031

『アーキル、お前裏切ったのか』

『そうだよ』


 肯定する言葉と共に男の首が魔剣で切り裂かれる。

 レンはアーキルたちとアーキルの組織が使っていた拠点を襲っていた。

 アーキルたちは横浜の中国系組織の伝手を使って日本に密入国したらしい。

 儀式場が川崎だったのも横浜から近く、他の拠点も川崎市や横浜市、町田市などにあった。

 そのうちいくつかは引き払われていたが、残っていた拠点をレンはアーキルたちと潰し、ついでに資金や術具、武器から生活用品まで奪うことにしたのだ。

 レンとしては異国から来た犯罪組織の拠点なので潰すことに罪悪感はない。むしろ放置していたらまた悪さをするだろう。


 ただその盗賊ムーブな拠点潰しで、ある情報が得られた。

 アーキルたちとは違う指揮系統の部隊が別の作戦を展開中だというのだ。

 だが作戦の具体的な内容は得られていない。

 ただアーキルたちが所属していた組織がまだ日本で暗躍するのはほぼ確定だと言うことに、レンは頭が痛くなった。


『日本はもっと治安が良い国だと信じていたのに』

『いやいや、日本ほど治安が良い国は俺はほとんどしらねぇぜ?』

『まぁ実際そうなんだろうけどね。ほんの数ヶ月で神社襲撃事件に、友人の誘拐事件。ついでに黒蛇の妖魔が召喚されて大暴れ。そして残党から再襲撃までされたんだよ。警察や日本の公安は何やってんだって話だよ』


 レンが後片付けをしながらアーキルに愚痴るとアーキルは苦い顔をしながら返事をした。


『あ~、まぁやったのは俺らのことだからなんとも言えないが、祖国ではそんなのは日常茶飯事で、もっと酷い事件が毎日のように起きてるぜ。一般市民もガンガン巻き込まれるし国から逃げ出す奴らも多いしな。第一政権が安定してないし俺らみたいな武装組織が宗派や民族の違いで争ってんだ。少なくとも日本は天国に思えるね』

「ボス、オレ、酒が欲しいデス」

「あ~、僕は買えないから今度どっかで買い物に連れて行ってあげるよ」

『英語で喋れ英語で、日本語はまだわからないんだよ』

『酒が欲しいっていうから今度買い物に連れてってやるって言ったんだよ』

『ふむ、横浜か横須賀がいいぞ。横浜なら伝手があるし、横須賀なら外国人がいてもあまり目立たねぇ。アラブ系はイヤな顔されるが金さえ払えば売ってくれねぇってほどじゃねぇ』


 部隊の中で唯一日本語がそこそこ話せるカースィムという男が酒をねだってくる。ちなみにカシムやカーシムではダメらしい。

 実は他に日本語を使える人員は4人いたらしいのだが死んでしまったらしい。

 アーキルは元々40人を従える部隊長で、それが川崎の事件で半分になり、更にレンとの戦いで半分になってしまった。

 結果的に日本語が使えるのがカースィムだけになってしまったのだ。


『白人や黒人に偽装するマジックアイテムでも貸してやろうか?』

『マジか、そんなのあるのか。持つべきものは気前の良いボスだな』

『調子のいいこと言ってないで隠し扉とか探せよ。ドルや元の束を見つけたら全部やるから』

『やったぜ』


 アーキルはそう言うと目の色を変えて探索に力を入れた。




『3箇所の拠点で結構色々集まったな』

『ボスのその〈収納〉は便利すぎだな。一体何者なんだ』

『僕は僕だよ。ターゲットのことくらい調べなかったのか?』

『調べたがほとんど出てこなかったんだよ。運良く強力な神霊を従えたガキだってことくらいだ。ヤってみたらそれどころじゃなかったけどな』

『まぁいいじゃないか。それで、他に欲しいものはないのか』


 レンは拠点襲撃でかなり儲かったが表向きは使えない。それに元々は彼らの組織の金だ。しかも彼らが使っていた闇銀行からかなりのドルを引き出させた。現金で数百万ドル引き出しに行ったので怪訝な顔をされたが、裏取引は現金で行うことも多いらしいので問題はないらしい。


『あ~、弾薬が欲しいな。アイツら暇しすぎて訓練したいって言い出してるからな。後は豆と砂糖と紅茶がもっと欲しい。』

『なんか訓練場みたいなの勝手に整備してたもんな。訓練に実弾なんて使うなよ。紅茶はともかく豆と砂糖ってなんだ。』

『訓練で使うのは模擬弾だよ。当たると結構痛いけどな。模擬弾もだが実弾が足らないのも事実だ。うちの部隊は結構弾薬使うんだが他の部隊はあんまり使わねぇからなぁ。今の在庫じゃ何回か派手に戦闘したら尽きちまう。豆は日本のスーパーで売ってない系の現地食だな。紅茶と砂糖はオレらはボスが考える倍以上消費するぞ』

『銃や銃弾なんてどこで売ってるかなんて知らないぞ。豆はどこで買えるんだ。砂糖や紅茶は高いもんでもないし、いくら消費しても構わんけどな』


 アーキルたちは材木で大きなコテージのようなものを作り上げ、風呂なども自作していた。

 ついでに暇だからと訓練に明け暮れ、訓練場や射撃場なども作っていた。

 好きにして良いと言ったがなかなかフリーダムなやつらだ。

 だが鶏の飼育は進んでいるようで、葵がヒヨコが可愛いと喜んでいたりもした。


 日本で公式に銃が買える店はない。というか銃刀法が厳しすぎて小刀や工具を持ち歩いただけで捕まると聞いて驚いた。

 そしてレンは裏の世界には詳しくない。


『それはオレが知ってる。ついでに情報屋に伝手があるから情報も欲しければ買ってきてやるよ』

『お前らの別部隊が何を企んでるか知りたいよ』

『そいつは多分売ってねぇなぁ。日本の神社や寺院、陰陽師とかの家についての情報なら結構売ってるぜ、このリストとかもそれで作ったからな』

『やめろよ。僕は誘拐とかさせないからな』

『アイアイボス』


 ひらひらとアーキルが振ったメモリには生贄用に良さそうな少女たちの顔写真やどの家に所属しているか、生贄としてのランクや攫いやすさはどうかなどが書いてあるデータが入っていた。生贄候補は何十人も居て、行動パターンや護衛のレベルなどなかなかディープな情報が入っている。

 他にも日本の陰陽師や寺院、神社などの勢力図や持っている霊具などのリストもある。そこらへんはレンにとっても有用な情報でありがたく頂いておく。よくこんなに調べたものだと関心するレベルだ。


『それにしてもお前らの宗派は酒はOKなのか。厳しいとこはカップラーメンもだめだって聞いたぞ』

『うちは結構ゆるいし神は酒を飲むなとは言ってねぇ。それにカップラーメンは普通にうまいと思うぞ』


 イスラム教はレンも詳しくないので先日部隊全員に色々と聞いてみたのだが、基本的な教義や戒律はともかく宗派や歴史に関しては日本の仏教でさえお腹いっぱいなのにソレ以上に複雑だった。

 ちなみにカップラーメンがだめだというのは粉末スープに豚のエキスが使われているかららしい。

 ただアーキルたちは比較的緩やか、というかあまり戒律を重視しておらず、さすがに直接豚肉は食べないが他はあまり気にしないというのが多いらしい。

 レンは彼らの話を聞いて今後部下を増やすのであれば宗教の制限なども考えなければならないのかとちょっと憂鬱になった。

 ただ日本の神道や仏教は食事にそれほどうるさくないし、日本人の部下たちなら自分たちで管理させれば良いだけだ。


(忍者って宗教とかあるのかな。前読んだ漫画だと忍宗とか描いてたけど)


 元々アーキルたちはイレギュラーだ。イスラム系の武装組織を傘下に収める日本の家はそう多くないだろう。

 手足を増やすのであればレンとしては金で雇える忍者でも雇ってみたい。

 アーキルたちの調べていたリストに斑目家もあり、斑目家の抱える忍者は信州望月家の流れらしく、近江六角家が織田家に負けると甲賀の里から信州望月家に逃れた甲賀忍者たちがいたらしく、経緯まではわからないが今は斑目家に仕えているらしいとまで書いてあった。

 金雇いではなく風魔のように斑目家専属の忍者のようで、レンも自前の忍者部隊を組織してみたいと思ったのだ。

 ちなみに風魔は今は北海道で活動しているらしい。歴史では6代目風魔小太郎が殺されて消滅したことになっているが、密かに続き、奥州で隠れ、北海道開拓に参加した武家の諜報部隊として活躍しているらしい。

 何代目だか知らないが風魔小太郎にもいつか会ってみたいなと思った。


『忍者はあんまり詳しくねぇなぁ。どこの家にどんな諜報組織があるって言うリストはあるけどな』

『まぁ今どき忍者を名乗ってなくても諜報組織は忍者みたいなもんだよな。それにしてもよく灯火とか美咲とか誘拐したよな。反撃が怖くなかったのか』

『あ~、襲撃事件はオレたちは関与してたけどそっちはでかいとこは狙わなかったからな。誘拐とかは他の部隊の管轄だったんだ。それに儀式も最終段階だったからな。異教の古き神を従えたら速攻でとんずらする予定だったから後先考えてなかったんだと思うぞ』

『あぁ、なんかそういう駄目なパターンは漫画で見たことがあるよ』

『ボスが邪魔しなきゃもしかしたら成功してたかもしれねぇけどな。可能性は薄かっただろうが。ちょっと出てきた神のレベルが高すぎた』

『むしろそっちを詳しく調べてから儀式をやれよ。仕込んでいた〈従属〉魔術も捕らえるための魔具も効果がなかったんだろ』

『そっちもオレたちの管轄じゃねぇ。大体作戦が始まったのは4年前くらいだがオレたちが日本に派遣されたのは1年前だからな』


 中東の紛争地帯や宗教系武装組織には関わりたくはないが、アーキルの話す内容はなかなかおもしろい。

 対岸の火事だからというのもあるが、アーキルはなかなか語りがうまいのだ。

 レンの興味を探って関連する様々な知識を与えてくれる。

 必要かどうかは置いておいてレンの好奇心は非常に満たされるし、なかなか有用な情報も多い。


『ボスが日本の組織に追われて逃げるなら紛争地帯はなかなか悪くないぜ? ボスの実力ならうまく危険を避けて儲けるのは難しくない。それにあっちの女はなかなか具合がいいぞ。美人も多いしな。男の言う事は文句も言わずに聞くから小さな傭兵部隊でも立ち上げて無難に立ち回ればハレムだろうがなんだろうが作り放題だぜ。民間軍事会社(PMC)とかでもいいかもな』

『あ~、中東女に興味がないとは言わないが、わざわざ現地で組織を立ち上げてハレム作りたいとは思わないな。興味が出たら普通に旅行で行って金で買うよ』

『ははっ、それがいいな。国境の抜け方から良い娼館まで熟知してるからオレが案内してやるよ。日本や欧米では俺らアラブ系は嫌われているがあっちに行くならオレらと一緒に居れば安全だぜ。ジャパニーズはそんな嫌われないしな。チャイニーズやコリアンに間違われることは多いけどな。オレらには東洋人の顔の違いがよくわからん』

『僕もアラブ人は大体同じに見えるよ』

『あははっ、そんなもんだ』


 ちなみにアーキルは頬に傷がある彫りの深いイケメンだ。30代で欧州魔術にも精通している。アッチだろうが日本だろうがアラブ系嫌いの国でなければどこでもモテそうな感じである。


(中東か。紛争地帯なら危険も多いだろうけど術士の戦いの機会は多いだろうしレアな術具なんかも奪い放題かもな。日本の居心地がいいから今のところは離れる気はないけど、周囲がうるさくなったら検討してもいいかもな~)


 相変わらずレンは様々ないくつかの勢力に監視されているし探られている。

 如月家は落ち着いてきたようだし、斑目家のような良好な関係の勢力もいる。だが有象無象というのはどこからでも沸いて出てくるものだ。

 手を出してくる者はいないので放置しているが少し煩わしくなっている。


(いい感じに悪いことしてるとこが手出してくれないかな)


 レンから攻めると攻撃的な性格だと思われるし、大義名分もない。だが、向こうから手を出してくれて、ついでにあまり評判のよろしくないところなら遠慮なく叩き潰せるし術具や術の書いた秘伝書なども奪えるかも知れない。ついでにレンに敵対すると強めの報復が来るともっと知れれば探りの数も減って周りが静かになるだろう。


(まぁまずはカルラたちに頼らずに地力をもっと上げないとな)


 結局はそこだ。

 カルラはすでに知られているが、ハクやライカ、エン、それに眷属たち。更にはクローシュや、今の弱くなったレンを認めない為に従わないが強力な力を持った魔物は〈箱庭〉に山程いる。

 すべて解き放てば日本どころかヨーロッパ全域くらいなら余裕で壊滅することも可能だろう戦力だ。

 カルラ以外にも同等かソレ以上の戦力を持っているとバレるとレンを危険視する勢力は爆発的に増えるだろう。政府機関からも目を付けられ、レンを従わせようとする勢力と対抗するために、更にハクたちなどの力を借りなければならないかも知れない悪循環に陥る。


 だからこそレンは自分の力だけで窮地も乗り切れるようになりたいのだ。

 幸いフルーレとシルヴァの力も以前より引き出せるようになっているし、今後力を付けていけば他の魔剣たちもレンを認めてくれるようになるだろう。出処は探られるだろうが、犯罪組織と抗争になった時に奪ったと言えば良い。実際アーキルたちの組織の拠点にはそういう類の武器も多くあったし、アーキルが持つほどの魔剣はそうそうないが少数は存在した。

 それにもっと魔力炉の稼働が進めばレンが力のあった時代に作って未だ起動させることすらできない術具も使うことができるようになる。


 アーキルたちはとりあえず人間なので、襲ってきたので返り討ちにして従わせたと言えば嘘ではないし、多少の問題にはなるだろうが最悪は切り捨てれば良いだけだ。


『それで、弾薬や銃はどこで買えるんだ?』

『横浜か、幻影系の術具を貸してくれるんなら横須賀だな。横浜は中国系組織から、横須賀は軍の横流しで手に入る。質は横須賀のがいいが値段はどっこいだな。ただ情報屋は横浜に居る』

『まぁもう少し落ち着いたらどっちかか両方に連れて行ってやるよ。ただバカはやったり騒ぎを起こすなよ』

『わかってるよボス』


 なんだかんだでアーキルたちは付き合ってみるとなかなか付き合いやすい奴らだ。気質はハンターや傭兵に近い。それに案外日本の裏社会についても詳しい。

 そしてそういう奴らの扱い方をレンはよく知っている。

 多少の違いはあるだろうが、それはこれから学んで行けば良いことだ。

 英語は全員通じるし、アラビア語を教えて貰っている。案外個々で使える言語が違かったり出身国も違ったりする。

 レンは彼らから多数の言語や知識、術や戦術などを教わり、アーキルたちを取り込んで良かったと思っていた。



 ◇ ◇



「ふふっ、旦那様はさすがね。胸を貫かれた時は流石にどうしようもないと思ったけれど……」


 神子と呼ばれる少女はレンとアーキルの戦いが無事終わったことにホッとしていた。

 優秀な手駒ができ、如月家などが企んだ策謀も切り抜けた。

 ただ神子はレンがまだまだ様々なトラブルに見舞われることを視ている。さらに命の危険があることもあるのだ。

 レンがどう立ち回るのかまではわからないが、神子にできることは信じることと祈ることだけだ。

 〈蛇の目〉組織内で少しずつ策謀を巡らせて居てそちらも順調だがまだ芽吹いたばかり。レンの役に立てるのはまだまだ先の事だろう。


「でもそろそろ大水鬼についての神託はだそうかしら。他の神子たちも似た物を視ているでしょう。旦那様の戦いで大水鬼の目覚めが早くなるなんて不思議なことだと思うけれど、これも大きな流れの1つなのね。旦那様の活躍を期待しましょう」


 神子は自身が見た予知をさらさらと和紙に毛筆で書いて、チリンと人を呼ぶ鐘を鳴らした。

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