030
「むぅ。どこのバカよ。こんな場所で術を使って争うなんて」
「ね。でもあたしたちには影響がなくて良かったね。また襲われたらお父さん卒倒しちゃうよ」
松本観光がなしになり、旅行の最終日は前倒しで解散になったことに文句たらたらの美咲が言うと楓がとりなすように言い、最後にちょっとした冗談を言った。
「そうね。でも何だったのかしら。うちの者たちも戦闘跡を見に行ったらしいし、周辺にも問い合わせたけれど何もわかっていないんですって。戦闘場所が誰もいない山の中だったのが良かったわね」
「急に地下に押し込められた時は何があったのかと思ったわ。実際ほとんど説明もされなかったし」
灯火と水琴が続く。それを麻耶は悔しそうに聞いていた。鈴木や藤森家の者の一部も悔しそうだ。
逆にそうでないものたちも居る。おそらく今回の襲撃の可能性や策謀について知らされていなかった者たちだろう。
そういう者たちはどちらかというとレンには好意的だった。彼らの家に取って本来レンは令嬢を救い出した恩人だ。それが本来の態度だとレンは思う。
何も知らない一般人の使用人たちは普通に何事もなくてよかったと胸を撫で下ろしている。
レンは当時外に出ていて強力な波動を感じたので逆方向に逃げ出したことにしている。
一部の者たちはレンを疑っているだろうが、流石に「お前が犯人だろう」と問い詰める者はいない。
「でも僕はみんなと2日でも旅行できて楽しかったよ。松本とか他の場所はまた日を改めて行けばいいじゃない」
「そうだねっ、またみんなでいろんなとこに旅行行きたいね。良かったら豊川の家にも来てよ。みんな歓迎するよっ」
機嫌を直した美咲がレンも含めて誘ってくれる。
地元なので観光名所も知っているし、豊川の名を出せば通常入れないところや見れない物も見れると推していた。
(それはちょっといいな)
一般公開されていない神社や寺院の本殿や御神体。蔵や所蔵する宝物などはおそらく霊具と呼ばれる物が多いだろう。
獅子神家所蔵の霊剣などを見せて貰う約束はしているが、レンはそれ以外は伝手はない。
中部地方でも強い勢力を持っているという豊川家の秘宝などももしかしたら見せて貰えるかも知れない。
「とりあえずまだ危険があるかも知れないから今日はこれで解散よ。みんな気を付けて帰りましょうね」
「「「は~い」」」
来る時は別々だったが帰りは東京方面までは全員で一斉に帰ることになっている。
諏訪湖からだとレンたちが最も近く、方向は違うが灯火と楓はそれほどの距離ではない。
美咲の豊川家が最も遠いが高速道路に乗って名古屋方面に向かうので途中までは一緒なのだ。
◇ ◇
「レンくんは意外に苛烈な面もあるのね」
「鈴木さんとのことですか? あれはあっちが過剰に干渉してきたからですよ。護衛なら護衛の仕事をすればいいんです。僕の護衛ではありませんし、僕を護衛するなんて話も聞いてませんからね」
確かにそうだと麻耶は思った。本来客人の護衛は水無月家の仕事でもある。だが鈴木はレンを護衛対象だとは明確に言わなかった。
それは今回そう言ってしまうとレンが傷ついた時に責任が水無月家に来るからだ。
もちろん言わなくともレンが襲われれば責任を問われるだろう。だがそれは水無月の上層部からで、一介の高校生でしかないレンから問われることはない。
「そうね。まぁ出ていくなら一言くらいあっても良いと思うけれど」
「それで前の日に散歩に出るって言ったらイヤな顔されたので勝手に出たんですよ。一言くらいあっても良い、程度のことでしょう。なくても問題はないし、実際問題は起きなかった。確かに戦闘は起きたみたいですけど僕は関係ありませんしね。むしろなんであんなに干渉するのか不思議に思うくらいです。僕は干渉されるの嫌いなんですよね」
「そうなのね。まぁ灯火さんが鈴木さんの態度に怒って居たから次に一緒に旅行するとしても他の人が派遣されるんじゃないかしら」
(この子、やっぱりある程度事情を知ってる? 一体どこまで察知しているのかしら。それに抜け出した手口もわからない。この子は底が知れないわ)
元々予言があったにも関わらず如月家の捜索に引っかからなかったレンだ。
獅子神家襲撃事件や川崎事変に関わったのも後日わかったことで、それもかなり時間が経ってからだ。
川崎事変に関与した理由も、どうやって察知したのかもわかっていない。水琴たちをどうやって助け出したのかも麻耶たちは調べられていないのだ。
しかも彼女たちを助けたという事実も水無月家と鷺ノ宮家という大きな家が絡んでようやくわかった事実である。
更に豊川はわからないが、水無月家や鷺ノ宮家、藤森家などが解けない〈契約〉系の術まで使っている。
正直ほんの数ヶ月前に異能に覚醒した少年としては異常にすぎる。
故に今回麻耶は、如月家は水無月家と藤森家を巻き込み、襲撃事件にレンがどう対処するか、どのような力があるか見ようという策謀を練ったのだ。
そして今回の結果だ。結局得られた物はほとんどなかった。
麻耶はあの戦闘跡はレンが起こした物だと思ってはいるが、相手の組織の武装部隊のレベルの高さもそれなりに知っている。
水蛇の神霊の力を使ったならともかく、そのような形跡は残っていなかったし観測もできなかった。
1人で武装部隊を倒したのだろうか。だとしたらどうやって?
もしくは麻耶たちの知らないレンの手足となるものが居るのだろうか。
少なくとも近隣の術士ではいないはずだ。
流石に如月家が見逃すはずはない。レンはそれほどの強度ではないが監視対象として監視されている。
レンの普段の動きは大体が判明しているのだ。
普段は普通の高校生として近所の高校に通い、部活は入っていない。成績は中の上。いじめなどもなく人間関係も表立った問題は見えない。
両親はいないが遺産があり、生活に困るどころか資産はかなりあると言って良い。だが無駄に使ったりその金銭で人を雇ったり悪事に手を染めることもない。
斑目家が接触したり、片平家に襲撃の報復をしたことはあるが、斑目家は特殊な事情のある家であるし、片平家は手を出したのはあっちが先だ。
あの報復で苛烈な部分もあると見えたが、まさか水無月、藤森、如月の部隊が見張っている宿泊所から誰にも知られずに外に出られるなどとは思ってはいなかった。
(高度な隠密能力、それに私たちもわからなかった襲撃者たちの拠点も多分知っていたわね。大体襲撃者たちが居ることすら教えてない。どうやって情報を得たのかしら。情報屋なんかに伝手はないはずだし接触した形跡もないのよね。でもあれほどの隠密能力があるのなら私たちの知らないところで接触した可能性もある? いえ、だめね。そんなことを言ったらどんな可能性だってあるわ)
一部の情報だけでも手にした耳の早い家などは探りを入れているが、レンが川崎事変に関わったことすらそれほど広まってはいない。
また、豊川、水無月という家が絡んでいることで手を出すことを控える家もある。
ただ如月家は別だ。
なぜなら如月家の本拠のある街にレンが住んでいるのだ。どうしても気にせざるを得ない。しかも〈蛇の目〉から危険性を指摘されている。
特に上層部は積極的に取り込むか従えるべしという強硬派がまだ残っている。
異能を使って悪さをしているわけでもなし、如月家に敵対的なわけでもないので様子を見ようと言う麻耶や穏健派の主張とは相容れない。
ただ麻耶は本家筋の娘ではあるが、上層部から命令されれば否とは言えない。
探れと言われれば探るしかないのだ。
(でももうだめね。レンくんは探られるのも干渉されるのも嫌う性格だと分かったし、今回の結果を見ても少なくとも私の手には負えないわ。わざわざ敵対していない虎を起こすことはないと報告しないと)
疑念は尽きないが結論としては懇意にしている穏健派を通して強硬派を諌めて貰うことに麻耶は決めた。そして麻耶自体はレンにはできるだけ敵対しない方向性に舵を切る。
元々そうしたいと思っていたが上司の、というか強硬派の大叔父の命令も無視はできなかったのだ。
(祖父にお願いして如月家の方針として過度な干渉はしない。そうしてもらいましょう。うん、そのくらいしないとダメね)
如月家現当主は麻耶の祖父だ。危険視して敵対するよりは適度な距離を取って様子を見るほうが良いだろう。そのうちレンの力も仲良くしているうちに知れるかもしれない。
そして麻耶はレンの性格は温厚な良い子だと思っている。
敵対した相手には苛烈であるし、干渉されるのは嫌いだそうだが、攫われた少女を救ったり襲撃された獅子神家を救ったりもしているのだ。
後部座席で水琴と穏やかに話しているレンの話に耳を傾けながら、麻耶はそう決めた。
◇ ◇
一方その頃、アーキルの部隊とは別の組織の残党たちが山梨県の北西部の山中にいた。
彼らは儀式を行っていた老人たちの生き残りの一部と地下を守って居て生き残った部隊や、当日現場におらず、別の任務についていた部隊の者たちだ。
アーキルの部隊は実力は高いが信心が足らず、信用がならないとして別の危険な任務が割り当てられている。
そして老人たちは斑目家の管理する封印の近くまで迫っていた。
今すぐ何かをするというわけではない。
元々他国であり、宗派も違う組織が異教の古き神を呼び出し、従えたのが発端だ。
そして組織の上層部たちは同様のことを自分たちもできないかと考えた。
そこで出てきたのがレンが奪った祭壇だ。
祭壇はある寺院の遺跡に眠っていて、異教の古き神の力が宿っていると古文書に残っており、実際に発掘してみたところ本当に見つかったのだ。
かと言って検討されていた作戦はそれだけではない。
日本で作戦を行うことを決めた時に、日本で封印されている強力な神霊を調べ、それらの封印を解いて従えるであるとか、神具に封印された神霊や強力な怨霊の封印を奪い、それらを従えることができないかとか、日本の家が従えている強力な式神を奪うなどの作戦もあったのだ。
結局祭壇を使った召喚、従属という作戦を第一に動くことになったが、それが失敗したために第二案として近隣の封印の中で比較的簡単に解けそうな物をいくつかリストアップしており、その中に斑目家が管理する封印があった。
『ふむ、伝承では瘴気を撒き散らして毒性の高い妖魔らしい。土地は穢れるが敵対組織の拠点に放り込めばかなり効果が高いのではないか?』
『そうだな。どのみち我らにはもう後がない。作戦を練り、どのように捕獲するか考えよう。流石に日本の術士たちに2度も封印された妖魔だ。あの忌々しき黒蛇ほどの力は持たぬだろう。まぁココの妖魔も候補の1つでしかないがな。他の確認もするべきだろう。今度こそ強力な妖魔を従属させ、組織の役に立つのだ』
斑目家は封印の周囲を厳重に封鎖し、監視している。その監視網に引っかからぬよう、気をつけながら黒ローブたちとそれに従う部隊は静かに去って行った。
◇ ◇
(ナニカ……ウマソウナチカラ、カンジタ)
地下に封印されたソレは遠く地上で食欲を非常に刺激する力の波動を感じてモゾリと動いた。
ソレは大水鬼と呼ばれる妖魔だった。
大水鬼は人間に2度も敗れたことにより、慎重になっていた。
封印の隙間から地脈に触手を伸ばし、ゆっくりと力を蓄えていた。
封印を破ることはすでにできるだけの力はある。だがまだ危険だと2度の戦いの経験で大水鬼は本能で察していた。
以前よりも遥かに強い力が必要だ。そうして海を渡って来てすぐの時のように、喰らい、穢し、暴れまわるのだ。
そしてその食欲をそそる力の塊を得られれば、それは叶う。
このまま地脈の力をちまちまと貯めるのではあと数百年は求める力に辿り着かないだろう。
だがアレを得られれば……。
大水鬼が感じた力の源の名は、カルラと言った。
◇ ◇
『一体ここはどこなんだよ』
『まぁいいじゃないか。そんなことは。答えるとでも?』
最終的に10人になったアーキルをリーダーとする部隊は〈箱庭〉の1つにしばらく隠して置くことにした。
自然豊かで水もあり、レンはやり方はよくわからないが農耕なども頑張ればできるだろう。
しばらくの間は魔法で整地をした川の近くの平坦な土地で、アウトドアショップで買ってきた大型テントで彼らに生活をしてもらい、必要な物は自分たちで作って貰うことにしているのだ。
ゲルと呼ばれるような大型のテントと個室用の中型テントをいくつか用意し、キャンプで使うような道具を一通り与え、食料も支給する。
服や日常で使うもの、武器などは彼らが拠点としていたところからすでに回収し、運び込んである。
カマドも土魔法で作ったし、野営は彼らもできると言っていた。
川には魚も居るし、必要なら弱くて食料になる角うさぎや大鼠の魔物を放つつもりでいる。
有精卵を買って孵卵器で孵化させ、鶏を飼わせるのも良いかもしれない。調べて見たら普通に通販で有精卵も孵卵器も売っているのだ。
(うん、自分でやるのは面倒だけどやらせるなら面白そうだな)
有精卵を孵化させてみたという動画を見たことがレンはある。自分もやってみようとは思わなかったが、鶏は成長も早いし放し飼いでも飼える。肉も食えるし卵も生む。家畜としてとても優秀なのだ。しかもココはレンの〈箱庭〉の1つなので天敵もいない。
ただ環境がローダス大陸を模した環境なので鶏が無事育つかは正直レンも自信はない。飼料などは普通の日本で売っているものを使うつもりなので大丈夫だとは思うが、魔力を含んだ草の種などを食べて鶏が魔物化することもあるかもしれない。
だがそれでも鶏程度ならアーキルたちなら大丈夫であろう。
そうしてレンの思いつきにより、アーキルたちの最初の任務は比較的簡便なサバイバル生活と鶏を育てることになった。
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