028.アーキル戦

「おはよ~」

「おはよう。灯火。楓はまだ眠そうだね」

「うん、ちょっと寝付けなくて。暑いのきら~い」

「おは~。レンっち。あ、ちゃんと付けてくれてるんだね。ありがとね~」


 灯火はすでにしゃきっとしているが楓はまだ眠そうだ。レンが竹筒を腰につけているのを見て美咲が嬉しそうにしている。水琴はレンの後に食堂に入ってきてみんなに挨拶をしていた。


「今日の予定のメインは諏訪大社とガラスの里とダックツアーよ。ついでに諏訪湖をぐるっと周回するわ」


 諏訪大社は古くから諏訪湖近辺で信仰されている諏訪神社の総本山だ。日本にある神社の中でも歴史は非常に長い。且つ諏訪神社は全国で1万を超える分社がある。天神を祀る天満宮や春日神社のようにどこにでもあるのではないかと思えるほど多いのだ。

 建御名方神とその夫婦神などを主に祀り、諏訪湖を南北で挟むように4つの宮がある。

 昨日の夜に軽くタブレットで調べただけでも情報量が多く、実は家の近所にも諏訪神社があることまで知ってしまった。


「とりあえず下社2宮をお参りして、諏訪湖を南下して上社に行きます。諏訪湖の景色も良いらしいですよ。さぁ行きましょう」


(聖気が溢れているな。すごい)


 レンは近所の神社などにはあまり行って居ないが獅子神神社には参拝した。その際神社の中心や近辺には聖気が高い事がわかった。

 レンは聖気と呼ぶが水琴たちは神気と呼ぶらしい。

 神社があるから聖気が多いのか、それとも聖気の多い場所に神社を作っているのかはわからない。ちなみに寺院も同様のようだ。

 神、仏と呼び方は違うが力の強い存在を総称して神霊と呼ぶらしい。

 水琴に言わせればクローシュやカルラ、ハクたちも神霊の括りで魔物ではないと言う。


(まぁ魔物も強力な魔物は信仰されたりするしな。神殿や教会も聖気の強い土地を選んで建てることが多いし、似た感じなんだろう)


 そう思いながら諏訪神社の神聖な雰囲気をゆっくりと楽しむ。

 一応復習はしてきたが参拝の作法を水琴にきちんと再度習い、下社への参拝は終わった。


 車で諏訪湖東部を北上し、下社を参拝し、南下しなおし諏訪大社上社に続いて参拝する。

 本宮は他の宮よりも聖気が強く、より神聖さを感じさせる。


(レンよ)

(ん? どうした。カルラ)


 レンには常にカルラの分体がついている。カルラの分体は隠密能力が高く、水琴の〈水晶眼〉でも見破れないことは確認済みだ。

 だがもし見つかってもレンが水蛇の式神を使っていることはすでに知れ渡っているので問題ないと考えている。


(どうやら我はココの神に水神として認められたらしい)

(え、どういうこと?)

(我もよくわからぬ。だがそういう意思を感じ、力が増した)


 建御名方神の神格は水神であり、蛇神や龍神と言われている。

 神話では国譲りの際に武御雷神と争い、負けて追われ諏訪に引きこもることを条件に許されたと言うちょっと情けないエピソードがあるが、国津神の戦神の代表として争った強力な神の一柱だ。

 そしてそんな神からカルラは水神として認められたらしい。

 事情も状況もわからないが、調査しようにもおそらく何もわからないだろう。

 力が増したと言うのであれば良いことなのだろう。

 レンはとりあえず考えることをやめ、建御名方神に感謝の念を捧げた。


 四宮参りも終わり、途中美術館に寄って諏訪湖北西部に移動して昼食を食べる。

 西側から見る諏訪湖の景色も素晴らしく、諏訪湖南西部にあるガラスの里で美麗な工芸品を楽しみ、いくつかお土産を買った。

 そしてダックツアーと呼ばれるガラスの里からスタートする水陸両用バスを貸し切り、諏訪湖南部の陸上を走り、諏訪湖に入って諏訪湖内に入り、ぐるりと回ってガラスの里に帰ってくる。

 先日内部を見学した高島城やヨットハーバーを車窓から見た。


「楽しかったぁ」

「そうだね、ああいうのも楽しいね。でももっと湖の中をいっぱい走ってほしかったな~」


 美咲と楓が1時間弱のダックツアーの感想を語り合っている。

 このためにわざわざ1便貸し切ったというのだからすごいと素直にレンは思った。


「私も諏訪湖は何回か来ているけどダックツアーは初めてよ」


 麻耶も楽しかったらしい。他の子たちもそれぞれに良かった点などを話し合っている。

 その後は諏訪護国神社や豊川稲荷社など諏訪湖近辺の神社巡りを行って2日目の観光は終了となった。




「今日はちょっと疲れたから早めに休むよ」


 レンは午後9時くらいにそう言って遊戯室から抜け出した。

 本当に疲れた訳では無い。

 2日間レンは何もしていなかったわけではなく、リスやネズミなどの下級の従魔を使って情報を収集していた。

 そしてレンたちの泊まっている宿舎を狙う襲撃者が潜んでいることに気付いたのだ。


(襲撃情報を得ていたから警備がこれほど厚かったのかな。なら延期するとか中止するとか色々あると思うんだけどな。それにターゲットは誰なんだろう)


 襲撃者たちには心当たりがある。なぜなら川崎の倉庫で見た武装部隊だったからだ。

 儀式をぶち壊したレンが標的なのか、それとも生贄にされかかっていた少女たちの誰かが標的なのか。それとも全員か。

 レンは彼らの恨みを買っている自覚がある。どこからか少女たちを救ったのがレンだと情報が漏れたのだろう。

 どちらにせよ誰かが標的ならば帰路が一番危険だ。往路もそうだが護衛も分散されるからだ。往路に襲われなくて良かったとレンは思った。

 全員を狙うなら宿舎を狙うだろう。殺す目的なら奇襲で大魔法を撃ち込み、宿泊所の結界を破った状態で魔法や魔術で集中砲火すれば良い。しなかったということは殺害が目的ではないのだろう。

 往路に襲われなかった理由はレンだけでなく灯火たちも纏めて捕らえる目的なのかも知れないとレンは推察した。


 レンだけを狙うならば普通に片平たちのように襲撃してくれば良いと思うが、レンの住む街には今は多くの勢力の密偵がひしめき合っている。

 迷惑なことだがもしかしたらそれがレンへの襲撃を躊躇わせた可能性もある。


(とりあえず試してみるか)


 レンはインナーアーマーや軽鎧、フルーレなどをきちんと装備し、隠密装備に着替え、そっと窓から抜け出した。

 周囲を囲うように護衛している者たちの上空を飛び、諏訪湖東部の山間に潜んでいる襲撃者たちの近くに行く。


 そしてレンは彼らの近くで隠密を解いた。するとレンに気付いて居なかった襲撃者たちの気配が一気に高まる。


(僕が標的?)


 宙を飛ぶレンを視認した瞬間、襲撃者たちは装備を整え、レンを攻撃する構えを見せている。少女たちが標的ならこんなに速い反応はしないはずだ。

 だが少し場所が悪い。まだココは民間の住居などが近い。

 レンはより山奥の方に逃げ出し、バイクや車などで追ってくる襲撃者たちを目的地へ誘い出そうとした。


 タタタタタッ


 サイレンサーがついているが小銃の攻撃が後方下部からレンを襲う。

 しかしスカイボードは隠蔽の術式だけでなく強固な防御性能も持っている。

 障壁も張れるし囲うような結界も張ることができる。

 現在のレンではなく、過去の大魔導士であったレンが作った逸品だ。小銃程度の攻撃はすべて弾いてくれる。

 追いつかれない程度に、だが追いつけると思わせる程度にレンは一般人のいないポイントに彼らを誘導する。


(やばっ)


 右手から魔力の高まりを感じる。無視できないレベルの強さだ。

 慌てて結界と障壁を張るが、視界が赤く染まり、障壁と結界は共に割れ、レンは左手の盾で防いだが衝撃で吹き飛ばされた。


(いたたっ、危なかった。カルラありがとう)

(なに、いつものことよ)


 スカイボードを手元に呼び〈収納〉にしまう。多少傷ついてはいるが壊れてはいない。

 先程の魔法はレンの結界や障壁だけでは防げなかった。竜鱗盾で受けたのでかなり減衰できたが体のあちこちが焼かれている。

 カルラは相手の魔法の威力を減衰させ、撃墜されたレンが地面に叩きつけられる衝撃を緩和してくれたのだ。

 敵部隊はいくつものチームに分かれ、レンの落ちた位置に近づいてくる。


(あの赤い雷はあの時も見たな。クローシュの防御を貫いてたやつだ。少なくとも5位階程度の威力があるな。喰らったら普通にヤバイ)


 レンは焼き切れた護符を〈収納〉に放り込み、新しい護符をつける。

 スカイボードの防御力も、護符もレンの魔力で効果を発揮する。

 隠密装備やフルーレたちと同様に今のレンではその効果を100%発揮できない。

 だがレンはあの時とは違う。魔力炉の1つが稼働し、前回と比べれば数倍の魔力を扱えるようになった。


(僕が目的なら戦ってみるか。ココなら水無月家や藤森家の者たちにもそう簡単に戦いを見られない)


 森の中を移動しながら襲撃者たちの位置を確認し、南方にあるチームを襲おうと思った時、結界に銃弾が当たった。


狙撃手スナイパー!? こんな夜闇の森の中でも狙撃なんてできるのかっ)


 魔力のない攻撃である上に音速を超えている為に音では知覚できない。

 しかし直撃すれば致命傷にはならなくとも動きは鈍る。

 しかも狙撃されたということはレンの位置がバレているということだ。


(隠密装備を脱いだのは失敗だったな。仮面は良いけど急いで付け直そう)


 〈ラーマの仮面〉は顔を隠す物だ。すでに顔がバレているレンにつける意味はないが防具として使える。〈隠者のローブ〉は気配をかなり薄くしてくれるし防具としても優秀だ。〈幻影の腕輪〉もレンを狙撃するのを難しくはしてくれるだろう。


 黒い光がレンの右手から襲う。それを小盾で防ぎ、〈闇の茨〉を起動せずに周囲にばらまく。

 少し広い空間になっているが大きな樹木に背を預け、逆撃するための態勢を整える。


『よぉ。ようやく観念したのかい? まさか〈赫雷(アハマル・ラエド〉を防がれるとは思ってもみなかったがな。っと、英語は通じるか?』


 部隊を率いているだろう男が英語で話しかけてくる。現代的な特殊部隊の装備っぽいが水琴の巫女服のように魔力が含まれている。

 それに腰に吊っている剣の気配がやばい。フルーレほどのレベルではないだろうがアレは魔剣だ。〈赫雷〉という魔法もあの魔剣の補助があって使える魔法だろう。雷属性の強力な力が感じられる。


『あぁ、言っていることはわかるさ。少なくともアラビア語よりは理解できるよ』

『ハハッ。俺はアーキルだ。レン・クジョウ。まさか1人で飛び出してくるとは思わなかったぜ。焦ったがここで捕らえられれば結果オーライだ』

『ターゲットは僕だったってことか。なぜこのタイミングで狙う』

『なんだ、女共を心配してたのか。あいつらにもう用はないぜ。無駄に警備も厳重だしな。流石に殺しが目的ならともかく攫うためにあそこに飛び込むのは俺たちでも無謀ってもんだ。それにお前の家の周囲は一般人が多すぎるし妙に術者も集まってるしな。帰りの山中で狙う予定だったが予定が崩れたぜ』


(じゃぁ水琴たちは安全なんだな。良かった。往路で襲って来なかった理由はわからないけれど、街から離れるところを狙われたってのが妥当かな。狙いが帰路ならうまく狙いを外せている。抜け出してきて良かった)


『さて、問答していたら余計な奴らが集まってきちまう。戦うか捕まるか、返答は?』

『答えはNOだ。他国で少女を誘拐しておかしな儀式を行う奴らについていく訳がないだろう』

『ちっ、やはりそうか。骨の1本や2本は覚悟しろよ。優しくはしてやらないぜ』


 即座に赤い剣を抜いて突いてきたアーキルの一撃をギリギリで避ける。

 アーキルの周囲には4人の男たちが居る。彼らも小銃や拳銃、それに杖などを構えている。

 それに他のチームも近くに潜んでいる。

 彼らと1人で戦うのは無謀だ。


「くっ」


 石の槍が地面から生え、レンが避けるポイントに弾丸が迫る。

 小盾で弾き、頭を下げてアーキルの魔剣を避ける。

 流石に狙撃手は正確な狙撃ができないらしい。だが近くに着弾した音がする。


『ははっ、やるじゃないか』


(カルラ、狙撃手を頼む)

(承知した)


 レンがばらまいていた〈闇の茨〉の一部が起動され、2人が拘束される。同時に2人は〈白牢〉にご招待だ。

 彼らの誤算はカルラの巨大な姿しか見たことがないことだろう。

 カルラは分体を作り、レンの服の内側に潜んでいるし、隠密行動も得意だ。


『ちっ、ベータ、ガンマ、合流しろっ。一斉にやるぞっ』


 フルーレと赤い魔剣が幾度も火花を散らす。

 アーキルは剣術も堪能なようだ。現在の水琴よりも剣技のレベルが高い。

 なんとか防げている状態でアーキルの部下たちからも横槍が入る。

 高速戦闘をしているというのに合間に銃弾を放ってきたり、魔術で支援してくる。


(やばいな。思ったよりこいつら強い)


 レンも無策で戦うつもりだったわけではない。だがアーキルの剣術。先程の上級の魔法。現代兵器と魔術の連携。

 騎士や軍というよりは高位ハンターの熟達したパーティに近い戦い方をしてくる。しかも人狩りに慣れている。

 リーダーであるアーキルは前衛をやりながら指揮も行い、おそらく何かしらの合図で剣を交えている最中だというのに部下たちはレンだけを銃や魔術で的確に狙ってくる。


「ぐっ」


 腕は落ちなかったがアーキルの剣で切り裂かれ、足や脇腹にも傷を負う。

 更に剣を受けたタイミングでアーキルは片手を外し腰から拳銃を抜き、レンの腹に撃ち込んできた。ドンドンドンと連続で3発胴体に衝撃が走る。

 幸い防具で防げたが衝撃で動きが鈍る。レンの知っている拳銃より口径が大きい上に弾丸に魔力が込もっていて思っていたよりも威力が高い。


『まさかコレも耐えるとは。だがそろそろ……、おいっ!?』


 レンはレンから遠い狙撃手たちのチームをカルラに任せた。そして狙撃手たちを捕縛したカルラはベータ、ガンマと呼ばれたチームを後ろから襲い、人数を減らしていたのだ。

 20人居たアーキルの部隊はすでに8人まで減っている。


「〈氷槍千血華(ウラ・ド・カル・トゥール〉」


 レンはアーキルが気を逸した瞬間、フルーレの力を借りて氷結系の範囲魔法を発動する。

 温度の低さよりも硬度を優先した氷の槍がレンを中心に半径50mに数百本同時に生え、槍からは更に棘や蔦が生じ、貫いた相手の血を吸って突き抜けた後、赤い華を咲かせる。


『うおおおおおっ!』


 魔法の発動を感知し、レンの〈天駆〉と同じように上空に逃げたアーキルは追ってくる氷の槍や蔦を魔剣で斬り払い、同時に魔力が爆発的に高めた。


(さっきの魔法じゃないな。なんだっ?)


 レンは〈収納〉から魔力を強化する魔法薬を飲む。前回飲んだ物ほど副作用が酷くない、一般的な強化薬だ。

 瞬間的に倍程度になった魔力を竜鱗盾に魔力を込め、護符も強化する。〈障壁〉を張り、残っていた〈闇の茨〉も同時に起動してレンの前方に茨の檻ができる。

 しかし赤い光に包まれたアーキルは視認することすら不可能な速度でレンに突っ込んできた。

 シルヴァを使ったレンの槍術に近い技だろう。

 茨の檻や障壁は破られ、護符は吹き飛び、竜鱗盾でなんとか乾坤一擲の一撃を防ぐが、レンは衝撃で吹き飛ばされた。


「ぐはっ」


 そして未だ赤い雷を纏っているアーキルの追撃がレンの胸を貫いた。

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