033

「封印の周囲に怪しい影だと?」


 藤森誠は部下からの報告を聞きながら眉をしかめた。

 斑目家が管理する大水鬼の封印に黒ローブが近づいたように、他にもいくつも同様の報告が入ったのだ。


 当然ながら強力な妖魔の封印は斑目家が管理しているものだけではない。日本全国に無数にある。妖魔だけでなく、怨霊、荒ぶる神など様々であるし、管理している家も陰陽師であったり寺院であったり神社であったりとバラバラだ。


 有名なのは日本三大怨霊だろうか。東京にもそのうちの1つ、平将門の封印がある。

 封印と一口に言っても様々な形態や目的がある。

 第一に倒すことが不可能で仕方なく封印したもの。大量の被害を出し、且つ戦力を集めてもどうしようもなかった相手に使われる。平将門や菅原道真、崇徳上皇などはその代表的な例だ。

 大水鬼もこの部類に入る。


 一般的には一時的に封印を行い、弱体化を図り、後日封印を解いて祓うなどの使い方もする。

 これは複数の家や当時の政府などが主導して大規模討伐を行うようなレベルではなく、1つの家が討伐に向かい、様々な事情に封印で済ませる手法だ。

 討滅できるならばもちろんその方が良い。だがその時の戦力が足らなかったり、無理をするより一旦封印してから後日きちんと戦力を整えて倒すための一時的な処置だ。

 弱体化の機能を付け、50年前後封印で弱らせ、後日討滅する、などの処置が取られる。


 だが全ての封印がきちんと管理されているかというとそうではない。なぜなら政治的に荒れた時期や人間同士で争っていた時期に管理していた家が潰れたり、封印の位置や相手の文献が散逸してしまったりして、封印自体の存在が忘れ去られてしまうケースも多いのだ。

 現代日本は比較的平和な時代と言えるが、そうではない時代や管理が甘い家などはいくらでもある。


 特に近年、明治期から戦後の混乱期に掛けて外国の勢力が日本に入り込んで来ている。川崎事変などもその典型だ。

 彼らは危険な封印された神霊をわざわざ日本に持ち込み、日本で解放するという非常に迷惑な手段を取った。レンや周囲の寺院や神社、陰陽師などが集まり活躍したことでなんとかなったが、ここ数十年でそう見られるレベルの事件ではなかった。

 そしてこのようなことを行う組織や例は別にあの件だけではないのだ。


「厄介な。まずは報告があった封印についての資料とその周辺の警備。それとは別に強力な妖魔が封印されている場所を再確認せよ。相手は関東近辺で活動を行っているようだ。相手の特定も急げ。どのような目的でも異能犯罪を未然に防ぐことが大事だ」

「はっ」


 部下たちは即座に動き出すが、今は手が足らない。

 モニターに映る既知の封印のリストがピン留めされている地図を見ながら、誠はギリと歯を噛み締めた。



 ◇ ◇



『ここが中華街の裏の世界か』

『ボス、自分でこなくてもいいんだぜ。こういうのは部下に任せるもんだ』

『いや、見たかっただけだ。せっかくだしな。変装もしっかりできているだろう?』


 横浜中華街の裏道に入り、キョロキョロとつい周囲を見回してしまう。

 レンは〈幻影の腕輪〉を使って30代後半の小柄な男性に見えているはずだ。

 同行しているアーキルとカースィムも同様に黄色人種に見えるように肌の色や顔立ちを変化させているので違和感が強い。

 そちらには同行しなかったが横須賀に遊びに行かせた時には白人や黒人に化けさせた。

 アーキルは背が高く、がっしりした体格で威圧感がある。カースィムは背は高いのだがひょろりとしていてあまり強そうには見えない。

 だが実際はカースィムはナイフの達人で魔術も使う。戦闘を行ってみるとかなり強敵だ。見た目で判断してはいけないのである。


『それで、あっちに武器屋がいるのか?』

『あぁ、そうだ。いくつか辿り着くための手順があるから黙ってついてきてくれ』

『了解』


 そうしてアーキルは要所要所で合言葉や武器屋に辿り着く為の符丁を見せたりして、その場所に着いた。

 中華街なだけあって中華系の人種がほとんどだが、白人や黒人、アラブ系の人種など様々な人種が歩いていた。

 特に裏通りに入ってからは他国人だと明らかにわかる人種の率が上がっている。


『いらっしゃい。誰だ。見ない顔だな』

『あぁ、ちょっと顔を変えているんでな。初めて、じゃないがまぁココはちゃんとたどり着けて金払いさえできれば何でも売る店だろう。問題ないだろ?』

『けけけっ、そうだな。それで何がお探しだい』


 アーキルは必要な弾薬や装備などを発注し、ついでに今どんな在庫があるか、おすすめの武器はあるかなど怪しげな店主と商談している。

 レンは円だけでも今まで襲った組織から奪った金銭で億を超えて持っている。更にレンが使いづらい元やドルもかなりの金額がある。

 どうせ使えないのだから兵器を買ったり情報を買ったりと、あまり表立って使えないところに使えば良いのだ。


『へぇ、こういうのもあるんだな』


 武器屋の一角には剣や刀や槍などが並んでいるコーナーがあった。

 柳葉刀や青龍偃月刀などの大刀、他にも握りのところに外に向いた三日月型の刃のナックルガードがついた先に鈎のついた武器や投擲武器など様々な種類の中華系の武器が所狭しと棚に飾られていたり樽に立てられている。

 そしてその中には魔力を通す素材で作られていたり、それほど高位ではないが魔剣と呼んで良いものもある。


『おい、これはいくらだ』

『そいつはドルなら45万だな』

『へぇ、結構するんだな。こっちはいくらだ』

『15万ドルだな』

『じゃぁ両方くれ。合わせて50万でどうだ』

『なんだとっ。流石に50万はない、せめて55万だ』

『じゃぁそれでいい』


 目をつけた青龍偃月刀と柳葉刀。そちらはどちらも魔剣だ。素材もできもなかなかだ。

 レンが扱うには少し大きいがコレクションとして持っておきたいと単純に思ったし、こういう剣の相場はわからないが水琴の大蛇丸が1億では全然買えないと言っていたのでかなり安く思えた。

 もちろん大蛇丸よりは質の悪い武器であるし、この程度ならレンの倉庫に山程眠っているが、55万ドル程度ならアーキルが元居た組織から奪った金で十分賄える。


『おいおい、無駄遣いはするなよ』

『お前らも無駄に趣味の武器とか揃えてたじゃないか。知ってるぞ。新型小銃新調していたの』

『アレは必要だったんだよ。今後のために、な』


 アーキルは笑いながら弾薬や爆薬、銃などをどっさりと買っている。

 ドラムバッグにパンパンに詰められているので100kgなんて軽く超えているのに1人2つ担いでいる。

 ちなみにレンは袋に入れた青龍偃月刀と柳葉刀の2本を持っているだけだ。

 こんな荷物を持って表に出れば当然目立つので裏道を抜けて待っていた隊員が準備していたレンタカーに載せていく。


『う~ん、お前ら用の拠点が欲しいなぁ。まぁいずれの話だが』

『表向きの拠点ってことか。金出せば買えるぜ? まぁ実際はレンタルだがな』

『だが目立つだろう。それにそこで何をさせるわけじゃないからな。お前たちを雇ったんだから何か使ってみたいんだけどお前らを使うような物騒な事件には巻き込まれたくないんだよな』

『そういうボスに朗報だ。オレらの前の組織の残党が日本の妖魔の封印に手を出そうとしているらしいぜ。相変わらずブレないな』

『全然朗報じゃねぇよ。できれば警察か封印を管理している家で鎮圧して欲しいもんだな』


 あの後カースィムは別行動して情報収集に向かい、そんな情報も仕入れたらしい。

 レンとしては平和が一番なのである。



 ◇ ◇



「準備できたよ。とりえあず軽くやるから受けてみてね」

「はいっ! 絶対習得してみせますっ」


 葵は以前レンに「新しい技を教えて欲しい」とねだったが、今日はその実験の日だ。

 水琴のように返し技や一緒に教えて貰っている初見殺し系の技を教えてくれればと思っていったのだが、レンはわざわざ葵のために、葵に合った技を開発してくれたらしい。


 葵はレンに言わせると魔力の感知能力と他人の魔力への干渉能力が高いらしい。

 自覚もある。どのくらい他人と差があるのかなどはよくわかっていないが、葵の使う技を見破った者も破った者も少なくとも今までは居なかった。

 と、言っても葵の実戦経験は少ないのでそれほどとは思って居なかった。


 しかし葵も気付いていなかったが、葵の合気柔術とその2つの技術をあわせ、編み出した技は相当高度な技法らしい。

 最近レンには破られることもあるが、水琴には相変わらず確実に効果がある。

 そして先日紹介されたレンの新しい部下たち。「蒼牙」と名付けられた部隊員たちとも無手での稽古を行ったが全員葵に投げ飛ばされ、かなり驚いていた。

 実際蒼牙の頭領を任されているアーキルとの戦いは葵も見ていた。非常にレベルの高い戦闘技術を持っていて、実際に無手での軍隊格闘術も高いレベルで習得しているらしい。

 しかしそのアーキルも葵の技には対応できなかった。


「葵の技は相手に気付かせない隠密性が高いのがいいよね。何をやられたのかわからずやられる。実戦ならそれで大体は死ぬ。しかも殺さずに捕らえることもできる。それでね、葵の技を参考に考えたのがコレ、とりあえず〈乱魔〉と名付けたよ」


 葵の技は大体相手との距離が相当近くないと使えない。大体30cmくらいが限界だろうか。

 だがレンの教えてくれる〈乱魔〉は基本的にもっと近づかなければ使えないと言う。

 うまく使いこなせるようになれば必殺とまでは行かないが、葵の戦いの幅と攻撃力が上がるという。


「とりあえず手を繋ごう。軽くやってみるから、受けた感覚を感じて見て。葵ならすぐに習得できると思うよ」


 レンと向かい合って右手を繋ぐ。葵の魔力にレンの魔力が干渉してくるのを感じる。

 そして一気に葵の体内魔力が乱され、ガクンと膝が落ちそうになり、レンに支えられて居た。


「コレ、すごいです」

「どう。直接触れてなくても10cmくらいの距離で干渉できるようになれば結構効果的だと思うんだよね。僕の使う技はどちらかと言うと必殺に近くてね、葵の魔力の使い方を見てこういうのも効果的かなって思ったんだ」


 レンの説明を聞いて葵は嬉しくなった。葵の技をより発展した技をレンが考えて作ってくれたのだ。嬉しくないはずがない。


「相手の魔力回路に直接魔力を流して干渉するんだ。葵ならすぐとは言わずとも使えるようになるよ」


 葵はレンから他人の霊脈を感知する技法を教えて貰っている。レンに教わって今まで葵はそこまでできなかったが最近はできるようになってきた。

 そしてこの技は霊脈感知ができることを前提に、相手の霊脈自身に干渉する技だ。

 体外や体表部分の霊力に干渉する葵の技の発展形といえる。


「そんなにすごいの?」


 脇で見ていた水琴が気になったのか興味深そうに聞いてくる。


「すごいかどうかはわかんないなぁ。でも葵には合ってるし、効果的だとは思うよ。ただ水琴はそっち系を伸ばすよりも普通に剣術を磨いて、魔力操作や制御の訓練に励む方がいいよ。なんていうか、向き不向きの問題だけどね。〈乱魔〉を習得しようと頑張るよりそっちの方が戦闘力を上げるには早道だし、水琴には向いてるよ」

「むぅ、確かにそうかもしれないけれど、納得行かないわ」

「あははっ、水琴には水琴に向いた技も教えてあげてるじゃない」

「そうなんだけどね」

「ね、あの時ずるいって思った私の気持ちがわかったでしょう?」


 葵はニヤリと笑って水琴に向かって言う。

 元々はレンが獅子神流でよく使われる技法への返し技をレンが伝授したことが発端だ。

 葵は水琴に嫉妬し、自分も教えて欲しいと言ったがそれは嫉妬心がなかったとは言えない。

 同じ思いを水琴もわかってくれただろうか。


「何度か〈乱魔〉を掛けて感覚を掴んだら、僕や水琴を実験台にして良いよ。水琴はまずは葵の技を防げるようにならないとね。使えなくてもやられない対策は知っておくべきだ」

「むぅ、葵ちゃんの技は視るのも感知するのも難しいのよ。最近はようやく少しわかるようになってきたけど……」

「レン様の言う必殺技は教えて貰えないんですか?」

「え? あれ? あれは結果的に必殺になるだけで必殺技ってわけじゃないよ。あと2人はまだまだ魔力操作の練度が足らないかな。見てれば何をやってるかくらいわかるでしょ?」


 確かに、と葵は思った。レンの技を真似しようとしても霊力が拡散してしまい、うまく収束できないのだ。それも時間を掛けて練らなければならない。

 瞬時に霊力を練り、圧縮させて打撃や蹴りなどに合わせて打ち込むなどどれほどの技術力が必要なのか葵にはまだ想像もつかなかった。


「あとアレは魔力純度を高める必要もあるんだ。一応奥義みたいなもんだからね。そう簡単にはできないよ」

「なんていう技名なんですか」

「あ~、よく使うのは〈断穴フーガ〉と〈乱脈シータ〉、〈崩竜ア・ギ〉の3つかな。シータ、日本語だと乱脈かな。乱脈の技法を応用して、というか弱い感じにしたのが〈乱魔〉だね」

「えっと、その3つをくらうとどんなことになるんですか?」

「う~ん、魔力が流せなくなったり、魔力回路がズタズタになる。今だと魔力量が少ないから手加減できるかもだけど、昔は最低出力でやっても大概相手が死んじゃったんだよね。〈崩竜ア・ギ〉は相手の魔力炉を撃ち抜く技だね。どれも本来は人相手じゃなくて強力な魔物に対抗するための技を発展させたものなんだ。だから人相手に使うとちょっと威力過剰気味かな」


 レンのいう強力な魔物というのはカルラやハクたちレベルの神霊だろう。確かにそんな存在に対抗するためには強力な霊力や神気が必要になる。

 通常は杖や剣など、霊力や神気を収束させるのを術具に頼るのだが、それを自分の身体だけで行うのがレンの使う技なのだろう。


「いつかそれらも習得できるようになりたいです!」

「あ~、というか本来葵は近接格闘家じゃなくて魔法で戦う中距離系だよね。僕もそうなんだけど、近接技ばかり磨くのもなんか間違ってるよね」


 レンはあははと笑う。

 確かにそうだ。葵は水系統や氷系統の術を得意としている。

 合気柔術はやってみたら異常にハマったので得意になっただけで近接戦闘が強くはなったがそれが本来の戦闘スタイルではない。

 レンも同様で元は大魔導士と呼ばれたように魔法や魔術を中心に戦闘をしていたそうだ。

 ただ近寄られては何もできないのでは前衛や盾職と一緒に居なければ戦えない。だからこそ近接戦闘にも力を入れ、習得してきたのだと言う。


 実際レンは本来得意な魔法や魔術はほとんど見せてくれない。

 葵や水琴を仲間だと思ってくれているとは思うが、それでもそれらの修練をする時は別の〈箱庭〉に行ってしまう。

 ただそれはココで行うと畑や果樹、景色が損なわれるからだという理由もある。

 葵も術の修練をする時は大きな柱の立った魔法修練場に連れて行って貰っている。


「ちゃんと術の練習もしてますよ。レン様に教えられてだいぶ使えるようになってきました。ただ〈乱魔〉も絶対に習得してみせます!」

「いいわね、術士は。私は術はてんでダメだもの。大蛇丸とか術具がないと中距離攻撃もできないし、遠距離攻撃なんて使える日が来るとも思えないわ。ちょっとうらやましいわ」

「水琴の剣才はすごいと思うから魔力操作の鍛錬と剣術を磨いていれば敵は居なくなるよ。魔法だって斬り払えるし、〈障壁〉くらいなら魔道具に頼ればいい。良いところを伸ばして、弱点は道具で補う。それが良いと思うよ」


 葵の弱点は防御力と実戦経験の少なさだ。アーキルに無手での戦いでは圧勝したが、武器ありでの戦闘ではあっと言う間に負けてしまった。

 しかし防御力はともかく実戦経験は模擬戦を繰り返し、訓練をしながら機会がある時に実戦をするしかない。


(よしっ、頑張ろう)


 水琴も同じ思いなのか拳に力が入っている。

 まずはレンに教わった〈乱魔〉を習得できるように、ただ他の修練も怠らないようにしようと葵は心に決めた。

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