029.スカウト

『一体ここはどこだ。どうなってる』


 ただっぴろい空間。そこにアーキルは倒れていた。

 追い詰めていたと思っていたレンの強力な魔法で部下たちはやられ、アーキルもあのままではまずい状態だった。

 本来水蛇の神霊を出されれば組織から送られて来た魔具で捕らえることを試し、失敗すれば撤退する予定だった。

 だがレンは水蛇の神霊を出さなかった。まさかアーキルたちと正面から戦闘をするとは思っても居なかったのだ。


 しかもレンは剣技がつたないように思えたのにアーキルの剣をギリギリで捌いた。まるでアーキルがどのように動くのか事前にわかっているかのように先を読み、致命的な一撃は確実に回避するか強力な盾で防いできた。ローブも硬く、中には鎧も着込んでいた。

 未来視の魔眼は存在する。レンについての情報はそれほど多くない。神霊だけでなく魔眼も持っているのかと思ったが、近距離で戦っていれば相手が魔眼持ちかどうかはアーキルもわかる。

 レンは魔眼など持っていなかった。初めて見るはずのアーキルの剣技を自身の未熟なはずの技量と高度な防具で防いだのだ。


(あの魔剣も盾もヤバかったしな。なんで覚醒したばかりのガキがあんな良い装備を揃えているんだか)


『なぁ、どうなったんだ』

『ん? あぁ、最後の記憶がないのか。君の魔剣が僕を貫いて、その後僕の魔法が君の意識を奪ったんだよ。死ぬかと思った』

『むしろあの一撃で心臓を貫いたはずだ。死んでねぇことが驚きだよ。それでココはどこだ。くそっ、体が動かねぇ』


 首を動かすと同様に倒れているレンが見えた。見覚えのある生贄の時に攫った少女の1人がレンの手当をしている。

 だがあの少女は行方不明だとされていたはずで、少なくとも水無月家所有の宿泊所に共に来ては居なかったはずだ。


(くそっ、謎が多すぎる。やはり手出しをするべきじゃなかった)


『それは教えられないよ』

『じゃぁなんでオレを生かした。気を失っている間にいつでも殺せただろう』


 体は動かないが戦いで受けた傷は癒えている。レンとの剣戟でアーキルも致命打は受けなかったがいくつも斬り傷は負っていた。

 特殊な繊維と先端素材を組み合わせて作られたアーキルの防具をレンの魔剣はやすやすと斬り裂いてきた。

 アーキルの剣も幾度もレンを捉えたが、レンの剣もアーキルに傷をいくつも負わせていたのだ。


 体は動かないが感覚でわかる。魔剣や銃などの装備は取り上げられている。仲間たちの気配もない。

 このただっぴろい空間に居るのはレンと少女、そしてアーキルだけだ。


『殺すのもできたんだけどね。君たちがあまりに強かったから、スカウトしようと思って』

『スカウトだと!?』

『うん、僕は部下や仲間ってのがほとんどいないんだ。今ココにいる葵とカルラたちくらいだけど、彼らはあまり表に出したくない。普通の人間の部下が欲しいんだよ』


 意味がわからなかった。アーキルたちはレンが救った少女たちを攫い、更には多くの日本の神社や寺院、陰陽師の家などを襲った犯罪組織の人間だ。

 そして作戦が失敗しても追加の司令を受け、先程までレンと殺し合いをしていた仲だったのだ。

 最初はレン自身を捕らえるか水蛇の神霊を出されれば捕獲を試し、失敗すれば撤退する。そのつもりだった。


 〈赫雷〉は水蛇が防ぐと思っていたし、飛んでいるレンを撃ち落とすにはアレが一番だった。そこで気絶するか大怪我を負ったレンを守る水蛇を捕獲するのが最初の作戦だったがレンは大怪我も負わずに山中に即座に逃げ出した。


 その後の戦いも思った以上に接戦で、アーキルは切り札を切ってレンを殺すつもりで貫いた。心臓に確実に魔剣が刺さったと思うが今思い返せば貫いた瞬間の感触が何かおかしかった気がする。

 だが今は頭があまり働いていない上にスカウトなどという突拍子もない提案を受けている。


『オレたちは手配されているだろうし、日本では動きづらい。それにオレたちを信用できるのか?』

『術で縛るから少なくとも反乱の危険はないね。でも僕に従う気がないなら別の部下を探すさ。従属か死か、だよ』

『ははっ、お前頭イカれてるな。だがこういう稼業だ。そのくらいの方がボスにするには悪くない。せめて衣食住と装備の保証くらいはしてくれよ。オレらはこっちでは家も借りれないんだ』


 アーキルは完膚なきまでに敗北したことで諦めた。死ぬよりはこの少年に従ったほうが良い。それにこいつについていけば今の組織に飼い殺しにされるよりも面白いことになりそうだと思った。


『それは受けてくれるってことでいいのかな。じゃぁ生き残った部下たちにも聞いてみてよ』

『なんだとっ、あいつら生きてるのかっ』

『狙撃チームと何人かは捕らえたよ。氷の槍の魔法で貫かれた奴らは死んじゃったけどね。何人だっけな。10人以上生きてるはずだよ』

『ははっ、道理で途中から通信が途絶する部下が増えたわけだ。じゃぁあいつらにも聞いてみる。だが生きているかはわからないが2人ほど殺しておいた方がいいやつがいる。そいつらは殺しておけ』

『了解。じゃぁ体を動くようにしてあげるから部下たちを説得してきてよ。ちなみに従わない奴らは残念ながら処分だからね』

『あぁ、わかったよ』


 首から上からしか動かなかった体が動くようになる。どうやら何らかの術で縛られていたようだ。

 そんなこともわからないくらいアーキルは疲弊していた。

 死んだ部下たちは仕方ないが、生き残ったやつらが居るならそいつらの説得をしなければならない。

 殺したほうが良いというのは組織から付けられた監視役たちだ。

 あいつらは無駄に上から偉そうに命令するくせにきちんと働かない。アーキルが信用されていない証拠だが性格も残忍なやつらなので処分しておいた方が後顧の憂いがない。


 新しいボスの性格はまだわからない。気が短いかも知れないし、突然酷い命令をしてくるかもしれない。

 だが前の上司たちもひどかったものだ。ならば命を拾えただけ十分だろう。


(前よりは良いボスだといいんだが、な。少なくとも腕は確かめられた。それに水蛇の神霊も居る。戦力としては十分だな)


 そう思いながらレンに指示され、現れた〈白牢〉への入り口へアーキルは歩を進めて行った。



 ◇ ◇



(どういうことなの)


 レンが部屋からいなくなったことは早いうちに知れた。しかしどこに行ったのかなどは全くわからない。

 捜索しているうちに遠くで強力な霊力の波動と赤い光と音が轟いた。


(戦ってる!?)


 如月麻耶は令嬢たちの警備は護衛たちに任せ、連れてきた2人と隠していた如月家の部隊で戦闘が起こっているであろう場所に急行した。

 同様に水無月家、藤森家が手配した部隊の一部も動いた。

 宿泊所の防備は万全だ。更に地下から抜け道もあるし、彼女たちも強力な霊力の気配を感じただろう。

 何かが起きた場合は邸内の水無月、藤森家の護衛たちが令嬢たちを避難させることになっている。ミサイルでも落とされない限り水琴たちは安全だ。地下に逃げさえすればミサイルすら防ぐシェルターにもなっている。


 銃声や術の気配は感じるが麻耶たちが現場についた時には戦いの跡しか残っていなかった。

 暗闇の山中で大きな術者同士の戦いがあったことは窺える。銃が使われていた痕跡も発見された。

 しかし死体も戦っていた者たちの気配も存在しない。

 地面や森が荒れていたがそれだけだ。


 レンと情報にあった襲撃者たちが戦ったのだろうか。だが規模が大きすぎるし、死体もレンもいない。

 水無月家、藤森家、そして如月家で計画した襲撃者たちの殲滅や、レンの力の確認などの目的は果たせなかった。

 大体ココで戦っていたのが襲撃者たちとレンだという確証もない。

 麻耶たちの知らない勢力がたまたま近くで争いを起こした可能性もないわけではないのだ。ほんの微小な可能性だが。


「おいっ、どういうことだ」

「私にそんなことを言われても困るわ。私たちは情報を提供し、後は襲撃者たちがどう動くかだった。レンくんが抜け出してすぐに大きな戦闘があった形跡がある。今目の前に見えていることしかわかったことはないわ」


 藤森家の男に麻耶は問われるが答えなどない。

 状況から見てレンと襲撃者たちが戦ったのだろう。だが巨大な水蛇の神霊の姿や気配は感知できなかったし、着いた時には戦いは終わってレンたちの姿もない。

 どうなっているのかなど麻耶が問いたいほどだ。

 だが問うても水無月家も藤森家も答えなどないだろう。だから口に出さないだけで、くだらないことを聞いてきた男に麻耶はイラついた。


(無駄なことを聞いていないで何かしらの痕跡でも探しなさいよ)


 だがそれから1時間ほど、30人以上の人員で周囲を探索したが新しい情報は得られなかった。



 ◇ ◇



(ふぅ、悪かったね。後始末までしてもらって)

(構わぬ。お主の力になれることは我の喜びよ)


 レンは〈箱庭〉の館の治療室に移り、治療を受けていた。回復薬を飲み、傷を縫い、葵の癒やしを受ける。

 後始末とは戦いで散ったレンの血や戦いの魔力の残滓を消去して貰ったのだ。

 体液は魔力を濃厚に残しているし、それを解析すれば個人の特定も不可能ではない。

 魔力の残滓はどのような術が使われたか解析することができる。

 過去視の術や魔眼などを使われれば厳しいが、できるだけ自分の情報は秘匿しておきたいのがレンの性格だ。


「うぐっ」

「レン様っ。もうっ、無理をしちゃだめって言ったじゃないですか」


 痛みでうめき声が出る。

 胸の傷は酷いし非常に痛かったが致命傷にはならなかった。

 それはレンが心臓や重要臓器、そして脳や脊髄などの周囲に魔法金属の防具を仕込んでいたからだ。

 心臓を狙ったアーキルの魔剣は確かにレンの胸を貫いたが、心臓を守っていた魔法金属に当たり、滑って背に抜けた。

 重要な血管が切り裂かれたが、その程度なら即死はしない。

 葵はカルラに教えられ、〈箱庭〉の中からレンの戦いを見てずっとハラハラしていたという。怒られるのも仕方がないとは思う。

 葵には危ないことをしなくてもカルラに頼って全員殺してしまえばよかったのにと怒られたが、レンは戦いたかったのだ。


 それは魔力炉を起動した後で自身の腕を実戦で試したかったというのもあるし、彼らの実力も試したかった。

 術や戦い方、戦術も見たかった。

 川崎でアーキルたちの戦いや動きは多少見たがかなり統制が取れ、レンも捕らえたかったが手を出せないほどだった。

 思っていた以上の激戦になったしカルラの力も借りてしまったが、十分に得る物はあった。胸から背中にかけて穴が開いても、だ。


 そして戦いが終わり、彼らの命を奪ったり〈隷属〉させることもできたが、部下にスカウトしてみたいと思った。

 実際レンは個人の魔力持ちというだけで情報も手足となる部下もいない。

 灯火たちのように護衛を連れてくるどころかその護衛がいないのだ。


 〈隷属〉はかなり精神に負荷を掛ける。〈隷属〉や〈洗脳〉で縛った者は十全な実力を発揮できないし、自分たちの意思で行動することすら難しい。

 レンは言うことを聞く人形が欲しいのではなく、レンの意思で動く部隊が欲しかったのだ。


(本当は忍者が欲しかったんだけどな)


 斑目家の忍者たち。彼らは非常に有用だと思った。

 実際レンを探っている者たちの中でも実力が高く、統制の取れた部隊だった。

 水琴に聞いてみたが忍者については知らないと言う。ただ現代でも存在はし、戦国時代の伊賀や甲賀のように金で雇えたり、風魔のように部下にできたら良いなと思っていた。

 何より忍者にはロマンを感じる。


 だが忍者ではないがアーキルたちはレンに従うことに決めてくれた。

 強めの〈制約〉を掛け、武器なども返した。

 とりあえずは〈箱庭〉の1つに彼らを押し込めておくつもりだが、何かの折には使えるだろうし、彼らの使う術や戦術、武術にも興味がある。

 それらを得られただけでレンにとっては望外のことだ。

 今後アーキルたちに狙われることもないし、彼らを戦力として使うことができる。

 如月家などにバレたら麻耶にイヤな顔をされそうだし、攫われた少女たちには明かせないが、まぁそれはどうバレたかでどう誤魔化すか決めようと未来の自分に丸投げした。

 少なくとも葵は「レンが決めたことなら仕方ない」と受け入れてくれている。


「さて、まだちょっと痛いけど帰ろうかな。帰らないと色々と面倒だし」

「ゲームみたいなポーションが欲しいね」


 残念ながらレンの持つ魔法薬や回復魔法、葵の癒やしの力はゲームのように一瞬でHPが回復し、傷を負う前のように即座に動けるようになるものではない。

 回復速度は早まるし小さな傷なら即座に完治する。

 だが重傷を治すには継続的に術を掛けたり断続的に薬を飲んだり掛けたりする必要がある。

 レンの胸の傷は見た目には塞がっているがまだ体内は傷だらけだ。他にも何箇所かの傷は完治していないが、まずは宿泊所に戻らなければならない。


(さて、宿泊所の対応でどこかの家の策謀かどうかがわかるな)


 レンは痛みを誤魔化す薬を飲んだ後、しれっと宿泊所に帰った。



 ◇ ◇



「どこにいたんですか!」

「ん、ちょっと外に出てたんだよ。眠れなくてね」


 鈴木から問い詰められたがレンはしらばっくれた。


「せめて外に出る時は一言言ってください」

「昨日も言ったけどお前たちは灯火の使用人だろう。僕の護衛でも上司でも何でもない。僕の行動に文句をつけられる謂れはないよ」


 レンは言葉強めに返答した。

 灯火はレンの友人ではあるがレンは灯火の恩人でもあるはずだ。水無月家の使用人であればレンに感謝していても良いはずだ。実際何人かはそういう態度でレンに接してくれていた。

 だが鈴木はレンに対して威圧的で、上から物を言おうとする。それは非常に気に入らなかった。鈴木の命令にレンが従う謂れなどどこにもないのだ。


「それは……しかし困ります」

「お前が困っても僕は困らない。実際何事もなく帰って来たじゃないか。何か問題が?」

「レンくん、それはちょっと言い過ぎじゃない?」


 鈴木と言い合いをしていると麻耶が藤森家の護衛を伴ってレンに声を掛けてくる。


「そうですか? 友人たちと旅行に言って、寝付けなかったので夜にちょっと外を散歩した。それだけですよ。ココや貴方たちが守るお嬢様たちを危険に晒したわけでもない。何か設備を壊したわけでも備品を盗んだわけでもない。第一客人として招かれて使用人ふぜいになぜ命令されなければならないのか。納得が行きませんね」


 麻耶相手なので荒くなった言葉遣いを正したが、レンは主張は変える気はない。

 それに麻耶もおそらく今回の件に絡んでいるとレンは確信した。


(如月家が情報源、それに水無月家と藤森家が乗った感じかな。水琴は何も知らない感じだったし美咲と瑠華、瑠奈も同様だ。外にいた部隊の1つは豊川家の者たちだったけど戦闘場所には向かわずに美咲を守る為に動いていた。動いたのは麻耶と水無月家、藤森家の外にいた部隊だ)


 レンは戦闘時の宿泊所の様子やその当時動いた者たちを従魔たちに報告を受けていた。

 推察が当たっているかどうかはわからないが、それほど外れてはないだろう。何より麻耶がこの旅行に関わってきたのも怪しいと思っていたのだ。

 如月家のレンを危険視する勢力が、レンの力を測りたかったのか。それとも水無月家や藤森家が襲撃の情報を得て、敢えて起こさせて殲滅したかったのか。

 実際の目的は闇の中だが、レンが単独で行動、戦闘で勝利したことでレンの戦闘力は測られないだろうし脅威は去っている。

 彼らの思惑は外せただろうし、仲の良い少女たちの危険は少なくともアーキルたちの組織からはもうないと見て良いだろう。

 流石に彼女たちや彼女たちの実家がどこに恨みを買っているかまではレンはわからないし責任の範囲外だ。


(諏訪大社の人たちとかには申し訳ないと思うけどね)


 ただ戦闘跡を確認しに来たのは水無月、藤森、如月家だけでなく諏訪大社や近隣の神社や寺院、陰陽師の家などの者も動いていた。

 近所で大きな戦いがあれば確認しにくらい来るだろう。

 魔力波動だけでなく、大きな音や光もあっただろうから警察も動くのかも知れない。

 だが襲われたのはレンであってレンが狙って何かを起こしたわけではない。


「とりあえず、正当な理由なく僕の行動に制限を掛けないでください。入るなと言われた場所には入ってはいませんし、お嬢様方の部屋に招かれもせずに入り込んだわけでもない。むしろなんでそんなにこだわるのか知りたいですね。職務だとしても、もしそれで問題が起きて叱責されるのだとしてもそれはそちらの問題でしょう。僕には関係ない」


 レンの主張は簡単だ。探るな、構うな、従えようとするな、だ。

 今回は川崎で救われた少女たちが仲良くなり、救ったレンと一緒に夏休みを利用して旅行に来ているだけだ。

 水無月家は宿泊所を提供してくれていたり、麻耶が車を出してくれたりもしたが、そんなことでちょっと外に出たことをここまで言われる筋合いはない。


「くっ、わかりました。明日の予定は近隣に大きな戦いが有った様子なのでなしになり、午前中に解散することになりました」

「わかったよ。じゃぁ僕は部屋に戻るね。もう出ないから安心していいよ」


 悔しそうにする鈴木を尻目にレンは部屋に戻った。そのレンの後ろ姿をじっと麻耶が見つめていた。

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