024

「さて」


 終業式も終わり、夏休みに入ってすぐ。レンは特殊な陣を敷いた〈箱庭〉の一室に居た。

 今日は念願の魔力炉を励起させる儀式を行う日だ。

 目覚めてから今日までずっとレンは自身の体の内の魔力回路を調整してきた。そして8つある魔力炉の調整も同時に行ってきた。


 魔力持ちは大概魔力炉が生まれた頃から起動している。水琴や葵も3つの魔力炉が動いている。

 だが魔力回路が不整備であったり魔力炉自体の出力もそのポテンシャルを活かしきれているとは言えなかった。

 故に彼女たちには定期的に魔力回路の整備を行ったり、魔力操作や制御の訓練の仕方を教えてきた。

 レンが外側から魔力回路を弄るだけでも実力は伸びるだろうが、本来は自身で魔力回路や魔力炉を鍛えなければ効果は限定的だ。

 実際2人の実力はレンと出会ってから飛躍的に伸びた。

 潜在能力が高かったというのもある。

 水琴の剣の才はレンが羨むほど高く、〈水晶眼〉と言う高位の魔眼まで持っている。葵は魔力感知や繊細な操作の才に優れている。


 過去のレンは1つの魔力炉が不完全に動いている状態だった。魔力回路の調整を覚え、魔力炉を励起する方法を知り、長年掛けて8つの魔力炉を起動し、自身の魔力回路を限界まで鍛え上げた。

 結果竜や龍と呼ばれる高位の魔物や精霊に匹敵する強力な魔力を得て、大魔導士と呼ばれるまでになったのだ。


 しかし漣少年の体は1つも魔力炉が動いていなかった。小さな魔力は持っていたが、魔力持ちと呼ぶのは憚られる程度の魔力しかなかった。

 実際4ヶ月間鍛えても片平健二や川崎で出会った武装組織の者たちに魔力量という意味ではカケラも及ばない。

 しかし過去学んだ魔力制御や操作の技術、そしてそれを効率的に鍛える知識。

 魔力純度を上げ、無駄がでないように少ない魔力を使い、魔術具や魔法薬を併用することで彼らとの戦闘を優位に保っていたのだ。


 レンの知る中で最も魔力量が高いのは鷺ノ宮信光で2番目は信孝だ。執事の初老の男も信孝に近い魔力量を持っていた。

 しかも彼らは水琴や葵に比べれば遥かに洗練され、且つ聖気も大量に持っていた。

 あの会談の場では室内の護衛の他にも多数の戦力が隠されていたし、魔力を乱す結界や術式が仕込まれていた。当然レンの気付かない発動直前まで用意された術式もあっただろう。


 もしあの場で襲われればレンは切り札をいくつも切り、カルラなどの助力を得なければ逃げ出すことすら難しかっただろう。

 信光はどういう物かは鑑定できなかったが強力な魔眼も持っていた。

 レンは信光に見られた瞬間、内側を探られた感触を感じていた。

 危害を加える気はないと言っていたが会談の行方によってはいつでもレンを取り押さえる準備はしっかりと怠って居なかった。

 しかし実際穏当に会談は終了し、レンはもっと探られたり情報を開示させられると危惧していたがそんなことはなかった。


「良し」


 儀式の準備が完了した。

 レンの居る場は霊力と聖気、精霊力に溢れており、それらを外部から取り込んで魔力炉に一気に流し励起し、そして正常に稼働するように調整を施す。

 成功すればレンの魔力量は現状より飛躍的に多くなり、少なくとも魔力持ちを名乗れる程度にはなるだろう。


 ちなみに魔力持ちというのはローダス大陸の基準では多少の前後はあれ魔力量が100を超える者を言う。一般人の平均が10~20。ハンター時代のレンが80程度だ。現在のレンは50~60程度だろうか。

 100の魔力量というのは最低限の話で、中級の魔法士や魔術士であれば500~1000はあるし上級と言われる者や魔導士の資格を取るには最低5000から1万の魔力量が求められる。宮廷魔導士なら数万だろうか。

 超級の魔法は一撃で数万の魔力量と高純度の魔力と高い制御能力を要求される。

 ちなみに過去のレンは計測不能だ。最大である100万まで計測できる魔力量の計測器が即座に破裂してしまった。


 集中して魔術陣に魔力を込める。魔術具を利用し、溢れ出ている周囲の魔力を強引にレンの体内に流し込んでいく。

 荒れ狂う嵐が体内に吹き荒れるような感触を耐えながら、レンは目的の魔力炉に魔力を繊細に流し込み、魔力炉が活性化したことを感じ取る。

 だがこれで終わりではない。

 活性化した魔力炉は今まで調整を施したとはいえ外側からある程度修理を施したような状態で、内部にはほとんど手を付けられていない。

 自身の魔力だけで行うのは厳しいので聖気や精霊力を利用して魔術具を下腹に当て、ある程度まで魔力炉の整備を行う。


 数時間の儀式が終わり、レンは魔術陣の上に大の字で寝転がっていた。

 魔力量は予定通り飛躍的にあがり、大体最大出力で300くらいだろうか。

 これから魔力炉の微細な調整、増えた魔力量に合わせた魔力回路の強度を上げ、制御しづらくなった魔力の操作や制御、隠蔽の訓練をしなければならない。


「ふふふっ」


 だがそんなことよりもレンは自身の今の状態を試したい欲求にとらわれていた。

 魔法訓練用の〈箱庭〉に移動し、粗雑な術式を無理やり起動して〈轟雷〉と言う魔法を放つ。

 今までにない野太い稲光がバチンと周囲を照らし、標的の柱に轟音と共に着弾する。

 粗い魔法だ。標的にはきちんと当たったが照準も少しずれてしまっている。それに着弾するまでに威力の減衰が酷い。


「4位階に満たないくらいか」


 グビリと魔力回復薬を飲む。〈轟雷〉の一撃でレンの満ちていた魔力はほぼ尽きてしまっている。しかしレンの高揚感は未だ収まらない。


 標的の柱は特殊な素材でできている八角柱だ。幅は5mほどあり、高さは10mを超えている。そんな八角柱は八角形を描くように配置されている。

 そしてその柱は受けた魔法の性質や威力で色が変わる。今回撃ったのは雷属性を測定する八角柱だ。

 制御が甘く、反動でレンは数m後方に飛ばされ、尻もちをついてしまった。

 だがレンは中級でも上位である〈轟雷〉の魔法が発動できたことが嬉しかった。今のレンの魔力では発動することがやっとであるし威力はともかく発動速度や収束も甘い。

 しかしブースターなしで今まで発動すらしなかった魔法が使えるようになったのだ。

 魔力炉も未だ未熟とは言えしっかりと稼働している。

 レンは笑いながら何度も魔力回復薬を飲み様々な魔法や魔術を試した。その姿は外から見たら狂乱しているようにも思えただろう。

 実際レンの精神は高揚し、おかしなテンションになっていた。魔力回復薬も短期間に大量に摂取すれば良くない影響があることがわかっている。

 しかしレンは止まらなかった。止められなかった。そして止める必要もない。

 新しい魔力炉を稼働させた時には魔力量が急激に増えるので全能感のような物に囚われるのが通常だ。

 だからこそレンは欲求を我慢せず、安全なこの場所で十全にその欲求を発散した。



 ◇ ◇



「レン様チャクラが開いてる。何かした?」

「チャクラ?」

「そう。言い方は色々あるけど、私はそう呼んでる。霊力量も以前と比べたら格段に増えてる」

「魔力炉の事か。うん、ようやく1つ目の魔力炉を稼働させる儀式を行えたんだ」

「そんなこともできるんだ。すごい」

「葵の魔力炉や魔力回路も調整しているじゃない。他人のができて自分のができないなんてことはないよ。簡単なことじゃないし、十分な準備や鍛錬が必要だけどね」


 高揚した気分が落ち着くまで発散したレンは葵の待つ館に帰ると即座にレンの変化に気付かれた。

 大量の魔力を何度も使ったことで疲弊しているし魔力回復薬の大量摂取の副作用も出ていてレンの顔色は酷いことになっているだろう。


(さすが感知能力が高いな。魔力量が増えたから〈隠蔽〉の制御が甘くなってるせいもあると思うけど。チャクラって確か前調べたインド系の資料にあったな。やっぱりこっちにも同様の概念があるんだな)


「私のチャクラも開ける?」

「残念ながら他人の魔力炉を弄るのはリスクが高いんだ。しっかりと鍛錬して魔力純度を上げて、魔力回路の強度も強くして行くのが正道だよ。そうすれば自然と魔力炉も励起するしより強力な術も使えるようになる。以前に似たような感覚を得たことはあるだろ?」

「わかった。頑張る」


 葵はふんすと両拳を胸の前で握って奮起した。


(かわいいな)


 レンはそう思いながら甘い果実ジュースを飲み、寝室に向かいベッドに倒れこむ。

 疲弊したレンの体は休息を求めていて、即座にレンは眠りについた。



 ◇ ◇



「これが海か」

「おいおい、初めて見るわけじゃないんだろ」

「あぁ、そうだね。でも湘南の海は初めてみるから」


 久我が笑いながらレンの言葉を目ざとく気付いてツッコミを入れる。

 レンたちは久我の姉、香田と香田の彼女。そしてレンと水琴で湘南の海に来ていた。

 海水浴場にはすでにかなりの人間がひしめき合っていて、砂浜にはパラソルの花が咲いているように見えた。


「それにしても獅子神さんが来てくれるとは思わなかったな」

「誘えって言ったのはお前じゃないか」


 香田にそう返すがレンも水琴が2つ返事で了承するとは思っていなかった。


「さぁさぁ男どもは車から出て外を見張ってな。中覗くんじゃないよ」


 移動の為に車を出してくれた久我の姉はそう言って男共を車から追い出す。中では水琴たち3人の女性が水着に着替えると言う。

 更衣室などもあるが酷く混んでいるので駐車場で着替えて行くのが良いという主張を飲んでそうなった。


 ちなみに男たちは外で見張りをしつつタオルを巻いて着替えた。

 トランクスタイプの水着を来て上着の薄い生地のパーカーを羽織るだけだ。

 周囲にも同様に車の中で着替えているだろう人たちの姿が散見される。

 考えることはみんな同じなのだろう。


「おお~」


 水着に着替えた女性陣たちは普段見慣れないレベルで肌色率が高い。

 久我の姉は露出の高いビキニタイプで、なかなかスタイルもよく注目を集めそうだ。水琴はセパレートタイプの水着だが元が良いのでやはり同様に衆目を集めるだろう。更にいつもはポニーテールにしているのも結び目を下に下げて1つ結びにしているので雰囲気がかなり違って見える。

 香田の彼女はワンピースタイプでフリル多めの可愛らしい水着を着ている。


「いいね」


 レンはそれだけ言うと水琴はかなり照れていた。久我は何もいわずにニヤニヤとしていて、香田は彼女を褒めることに勤しんでいる。

 ちなみに久我は女癖があまりよくなく、中学時代からコロコロと相手を変えているようで、それを久我の姉はよく思っていない。故に久我は今回は相手を連れてきていなかった。また違う女を連れて、と姉に言われるのが嫌なのだとこっそりと教えてくれた。


 海水浴は漣少年は初めてではなかったがレンは海水浴は初めてだ。

 向こうでは厳重な結界を張って周囲の魔物を排除しなければ海水浴などという贅沢な娯楽はできなかった。

 基本的に魔法士や魔術士を雇える豪商や貴族の娯楽とされているし、基本的に海岸は危険な場所だ。そんな危険な場所を多大な労力と資金を掛けて一時的に安全な場所にして楽しまなければならない。ハードルが非常に高い娯楽といえる。


 しかし日本の海水浴は違う。海のない県ではそう頻繁に楽しめないだろうが交通インフラも整っているので楽しもうと思えば数時間も掛ければ海に囲まれた日本であればそう難しい話ではない。


 空いた場所にシートと荷物を置き、パラソルを立て、浮き輪や遊具の準備をしてその日は1日楽しんだ。

 水琴たちがナンパされたり香田の彼女が足を攣らせて溺れかけたりなどアクシデントはあったが安全が確保されている海水浴というのはこれほど気楽なものかと驚いた。


 レンは海を見ながら海上をスカイボードで走れば楽しいだろうなと思ったが流石に使うわけにも行かないので今度夜にでも葵を乗せて海を走ってみようと思った。


「そういえば海には妖魔や怨霊はでないの?」

「出るわよ。でも大体海水浴場は海開きの前に管理している家が一斉に掃討するの。この辺だと楓さんの藤森家がやっているんじゃないかしら」


 疑問に思ったことを水琴に聞くと意外な答えが返ってきた。

 海水浴場の安全は実は日本の霊力使いたちによって守られていたらしい。

 帰りの車内ではレンと水琴、運転している久我の姉以外は疲れ果てて寝てしまっていた。


「悪いね、話し相手がいるとあたしも助かるよ。全く、疲れてるのはこっちも一緒だってのに」

「いえ、運転してくれているんですから助かります」

「いい子だね。弟が気に入るのもわかるよ。そっちのきれいな子は獅子神家のお嬢さんなんだろう? 昔あたしのやんちゃしてた友達が獅子神家の奴らにボコボコにされたって聞いたことがあるよ」

「あははっ、大人しくするように言っておきます」


 水琴は獅子神家の門弟が行った所業に苦笑しながら答える。

 以前聞いていたように獅子神家の威光は久我の姉のような人でも知っているような有名な話らしい。

 レンは大学生だと言う久我の姉に大学の話や近場の遊び場の話などを聞きながら帰路についた。

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