037.会談2

「カカッ、久しいの」

「どうも、鷺ノ宮翁。今回は人が多いのですね」


 レンは麻耶に送って貰い、鷺ノ宮信光との2度目の会談に臨んでいた。

 案内されたのは前回と同じホテルで、警備が厳重なのも変わっていない。

 だが顔ぶれは違う。

 信光信孝に加え、2人の知らない男たちが居る。

 信光は60から70代だろうか。信孝は40代に見える。しかし残りの2人はまだ若く、20代から30代前半だろう。


「彼らは儂の孫に当たる。信時と信頼じゃ。長男と3男の子じゃの。特に信時は年が近かろう。22じゃ」

「信頼です。噂の玖条殿がこんな可愛らしいとは」

「信頼兄さん、それは失礼な言い方じゃ。鷺ノ宮信時です。よろしく、玖条くんと呼んで良いかな」

「えぇ、どうぞ。信頼さん信時さん」


 いつもの執事と警備の者もいる。そして違うのは麻耶がこの会合に招かれていることだ。


「とりあえず少し早いかもしれぬが夕食にしよう。今回はフレンチじゃ」


 信光は食事を楽しみたいのか今回も夕食に誘われている。前回は突然だったが今回は最初からそういう話だった。

 出されたフレンチは「シェフを呼んで礼を言いたい」レベルで美味しかった。もちろんそんなことは実際には行わないが、そのくらいレベルが高かったのだ。

 水琴の料理の腕も高いし、葵の料理もどんどん美味しくなるが単純に材料や技法のレベルが違う。

 やはり専門家、更に信光が利用するようなホテルのシェフはすごいんだなぁと感心するばかりだ。


 食事中は比較的無難な話題になっている。信頼は会社員、信時は大学生で普段の生活などの話をしてくれるし、レンの学校生活についても聞いてくる。

 マナーについては一応書籍で学んでいるがちゃんとしたフレンチは初めてだ。レンは少し緊張しながらも食事の美味しさにマナーを忘れそうになった。




「さて、では移動して話そう」


 隣室にある応接間。今回は席数が多い。

 信光、信孝を正面に、左右前方に信頼と信時がシングルソファに座り、レンの横には麻耶が座っている。

 そしてさっきの部屋に居なかった男もいる。ピシッとしたスーツ姿の初老の男で、堅苦しい職業についてそうだなとレンは印象を持った。後ろに2人の部下を連れているが同様の印象だ。


「まずは討伐の話を本人から聞いてみたいと思うが、その前にやるべきことがある。報酬があるじゃろう。しかし玖条くんの持つ口座に入れるには問題が起きる。だから彼を呼んだ。鷺ノ宮家がメインバンクにしている銀行の副頭取だ。報酬はそちらに口座を作って貰い、そこに振り込む。それで良いかな」

「えぇ、構いません」


 銀行印を持ってきてくれと言われたので予想はしていたが、まさか銀行の副頭取が直接来ているとは思わなかった。そして堅苦しい職業だろうと予想したことは当たっていた。


 レンは銀行員の部下が出す書類にいくつか署名や記入をした。そして印鑑を渡す。

 渡されたボールペンが書き味が良く、どこのか気になりみたがMONTBLANCという表示があった。

 レンも知る有名メーカーだ。良品とはこれほど違うものかと単純に驚きがある。

 レンが高級文具に興味を惹かれた最初の経験はそれだった。

 その後レンは様々な高級文具を買い揃えることになる。


 必要な書類に記入をすると男たちは部屋を立ち去って行った。

 後日レンの家に通帳やカードなどを届けてくれるという。その口座には信光が約束した報酬が入っているはずだ。

 銀行はとっくに業務を終わっている時間だと言うのにわざわざ副頭取が足を運ぶとは驚きだが、レンの預ける金額を考えれば今後はお得意様だ。更に鷺ノ宮家が懇意にしている銀行というのもあるのだろう。

 レンでも知っている都銀のナンバー2が来たということに、レンだけでなく麻耶も驚いていた。


「さて、報告書は得ているが本人から見た討伐の状況を教えてくれないかね。儂も現場に行って見学したかったものじゃが流石に部下たちに止められての。せめて話だけでも聞きたいと思ったのじゃ」


(この老人はまったく……)


 鷺ノ宮家がどれほどの規模の家かはわからないが、皇室に連なる家なのだ。そんな家の当主が危険な妖魔討伐に足を運ぶなどそりゃぁ周囲も止めるだろう。

 しかも後継者候補はきちんと居るのだろうが、老人だ。

 だが目の前の老人がただの老人でないことはレンもわかっている。

 内包している魔力、聖気、どれも潤沢で研ぎ澄まされている。

 レンが直接知る術者の中で最も警戒すべきはこの老人なのだ。

 この老人が出張れば大水鬼の討伐ももっと簡単にできたのではないかと思わざるを得ない。

 高貴な家柄だからこそ、簡単には動けないというのは理解できる。


「そうですね。ではまずは……」


 レンはレンから見た大水鬼の異様。そして防御力や回復力、汚染能力の強さをあげた。更に自衛隊の攻撃や陰陽師や僧侶、神官たちの攻撃が大水鬼に効果的で、且つ見たことのない強力な術だったと褒め称えた。

 レンは斑目家から大水鬼が瘴気の力が強いと聞いていたので浄化能力の高い水を操る術者を用意したと言い、傷ついた大水鬼の核を発見し、止めを刺したと端的に説明した。

 本来自身の功績は大きく誇るべきだろうが、それであまり手札を探られるのも面白くない。

 戦いを覗くどこかからの視線も感じていたし、以前から変わらない遠くからの視線もあった。

 報告があったと言っているが明らかにそのうちの1つは信光が手配したのだろう。

 現場を遠くから視ていた監視者が居るはずだ。


「ふむ、協力者については気になるがそれは置いておこう。良い語りだった。現場の様子が見えるようであった」


 術士の術の一部は録画にも映るが映らない物も多い。それはレンも色々と試して少なくとも市販の物ではできないことを確認している。

 しかし霊視などもあるのだろうし、そういう魔道具はないのだろうか。

 レンは通常映らない霊系の魔物などを録画する魔道具を実は持っている。

 今回もこっそり録画している。

 もちろん提供する気も教える気もないが、現代科学とこちらの世界の錬金術なんかを組み合わせてできそうな気もするが、そういう研究はされていないのだろうか。


「さて、まずは約束していた前金1億円。そして後報酬に5億円であったな。更に追加報酬に10億円つけよう。正直100億円付けても儂は良いと思うのじゃがやり過ぎじゃと財務担当に怒られての。代わりにコレを用意した」

「コレは?」


 信孝が持っていた箱型のバッグを渡される。黒い革で覆われた細長いケースで取っ手もケースもかなり高級感溢れる仕上がりになっている。


「もうそれは玖条くんの物だ。受け取って欲しい。開けて良いぞ」

「それでは失礼して」


 箱を開けると中には1本の短刀が入っていた。鞘にはおそらく魔力を抑える効果が付与されていて、抜いてみると40cmほどの刃渡りのきれいな波紋をたたえた霊刀が姿を見せる。


「これは、すごい物ですね」

「我が家の宝物庫にあったものじゃからな。売れば100億円はくだるまい。だがもし売るというのならば儂が買おう」

「いえ、大事に使わせていただきます。使う機会がない方が良いものですが」

「カカっ、そうじゃな。武器というのは本来は抜かぬのが1番良い」

「そうですね。ありがとうございます」


 レンがこちらの世界で見た中では最も格が高い魔剣と言える。

 銘は小茜丸と言うらしい。茜色の柄紐から取っているのだろうか。それともうっすらとピンク色の刀身からだろうか。

 火炎術と相性の良さそうな魔剣だ。大事に使わせて貰うことにする。

 フルーレやシルヴァはあまり人前では使えないが、正式に貰った剣であれば大手を振って使える。


「さて、話を続けよう。まだこちらも話はあるが求めたい物があると言うておったな。それを先に聞きたいの」

「えぇ、では」



 ◇ ◇



 鷺ノ宮信時は大水鬼討伐の報告書を読んでいたし、レンについての話も聞いていた。

 だが実際に会ってみると若く小さい少年であることに驚く。写真も見たことがあるし年齢も身長も報告書に書いてあったにもかかわらず、本当にこの少年が霊力に目覚めてから半年でこれだけのことを成したなどと信じられない。


 しかも信時は信光がこれほど機嫌よく話しているのは初めて見るほどだ。

 年の離れた妹である可愛い孫と話す時は優しいが、信時や家臣、他家との者と話す時は驚くほど厳しいものだ。

 しかしレンと話す時はまるで孫を可愛がる老人のように機嫌よくしゃべっている。

 実孫である信時でもこれほど可愛がられたことはない。


(まぁそれは事情もあるから仕方ないのだろうけれど)


 信孝も信頼も信時も、もしかしたら鷺ノ宮家を継ぐかも知れない立場である。

 女孫には甘い祖父は男孫には幼い頃から厳しい態度を崩さない。

 そういう意味ではレンに対する態度は男孫を可愛がれない代償なのかもしれない。

 ただ報酬の高さにも驚きだ。個人に、16億円。おそらく今回招集された家でもそれほどの報酬は出てないはずだ。

 更に小茜丸の譲渡。鷺ノ宮家が持つ宝剣の1振りだ。同様の刀はいくつもあるし、より上位の刀もある。だが貴重な物であることも間違いはない。

 実際100億円と言っていたが上位の霊刀となれば値段などあるものではない。

 欲しいと思ったからと言って金を積めば手に入るものではないのだ。


 そしてレンの大水鬼討伐の語りが終わり、レンは祖父である信光にいくつか要求を行うと言う。

 先程まで談笑していた少年が、鷺ノ宮家当主である信光と対等に交渉している。それも驚くべきことだ。


「まずは2つ。1つは今回の討伐に連れて行った従者の1人です。その者は日本人ではなく、外国人の傭兵のようなものですが、私の軍門に下り、部下としました。正規の方法で日本に入って居ないらしいのでもしかしたら日本では指名手配がされているかも知れません。その部下たちの存在を認めて欲しいのです。しかしこれは鷺ノ宮翁ができることかどうかわかりません。関係のないことであればお断りになって貰っても構いません」

「ふむ。まずは最後まで聞こうか」

「もう1つは白宮葵と言う少女のことです。私は彼女も保護しています。そのことについてお口添えをお願いしたいのです。今はなんというか、家出少女を保護しているような状況ですので」


 信光は顎に手を当て、少し考えるような素振りの後、頷いた。


「あの時に攫われ、行方不明になっている少女の1人か。死体が出なかったと聞いているがどこに隠していたのか。カカッ、その2つ。解決する簡単な手段があるぞ」

「なんでしょう」

「玖条家という退魔の家を興すのじゃ。正式に認められた退魔の家として玖条家当主になるということじゃの。さすれば部下としてその犯罪組織の者たちを使い、白宮葵を匿うのもそう難しいことではない。何、推薦も後ろ盾にも儂がなろう。退魔の家を興せば多少の義務は生じるが得る権利も大きいぞ。少なくとも現状よりも遥かに動きやすくなるじゃろう」


 信時は信光が玖条家を新しく興すのを許す気であることを知っていた。しかし本人が、鷺ノ宮家当主が後ろ盾になるとは思っても居なかった。

 同席している如月家などを使うと思っていたのだ。


「そうですね。退魔の家という制度があるのは聞いています。詳しくは知りませんが、検討させて貰いたいと思います」


 退魔の家というのは神社や寺院、陰陽師や他国から入ってきた術を使う家の総称だ。そのうち政府に認可された家を指す。主に妖魔や怨霊などに対策する者たちだ。

 税金の大幅な免除や刀剣、銃器などの所持が特別に認められる。ある程度法の枠組みを超えた行動を起こしても見逃される。

 しかし管轄している地域の妖魔退治や有事の際には依頼が入る。

 だがその依頼に強制力はない。ちゃんとした報酬が提示され、その難易度と報酬を比べて断る権利も持っている。

 持っているというか、強制できないという方が正しい。

 そのくらい日本の術者社会は複雑なのだ。


 ただ今回の大水鬼討伐や川崎事変のように大きな事件の時は近隣の退魔の家は自発的に動くことも大きい。

 古くからその地を守って来た家が退魔の家として制度化され、認められているのだ。

 元々やってきたことを現政府下でやっているようなものだ。

 もちろん功を上げれば報酬が入る。現金でなくても税の減免など実質的な報酬であることも多い。

 いつの時代も朝廷や幕府の元で似たような制度はあった。陰陽寮や寺院、神社に対する統制や要請。そちらは現在よりも断るなどという権利は存在しなかっただろう。報酬もどの程度でたか怪しいものだ。

 むしろ退魔の家の制度は過去よりも独立性が高く、緩い制限と言えるだろう。


「じゃが個人でこれからも行動するとなれば様々な制約が多いぞ。退魔の家を興すメリットは高いと思うがの。どうじゃ、麻耶くん」

「そうですね。どこかの家の傘下に入らないのならば、新しく家を興す。鷺ノ宮様の後ろ盾があるのであれば十分現実的かと。如月家としてもそちらの方が益がありますので推させて貰います」

「では前向きに検討させてもらいます。白宮葵については白宮家から返還要請があっても聞く気はありません。鷺ノ宮翁には関係ないことでしょうが」


(しかしうまいな)


 その外国人傭兵についても、白宮葵についても今回の大水鬼討伐に連れていき、功を立てさせている。

 新しい退魔の家を興す件についても既に想定内なのではないかと見える。


「まずは、と言ったな。他にもあるのじゃろう」

「そうですね。家を興すかは置いておいて、霊剣の鍛冶師などの紹介をお願いしたいと思います。霊剣や術具というのがあるのは知っていますがどこに頼めば良いのかは流石に伝手がないので」

「カカカッ、お主はすでにいくつも術具を持っているじゃろう。空を飛ぶ術具や姿を隠す術具を所持していると聞くぞ」

「襲ってきた者たちから奪ったものです。正式に買ったものでも自分で作った物でもありませんよ」

「まぁそういうことにして置こう。そちらについては承ろう。他には?」

「まだ良いのですか? それでは忍者を紹介して貰いたいですね。家を興すにせよ興さないにせよ手足となる部下が欲しいです。幸い十分な報酬を頂けたので雇うことも可能でしょう。ただそちらも伝手がありません。ご紹介いただければ、と」

「ふふっ、自前の諜報組織を作るか。それこそ退魔の家を興すべきじゃの。そうでなければ私兵を抱える危険集団と認識されかねん。じゃが良いじゃろう。いくつか当てを教えよう。実際に雇えるかどうかは直接交渉することじゃ」

「ええと、そんな大げさな話ではないんですが」

「そうなのか?」

「えぇ。単純に忍者というのに憧れがあるんです。なんか格好よくないですか?」

「カカカカカッ。面白い。面白いぞ」


 最後の瞬間、レンは見た目通りの少年のように照れて言った。

 演技なのかどうなのか信時には見破れなかった。だが忍者を雇うというのは自前の諜報組織兼戦力を抱えるということだ。外国人傭兵についてもだが、それを直接口に出すなど危険性を認識していないのだろうか。それともわかっていて口に出し、最後におどけたのだろうか。

 ただおかしな犯罪者たちを勝手に雇い、私兵とするよりもよほど明快だ。

 信光が紹介した組織ならば間諜も混ぜることもできるだろう。


「とりあえず思いつくのはそのくらいですね」

「そうか。できるだけ力になろう。退魔の家を興すのが最も良い手段じゃと思うぞ。そうでないと色々と面倒なことになる。そして興すなら全てについて儂が力になると誓おう」

「わかりました。そこまで言われるのでしたら」


 先程まで濁していたレンも流石に折れた。


「では玖条くんは少し早いが今から玖条家当主じゃの。改めて鷺ノ宮家当主、鷺ノ宮信光じゃ。玖条殿」

「えぇ、よろしくお願いします。良ければレンとお呼びください。信光殿。いえ、信光翁と呼ばせて貰っても?」

「くくっ、良かろう。レン殿。これからもよろしくの」

「こちらこそ」


 2人はそこでお互いに笑い合う。信光は小さいとは言え一国一城の当主としてレンを認め、玖条殿と呼び、レンは鷺ノ宮家の者が多い為に信光を信光殿と呼んだ。そして下の名前で呼べと言う。

 退魔の家の当主でも信光を信光殿や信光翁と呼べる者などどれほどいるのだろうか、信時は知らない。

 信時などは他家の当主からであっても信時様と呼ばれ、信光は通常鷺ノ宮様と呼ばれる。それが普通だ。

 しかしその普通を知らないか、知らない振りをしたレンは信光と対等の立場を主張し、お互いに名で呼び合うことを提案した。

 狡猾なのか、天然なのか、今日1日で何度目になるかわからない驚きを信時は感じたのだった。

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