032

「最近おかしな奴らが封印の近くで発見されている。警戒を高めろ」

「はっ」


 斑目久道は斑目家に仕えている忍者の頭領、望月重元もちづきしげもとに命令を下した。

 斑目家は山梨県で建設関係の会社を運営している。封印の管理には金が掛かる。

 神社や寺院などではその寺社などを運営していれば良いが、斑目家のような陰陽師系の家はフロント企業を運営している家も多い。

 そして毎回の封印にはかなりの金銭が掛かる。政府からの援助もあるし妖魔退治などの報酬や税金の優遇などもあるので問題はないが、術具は金があれば即座に手に入るというものではない。

 早めに揃えるようにしてはいるが、まだ注文して出来上がっていない術具や手に入っていない素材などもある。

 もし今封印が解かれたら斑目家だけで再封印をするのは難しい。


「くそっ、何者だ。怪しい外国人であることはわかっているが、横浜に隠れ潜んでいて正体も目的もわからん。大水鬼を復活させても益があるわけではなかろうに。それに封印の様子もおかしい。あいつらが何かやっているのか大水鬼の復活が早まっているのかすらわからん」


 久道は万が一があった時の為に様々な部下や取引先に連絡を取り始めた。



 ◇ ◇



 9月に入って夏休みも終わり、9月も後半に差し掛かっていた。

 レンは相変わらず学校に行き、学校ではタブレットで書籍などを隠れ読み、帰ると〈箱庭〉で修練を行っている。

 魔力炉を起動したことで落ち着かなかった魔力の操作や制御、隠蔽なども随分と整ってきた。

 葵や水琴と武術の稽古をすることもあれば、アーキルたちに現代兵器の使い方なども教えて貰ったりしている。


 レンは特に兵器類は弱い。なんだかんだ言って書籍やインターネットだけでは調べきれないことが多いし、実際の使い方や注意点などは使ってみないとわからないことが多いのだ。押収した武器などはいくつかあるが、弾丸がそれほどなかったり説明書もないので外国のサイトで調べたりとなかなか大変だった。

 その点アーキルたちは優秀だ。地雷や爆弾、拳銃に小銃、狙撃銃。対物ライフルからグレネード、ロケットランチャーなどの使い方や対処の仕方。手榴弾やスタングレネード、地雷や爆弾は解体の仕方なども教えてくれた。

 電子機器や様々な情報を表示するHMDやバイザーなど軍事で使われるような機器にどんなものがあるのかや、彼らの地域でよく使われる呪いや魔毒などについての知識まで様々だ。

 相手も普通の特殊部隊相手から術を使う術士相手の戦術。術も兵器も使いこなす部隊相手の戦術など様々な想定をして訓練を行っているし実戦経験も豊富だ。

 現代での市街戦、森林や山間部での部隊での戦いの基礎も教えてくれる。


 アーキルたちは銃弾に魔力を込めたり、銃を改造して威力を上げたりもしているし、扱いもうまい。実際に体験したが魔力の込もった攻撃と魔力を感じられない銃撃を混ぜられるとかなり対応が難しい。

 更に魔術と接近戦、銃撃戦などを混ぜた独自の戦術を持っていてなかなか勉強になるのだ。

 レンの長い記憶でも流石にローダス大陸に存在しない近代兵器と術をあわせた戦術は考案されていなかった。


『そういえばボス、オレたちの部隊名はないのかい』

『前はどんな部隊名だったんだ』

『あぁ、ん~、『アズラックォファゥング』って呼ばれてたな。英語だとブルーファングって感じだな。大体が第何部隊とかアーキル隊としか呼ばれなかったが一応部隊名もあった』

『ブルーファングもアズラックォファゥングも長いし「ソウガ」でいいんじゃないか。日本語でこう書く。「蒼牙」だ。意味は同じで蒼い牙って意味だな』

『ふむ、確かに短いしオリエンタルな響きでいいな。じゃぁ今日これからオレたちは蒼牙だ。わかったなお前ら』

『『『うぃっす!!!』』』


 案外適当に提案してみたんだがアーキルたちは気に入ったらしい。

 そういうわけで彼らの部隊名は蒼牙に決まった。


 蒼牙の拠点はますます発展していた。

 たった1月足らずだというのに全員で使う共同の大きな建物には台所と大きなテーブルが置かれ、テレビはないがソファやビーズクッションなどが置いてある。そして個人で使う長屋のような建物。コレは全員分作られていて5つずつの部屋が並んだ長屋が2つ大きな建物の前にコの字を描くように配置されている。浴場。それに体術や剣術、ナイフなどの訓練をする訓練場に射撃場。

 丘や穴、縦に積み上げられた壁のような丸太や平均台より細い曲がりくねった木の上を走り抜けるたりかなり高いハードルのような物の上を連続で飛びながら走ったりする施設がある。見るたびに新しい施設が追加されていてまるで忍者の訓練場のようなアスレチックになっている。

 魔力をできるだけ使わずに地の筋肉や体力を鍛えることも重視しているのだという。大事なことだ。


『お前たちももうなんか忍者みたいだよな』

『まぁやってることは似たようなもんさ。暗殺から襲撃、情報収集に偵察。爆弾を仕掛けたり魔術で遠くから砲撃して建物も吹き飛ばしたりする。木の上を飛び移ったり、隠密行動も求められるからな。軍の特殊部隊とそう変わらんよ』

『特殊部隊もやっぱり魔力持ちが採用されたりしているのか?』

『当然だろ。むしろそういう奴しか入れないぜ。なにせ基礎能力が違うからな。普通の兵器を使うだけでも反応速度なんかが違う。ただやっぱり数は力だからな。魔力を使わない奴らも軍人になるし兵器は使えるから戦争には投入される。表立って魔術なんかは使われないが裏ではバンバン使われてるぜ。ミサイルや爆弾より強い魔術を使える魔術士は流石にそんなに集められないしな』


 アーキルはそれからどこの軍の特殊部隊とやり合ったことがあるとか他の武装組織との抗争やPMCとの争いを教えてくれた。

 国際的に傭兵が禁止されたが傭兵団がそのままPMCと名を変えただけのような会社は山のようにあるそうだ。

 発祥はアフリカらしいがイラク戦争後から急速に増え、中東、西、中央アジアなんかでも多くの傭兵紛いのPMCを名乗る会社が多いそうだ。


『PMCは軍事訓練や警備、後方支援なんかがメインだって謳ってるところもあるけどな。そういうところでも自前の特殊部隊を持ってて秘密作戦や暗殺や襲撃なんかを請け負うこともある。ただ会社を名乗るからな、設立する国に税金を取られるようになったってだけだな』

『なんというか夢も希望もない話だな』

『逆に傭兵っつぅゴロツキ紛いから非正規だが会社員や役員って肩書を持てるんだ。どっちが良いかはそいつ次第だな。ボスならやっていけると思うぜ。もうちょい年取って背を伸ばしたほうが押し出しが聞いて良いと思うがな』


 こうやってたまにアーキルは紛争地帯で一緒にPMCを設立しようと誘ってくることもある。

 武装テロ組織を作ろうと言われるよりはマシなのかもしれないが物騒な話だ。


『今んとこそのつもりはないよ。強くはなりたいし対応もできるようになりたいけど、それは自分や周囲を守るための力だ。敵対する奴らや邪魔な奴らは蹴散らすけどな』

『はははっ、そういうとこが向いてると思うんだぜ。お題目はきれいだがやるときはやる。そして強力な神霊も持っている。警備やインストラクターを俺等がやってたまに裏の仕事も受ければいいんだよ。部下たちも良いボスについたと言っているぜ。ただたまには仕事がしたいがな』

『まぁそのうちな。とりあえず今度横須賀と横浜に行こう。トラブらないなら遊んでもいいぞ』

『ひゅー。やったぜ。話のわかるボスは大好きだぜ』

『ボス、オレも連れて行ってくれよ』

『いや、全員連れて行くつもりだぞ?』


 アーキルと話しているとカースィムが混ざってくる。カースィムは情報収集などを担当していて語学にも堪能だ。

 ただアーキルは話すだけなら10ヵ国語くらい行けると言っていたので彼も相当ハイスペックである。

 剣技もナイフ術も、体術もハイレベルで習得していて現代兵器や戦術にも明るく指揮もできる。

 思ってた以上に使える男と部下たちだ。


(ただ蒼牙は表立って使いづらいんだよな。使い道も今のところあんまりないし)


 レンの周囲は最近は落ち着いてきている。レンを張っていてもあまり情報を得られないと思った者たちは撤退した。如月家が方針を転換したので彼らの排除に乗り出してくれているのだ。

 たまに麻耶が家に遊びにくることもある。


 レンの9月はこうして過ぎていった。



 ◇ ◇



「レンくん、ありがとうね」

「どういたしまして? まだ何もしてないけどね」


 レンは水琴と共にアミューズメント施設にあるカラオケルームに居た。

 そして水琴が座るソファの脇には寝ている可愛らしい少年が居る。

 少年の名は獅子神千夜。7歳の小学2年生の男の子で水琴の膝枕で寝ている。


 以前水琴に頼まれていたのだが、この千夜少年は〈水晶眼〉持ちでうまく扱えずに日常生活でも苦労しているらしい。

 年齢にしては少し体が小さく、細い気がする。5歳くらいと言われても信じてしまいそうだ。


 レンは千夜少年とは直接会わないという話で水琴の願いを請け負った。

 故に千夜少年は〈睡眠〉の術を掛けられて今はぐっすりと眠っている最中だ。


「じゃぁちょっと触るね。最初は調べるだけだから危険はないから。無理だったら無理っていうよ」


 千夜の眼の辺りに手を当て、目を閉じて集中する。確かに水琴と同じ〈水晶眼〉だ。しかも以前の水琴よりも繋がりが強い。しかし千夜の魔力量が少なく、回路自体も年齢を考えれば仕方ないのだが発達していない。

 これでは確かに〈水晶眼〉に魔力が取られてうまく魔力が扱えないだろうし、〈水晶眼〉の制御も難しいだろう。


 獅子神家では男子の〈水晶眼〉持ちということでかなり期待されているのだが、現状は普通の子供よりも運動などができず、おかしな物が視えることを言って幼稚園時代は避けられていた過去があるそうだ。


「うん、これならちょっと調整すれば良いと思うよ。魔法薬も併用するけど、いいよね」

「もちろんよ。信じているわ」

「流石にこんな可愛い少年をどうにかするようなことはないよ。と、言うか水琴の時のが緊急だったし余程大変だったよ。とりあえず今よりはマシになるはずだよ」


 レンはそう言って魔力回路をゆっくりと強化する魔法薬を千夜に飲ませ、〈水晶眼〉周囲の回路を調整する。ついでに体内の繋がってない回路や細くてうまく魔力が流れない部分も軽く調整しておいた。


「今回やったのは水琴にしたのと違って、どっちかというと〈水晶眼〉の効果を弱める処置だね。流れる魔力量を制限して、成長するとだんだんと元に戻っていく感じだね。だから過剰に魔力が〈水晶眼〉に流れることもなくなるし、制御能力も練習すれば上がっていくと思う。今まで視えてたモノが一部視えなくなると思うけどね」

「えぇ、十分だわ。むしろ苦しんでいて可哀想だったもの。獅子神家の〈水晶眼〉は昔は色々制御の訓練方法とか残っていたみたいなんだけど1度失伝してしまっているの。私もうまく使えなかったし、他にも何人か苦しんでいた人が居たわ」

「水琴とは症状が違うけどね。魔眼の制御は魔力制御と操作の訓練をしっかりしないとダメだし、魔眼それぞれに制御方法が違ったりするから難しいんだよね。水琴もうまくいったことを記録に残せば未来の獅子神家の為になると思うよ」

「えぇ、千夜くんと一緒に頑張るわ」

「じゃぁ僕は行くね」


 千夜は水琴に遊びに行こうと誘われ、下のゲームセンターで楽しみ、少し疲れたから休みましょうとカラオケルームに入ったのだ。そしてそこにレンがやってきた。

 休んで起きたら今まで苦しんでいた魔眼の制御が楽になっていることや、体内の魔力の流れが良くなっていることに気付くだろう。

 ただ魔眼が急に使えるようなことは魔眼使いにはよくあることなので誤魔化すのも難しくないはずだ。


(いいなぁ、魔眼。僕も欲しいな。そういえば体が変わったんだから相性が変わったとかもあるかな)


 レンはふと思いついたことを名案だと思い、〈箱庭〉の中でも武器庫や宝物庫や後ろ暗い研究などをする研究室と同レベルで秘密にしている一室に入った。


 その部屋にはいくつものガラス瓶が並んでいた。正確にはガラスとは違うのだが、見た目はこちらで言うガラス瓶だ。円筒型で術式の刻まれた蓋がしっかりとしてある。

 そしてそのガラス瓶の中には液体が満たされ、目玉が1つか2つプカプカと浮かんでいる。

 レンの魔眼コレクションの部屋だ。


 魔眼は移植できる。しかし相性もあれば、様々な乗り越えなければならない条件もあり、簡単な話ではない。さらに魔眼は生きている状態の相手から抉らなければならない。死んだ相手の魔眼は同時に魔眼の効力も物凄い速度で落ちていくのだ。大体3分も持たずに魔眼も死ぬ。


 このコレクションはレンが敵対した魔眼持ちや潰した貴族家が持っていた魔眼を抉り取って保管していたものだ。

 残念ながら高位の魔眼にはレンには相性がよろしくなく、魔眼を集められるようになった頃には低位の魔眼程度の物なら魔術や術具で同様の効果を得られていた。


「お、〈精霊眼〉が行けそう? それと〈龍眼〉も!」


 しかし以前のレンでは反応もしなかった高位の魔眼のうちいくつかは今のレンの魔力との親和性が高いことが判明した。

 実際にはきちんと解析しなければならないし、魔眼の移植にはかなりのリスクが伴う。

 それに現在のレンの魔力量や質では高位の魔眼は扱い切れない。もし今無理に移植すれば良くて眼が吹き飛ぶか、悪いと即死してしまう。


「でも希望があるってだけで嬉しいな。魔眼は憧れだったからな、特に〈龍眼〉は片目だけでも入れたいな。5年、いや、2,3年でなんとかしたいな」


 レンの暗い趣味の1つ、魔眼集めだが高位の魔法士や魔導士には結構同様のことをする者は多かった。自身に合わなくてもびっくりするほど高値で売れるし、もし自身が使える物ならば魔眼持ちになれる。

 後天的に魔眼持ちになるには移植するしかないのだ。

 しかし魔眼を抉り取ると言っても高度な魔法的な施術が必要であるし、保存液や保存瓶の作成の難易度も高い。


「(獅子神家の〈水晶眼〉も欲しいけど流石に……ね)


 レンは蒐集家コレクターとしての性質が非常に強い。魔剣や希少な魔術具、護符や錬金道具など溢れるほど集めて〈箱庭〉や〈収納〉に保存しているのだ。

 自身で様々な魔道具を作りたいがために錬金術や付与魔術、成型魔法などを覚えたものだ。

 今は昔ほどの高度な錬金術や付与魔法は使えないが、いずれ以前と同レベル、いや、以前よりも高度な錬金術を開発したいと思っている。


「玖条漣になってもう半年位経つけど、変わったこともあるけど変わらないところは変わらないなぁ」


 様々な好みや考え方、捉え方や感じ方なども変化しているのを実感しているが蒐集家としての性質は変わった感じがしない。

 むしろ漣少年はあまり物に執着しないタイプだった。

 現在のレンはあちらの世界にはなかった様々な物を蒐集している。


 例えば茶器やコーヒー、お茶だ。様々な高級茶葉、希少茶葉や希少な豆などを集めて毎日のように飲んでいるし、専用の茶器やティーカップ、コーヒーカップなどを集めている。

 コーヒーもコーヒーメーカーだけでなく手動と電動のミルがあり、サイフォンやネルドリップ、フレンチプレスなど淹れ方も色々と試している。


 他にも腕時計に執着がある。変装して高級店に行って片平家などから奪った口座に入れられない現金を使っていくつもの有名ブランドの腕時計やチープな中国製の腕時計まで、すでに20を超えて蒐集ボックスに並んで毎日変えている。

 流石にパテック・フィリップなどの高級品は日常で付けているのはおかしいので学校につけて行くのは精々数万円程度までのに抑えているが、眺めているだけでなぜだか楽しいのだ。

 レンの日替わり腕時計は実はクラスで最近話題になっていると水琴が教えてくれたことがある。


 ちなみにお気に入りはカラトラバ5196とジャガー・ルクルトのウルトラスリム・ムーンフェイズだ。

 ただ普段遣いにするならば軍用などの頑丈な物に錬金術でコーティングしないと急な戦闘に耐えられない。

 それに径が大きいものやゴツイ見た目の物はレンの小さな体に似合わない。

 衝動でいくつか高級時計を買ってしまったが、使い所がなくて案外難しいなと買った後で気付いた。

 大きな宝石がついた宝飾品などは特別なパーティなどでつけるようなもので、ある公爵家の婦人が「衝動的に買ってしまったけれど普段は飾るくらいしか使い所がないわ」と言っていたのを思い出してしまったものだ。


 ちなみに葵はレンが腕時計に興味を持ったことによって本人も気になったらしいので何本かネットで気に入ったデザインを選び、変装させて店に言って試着して良い感じだったのでプレゼントしてあげた。

 葵はレンよりも小さな体なので女性用の華奢な腕時計だが喜んでくれたので良かったなと思っている。


「おっと、ついまたポチリそうになっちゃった」


 腕時計ばかりを見ていたのでネットでの広告が腕時計だらけだ。気になると広告を開き、つい購入を押してしまいそうになる。

 そう値段も高くないものはレンの資産的に即ポチしてしまっても問題ないが、思っていたより重かったり厚かったりと失敗したことが何度もある。


 レンはこういうところも反省はしても治らないなと苦笑した。

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