034

 ズゥン


 大地が揺れた気がしてレンは飛び起きた。しかし地震ではない。

 強力な魔力波動が通り過ぎたのだ。


(なんだ?)


 感覚を広げる。感知では足らないので、〈魔力探知〉を使う。

 少なくとも半径10kmに大きな戦闘が起きているなどということもない。強力な魔物も存在しない。

 だが逆に、それは遠くから強力な魔力波動がここまで届いたということだ。

 方角は……北西だろうか。


 何か大きな事件が起きている。クローシュ復活の際も同様の魔力波動が近隣に溢れたはずだ。

 レンたちは〈箱庭〉に居たので感知できなかったが、地上に出たクローシュに対して多くの術士が集まっていたのはそれらを感知したからだ。


(情報が欲しい)


 親しい灯火や楓の家は方角としては東方面だ。獅子神家は結構近所なので問題もないだろう。

 さっきの探知で獅子神家や如月家、他の神社や寺院なども慌てた様子が見られたが大きな魔力は感じられなかった。


「ん~、でも今できることは何もないなぁ」


 空を飛んで確かめに行っても良い。方角は大体わかっているし、気になっている。

 だが本来それほどの距離のことならばレンには関係のない話だ。

 現地の人間が対処すべきことだろう。


「とりあえずすぐにどうこうってことはないでしょ。う~ん、寝れないな。〈箱庭〉で訓練でもするか」


 レンは送り髪を引かれる思いを振り切り、〈箱庭〉に向かった。



 ◇ ◇



「おはよう、レンくん」

「おはようございます。麻耶さん。おつかれなご様子ですがどうしました?」


 朝の7時過ぎ、なぜか麻耶がレンの家に来ていた。


「夜中のアレ、レンくんも気付いたでしょ。問い合わせが多くてね」

「コーヒーでもいかがですか」

「頂くわ」


 レンはコーヒーを淹れながら麻耶と会話を続ける。


「それで、なぜココに?」

「何か知らないかと思ってね」

「僕を何だと思ってるんですか。霊力のれの字も最近まで知らなかった高校生ですよ?」

「それにしては明らかにおかしいことばかりだけどね。あら、このコーヒー美味しいわね」

「鷺ノ宮翁に招かれたホテルで出てきた豆を使ってます。あそこのコナ、美味しいんですよね」

「そういえば手に入れる伝手を貰ったって言ってたわね。私でも飲みにいかないと飲めないのに、家で飲めるのは羨ましいわ」


 寝ていないのだろう。疲れた顔の麻耶はコーヒーと一緒に出したサンドイッチを食べながら少しだけ顔を綻ばせた。


「あははっ。そうなんですね。それで、何かわかったんですか」

「斑目家の封印は知ってる?」

「聞いたことはあります」

「アレが解けたらしいわ。それがわかったのもついさっきなんだけどね」

「大変ですね。それでなぜココに?」

「斑目家と接触していたでしょう。何か知らないかと思って来たのよ」

「そんなことまで知っているんですね。大水鬼という妖魔が封印されてるってのは聞きましたよ」

「えぇ、それは知っているわ。ソレ以外に情報はないかしら?」

「残念ながら麻耶さんが知らないような情報は持っていないと思いますよ」


 レンはしれっとそう言った。

 斑目家から詳しい大水鬼の戦闘記録は貰っているし、アーキルの元巣が悪さをしている情報も得ている。

 だが前半はともかく後半は情報の出処は言えない。

 前半も斑目家は封印が解けたなら秘匿はしないだろう。自家だけでどうしようもないのであれば近隣の家などに情報を流しつつ救援を求めるはずだ。


「その斑目家からレンくんにラブコールよ。大水鬼討伐に助力して欲しいって」

「え、なんで麻耶さんがそんなメッセンジャーみたいなことをするんですか」

「私もそう言いたいけれど、連絡先を知らないみたいなのよ。問い合わせが来たから私が来たのよ。まぁレンくんだけじゃなくて如月家にも救援要請が来たし、術者を抱えている近隣の家にはかなり要請を飛ばしているらしいけどね」

「と、言っても僕はそんなにお役に立てるかわかりませんよ? あと政府とかそういうのは動かないんですか?」

「斑目家とは直接話してくれるかしら。レンくんはあっちの連絡先、知っているんでしょう。政府も動くんじゃないかしら。ただ初動は斑目家や近隣の家が対処するはずよ」


 確かに与えられた資料のついでに連絡先が明記されていた。


「なんか申し訳ありませんね」

「いいわ、美味しいコーヒーも朝ごはんも貰えたし、一休みできたもの。夜中からずっと問い合わせの対応で手一杯だったのよ」


 如月家は情報を売りにしている家だ。獅子神家などよりも規模は遥かに大きいし、戦力自体も持っている。

 情報収集能力は非常に高く、近隣の神社寺院からも頼りにされているのだと言う。

 あれほどの魔力波動だ。かなり広範囲に届いたのだろう。そして驚いた者たちが一斉に如月家に連絡した。

 しかし如月家も詳しい情報は持っていなかったらしく、夜中中様々なところと連絡を取り合っていたらしい。

 頼りにされているというのも有事には大変なことだ。


 ただそれはレンにも言える。まさかラブコールが来るなんて思ってもみなかった。もちろん多数にばらまいた要請の1つなのだが、斑目久道はレンの力をそこまで当てにしているのだろうか。


 確かにあの頃よりはレンは強くなった。

 だが大水鬼がクローシュよりも格下だとしても、単騎で戦うのは難しい。

 かと言ってフルーレやシルヴァ、その他の手札を多数の術者たちが見ている前で使うのも望ましくない。

 カルラの存在はバレていてもカルラの力を見せつける気もない。


「とりあえず伝言は伝えたわ。何か良い情報があったら教えてね。高く買うわよ」


 そう言って麻耶は多めに作ったサンドイッチをぺろりと全部食べて出ていった。



 ◇ ◇



「う~ん、どうしようかな」

「どうするんですか」


 レンは今日は学校はサボることにして、〈箱庭〉で葵と話していた。

 麻耶には出したが朝食は自分は食べて居なかったので一緒に朝食を食べている。


「正直決めかねてる。現地の人たちでなんとかなるならなんとかして欲しいしね。あまり人前で術は見せたくないよ」

「そういう人は一定数居ますよ。奥義なんかはどこの家も秘匿しますしね。と、言っても結構知られている家も多いですが」

「そうなんだね。まぁ斑目家の救援要請は却下かな。ただ大水鬼は見てみたいからこっそり見に行って見ようと思ってる」

「私も一緒に行って良いですか?」

「いいよ。一緒に行こうか」

「はいっ」


 嬉しそうに葵は着替える為に自室に戻って行った。レンが与えた装備などを付けてくるのだろう。

 レンもさっと着替え、最後にいつもの隠密装備をつける。

 危険な距離まで近づく気もないのでフルーレやシルヴァは持たず、どちらかというと防御系の術具の準備を多めにする。


 そうしてレンは葵と共に大水鬼見学に行くことにしたのだ。



 ◇ ◇



「うわぁ」

「すごいですね。あんなの初めてみました。いや、クローシュちゃんは別ですけど」


 葵はカルラやクローシュたちをちゃん付けする。ずいぶんと仲良くなったみたいだ。同じ蛇系だからかと最初は思ったが、ハクやライカやエンたちとも仲が良い。眷属たちとも仲良くしているようだ

 葵はテイマーの資質も高そうだとレンは踏んでいた。


 大水鬼はたしかに巨大なオオサンショウウオのような形態をしている。

 頭から尻尾まで3~40mはあるだろう。

 横にも太いので密度が同じならカルラやクローシュよりも質量がありそうだ。

 確かに体表は黒い水のようなブヨブヨした感じで、周囲に瘴気を撒き散らしている。

 斑目家の部隊が山中の人の少ない方向に誘導しているようだが、大水鬼が通った後は瘴気で土が爛れ、近くの木は即座に枯れて倒れている。

 斑目家以外の家も駆けつけて攻撃を加えているが、回復力も高いのかそれほど有効打になっているように思えない。


「お」


 巨大な三角柱が上空に現れ、大水鬼を上から貫く。

 大水鬼は苦しそうに暴れているが、致命傷にはならなかったらしく、三角柱は瘴気で崩れさり、空いた穴も塞がっていくのが見える。


「う~ん、厳しそうですね。少なくとも私の術でアレをどうにかできる気はしません」

「フルーレの助力を借りてもあれだけの魔力を一気に凍らせるのは僕にも無理だなぁ。副作用の低いブースターを使っても厳しそうだ」

「アレはダメですからね」


 アレというのはクローシュを抑えるために使ったブースターだ。きちんと準備をし、対策魔法薬を飲み、霊薬まで使ったがあの後数日はほぼ動けない状態になった。

 魔力回路も傷つき、たしかにリスクの高い薬ではある。


「隠れて戦うならともかくあんなのを使って戦ってる姿を見られたら次からも同様の力を期待されちゃうよ。そんなのはごめんだね」


 ブーストした状態の戦闘力を通常だと思われればそれだけ難易度の高い討伐案件に駆り出される。だがブースターの効果も存在も秘匿したい。少なくとも他人の目がある中で使う気はない。

 クローシュの時はレンの存在が周囲にバレていなかったこと。カルラという隠れ蓑があったこと。また、カルラの頼みだったから無理をしただけだ。

 それに例え凍らせられたとしてもあの回復力の高い魔物を倒せるとは限らない。


「にしてもずいぶんと瘴気を溜め込んでるな。呪いの塊と言っても良いレベルだ」

「えぇ、絶対に近づきたくありません」


 ピリリリリッ


 そんな中、スマホが鳴る。知らない番号だ。

 ちなみに斑目家にはまだ連絡を取っていない。


「はい、玖条です。どちら様ですか」

「儂じゃ。鷺ノ宮信光じゃ。久方ぶりじゃの。悪いが玖条くんの連絡先を麻耶くんから教えて貰った。今は話せるかの」


 レンは〈風防〉の結界を張っているので外の音は聞こえないはずだ。葵は自身の口をしっかりと閉めている。


「お久しぶりです。鷺ノ宮翁。急にどうしました?」

「ふむ、斑目家の管理していた大水鬼、アレが復活したことは麻耶くんから聞いておるじゃろう。アレの討伐作戦が決行される。どうじゃ、玖条くんも参加せぬか」

「なぜピンポイントで誘われるのかはわかりませんが、報酬次第、としかいいようがありませんね」

「そうじゃろうの。とりあえず受けてくれたら前金で1億円払おう。討伐が成功したら成功報酬で更に5億円。多大な活躍をしたら更に追加報酬を払おう。どうじゃ」

「金額が適正かどうか知りませんが高く評価してくれているのはわかりました。他に欲しい物があります。そちらも検討していただけるなら」

「内容は後日聞こう。決行は明後日の朝じゃ。玖条くんは遊軍として好きに動いて良い。連絡役には麻耶くんに任せよう。どこまで要求を聞くかは活躍次第じゃの」

「わかりました。前金を振り込まれても困るので終わってからで良いですよ。2日で1億円と言われても使い道もありませんので」

「そうか、わかった。ならばそうしよう。良い返事が聞けて嬉しいよ。ではの」


 プチリと通話が切れる。


「良いんですか?」

「うん、とりあえず参加するだけでも良いと言われたし、どこまで見せるかは当日までに考えておくよ。それに斑目家や如月家からの要請ならともかく、鷺ノ宮家の要請は断りづらいし、実際頼みたいこともあるからね」

「レン様がそう言うのなら良いです。ちなみに前金1億、成功報酬5億はかなり高いと思いますよ。個人に払う額ではありません。普通は家単位で報酬が払われますからね」

「そうなんだね。そういう常識も知らないからなぁ。まぁだんだん覚えて行くことにするよ。さて……、戦うならちょっと調べるか」


 レンは大水鬼が移動した後の地面の上空に移動した。そして小さな金属性の筒に紐を括り付け、地面に投げる。

 筒は瘴気に穢れた地面に落ち、同時に周囲の土を半径1mほど分ごっそりと収納した。

 そしてレンは紐ごと〈収納〉に放り込む。金属筒も繋がっていた紐の一部分も汚染されていたからだ。


「さて、戻ろう」


 そう言った時に大水鬼が強力な瘴気のブレスを吐く。前方に真っ直ぐなタイプではなく、煙のようなものが広がっていくタイプだ。


「うわ、アレ絶対喰らいたくないな。高濃度の瘴気の塊だ」


(我もアレはイヤじゃな。少なくともアレと接近戦はしたくはない。我ならアレは動きは速くないから遠くからブレスを撃って引きながら攻撃するの)


 カルラの分体からもそんな思念が飛んでくる。

 とりあえず見たいものは見られた。レンは踵を返すと自宅のある方向へ飛んでいった。



 ◇ ◇



『やぁ、久しぶり。ようやく来れたよ』

『おひさしぶりね。レン。随分見た目が変わったのね』


 レンが来ていたのは巨木とその巨木が立っている島だ。島の周囲は巨大な泉になっている。

 先日行った諏訪湖よりは大きなサイズだろうか。そしてレンが話しているのはその巨木、霊樹に宿る精霊だった。


『かなり弱体化してね。ココに来るために戦闘用魔法薬が必要だった』


 霊樹の領域はレンの〈箱庭〉内ではあるが、レンが拠点にしているところからかなり離れている。そしてその間に凶悪な魔物の領域があるのだ。

 そこをうまくやり過ごすには以前のレンでは不可能で、今のレンでもブースト薬を使って隠密装備マシマシでスカイボード全速で通り過ぎるしか手がない。

 ただ今回はこの霊樹に。正確には霊樹のある泉に用があるのだ。


『それで今回はどんな用事かしら。霊果ならカルラが何度も取りに来てたわよ』

『うん、この泉の水を貰おうと思ってね。あと君に挨拶に来たくて』

『あら、嬉しいわ。ずっと待っていたのよ。貴方が生きていることは知っていたけれど、とても弱い存在になったからココには来れないってカルラから聞いていたもの。どうぞ、泉の水ならどれだけ持って行っても良いわよ』

『ありがとう。今回はちょっと急ぎだから顔見せだけだけれど、今度またゆっくりと遊びに来るよ』


 レンは精霊に礼を言い、泉の水をトン単位で〈収納〉に入れる。

 精霊が宿る霊樹が根を伸ばしている泉の水は浄化の力が非常に強い霊水となっている。

 今までは必要な時にはカルラに取りに行って貰っていたが、なんとか顔を出せそうだったので今回は自分で取りに来たのだ。

 あと量も多いのでレン自身が来たほうが良いという理由もあった。


『えぇ、きっとよ』

『約束するよ』


 精霊との約束は非常に重い意味がある。時期は決めないが、今度は葵を連れてゆっくりと来ようと、きれいな花畑になっている霊樹が生えている島の風景を懐かしく思いながらレンは立ち去った。



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