026.旅行
「誕生日おめでとう。葵」
「おめでとう」
「ありがとうございます、レン様。それに水琴さん」
「これ、プレゼント。あと遅れたけど水琴にも色違いの同じ物を用意したよ」
「あら、ありがとう。レンくん」
今日は葵の14歳の誕生日だ。レンは水琴にそれをしばらく前に教えて貰い、彼女に小さなアイテムボックスの機能のついた腕輪をプレゼントした。
大体2m四方ほどの空間に容易に物を入れたり取り出したりできる。
また、魔力登録がされるので本人しか使えないし、追跡機能もある。魔力を込めれば簡易的な障壁を張る機能もついている。
意匠はレンの世界にある花と植物の蔓をアレンジしてこちらの世界のブレスレットの意匠なども参考にしてレンが彫金した。アイテムボックスの加工よりも彫金の方が大変だったのは内緒だ。
レンは知らなかったが実は6月に水琴も誕生日を迎えて居た。
しかしその時獅子神家は襲撃の余波を受けていたり水琴が誘拐された川崎の事件の後だったし、単純に当時は水琴の誕生日をレンは知らなかった。水琴もわざわざ言わなかったのでいつの間にか水琴はレンより1つ年上になっていたのだ。
故についでに水琴にも同様の腕輪をプレゼントした。あしらった花や植物は違うし、つけている宝石のように見える高純度魔石の色も違う。
同日に渡すことにしたのは知ってからすぐには用意できなかったので葵の誕生日を祝う日に一緒に渡すことにしたからだ。
サプライズの誕生日祝いに葵は非常に嬉しそうにしている。
水琴もプレゼントを貰えたことに驚きながら喜んでくれた。
しかし腕輪の機能について説明すると2人の顔が少し引きつった。
誘拐された時は外出時だった。流石に大蛇丸などの刀を常に携帯してはいない。
だがこれがあれば武器や予備の武装。それに食料や飲料なども入れておくことができる。ついでに着替えやタオルなども入れて置くのも良いだろう。
時間は止まらないが湿気も少ないし虫が沸いたりしないので現代の非常食などはかなり高性能なパッケージングをされているので入れて置いて損はないはずだ。
「嬉しいです。大事にしますね」
「いや、普通に使ってね?」
「もちろんです。肌身離さず使います。レン様から貰った武器や防具や護符も入れて置きます」
「うん。使ってくれると嬉しいよ。耐久性も高い魔法金属を使ってるからそうそう壊れないと思うよ」
「もしかして結構貴重な物……だよね?」
「あ~、自作で自前の材料で作ったからあまり値段は考えてなかったけど、前の世界で買うと貴族や豪商が結構気合を入れて購入するレベルかな? というか普通は買えないな、そういえば」
レンは元々持っていた魔法金属と魔石を使い、空間魔法の付与や他の魔法の付与も自身で行った。錬金術も自身で使い、彫金も魔法で行ったので高いもの、というイメージは少ない。更にレンは高位の錬金術士でもあった。
普通は高位の錬金術士、空間魔法士、付与魔法士を集め、彫金師も雇う必要がある。
それに空間魔法が付与された魔術具は基本的には非常に高価な部類だ。まず空間魔法を扱える術士は大概国に管理されている。空間魔法を付与された魔術具も国やギルドで作成を管理している国も多い。
値段の問題ではなくある程度の社会的地位がないと購入する許可すらおりないことも多い。密輸などにも使えるので社会的信用があるものではないと所有許可が降りないのだ。
それでも違法な空間魔法が付与された魔術具は稀に犯罪に使われていたが、厳正に管理されていてこんな風に簡単にくばるものではなかったなと今更レンは気付いた。
妻や子供、子孫や懇意にしていたハンターたちには結構気軽に配っていたが当然許可は取っていたし彼らの社会的地位は基本的に高かった。
ちなみに2m四方の空間になったのはレンの魔力量が少なく、制御力も落ちているためにあまりうまくできなかったのと、腕輪に合う魔石の質の問題だ。
本当は5m四方くらいの空間を作ろうと思っていたのだが現在のレンには思っていたより難易度が高く、結局2m四方になった。だが予備の武具などを入れるには十分かと思いそのまま渡すことにしたのだ。
「というかこっちの世界でもコレ系の術具は相当希少ですよ。買おうと思っても買える物ではありません。伝説……というほどではないですが少なくとも白宮家程度では手に入れる手段すらないでしょう。私は持っているという人も聞いたことがありません」
「うちもそうね。水無月家や豊川家なら持ってそうな感じはするけど藤森家や如月家は多分持ってないイメージね。しかも通常は厳重に保管して必要な時に当主か当主の許可を得た者が使う類の物よ」
「まぁ気にせず受け取ってよ。2人専用に作ったから他の人間には使えないし、僕は作成者だから中身を取り出せるけどもう魔力登録もしちゃったよ」
葵と水琴は顔を見合わせ合い、やれやれという表情をしながら再度礼を言って使ってくれることになった。
ただ水琴は他人の前では簡単には使えないと嘆いていたが。
誕生日パーティを行った場所は〈箱庭〉の館のいつものリビングだがこの日の為にケーキを用意したし豪華な料理を配達して貰っている。
一緒に歌おうと促されて記憶から引張だしながらハッピーバースデーを歌い、3人で食事とケーキを楽しんだ。
(誕生日か。日を特定して祝うなんて不思議な気分だ)
レンの居た世界では誕生日という概念はほとんどない。
基本的には生まれた季節に全員が年を1つ数えるシステムだった。それは皇帝だろうが貴族だろうが平民でも同じだ。
春に生まれれば春分の日に、夏に生まれれば夏至と同時に年を数える。イメージとしてはそういう感じだ。
実際は街や村、地方によって厳密な日程はバラバラで大体この辺りの時期に祭りをやってついでに年齢を1つ加えるというのがほとんどだ。
貴族の場合は寄り親がパーティを開いて祝ったり皇帝や重要な皇子の誕生季では帝城でパーティが行われて近隣の貴族たちが集まったものだ。
(まぁ暦も違うし日本でも誕生日を祝うという風習もそんなに古くからじゃないというしな。昔の日本は新年で一斉に年を取ってたって確か文献にあったし、大体年の切り替わりの時期も違うしね)
ローダス大陸では新年は冬が終わり、春が来る時に切り替わる。
冬の途中に新年を迎え、更に3月31日に年度が変わるという習慣はレンには理解できないものだ。レンの感覚では春分の日前後に新年が来るのだ。
なぜわざわざ複雑にするのだろうと思った。そして暦についての文献も調べて見てユリウス歴やグレゴリオ歴の経緯、日本にそれが採用されたことも知っているが、元々は現在の3月付近に新年を迎えていたというからそちらの方がレンにとっては違和感がない。
だがそれは古代ローマ、ヌマ歴が採用された2000年以上前に1月が新年に変わっている。
日本の暦の歴史で考えても旧正月は現在の1月の後半から2月の前半が多い。なぜ寒い時期に切り替えるのかはよくわからない考え方だ。
(とりあえず喜んでもらえて良かったな)
レンは今日の誕生日パーティの様子を総括してそう思った。
◇ ◇
「あれ、麻耶さん?」
「こんにちは、レンくん。今回は私も同行、というか運転手としてついていくことにしたの」
旅行当日。レンの家の前に来たのは如月麻耶だった。
車には水琴も乗っている。それに如月家の者の女性が2人車に乗っていた。
「どうしてそうなったのかはよくわかりませんがわかりました。じゃぁお邪魔しますね」
レンはそう言って水琴の隣に座る。
ちなみに今回の車は7人乗りの大型車で結構ゴツい見た目の車だ。
聞いてみるとランドクルーザーという名の車だと言う。強化改造が施されていて防御力も高いと聞いた。
「なんか危ないことでもあるんですか?」
「そんなことはないけれど、5人乗りに5人乗って荷物も積んだら狭いでしょ。ちょうど良い車がコレだったのよ」
実はレンは今日まで目的地を知らなかった。
それほど遠くない場所に車で移動と言われただけで、その理由は旅行の言い出しっぺの楓がレンには行き先は秘密にしようと言ったらしい。
ちなみに企画は灯火と楓が中心となって行われたと言う。
車内ではアップテンポの音楽が流され、水琴や麻耶、如月家の女性たちと話していると山道をいくつも超え、3時間もかからずに目的地についた。
交通インフラというのは大事だなぁと何度目かわからないがレンは再度感心する。
「おひさ~、レンっち~!」
そして車を降りると先について居た美咲がレンの懐に飛び込んでくる。
驚きながらもなんとか受け止め、美咲の体をクルンと一回転させて地面に下ろす。
「えへへっ、嬉しくてつい飛びついちゃった。ごめんね」
「いや、大丈夫だけどね。久しぶり、美咲。それに灯火と楓も」
「久しぶり。レンくん」
「おひさ~。夏休み前に遊びに誘いたかったけど旅行まで我慢しようってことになったんだよね~。また会えて嬉しいよ」
レンたちの到着は最後で灯火と楓もすでについている。そして他に護衛だろう者たちがかなりの人数が居た。
水無月家、藤森家、豊川家は結構な護衛を今回の旅行に用意したようだ。
以前楓がメッセージであの事件の後から護衛が増えて面倒だとこぼしていたからまだ警戒心が高いのだろう。
(にしても流石に多くないか? それに目の前に居る人たち以外にも周辺に護衛が配置されている)
水琴は護衛もなく1人で来たが3家で30人以上の護衛が居る。
それ以外にも周辺を探ってみると集団の魔力持ちが何十人も居ることが感じられた。
(これ、何かあるんじゃないかなぁ)
なんとなくそう思いながらレンは3人との再会を喜び、秘密にされていた目的地、諏訪湖近くの水無月家所有の別邸に案内された。
(でかいなぁ)
別邸は通常の家というよりは屋敷や館と呼ぶにふさわしい大きさだった
レンたち5人だけでなく30人近い護衛も泊まるだけの規模と、更に中には何人もの使用人まで居た。
3階建てで地下もあると言う。元々保養所として使われていて、大人数で使用するのが前提に作られている建物でレンが想定していた建物より遥かに大きかった。
(水無月家が20人。藤森家が10人。豊川家は2人? 随分規模に差があるな。でも美咲の護衛兼使用人らしい女の子2人の実力は高そうだな)
あからさまな護衛という者から使用人の格好をした魔力持ちも居る。
館の中の使用人の何人かは魔力持ちではなかったが武術の気配はあった。
「玖条殿。歓迎する。ここの警備主任を努めている鈴木という。非常時には私の指示に従って欲しい」
「えぇ、よろしく。何もないのが一番ですけどね」
「当然だ。襲撃があるとしても未然に防ぐことも俺たちの任務だからな」
水無月家の護衛の1人がレンに話しかけてくる。体格の良い30代くらいの男だ。パッと見は武装しているようには見えないが要所に武器を持っているのが見えるし館には当然武装の準備もあるのだろう。魔力も漲っていて精鋭であることがわかる。
外では民間人に威圧感を与えないために普通の格好をしているに過ぎない。
「レンっち。生まれた頃から世話をしてくれている瑠華と瑠奈だよ。実際は従姉妹だけどお姉ちゃんみたいな感じかな」
藤森家の護衛たちとも軽く話をした後で美咲が連れてきた美麗な女性2人を紹介してくれる。
美咲の年上の従姉妹に当たる関係らしく、更に2人は1つ違いの姉妹らしい。
現在は大学生で夏休みなので美咲についてきたと言う。
2人は美咲の年齢を5つか6つくらい足して落ち着いた雰囲気にすればこうなるだろうと言う顔立ちだった。美麗だがお転婆そうな美咲より落ち着きが感じられる。だが先程の鈴木という男よりも鍛えられた濃い魔力を感じられた。魔力は量だけではなく質、純度や制御も大事なのだ。
そして瑠華と瑠奈は非常に高い魔力制御と良い純度の魔力を持っている。
和装の使用人という雰囲気の格好ではあるが立ち姿から武術の腕も高そうだ。
「瑠華です。美咲お嬢様を助けてくださって本当にありがとうございます」
「瑠奈です。私たち豊川家の者は皆玖条様に感謝しています」
ちなみに性は同じ豊川なので名で呼んでくれと言われた。
灯火や楓も年上ではあるがなんというかもう少し大人っぽいお姉さんという雰囲気だ。
レンの本来の年齢を考えれば小娘のような物だが、感覚が漣少年と混ざっているのでなんとなくドキドキする。
「それにしても警備が厳重だね」
「そうだね~。でもうちも助けられてからしばらく護衛がいっぱいついて面倒臭かったんだよ。最近ようやく減ったし今回は水無月家と藤森家が護衛を一杯出すって言うからうちはあんまり連れて来なかったんだけどね。瑠華と瑠奈は信頼できる護衛でもあるし大丈夫だよ。うちだってアレから鍛えたしもう誘拐なんてされないもんね!」
豊川家は中部地方ではかなり権勢を誇る大きな家らしい。長い歴史の中で豊川家に逆らう家などほとんど近隣に存在しないと灯火が教えてくれたことがある。
美咲が誘拐されたのも学校の体育の授業中にスモーク弾を撃ち込まれ、その隙をついて攫われたと言う。隠れた護衛は居たが美咲を直接狙われるという感覚が薄かったために遅れを取ったのだと聞いた。
日本の家に対しては豊川の名も強いのだろうが外国の犯罪組織にまでは流石に轟いていない。
油断を突かれたのだろう。2人からは絶対に以前の失敗を繰り返さないという強い決意を感じた。
(外に隠れてる護衛はどこの家の部隊なんだろう。それにしても人数が多いな。どんだけいるんだ?)
むんと腕を叩く美咲と笑い合いながら、レンはこっそりと魔力探知を慎重に薄く広げて周囲の状況の把握に動く。
館付近、半径200m以内に少なくとも3部隊。50人程度の魔力持ちの存在を感じる。邸内に30人、外に50人。令嬢が大事だと言っても流石に多すぎではないだろうか。
(ちょっと調べて見ようかな)
レンは警備の厳重さに違和感を覚えながら、旅行は楽しみつつ警戒レベルは上げておこうと決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます