027
到着が昼時前だったのでみんなで食事をした。
一緒に食事をしたのは麻耶、灯火、楓、水琴、美咲、そして瑠華と瑠奈の7人だ。ダイニングの外には護衛が立っているし給仕の使用人も居るが基本的に会話をするのその8人だ。
獅子神家は現在別件で忙しいらしく、麻耶もこの旅行に興味があると言って同行と運転手をしてくれることになったらしい。
灯火たちも少し年上のお姉さんという麻耶とはすぐに打ち解け、楽しげに話している。
「そういえば予定はどうなってるの?」
「とりあえず今日は諏訪湖南部周辺の観光地を回ろうって話になってるわ。諏訪大社や諏訪湖北部から西部は明日回ろうってなってる。そして明後日は松本の方に行って夕方まで観光して解散、って感じかな。もちろん希望があれば聞くわよ」
「楽しみだな~。諏訪湖初めてなんだよね」
灯火が説明をしてくれ、美咲が嬉しそうにうずうずとしている。
昼食は有名な料理屋から取り寄せたそうで十分に満足できた。
「とりあえず落ち着いたら行きましょうか。若干2名待ちきれない感じの子たちがいるし」
「え~、だって楽しみじゃん? 泊まる予定の場所がこんなに大きいとかこんなに護衛付けられるとは思ってなかったけどね」
「う~。いいじゃん。誘拐されてから警備が厳しくてあんまり遊べなかったんだもん。夏休みもいつもよりあんまり遠出できなかったし……」
楓と美咲がぶーぶーと灯火に文句を言い、笑いが漏れる。
そして待ちきれない2人の為に出発することになった。
◇ ◇
水無月家が提供してくれた宿泊所は諏訪湖から見て南西部にある。
観光スポットでも結構早く閉館してしまうところもあるのでそれらを先に回り、夕方に立石公園の夕景を見て終了、という予定のようだ。
諏訪市美術館、蒸気機関車や高島城を訪れ、諏訪湖畔公園で諏訪湖の東側を歩き、夕方になると立石公園で西に沈む夕日と諏訪湖の景色を堪能する。
長野県というと涼しいイメージだったが思ったより暑さはきつかった。
そんな中でもレンも含め7人は観光を目一杯楽しんだ。
ただ移動の車列が10台とかなり多く、あまり威圧的な格好はしていないが要所要所で護衛たちがついていたが。
「はぁ、楽しかったぁ。明日も楽しみっ。あ、レンっち。夕食の後でちょっと話があるんだけどいい?」
「いいよ。どこに行けばいい?」
「うちの部屋でいいよ。瑠華と瑠奈も一緒の部屋だし」
ちなみにレンの部屋は2階で女子たちの部屋は3階だ。ただ移動が制限されているわけではない。男性護衛たちが同じフロアに多い感じだ。
3階には遊戯室もあるというので夜はそこで集まって遊ぼうと言う話になっていたが美咲は個人的な話があるらしい。
長野県の夏野菜などをふんだんに使った夕食を堪能し、レンは呼ばれた美咲の部屋に向かう。
「いらっしゃい。レンっち、入って入って」
レンの部屋も15畳ほどの広さのリビングに寝室、トイレに部屋風呂と十分広かったが美咲に与えられた部屋はもっと広かった。
美咲に促されて入ると瑠華と瑠奈も部屋で待機している。
すべての部屋がそうではないそうだがいくつもの客室がホテルのように準備されていると言う。
ソファに案内されるとお菓子とお茶を瑠華が準備してくれる。
「さて、改めてっていうとなんか照れるけど、助けてくれてありがとうね。それで、豊川家からレンっちにお礼をしようって話になってて、それを渡したくて呼んだんだよね」
美咲は2本の30cmほどの竹筒をカバンから取り出した。
竹筒自体も何かしらの魔道具なのだろうが、中に強い魔力を感じる。
「出ておいで」
美咲がそう声を掛けると竹筒からくねりとした狐のような顔をした細長い式神が現れた。
「管狐?」
「当たりっ! 豊川家の管狐は強くて有名なんだよ。うちも持ってるしお揃いだね! 大事にしてあげてねっ」
なんとなく見た目の判断で呟いたが当たったらしい。2匹の管狐はレンを主人としてもう思っているのか〈契約〉をしたいという思念を感じる。
「良かったら葵っちにも1匹あげてね」
美咲が声を小さくして言う。2匹な理由は葵へのプレゼントの意味もあったようだ。
「わかった。じゃぁこっちの子だけ〈契約〉させて貰おうかな」
先にレンにすり寄ってきた子を選び、〈契約〉を受け入れる。レンと魂のパスが繋がったのを感じる。
「っても管狐の使い方とか知らないけどね」
「う~ん、ピンチの時には勝手に出て守ってくれるしお願いすればいろんなこと聞いてくれるよ。あと案外隠密行動が得意だから偵察とかにもいいかも。仲良くなれば視界共有とかできるよ。霊力をいっぱい上げれば強くなるし可愛がって育ててあげて欲しいなって」
「なるほど。とりあえず仲良くなってみることにするよ」
「うんっ!」
レンは実は美咲から婿入りとか結婚とか付き合おうなどの話が出ると思っていたので少し緊張していたのだが、前から聞いていたお礼を渡したいという話だったのでちょっとだけホッとした。
「それでさ、水琴っちのあの腕輪。レンっちが贈ったんでしょ? どんな機能があるかは知らないけど術具だよね。羨ましいな~。うちの誕生日4月だったんだけどな~」
「美咲、それはあからさますぎない? 普通来年まで待つもんじゃない?」
「えへへっ、だって羨ましいんだもん! 手作りのプレゼント! めっちゃ欲しい」
「わかったわかった。でも作るのにちょっと時間が掛かるから待っててね。というかもしかして灯火や楓も欲しがるかな?」
「そりゃ貰えたら嬉しいんじゃない? 特に楓っちの誕生日はまだ来てないから欲しがりそう! 灯火っちは欲しいって思ってても表向きは遠慮すると思うなぁ。でもあげたら喜ぶんじゃないかな~?」
ちなみに楓は10月。レンは11月が誕生日だ。灯火は5月ですでに過ぎてしまっていたらしい。
美咲と灯火については未だ出会っていない時期だったのでねだられるのもどうなのかなと思うが喜んでくれるなら良いと思った。
(問題は見た目はともかく付与する機能をどうするかだな。アイテムボックス系はかなりレアなみたいだし、それを作れるっていう情報が漏れるのは防ぎたい。〈障壁〉の機能に耐呪、耐魔毒なんかの護符にしようかな)
「ところで好きな花とかある?」
「う~ん、鈴蘭とか可愛くて好きかな」
「じゃぁそれを参考にさせて貰うよ。いつとは約束できないけど待ってて」
「了解っ! さて、じゃぁそろそろお風呂行こうかな。お風呂終わったら遊戯室でみんなで遊ぼうってなってるし、レンっちを独占しすぎるのも悪いもんね」
「わかった。じゃぁ僕も終わったら遊戯室に行くよ」
「は~い。ありがとねっ。また後でね~」
レンは美咲の部屋を後にして自分も風呂に入ることにした。
ちなみに各階に大きな浴場もあれば部屋風呂もある。
護衛の男性たちはローテーションで食事や風呂を済ませているみたいだが鉢合わせるのも面倒だと思って部屋風呂に入った。
◇ ◇
(うわ、なんか雰囲気違うな)
遊戯室に行くと美咲も含めてみんなが揃っていた。麻耶は居ないが4人の少女と瑠華瑠奈が遊戯室で会話を弾ませている。
遊戯室にはソフトダーツ、ハードダーツ、ビリヤード台などもあり、大人数でカードゲームなどが楽しめるテーブルもある。
ゲームが楽しめる筐体もいくつも並んでいるしカラオケの機材も揃っている。置いてあるオーディオ機器はレンでも知っている有名なメーカーの物だ。
久我たちに連れて行かれた総合遊技場を豪華にした感じだろうか。
ただレンが思った雰囲気というのは遊戯室のことではない。少女たちの格好のことだ。
全員が寝巻きに着替えていて、灯火は浴衣を、楓は薄い生地で肌の露出の多い格好で、水琴は灯火と同じく浴衣だった。美咲は柔らかそうな生地の可愛らしい寝巻きで、瑠華瑠奈姉妹は浴衣を着ている。
そして髪にタオルを巻いていたりいつもと違う縛り方をしていたりとレンの彼女たちに持っている普段のイメージとはかなり変わっているのだ。
(うん、勝手に心臓がドキドキしてきた)
そしてまだ年若い漣少年の肉体は勝手に反応して、鼓動が早くなり、おそらく顔か耳が赤くなっている気がする。顔が熱いのだ。
「あ~、レンくん照れてる? ねぇ、どう? セクシー?」
「う、うん。セクシーだね」
袖の短い薄い生地の上着に太ももが大胆に露出した楓にからかわられるがうまく対応ができない。
レンが照れてることに気付いた灯火や水琴は逆に照れているし、美咲はニヤリとしてレンにすすすっと寄ってきた。
「ふふっ、いいんだよ~レンっち~。うちとレンっちは番なんだから気になったら手を出してくれたって構わないんだけどね」
「み、美咲ちゃんっ?」
美咲の大胆な言葉に灯火が慌てる。
「まぁ落ち着いて楽しもうよ。そういう会合じゃないんでしょ?」
レンがそう言うと美咲は「ちぇっ」と小さく言いながら離れ、全員で遊ぶことにした。
(おかしいな。どうも精神が漣少年の年齢にどんどん近づいてきている気がする)
漣少年との融合が進んでいるのはわかっていたが、以前のレンは計数十人の妻を持ち、娼館などによく通っていた時期もあった。長生きしたこともあり、経験人数は1000人を超えているだろう。
貴族の令嬢から高級娼婦、宿屋の看板娘など様々な女性と関係してきたレンは今更年若い少女たちの寝巻き姿程度でドキドキするとは思っていなかった。
実際水琴の治療の為に全裸に剥いた時はほとんど感情は動かなかったのだ。
(まぁなるようになるか)
ただ対策も思いつかない。原因もレンの魂と漣少年の魂が融合が進んでいるのだろうと思っているくらいで、特定できているわけではない。
研究は進めているがレンは現状とりあえず諦めた。
それにレンの本来の考え方や態度は少年よりもじじくさいだろう。擬態としてココで自然に照れたりするのはレンの正体を隠す一助にもなる。
はしゃぐ少女たちとビリヤードやダーツ、カードゲームなどをお菓子やジュースをお供に楽しむ。
話題は6人も女性がいるので様々なジャンルに飛び交い、レンは貴族女性たちのお茶会を思い出した。もしくは女性ハンターのパーティと打ち上げした時だろうか。
(世界が違ってもなんというかこういうのは変わらないんだな)
貴族女性のお茶会よりも会話に裏がなく普通に楽しそうに話している。
楓が主導し、美咲が掻き回し、灯火が落ち着けるという感じだ。水琴は話題を振られれば話すが比較的静かにしている。瑠華と瑠奈は美咲の従者として控えながらたまに美咲を諌めている。ついでに給仕もやってくれている。
「カラオケ、得意じゃないんだよなぁ」
「いいじゃ~ん、レンっちの歌聞きた~い」
レンは友人たちとカラオケに連れてかれたこともあるが、体が変化したことでこの肉体での歌うことに慣れていない。漣少年もあまりカラオケに行くような中学生ではなかった。
とりあえず最近流行っていると友人たちに教えて貰った歌を披露したが練習もしていないのでいまいちなできだったが、少女たちにとってはレンの歌の良し悪しでなく、レンの歌が聞きたいという思いが強かったらしく喜んでくれた。
灯火は楽器や声楽も嗜んでいるらしくカラオケではなくピアノの弾き語りを披露してくれた。楓や水琴、美咲も歌い慣れているのか上手かった。
彼女たちの歌を聞いてレンも少し歌を練習しようかなと思ったものだ。
そして楽器は嗜みとしていくつも習得していて似たような形態の楽器は使えるが、漣少年の前情報を調べているだろう如月家や他の家の者たちに漣少年が弾けなかった楽器を扱えることを見せようとは思わなかった。
とりあえずギターと電子ピアノでも買って練習していることにすることに決めた。
(そう考えると水琴と葵にあげたプレゼントのチョイスは失敗だったな)
なにせこの世界にない魔法金属を使い、異世界の魔石を使って付与を行った魔道具だ。しかも空間魔法が付与された魔道具は希少なことを指摘されるまですっかり忘れていた。
もしかしたらこの世界には2つしかない逸品の可能性がある。
ただ犯罪組織に狙われて生贄にされかけるという目にあった水琴や葵の安全をより高めたいと思ってあまり考えずに作ってしまったのだ。
(灯火や楓、美咲に上げるのはこの世界の金属を使うか。できるかな? とりあえず色々と試してみよう。付与魔法についてはもう今更だし多少は漏れても仕方ないってことにしよう)
鉄や金、銀、銅だけでなくこの世界ではタングステンやチタン、アルミニウム合金などレンの知らない金属がある。それにそれらを手に入れるのはそう難しくない。
藤森誠に貰ったアタッシェケースはアルミニウム合金であるジェラルミンでできていたのだ。タングステンやチタンも通販で手に入れることができてしまう。
カーボン系や先端繊維も手に入るなら手に入れてみたいと思っている。
いくつかは片平家などから奪った防具素材にあったが、単純な素材として欲しいのだ。
「さて、今日はそろそろお開きにしましょ。明日の観光の為にゆっくり休むのよ」
灯火が音頭を取って解散となる。
楓や美咲はもっと遊びたいと言っていたが時刻はもう11時を回っている。
解散するには良い時間だろう。
そうして遊戯室での夜の遊びの時間は終わった。
◇ ◇
「ちょっと外を散歩してくるよ」
レンは解散してから1階に降り、玄関近くに居た護衛頭の鈴木に声を掛けた。
「困ります」
「え、なんで?」
「玖条様はお客様です。何かあれば責任を問われます」
「それはそっちの都合でしょ。お客様だと言うなら僕の意向を重視すべきじゃないかな? 大体君たちはこの宿泊所と灯火たちの護衛だよね。僕に君たちに命令権はないけれど、逆に君たちに行動を制限される覚えはないよ。入ってはいけないと言われている場所に入ろうとしているとかならともかく、夜の散歩をするだけだ」
「そっ、そうですが」
「ちなみに護衛も監視も要らないよ。ちょっと出て夜風に当たったらちゃんと帰ってくるから」
レンは鈴木に釘を刺してから玄関から外に出た。宿泊所は庭も広いが門を出て湖の方へ歩いていく。
(やっぱり見張りがついてるな。というか付いてくる人数多くない?)
レンはしばらく普通に散歩をしていたが邸外の部隊が一定の距離を開けてレンについてくるのを感知する。
しかもそれが2部隊、20人以上なのだ。流石に大げさがすぎる。
(やっぱ何かあるな。どっかの家が僕のことでも調べたいと思ってるのかな)
表向きは普通の旅行だが宿泊所自体も要塞とは言わないがかなり頑丈な作りであるし、警備はさすがに過剰であるとしか思えない。
これが当主たちが集まるというのであればわかるのだが、娘たちの夏休みの旅行だ。
(どこかからの襲撃計画がある?)
レンは闇撫を使って外に居る者たちの会話などを盗み聞きしていたが特に不審なことは話していなかった。
と、言うか基本的に私語はせず、問題がないか定期的に通信をしているくらいだ。だが緊張感が高いのはわかる。
「そろそろいいかな」
レンはするりと気配を消して〈箱庭〉に入り、葵と一緒に隠密装備を付けて〈箱庭〉の出口を移動させてレンが消えた場所を探っている者たちを尻目に諏訪湖上空にスカイボードで葵と一緒に飛んでいた。
元々レンは散歩と称して今回の旅行に同行できなかった葵に諏訪湖の夜景を見せてあげたいと思って外に出ただけだったのだ。
スカイボード自体に〈隠蔽〉の術式が施してあるしレンたちは隠密装備をつけている。更にかなり離れたのでもう監視の心配はないだろう。
少なくとも視られている感覚はない。
「きれいですね、レン様。連れ出してくれて嬉しいです」
「うん、せっかくだから葵にも見せてあげたくてね。でもなんか不穏な雰囲気があるんだ。今日じゃなくても諏訪湖なら飛べばすぐなんだから後日でも良かったかなって今気付いた」
あははと笑いながら言うと葵はぴとりとレンにくっつきながら静かに「それでも嬉しいです」と言った。
諏訪湖周辺をぐるりと回ってレンは葵を帰し、何もなかったかのように宿泊所に帰る。
玄関を開けてくれた鈴木の表情が少し険しかった気がするが何も言わずにレンを通してくれた。
レンの監視を撒かれたことは伝わっているのだろう。だが文句を言えば要らないと言われた監視をしていたことを認めることになる。
外にも部隊を展開していることもレンは表向きは知らされていないのだ。
(なんだかなぁ。僕は普通に生活できればいいんだから変に絡んで来ないで欲しいよね)
小さく嘆息しながら与えられた部屋に戻り、寝ることにした。
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