025

「アレが怨霊かぁ」

「結構大きいですね」


 レンと葵は水琴が怨霊退治に出るという情報を聞いてスカイボードに乗って少し距離を開けて獅子神家の戦いを見ていた。

 怨霊はゴーストのような魔物に近いもので魔力の込もっていない武器は通用しないと言う。

 しかも魔力弾のような原始的な魔法のようなものを使う。それに触れられれば生命力を奪われるようであるし、怨念を受けると精神的に乱されるらしい。

 高位の怨霊や術者の怨霊などはまた違うらしいが今水琴たちが戦っているのは通常の悪霊が力を得たものだろうと葵が解説してくれた。

 しかし水琴の使う大蛇丸や獅子神家の郎党が使う武器はどれも魔力を纏っているし、十分な装備をしているので怨霊にダメージを与えられている。


 水琴は指揮を取っていてあまり戦闘には参加していない。

 この時期に強力になるという怨霊は10分ほどの戦いで祓われ、数人のけが人を出して戦闘は終了した。

 水琴が本気を出せば一撃で倒すこともできるだろうと思ったが、門弟たちを鍛えるのも水琴の仕事らしい。

 この時期は忙しいというのは本当らしく、獅子神家はいくつものチームに分かれて怨霊退治に向かっている。

 特に今年は襲撃を受けて戦力が減っているので余裕がないそうだ。

 実際水琴たちのチームもこの怨霊退治が終われば別の場所に派遣されると言う。

 他にもレンは別の場所で如月家が怨霊退治をしているのを見たり、知らない僧侶や神官が同様に怨霊に対処するのを盗み見て来た。


 相手の使う術が分かればその対処も楽になる。

 怨霊の季節であるお盆の時期はレンに取って陰陽師や神官、僧侶や武家などの戦いを盗み見るのに最適な時期だ。

 川崎で見たほど大きな戦いはなかったが基礎として使われている術やよく使われる傾向にある術など多くのデータが取れた。


「この後はどうしようか」

「せっかくだから都心を上空から見たいです。せっかくのデートですし」

「あれ、デートだったの?」

「もうっ。男女が2人でお出かけしてるんだからデートですよ」


 普段表に出せない葵はレンと同じ隠密装備に身を包みながら一緒に観戦していたが、レンはたまには外の空気を吸わせたいと思っただけでデートだという意識はなかった。

 しかしこれはデートだったようだ。ならば都心の夜景を楽しむというのはデートらしいかなと思った。


「そうだね。じゃぁ夜景を見に行こうか。新宿とか横浜でいいかな?」

「せっかくですから両方行きましょう」


 スカイボードは本気を出せば時速500kmを超えて進むことができる。

 ただ風防などの結界も同時に展開しなければ行けないし隠蔽能力が下がってしまう。

 時速100kmほどでレンたちは新宿と横浜近辺の夜景を堪能し、葵は満足そうな顔をしてくれたので連れ出して良かったなとレンは思った。



 ◇ ◇



「もう、本当に大変だったわ」

「2、3回だけですが見てましたよ。うちもこの時期はよく駆り出されてました」


 葵はレンの館の庭で水琴と会話に興じていた。

 ようやくお盆の怨霊退治が落ち着いたらしく、水琴が久々に遊びにきたのだ。

 実際はお盆近辺というだけで日にちが決まっているわけではない。

 霊界や冥界と呼ばれる異界と現界が近寄るのではないかと推測はされているが仮説に過ぎない。実際はなぜ定期的に怨霊が強くなり、大発生するのかは今もわかっていないのだ。

 ちなみに1月か2月あたりにも同様に怨霊が強くなる時期がある。


 先日はレンは友人たちと獅子神神社のお祭りに行ったと言うし、海水浴にも行ったと聞いていたので羨ましかった。

 だが東京湾の花火を空中でレンと共に楽しんだり怨霊退治見物の後で空のデートができたので葵は結構満足だった。


 白宮の家は寺院の傘下にあったが僧侶の家柄というわけではない。

 陰陽術と僧侶から伝えられた法術、そして始祖である白蛇の神霊の血で使う特殊な血継の術で栄えていた家だ。

 しかし寺院は室町時代までは隆盛を誇っていたが、戦国時代に奈良県にあった寺院の力も大きく削られ、江戸期に神仏分離が進み、明治期の神仏分離令でより勢力を減衰させた。そして国教が神道に決められ、よりその力は失われている。

 そして傘下にあった白宮家も同様に勢力が落ち、襲撃を撃退することもできなかったのでかなり力を落としている。


 葵はまだ幼かったので参加させられることはほとんどなかったが、怨霊がよくでる時期には白宮家も人手を出されていた。

 しかし京都、奈良というのは日本でも特殊な地だ。

 多くの寺院、神社があり、その勢力は未だに強い。且つ陰陽寮は京にあり、その陰陽寮も解体されたが陰陽師の本場は東京も強いが未だに京都だ。

 なので強力な怨霊はほとんど討滅か封印されており、この季節になっても他の地方よりも遥かに多くの僧侶や神官、陰陽師がいるのでそれほど忙しいというイメージはない。


「えぇ、聞いたわよ。どこで見てたのかはわからなかったけどね。情報を教えたのは私だし。本来なら怒られるかもしれないけど、どうせ見られて困るほど高等な術なんか使わないわ。私も神術はあまり詳しくないしね」

「神降ろしや神懸かりの術を使える人はいるんですか?」

「えぇ、当主である祖父や何人かの術士は使えるわよ。と、言っても短い時間だし分霊の一部の力を借りるって感じだけどね。それでも戦神いくさがみの武御雷神の御力を借りられるのだから相当な大技よ。私はもっと修行しないと教えても貰えないわ」

「新嘗祭では水琴さんも巫女神楽をされるんですよね、レン様が動画に撮ってくれるそうなので楽しみにしています」

「いやぁ、やめてぇ」


 水琴は剣術に力を入れていたが神社の巫女としての修行も最近厳しくなっているらしい。

 実際剣術は師範と同等に打ち合えるようになり、獅子神家最強……とまでは言わないが上位の戦力になっている。

 大蛇丸は獅子神家の所有する霊刀の中でも高位の物らしく、与えられている脇差しや小刀など他の装備も本家の娘であるので優遇されている。

 だがだからこそ未だ16歳だと言うのに最近は指揮や指導側に回され、実戦から遠ざかっていると不満をこぼしていた。


 そして9月に行われる例大祭では水琴が公開の巫女神楽をやると聞いて葵が見たいなぁとこぼしたことでレンが動画に撮って見せてくれることになっている。

 それを水琴に言うと恥ずかしいのか顔に手のひらを当てていやいやと頭を振った。

 水琴は戦いや稽古の際などは凛としているし、学校でもそんな雰囲気らしいが仲良くなると感情を隠せないなかなか可愛らしい性格だ。

 葵はそんな水琴を見て、この女性もきっとレンへの慕情を葵や美咲ほどではないにせよ持っているのだろうと思っている。


 今の生活は自由に外に出られないがレンと共に居られ、生活には困らず、カルラやクローシュ、ハクやライカ、エンやその眷属たちとの関係も良好だ。ガマガエルの妾になる未来に比べれば遥かに良い。


 意思疎通まではできないが彼らも日本語を理解するようになってきたので葵の言っていることはわかるのだ。

 3月末にレンはこの世界に目覚めたと言っていたが、ほんの4ヶ月と少しで言語体系の全く違う日本語を理解するなど従魔たちの言語理解能力は高すぎではないだろうかと葵は首をかしげたくなるほどだ。

 ただ主人であるレンももうすでに日常会話程度なら5ヶ国語以上の言語を習得したと言っていたので主人に似たのかもしれないなどとおかしなことを思った。


「なんか楽しそうだね」

「あ、レン様。神楽舞が楽しみだと伝えたら恥ずかしがっているんです」

「あははっ、僕も楽しみだよ。それに今度獅子神家所蔵の刀剣を見せてくれるって獅子神家から言われてるからそっちも楽しみかな」

「あぁ、父が言っていたわ。獅子神流に興味があるなら道場へも無料で通って良いそうよ」

「魅力的な提案だけど獅子神流は水琴に教えて貰えればいいかな。水琴は今度奥伝も伝授されるんだろう?」


 水琴は師範代の全員を打倒し、まだ若いので任命されていないがすでに師範と同等の扱いをされている。老齢の師範代が引退すれば師範代に、そしてそのうち師範の1人として名を連ねるのは獅子神家ではもう決定事項だそうだ。

 その水琴に教えて貰えるのなら道場に通う必要はないとレンは言った。

 秘密主義のレンは自身の能力を多数の人間に見せたくないという思惑もあるのだと葵は思う。

 水琴が奥義までレンに伝えるかどうかはわからないが、少なくとも中伝までは教えてくれると言っていたし、レンは最近は互角とまでは行かないが以前よりもよほど長く水琴と打ち合えるようになっている。

 葵との稽古でもレンの言う魔力炉を稼働させてからはレンの霊力に干渉することが厳しくなった。

 未だ負けることはないが、合気柔術での稽古でもかなり手強くなっているのだ。

 ただレンが強くなるのは葵に取ってはレンの安全につながるので普通に嬉しいことだった。


「そういえばレンくん、この前教えてくれた技、すごい効果的だったわよ」

「あれ、使っちゃったの。1度見せたら対策されちゃうよ」


 そしてレンも水琴や葵にたまにだが技を見せたり教えてくれる。それは初見殺しに近い技が多く、対処方法を知らないとかなり危険な技が多い。

 体術、剣術、槍術などでそういう初見殺しをレンはいくつも知っているらしい。

 先日はある程度獅子神流の剣術を理解したレンが獅子神流でよく使われる剣技に対する返し技を水琴に教えていた。

 同門で相手の動きを〈水晶眼〉で読める水琴ならばほぼ必中だろう。


「1つだけね。実際私もやられた時は何が起こってるかわからなかったもの。周りのきょとんとした顔が面白かったわ」

「ああいう技は秘匿するから意味があるんだよ。まぁどこかの流派には似たような技はあると思うけれど」

「獅子神流にはなかった技だから追求が激しくて困ったわ。レンくんから教わったとは言えないから私が思いついたことにしちゃったし。でも獅子神流の弱点を突いた技だったから広めたかったってのもあるんだけどね」

「それならいいけどね。別に秘伝でもなんでもないから好きにすればいいけど、あまり広めるのはおすすめしないかな」

「身内だもの。大丈夫よ。それよりレンくんに教わった技で称賛されるのは恥ずかしくて逃げたくなったわ」


 他人に教わった技を自身が開発したとされ、しかも称賛されるのは水琴としては本意ではないだろう。気持ちはわかる。


「私も何か技を教えて欲しい」


 葵が言うとレンは少し困った顔をした。


「う~ん。でも短槍や短刀はあまり複雑な技よりも基本のスピードや相手の死角を突く動きを極める方が重要だよ。それに本来葵は中距離タイプだしね。あ、そうだ。体術だけど葵の技を参考にして最近作った技があるんだ。それでどうかな」

「ぜひっ!」


 つい興奮してガタリと机に手を付いて立ち上がってしまい、その勢いにレンはたじろぎ、水琴は笑っている。


(むぅ。つい興奮しちゃった)


 席について出されたジュースを飲む。


(でも嬉しい。もっと強くなってレン様のお役に立てるようになる)


 葵は興味を持つことが少ない性格だ。ほとんどが無関心で、学校も白宮の家も正直どうでも良い。ただ執着を持った物に対しては非常に強く思いを持つ。

 母親と弟は少し気掛かりだが戦力が落ちた状態で飼い殺しにはされても前線に出されて潰されることはないだろう。されるとしたら興味のない父親だ。


 だが葵はレンと出会ったことで変わった。レンに喜んで欲しい。レンの役に立ちたい。そういう思いが常に湧き上がっている。

 あまり興味のなかった料理も水琴のおかげで上達しているし、レンが美味しいと言って食べてくれることに喜びを感じる。

 幼い頃に興味を持ち、珍しくハマった合気柔術もレンの役に立てている。

 水琴の存在もレンに取って有用だと思うので排除しようとは思わない。

 神霊や妖魔の血が濃い者は助けられた時に相手への執着は強いことが多い。だが独占欲が強いわけではない。すべての種族を知っているわけではないので断定はできないが、葵と、そして美咲もそういうタイプではない。

 狙った獲物が自身の物になれば良い。

 葵は「もうちょっと練ってから教えるから待ってね」と言うレンの言葉を聞きながら、この生活がずっと続けば良いなぁと思った。



 ◇ ◇



「その情報はたしかなんですね」

「えぇ、うちの情報部が掴んだ確かな情報よ」


 如月麻耶は水無月家の男からの疑問にきっぱりと答えた。

 モニターには水無月家、藤森家の男たちが映っている。

 その情報は夏休み後半に行われる水無月家、藤森家、獅子神家、豊川家の令嬢たちと彼女たちを救った玖条漣が旅行に関するものだ。

 予定は2泊3日で水無月家所有の別邸を利用することになっている。

 そして如月家はある情報筋から川崎で事件を起こした残党たちがレンか令嬢たちの誰かを狙い、その旅行時に襲撃する可能性が高いという情報を掴んだのだ。


「それでは旅行は取りやめましょう。お嬢様方を危険な目に遭わせるわけにはいきません」

「いや、敢えて敢行しても良いんじゃないか? その玖条漣という少年がターゲットかも知れないし。他の4人の少女の誰もがターゲットの可能性がある。ならば十分な護衛を用意し、撃退すれば良い。少なくとも情報がない状態で襲撃されるよりはより優位に事態をコントロールすることができる。ついでに玖条漣がターゲットならば彼の力を測ることもできる。今回は事前情報がこうして提供されているのだ。しっかりと守れば良いだけではないか」


 そこで藤森家の者が異論を述べた。

 麻耶は単純に襲撃計画の情報を得たので旅行を取りやめた方が良いと思って情報を売りに来ただけだ。

 だがレンの実力をこの際に測る、という藤森家の提案には魅力を感じた。


「しかしうちの別邸を使うのだぞ。しかも豊川家の姫まで居る。何かあればどうする」

「豊川家がいるからこそむしろ戦力としては十分だろう。十全な護衛をつけるはずだし、当家も護衛を多めに派遣しよう。また、もし別邸に被害があれば賠償もしよう。どうかな」

「そちらは分家の子女だろうがこちらは本家のお嬢様だ。認められない」


 水無月家の男と藤森家の男が意見を戦わせている。

 すでに情報を売った麻耶はとりあえず静観の構えだ。結局決めるのはこの2家の中では水無月家の方が発言権が高い。

 ちなみに豊川家には今回の旅行について情報があると連絡をしたが「問題はない」と返ってきただけだった。取り付く島もない。


「ふむ、良いのではないか。確かに灯火も危険に晒されるかもしれないがおかしな術を掛けられた娘であるし、前回のように狙われる時は狙われるものだ。4家の護衛が集まれば十分な戦力だろう。犯罪組織の残党程度にやられるほど当家は弱くはない。直接つける護衛以外に別途周囲に護衛を派遣すれば良いではないか」

「それでは如月家も協力しましょう。獅子神家とは縁がありますし、玖条少年の力には当家も興味があります」


 より上位の水無月家の老人が発言すると情勢は襲撃には備えながら旅行は敢行される方向性へ舵を切った。

 そこにすかさず麻耶が乗っかる。

 麻耶としてはレン個人に思うところはないが如月家の上層部ではレンの力を危惧する意見が強くなっているのだ。

 片平家との抗争で尻込みした者もいるが、強硬策をより強く押す者も居る。

 だが鷺ノ宮信光がレンと直接会ったことで、無理に彼を取り込むのは危険ではないかという懸念もある。

 信光は通常会おうと思っても会えるものではないのだ。あの会談が成立したのは信光本人がレンに興味を持ったからだと言われている。

 ならば他の家も絡んでいる状況下でレンの実力や危険性を測れるのであれば如月家の負担も少ないし、何より地元で抗争が起きる可能性はない。


「ならそれで良かろう。十全な護衛を派遣する。周囲にも部隊を隠して派遣しよう。襲撃があれば逆撃するだけだ。懸念はこの際潰してしまうのが良い」


 老人がそう纏めたことで旅行は予定通り決行することになった。

 しかし襲撃の可能性が高いという情報事態は令嬢たちには伝えられないことも決まった。

 麻耶は獅子神家はおそらく今回の策謀には乗らないだろうと思っている。どのみち襲撃のせいで情報を売ろうと思っても金銭を払えないだろう。

 水琴には個人的に気をつけるようにと武器はきちんと持っていくように忠告しようと決め、話し合いは実際の護衛や派遣する人員などの話題に移った。

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