035.大水鬼戦

『アーキル、仕事だ。その前に確かめたいことがある』

『お、マジか』

『ボス、オレらもですかい』

『いや、今回はアーキルだけだ。悪いがお前らの出番はまだ後だな。しばらく訓練しておけ。そうしたらまた横浜か横須賀に連れていってやる』

『やったぜ』


 レンはアーキルを連れて魔法訓練場に入った。八角柱が8本立っているいつものところだ。


『あの〈赫雷〉という魔法はお前の最大の攻撃か?』

『あぁ、対個人の攻撃なら最高の威力だな』

『射程は?』

『200~300mくらいか』

『じゃぁあの辺りかな。とりあえずコレに一緒に乗って、あの柱めがけて最大威力で撃ってくれ。何発撃てる?』


 少し大きめのスカイボードだ。4人ほど乗ることができる。


『空飛ぶ板か。便利だな。最大威力だと1発だな。少し抑えて2発ってところか』

『とりあえず見たい。ココからあの柱だ。狙えるか』

『余裕だぜ』


 アーキルは魔剣を取り出し、魔力を集中させる。

 魔力量も練度も水琴や葵よりも高い。

 バチバチと魔剣が赤い雷を蓄えていく。


『〈赫雷〉!』


 2分ほど経ち、アーキルの赤い雷の一撃が柱に轟音を立てて着弾する。


『ぷはぁ、本気で撃ったのなんか久しぶりだ』


 アーキルは辛そうに腰を降ろした。確かにあの威力の攻撃を練習できる場所は限られる。〈赫雷〉は結構派手なのだ。RPGなどよりよほど攻撃力が高く、しかも速い。

 実際魔力量がかなり減っている。レンが受けた一撃は発動速度の速さを優先したのだろう。


『5位階くらいか。悪くないな。これを飲めばもう一発行けるか?』


 レンは魔力回復薬をアーキルに飲ませる。


『おお、これはいいな。だがちょっと待ってくれ。せめて5分は休みたい』

『あぁ、構わないよ。じゃぁ5分後にコレも飲め』

『大丈夫なのか。なんか色がヤバくないか』


 一時的に魔力を底上げする下級ブースターだ。赤い色をしていて確かに飲み物としてはあまり見ない色だ。

 ちなみに魔力回復薬は澄んだ水色だがブースターは少し濁っている。


『ちょっと疲れるが副作用はほとんどないよ。この後休めば大丈夫さ』

『なんか心配になる言い方だな。まぁ命令なら聞くがあまり変な物は飲ませるなよ。それでどんな効果なんだ』

『飲めばわかる』




『すげぇ』


 アーキルは自身が放った〈赫雷〉の威力に驚いていた。

 ブースターを飲んだアーキルの一撃はたしかに威力を増して居たが、その分制御が甘くなっていたし、収束も甘い。だがそれでも先程の全力の一撃よりも威力は高い。


『うん、まぁ使えそうだな。とりあえず1発か2発、明後日の朝に撃って貰う予定だ。いいな』

『アイアイ、ボス』


 レンはアーキルの一撃の威力に満足して訓練場を出た。



 ◇ ◇



「どうだ、葵」

「うん、問題ないよ」


 レンは葵に水を操らせていた。かなりおおきな水球で1tほどはあるだろう。

 葵は少し緊張しながら水球を湖に向かって放つ。

 ちなみに水は生み出した物ではなく湖から持ってきたものだ。


「どのくらい行ける?」

「今のサイズで10発はいけると思う。それ以上はやってみないとわからない」

「じゃぁとりあえず練習してて。今回は葵の力も借りる予定だから」

「はいっ!」


 レンは葵に指示を出して錬金術工房に入る。

 そこにはいくつものバケツサイズのビーカーに土と水が入っていた。


「やっぱり泉の霊水が1番良いな」


 入っている土は大水鬼の瘴気で穢れた土だ。そして様々な浄化の力を持つ水を試したが、やはり泉の霊水が最も効果がある。

 これならあの大水鬼の瘴気にも効果があるだろう。

 浄化に特化した聖水と言うものもあるが、そちらは残念ながら量が準備できない。

 霊水は浄化力も高いが、飲めば体内の毒や呪いを回復する力もあり、魔力回路が傷ついた際の修復力もある。普通に傷などの回復速度を強化する力もある。それに霊薬と呼ばれる特別な魔法薬を作るには必須の材料だ。

 霊樹の泉があるのでレンはかなり手軽に手に入るし使っているが、本来はかなり希少な水である。


「これで準備は大体整ったかな。僕の出番がないと良いのだけど」


 レンはそう呟いて当日持っていく装備などの整備を行った。



 ◇ ◇



 大水鬼討伐の日になった。レンは麻耶に渡された通信機を耳に装着し、現地の上空を飛んでいる。


「着きましたよ」

「あら、どこにいるの」

「秘密です」

「まぁいいわ。鷺ノ宮様からは遊軍だと聞いているもの。こっちも討伐隊の準備ができているわ。うまく行けば良いのだけれど」


 討伐予定地点は山中の谷間になっている場所だ。斑目家やいくつかの家が誘導し、当日の朝に現地に着くように頑張っている。

 ちなみに斑目家に連絡を入れると使用人が出て、レンは討伐隊に加わることになったと久道に伝えてくれと伝言を頼んだ。


 その斑目家の部隊だがかなり苦戦、疲弊しているのが上空からもわかる。

 数も最初に見た時より減っているようだ。


『おいおい、ボス、アレが今回の標的かよ。なかなかビッグだな』

『あぁ、あいつに合図したら魔法薬を飲んで撃ち込んでくれ』

『アイアイボス。それで、今回はその嬢ちゃんも参加するのかい』

『私は貴方のボスのパートナー。そして貴方は部下。嬢ちゃんって言い方はやめてくれる?』

『アイアイ、お嬢様っ』


 2人は初対面ではないのだが言い方が気に入らなかったらしく、葵はびしっとアーキルに宣言した。葵は意外なことに英語が堪能だ。家から逃げる際に外国への逃亡も視野に入れて勉強していたらしい。

 ちなみにパートナーだというのは自称だ。だが、こんな場所で葵の機嫌を損ねても仕方ないのでレンはスルーした。葵は小さく笑っているのでレンが否定しづらいタイミングを狙ったのかもしれない。


 3人がいるのは討伐予定地点から少し離れた上空だ。

 上空からは討伐隊がよく見える。

 数十人単位の集団が3つあるのがわかる。その3つは離れていて、討伐予定地点を三角形の形で囲んでいる。


「とりあえずまずは自衛隊の攻撃から始まるわ。東から戦闘機と輸送機が来るから、どこにいるかわからないけれど気をつけてね」

「了解。離れていることにするよ」


 3つの集団は陰陽師、僧侶、神官の集団に分かれているらしい。

 谷間部分から山の中腹に拠点を作っていて、そこは木々が伐採され、整地されている。

 ちなみに麻耶は陰陽師の集団の中にいるらしい。

 如月家は3つの討伐隊の通信を受け持っているらしいが、麻耶は指名されたのかレンとの連絡役である。


 朝7時過ぎくらいだろうか。大水鬼とそれを引っ張る集団が討伐予定地点に辿り着く。同時に周囲全体を覆うような巨大な結界が張られる。

 自衛隊の制服を着た者たちが疲弊した彼らを担ぎ、一斉にその場から散った。


 レンは特殊なモノクルを取り出して大水鬼を視る。だが残念ながら核は視ることができない。瘴気に遮られて透視が効かないのだ。


(ダメか。とりあえず自衛隊と討伐隊のお手並を拝見しよう)


 東側から戦闘機が2機飛んでくるのが見えた。

 ミサイルを放つことは事前に聞いていたので遮音の結界も張っている。


 ズドォンドォン


 谷間に到着した大水鬼にミサイルが4発着弾する。戦闘機はそのまま空を飛び立っていった。

 地面が揺れ、大きな爆発が4回ほぼ同時に起こり、周辺の土が巻き上げられる。


「おお、すごいな。ミサイル初めて見た」

「私も肉眼では初めてです」


 動画では戦争や紛争での動画がインターネットで見られるが、実際に日本でミサイルの爆撃を見るのは難しいだろう。

 以前RPGなどは使って効果や威力を確かめてみたことがあるが、それよりも遥かに大きな爆撃だ。

 しかも爆撃には魔力が宿っていた。何かしらの付与をされていたのだろう。


『ミサイルって魔物に効果があるのか?』

『受肉した妖魔にならあるぜ。それにアレは特殊弾だろう。だがダメっぽいな。火力が足りていないか、あまり効果があるようには見えない』


 ダメージは与えたようで動かなくなっているし、傷も受けているが大水鬼はまだ生きていることが伺える。

 そして少し遅れて大きな輸送機が現れる。輸送機は大水鬼に向かってパカっと下部を開くと、そこから注連縄がされた巨大な岩が落とされた。


 10mほどの大岩は大水鬼の胴体部分に着弾し、地面が揺れているのが見える。

 何百tもありそうな大岩だ。しかもおそらくは浄化効果がついているのだろう。本来は頭に当てたかったのだろうがミサイルの土煙で隠れている大水鬼によく当てたものだとレンは思う。魔力を探知するレーダーでもあるのだろうか。

 腹から左後ろ足に掛けて大岩に潰された大水鬼は痛みにのたうち回りさらに土煙が上がった。尻尾が半分千切れかかっている。

 ただ通常の土煙であれば目に魔力を集中すれば透視の魔眼ほどではないがしっかりと目標を目視することができる。


「まだダメみたいね。討伐隊が一斉に攻撃するわ」

「じゃぁ僕たちも一緒に攻撃を合わせますね」


 レンは大水鬼の真上に陣取る。アーキルや葵と話す時はマイクをオフにして話している。


『アーキル、出番だぞ』

『わかったぜ、ボス』


 レンはマイクをオフにしたまま指示を待つ。


「行くわよっ」


 レンが手で指示すると準備していたアーキルの〈赫雷〉が真上からズドンと大水鬼の頭に落ちる。

 陰陽師の集団からは多くの式神が放たれ、土行を中心とした攻撃が雨あられと降り注いでいる。

 僧侶たちは膝をついて祈っている。錫杖を持ったリーダーらしき老人の僧侶が錫杖を振ると、巨大な三叉鉾が現れ、大水鬼に飛んでいく。

 三叉鉾は肩の辺りに突き刺さり、腹の辺りまで貫いた。

 神官たちからは光の柱が上空から降り注ぎ、レンたちは慌てて避けた。


 光の柱は浄化の効果があるらしく、まるで日に焼かれる吸血鬼のように大水鬼の肌を焼いていく。

 そして別の神官が白木の杖を両手で掲げる。

 光る両刃の剣が現れ、空を飛んで大水鬼の頭に突き刺さる。


「あれは神剣召喚でしょうか。三叉鉾は何の仏様の武器なんでしょうね」

「流石にアレだけではわからんなぁ。四天王の持国天とか持ってるのは知ってるけど」


 神剣は2mほどの剣だったが、三叉鉾は10mほどもあった。

 陰陽師、僧侶、神官たちの攻撃は効いてはいるようだが大水鬼はじっとしながら身体を回復させている。

 すでに千切れかけた尻尾や潰れたはずの後ろ足が回復しているのがわかる。

 なんとなくだが神剣が最も効果があったように見える。

 そして強力な憎悪の念も感じる。

 攻撃は続いているが、決め手に欠けている。そしてどんどんと谷間の地形が変わり、且つ瘴気に侵されて土がぐずぐずになっている。


「GUOOOOOOっ」


 大水鬼が初めて声を上げた。耳ではなく頭に響くようで、遮音結界も通過してくる。

 レン、葵、アーキルは頭を押さえ、必死に耐える。

 悲鳴や単純な声でなく、音に乗った魔力攻撃で、陰陽師や僧侶、神官たちは頭を押さえて地面に突っ伏している。


(こんな攻撃、斑目家の資料になかったぞっ。それにかなり強力だっ)


 レンたちは耐性を上げる護符をつけていたのでまずレンが耐えながら回復薬を飲み、2人にも渡して飲ませる。

 大水鬼がブワリと口から瘴気を放った。しかし攻撃するためでなく防御のためのようで、身体の周囲を覆っていく。

 結界を強化するが2回目の攻撃を受ける前にこっちから攻撃することにする。

 討伐隊は苦しそうに耐えているものも居れば気を失った者もいるようだ。

 一斉攻撃ではなく、散発的な攻撃になっているが、一斉攻撃でも殺しきれなかったのに攻撃力が落ちては厳しいのは誰が見てもわかる。


「葵、霊水の出番だ」

「わかった」


 レンが〈収納〉から霊水の塊を取り出し、散発的な攻撃を受けながら動き出そうとしている大水鬼に対し、葵に操作させて霊水を大水鬼にぶっ掛けた。


「GYAOOOOッ」


 今回は悲鳴のようで魔力は乗っていない。

 やはり霊水は大水鬼にかなり効果があるようだ。体表面の瘴気の膜が剥がれているし、まだ治り切っていない傷から染み込む霊水がダメージを与えている。


「効いているな。もっとやろう」


 葵は連続で13回大水鬼に霊水を浴びせた。

 1回1tを超える量だが、そこで葵は疲弊したようで膝をつく。

 大水鬼の瘴気の膜は剥がれ、肌は緑と黒の斑であることがわかるほどだ。

 また、霊水を浴びせかけてから再生の速度も遅くなったように感じた。

 レンは特殊なモノクルを使って大水鬼を視た。


(核はあそこか)


『アーキル、もう一発、今度は胴体の中心部あたりに撃てるか?』

『できらぁ』


 アーキルはすでに集中を開始していたらしく、額に汗を掻きながら〈赫雷〉を放った。

 核がある付近に〈赫雷〉が落ち、周囲の肉を焦がし穴を開ける。核が露出したが傷1つなく健在だ。できればこの攻撃で仕留めたかった。


(ダメか。フルーレで……いや、きっと足らないな。仕方ない。使うか)


 レンはぐびりとブースターを飲んだ。普段飲んでいる物は魔力を瞬間的に増強するものだが今回飲んだのは聖気を上げる特殊なものだ。同時に霊薬も飲んだ。聖気を上げるブースターはかなり副作用が強い。

 身体に魔力が満ちる。全能感が身体を支配し、精神的にも高揚する。

 それを抑え、レンは〈収納〉からペンダントのようなものを取り出し、胸に掛ける。


 神剣アーミラ。そのペンダントはそれを召喚するために必要なアイテムだ。

 レンはそれに聖気を込めていく。

 足らない。圧倒的に足らない。だがそれで良い。

 聖剣を全召喚するのではなく、一部の力を使えれば良い。


 レンはガクリと膝をつき、葵が支えてくれるのがわかる。

 右手を掲げると手には不完全な神剣、ただの光の棒のようなものが現れ、それをすぐさま見えていた大水鬼の核に投擲した。


「GUGYAAAAAAッッッ」


 レンは核を砕かれて断末魔の叫びを上げる大水鬼の姿を見ながら、気を失う前に〈箱庭〉に葵とアーキルと共に入った。



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