力と知識がアンバランスで危うく感じるわ。それにしても白宮家の令嬢を保護してたのね。全く気付かなかったわ。どこに隠しているの」

「それは秘密です。ですがあの場で浄化水を操ったのは彼女ですよ」

「白宮家についてはあまり知らないのよね。今度調べてみるわ。表に出せるようになったら紹介してね。中学生か高校生くらいなんでしょう? 学校には通わせないの」

「それは考えています。今後の展開次第ですね。というか親の承諾なしでの転校手続きとかどうするんでしょう」

「玖条家当主となるなら、玖条家が保護者として手続きをするんじゃないかしら。でもレンくんもまだ高校生だものね。良かったら相談に乗るわ」

「えぇ、困ったら相談します」


 帰り道にそんな話をしながらレンは帰路についた。今は麻耶に送迎を任せているが、自前の移動手段が欲しいなと思う。

 とりあえず16歳になったらバイクの免許を取ろうと思う。車の免許が18歳なのがもどかしい。

 アーキルたちは運転はできるのだろうが免許とかどうなるのだろうか。


(知らないことがたくさんあるな。どうしたものか)


 会談はうまく行ったと思う。家を興すこともおそらく提案されるだろうと思っていたし、それが良いと思っていた。

 水琴などから退魔の家については教えて貰っていたし、片平家の人員を〈洗脳〉してどんな制度なのか知っては居たのだ。

 後はタイミングだけだ。鷺ノ宮家から提案されたというのも良い。

 自身で興そうと思って興せるようなものではないのだ。1円と書類で作れる会社とは違う。


(しかし16億円か。ちょっと現実感がないな)


 自前で何億円か表に出せないお金も手元にあるが、大きなお金というのはある一定を超えると使い道に困るものだ。

 少なくとも静かに生活していくのなら一生遊んで暮らせるだろう。

 だがローダス帝国でも錬金術や魔術の研究というのは非常に金の掛かることだった。

 こちらの世界でも同様だろう。術具など揃えればどれだけ掛かるかわからないし、忍者を雇うなら報酬を払う必要がある。装備や拠点なども必要になるだろう。

 そう考えると16億円などすぐ消えてしまいそうにも思える。


(お金ってどうやって稼ぐんだろう。妖魔退治を行うと政府から金銭なんかが報酬として払われるって聞くけど、水琴もそういうところは詳しくなかったんだよな)


 水琴は神社の獅子神家の娘だが経営にまで携わっているわけではない。

 ある程度のことは知っていても詳しいわけではないのだ。

 金銭的な事情は家に寄って異なる部分も大きいだろう。如月家などは妖魔退治などの他にも情報を集め、それを売ることで生業としている。

 今回のように様々な家のつなぎとして使われたりもしている。

 斑目家などは建設会社を持っているそうだ。他にも副業というか、フロント企業を持っている家は多い。

 それらの情報はアーキルたちの組織が調べたデータにあった。

 だがレンが新しく玖条家を立てたからと行ってすぐさま事業が始められるわけでもないし、どういう事業を行えば儲かるのかもわからない。


(アーキルや葵のことなんかは解決しそうだけど、考えることは尽きないね)


 レンは麻耶と別れ、〈箱庭〉で葵にお気に入りの茶葉の紅茶を入れて貰いながらなかなか落ち着かないなと頭を悩ませた。



 ◇ ◇



「え、学校ですか? どっちでもいいです」

「え、そうなの」

「えぇ、レン様のお世話をできるのが1番です」


 葵に軽く学校について触れてみたがそう返答が返ってきた。

 しかしこのままだと葵は中学中退ということになる。というか現実的には葵は生死不明の行方不明者扱いだ。

 だからせめて戸籍くらいは正常な物にしてあげたいと思う。

 学歴についてはレンも一応偽装として通ってはいるが、それほど重視していない。

 今は年齢的な問題で働いたりもできないがそういう問題さえクリアすれば葵なら正直どうとでもなるだろう。

 美咲が豊川で匿ってくれるという話もあったし、今もレンが匿っている状況だ。

 普通に表に出してあげたいとは思うが現状本人に不満はないのであろうし、別にレンも負担に感じていない。ご飯などを作ってくれてありがたいくらいである。

 少なくとももうレンは葵と葵の意思以外で手放す気はなかった。


「レン様が行けと言うなら行きますよ? その辺はどちらでも」

「う~ん。まぁ白宮の家の問題が解決してからの話だけど、解決しそうだからそういう現実的なところもある程度目処が立ちそうだから聞いてみたんだけど、案外あっさりしてるね」

「あの家に戻る気はありませんし」


 葵はさらっと言う。聞いた話だが白宮家では葵の扱いは少なくとも良くはないし、前当主も現当主も葵は信頼していない。

 レンは帝国貴族的な考え方も知っているのでそれほど酷いとはあまり思っていないが、現代的な考え方ではないのは事実だろう。

 貴族より平民の女性の方が自由を謳歌していたりするものだ。ただ生活水準や攫われて売られる可能性など治安の差などは大きいが。


(僕の考え方はあまり常識的な自信がないから本人に聞いてみたんだけど、丸投げだな。しまった、予想できてたはずなのに考えてなかった)


 葵はレンの言う事はほとんど聞く。神霊の血のせいなのか、そういう家で育ったのか、本人の資質なのかは定かではないが、レンに対しての奉仕精神に溢れているのは確かだ。

 レンからするとメイドやメイド長というイメージが強い。

 一般メイドよりは物を言うが、指示には従う。そういう存在だ。

 かと言って明確な主従関係があるわけでもない。


「まぁもうちょい話が纏まってから決めようか。葵も絶対に行きたくないわけではないんでしょう」

「お任せします。学校の勉強なんて教科書を読めば大体わかるじゃないですか」

「それはそう僕も思うよ」


 レンは苦笑した。教科書を3年分丸暗記し、日本の上位の大学の過去問などもレンはすでに解くことができる。

 合格するかどうかは基準がどの辺りかしらないのでわからないが、少なくとも旧帝大の問題も8割程度は解くことができるし、大学入試共通テストに関しては9割を超える。

 先日は英語の国際テストの問題を解いてみたが8割ほどは正解できた。

 きちんと対策すればもっと良い点が取れるようになるが、英語は実用としては今のところ十分で別の言語の習得を優先している。

 葵もレンがタブレットを与えて好きな本を購入するように言って居て、レンが購入した本なども読んでいるらしい。

 レンが調べているので葵も色々読んでいるらしく、一緒に歴史や宗教の勉強なども行っている。

 本を読むだけではなく、他人の見解を聞くのも大事だ。


 そういう意味ではアーキルたち蒼牙の者たちは欧州や中東、西アジアから中央アジアまで様々な宗教に詳しく、そちらの宗教観もそれなりに理解できてきた。

 ただアーキルたちの言い分はイスラム系の見方なので、キリスト教などから言わせればまた違う見解が聞けるだろうが神父や牧師に知り合いは居ない。

 近くにある教会はあるが、魔力持ちは存在しないので表向きの教義しか聞くことしかできないだろうし、流石に手を広げすぎても間に合わないので教会に通ったりはしていない。


 諏訪湖旅行では神社や寺院などの観光も楽しめたので近所の神社や寺院なども訪ねて見ようと思っている。

 神社や寺院には普通に魔力持ちが働いている。ただ少数で参拝する程度ならともかく大人数で行く場合には先に連絡を入れるのが常識らしい。


「それよりも〈乱魔〉の出来具合見てください。ちょっと感覚掴んで来たんです」

「うん、じゃぁやろうか」


 レンは思考を切り替えて、いつもの稽古を葵と行うことにした。



 ◇ ◇



「黒鷺と言います。玖条様の補佐に派遣されてきました。実務などはお任せください」

「よ、よろしく?」


 信光から実務を担当する者を派遣するとメッセージを受け取り、家の近くの喫茶店で黒鷺を名乗る男に挨拶をされる。

 鷺ノ宮家が後援して退魔の家を興す実務などはレンはわからないだろうということで、信光が気を利かせてくれたのだろう。


(それだけじゃないだろうけれど)


 どう考えてもレンに付けられた監視だが、実際実務はわからない。見せたくない部分は見せず、お互いに利用する。そういうビジネスライクな関係が良いだろう。

 他貴族の執事などとの関係を思い出しながら、レンはダークスーツに包まれた視線の鋭い男に対して対応することを決めた。


「と、言っても書類を書いたりと言ったり登記したりということはありません。既に玖条家は退魔の家として政府機関に登録され、玖条様はすでに当主として認識されています」

「えぇと、じゃぁ何をやればいいのかな」

「とりえあず法人を作るのが良いかと。警備会社などどうでしょう。外国人傭兵を雇っていると聞きますし、名目上そうして置けば良いだけで実際に業務を行う必要はありません。そうすれば法人として登記する必要がありますが、様々な出費を経費として計上できますし。個人に掛かる所得税にも優遇処置はありますが、退魔の家が経営する法人に対する税金はより安いのでそちらで管理されたほうが良いかと。ただ拠点となるテナントなどは手に入れたほうが良いと思います。近隣の物件でおすすめの物をリストアップしてあります」


 聞いてみると藤森に貰った3000万円や今回の報酬に関しては既に税金の処理は終わっているという。

 獅子神家に貰った刀剣類は銃砲刀剣類登録証をきちんと発行してもらったが、信光から貰った短刀はそのような登録証は必要ないと言う。今後もある程度の武器の所持は問題にされないようだ。

 警察などに職務質問された場合はどうなるのか聞いてみたが、そういう部署に確認して欲しいと警察官に言えば問題ないと言う。

 当然街中を刀を抜き身で持ち歩けば問題になるが、レンは〈収納〉に基本的に仕舞っているので問題ない。


「テナントっていうか、おすすめはビルの一括購入なんだね。ビルってこんな値段なの? なんか安いのが混ざってるけど」

「おすすめは鷺ノ宮家か関係している家が所有しているビルになるので、割引価格で表示されています。こちらなどは家からも近く、5階建てのビルで地下駐車場も広いのでおすすめですよ」

「いや、そんな使う?」

「傭兵や忍者たちの拠点にするのならば彼らの住居兼会社としてしまえば良いのでは。今後他家との会談もあるでしょう。応接室なども用意されたほうが良いと思いますよ」

「あ~、何人雇うかによるけど住居としても使うのか」

「マンションやアパートなどを一棟纏めて買ってしまうのも良いかと思いますが、一般の人が住んでいる住宅に分散させるよりはそちらのが良いかと。何十人でも住める大きな屋敷を構えるのも良いかと思いますが」


 水琴の家などはそんな感じだ。日本家屋の屋敷という感じで、築年数は古いがかなり大きい。


「う~ん、そう考えるとそのおすすめのビルは悪くないね」

「改装業者なども手配いたしますよ。住むのであれば水回りの改装なども必要になりますので」

「なんか考えなきゃいけないことがいっぱいだな」

「そのために私が派遣されました。どうぞ使い倒してください。それなりに教育されておりますので」


 黒鷺は自信ありげに言った。少なくとも日本の法律や退魔の家の事情などはレンは詳しくない。


(うん、丸投げしよう。悪いことにはならないでしょ)


 多少スパイ行為はされるだろうが、それはもう諦めている。ならば任せてしまっても良いだろう。

 レンは昔から書類仕事や実務が嫌いなのだ。

 幸い貴族に叙されてからは優秀な執事長に丸投げしていた。

 レンはちょっと特殊な貴族へ成り上がり、帝家との仲も昵懇と言って良かったので領地などは持っていなかったし公務も半ば趣味の魔術研究のようなものだった。

 何でもそうだが最初の実務はとても面倒なものだ。そういう部分を任せ、落ち着いたらちゃんとした者を探して雇えば良いのだ。


(それよりも忍者や霊刀の鍛冶師とかの方が気になってるしな~)


 レンにとってはそちらのが余程大事だった。

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