023

 7月も終わりに近づき、1学期の期末テストも終わった。

 クラス内の雰囲気は浮かれており、友人たちも夏休みに何をしようとかどこに行こうとかそういう話題が飛び交っている。

 漣少年の記憶からはあまり出てこなかったが、旅行や花火や祭り、海に遊びに行くのが夏休みの定番なのだとか。後は音楽フェスとかに行くクラスメイトもいるらしい。


「お~い、レン。お前夏の予定とか決まってる?」

「後半に旅行に行く予定があるくらいかな」

「じゃぁお盆前にでも海にでも遊び行こうぜ。よかったら獅子神さんも誘って見ろよ」

「え? なんで?」

「なんでじゃねぇよ。まぁそんなわけだから日程とか空いてる日また連絡してくれ」


 そんなことを考えているとレンも香田に海に遊びに行こうと誘われてしまった。レンの「え、なんで」は水琴を誘えと言われたことと海に遊びに行くということに違和感があったからだ。


(こっちの世界は魔海とかないんだよな。海岸で遊ぶっていう感覚が慣れないな)


 レンの知る海は危険なところだ。海岸や砂浜であっても魔物はいるし、海の中には魔魚が居る。魔海と呼ばれる魔境の海版もあり、魔導船でもそこに突っ込むのは自殺行為だ。

 だがこちらの世界の海は危険も多少はあるみたいだがレンの思う危険とはレベルが遥かに違う。

 クラゲや毒のある魚、溺れる危険や小さな子供が波に攫われたり、離岸流などに入り込んで危険な目に合うというくらいだ。しかも監視員やライフセーバーなどが居て救助の為のシステムが整っている。

 巻き貝が突進してきたりクマより大きなカニやヤドカリのような魔物が居たりはしないのだ。


 ちなみに夏の旅行の予定というのは灯火たちが誘ってきたものだ。あの時攫われた5人からまだ表に出せずおそらく行方不明ということになっている葵を除いた4人とレンで水無月家の所蔵する別荘に泊りがけで遊びに行こうと言われているのだ。

 ちなみにどこに行くのかはサプライズらしくまだ教えて貰っていない。


 ただお盆近辺は怨霊が活性化する時期らしく、どこの家も忙しい。水琴などお盆前に神社で祭りも開催するというので余計忙しいと文句を言っていた。

 近辺の怨霊は怨霊化する前の状態で大体祓ってしまうのでレンは弱い悪霊しか見たことがないが、1年に1~2回そういう時期があり、大体そのうちの1回はお盆の時期近辺にあるのだという。

 7月の後半や8月の前半は予定が合わなかったので8月の後半にしようと言う話で進んでいる。


(最近は平和でいいな)


 片平家への報復が知れ渡ったのかレンの周囲は静かになっている。

 偵察やレンに接触しようとする家もなく、水琴が定期的にレンの家を訪ねて来るくらいだ。

 レンの存在が公になり、水無月家、獅子神家からは使者が来て礼物を貰った。

 水無月家からは灯火と灯火の姉が来て、レンが興味を持っている術の書や陰陽道に使う術具のセットを貰った。獅子神家は水琴と水琴の父親がやってきて、大小2振りの刀を貰った。霊剣ではないが歴史的に価値のある名のある鍛冶師が打った業物らしい。

 豊川家は8月に予定している旅行の時に美咲から「その時にお礼を渡すね」と言われている。

 ちなみに藤森家から貰ったアタッシェケースには現金が入っていた。3000万円だ。娘の命の値段として適当かどうかはわからないが、とりあえずケースに入れたまま放置してある。口座に入れるのもアレなので隠し金のようになってしまっているが、レンは片平家や悪事の片棒を担いで居た犯罪組織から奪った金銭などがあるので実はもう数億円の現金と金塊や宝石などの隠し資産がある。

 ただ今のレンには金銭や宝石類よりも、彼らが所蔵していた術具や銃などの武器の方に興味があるので時間のある時に解析したり対抗策を考えたりしている方が楽しいのだ。


(まだほんの数ヶ月なのになかなか濃いな。まぁこちらの世界にも魔力があって魔物も存在するなんて予想外だったしな)


 普通に一般人として生活していたらレンはこの便利な日本の生活に楽しみながらもある種の退屈さを感じていただろう。

 通常の人間は小さな魔力でも使えるレンに近接戦で勝てる可能性は皆無であるし、銃や爆弾などもレンが3位階くらいの魔法が使えるようになれば脅威ではなくなる。それに〈収納〉の中にあった力のあった時代に作ったり使っていた護符を常に携帯しているので奇襲にもそれなりに効果がある。


 クローシュとの戦いや片平家からの襲撃では護符も効果を発揮しつつも傷を負ってしまったがそれはレンの魔力が足らずに護符の効果を発揮できていないからだ。

 毎日の修練でレンの魔力量や制御能力は少しずつだが高くなっているし、第一の目的である魔力炉を1つ目を励起するのももう少しでできそうな感覚がある。

 フルーレやシルヴァは元々レンに好意的な魔剣だったので力を貸してくれているが彼らの力ももっと引き出してやりたいし、こっちの世界の妖魔とも戦って見たいと思っている。


(やりたいこと、やるべきことが多いってのは楽しいな。やりたくない執務がほとんどないってのも大きいけれど)


 実力がどんどん伸びる時期というのは楽しいものだ。しかし後年のレンは自身の限界を極め、研究に重点を置いていた。しかも爵位や役職に関わる柵で執務もあり、それらは煩わしいものだった。

 それを考えればレンは今は非常に自由であり、且つ毎日のように実力の上昇を実感できている。

 まだ水琴や葵に勝つこともできないがそれは制限した状況での勝負の話だ。

 何でもありならおそらく負けることはない。


「レンくん、今日は一緒に帰らない?」

「うん、いいよ。水琴」


 水琴との関係も良好だ。別にどうということはないのだが、クラス内の雰囲気も落ち着いた気がする。

 レンは今日は水琴に新しい型を教えて貰う約束になっているので少し楽しみなのだ。



 ◇ ◇



「レンくんの武術は中国武術に系統が似ている感じがするわ」


 水琴や葵との手合わせも終わり、水琴と葵もお互いを高めあっている。

 最近は水琴は木刀や木槍などを使って葵に挑んでいるが未だ一本も取れたことがない。

 葵は魔力の感知能力が非常に高く、そしてそれほど間合いは広くないが相手の魔力に干渉する術を独自に開発している。

 そしてそれに対抗する策が水琴にはまだないのだ。

 ちなみにレンも葵には勝てていない。レンの魔力制御が甘く、葵からの干渉を弾くことができていない。


「中国武術?」

「うん。私も詳しいわけじゃないけれど、型を見る限り八極拳とかそっち系の武術に近いと思う」

「空手や柔道、日本拳法なんかは調べてたけどそっちは意識してなかった。今度調べてみるよ」

「えぇ、そうしてみて」


 今は彼女たちがレンが学んだ体術の型を見たいと言って来たので初級の型を見せた後だ。

 500年の間に様々な国や流派を学び、混ぜ合わさったことでクロムウェル流と言えるようなものになってしまっているが、元は魔物の硬い体皮や甲殻を貫いてダメージを与える流派が基礎になっている。

 こちらの武術も興味があり、今は動画などで安易に調べることができるので主流の空手じゃ柔道を調べてみたがスポーツ化が強く、どちらかというと柔術や古流の武術のが実戦的でそちらを取り入れようとしている。

 実際水琴の使う柔術や葵の使う合気柔術は単純な投げや関節技だけでなく当身や蹴りもあるし、基本的に倒れた相手に追撃して止めを刺すまで行われる。

 古武術や軍隊格闘技などにどちらかというと近い。


 そういう意味では実戦的な武術を学んでいる水琴や葵に学べるレンは幸運だと思っている。近所に道場などもあるが一般的なスポーツレベルであり、対処方法を考える程度の参考にしかならないからだ。

 特に柔道などは受け身の取れない危険な投げなどは禁止されていたり公開されていないが、実戦ではむしろ相手に受け身を取らせないことの方が重要だ。

 技術は限定して学んだ方が研鑽は早くなるが対応力が低くなる。達人と呼ばれる者は違うのだろうが、今はレンの訓練は町の道場に通うよりも〈箱庭〉の中で自己研鑽に努めたり水琴や葵と手合わせをしたほうが効果が高い。


「じゃぁちょっとシャワー浴びてくるね」


 レンは汗だくになったがこの4ヶ月の鍛錬で体力がついてきたことに満足しながらシャワーに向かった。



 ◇ ◇



「あのレン様とは戦いたくないですね」

「えぇ、そうね」


 水琴は葵の呟きに自然と答えて居た。

 レンが見せてくれた武術の型は水琴の慣れ親しんだ武術とは少々毛色が違っていたが重要なのはそこではない。

 レンの攻撃1つ1つには圧縮された霊力の刃や拳と呼んで良いものが付随しているのだ。

 例えば撃ち出された拳には50cmほどの霊力剣がついてくる。もしくは霊力弾がそこから発射される。

 しかもそれらは〈隠蔽〉が掛けられていて、高度な霊力感知ができる葵や〈水晶眼〉を持っている水琴なら感じたり視ることができるが、獅子神家の高弟でもない限り何をされたかわからずに倒されるだろう。

 避けたと思った攻撃に不可視の霊力の攻撃が乗っているのだ。

 水琴も大蛇丸を使えば斬撃を飛ばしたりはできるが、それを肉体のみで、高度な技法として昇華させている。


「あれ、なんとかできます?」

「高速戦闘中に使われたらどうにもならないと思うわ」


 しかもレンは攻撃の前に放つのではなく、逆に蹴りの後に軌道の違う時間差を付けた霊力攻撃を付随させたりなどの様々なパターンを見せてくれた。

 信頼の証なのだろうが、単純に知っていても破れないという自負もあるのだろう。

 単純な手合わせではレンはまだまだ初級者か中級者というところだ。しかしそれは水琴や葵が教える武術の範囲内で戦っているからだ。

 レンは獅子神流の柔術にも葵の教える合気柔術の練習にも熱心で、日に日に対応力や技術が上がっているのがわかる。

 毎日きっちりと型の訓練を行い、また、イメージトレーニングなどもしっかりとやっていないとそんなことにはならない。

 しかもレンは「まだまだ」だと言っているが水琴たちから見てレンの上達の速度はとても速い。

 だが常に魔物や霊力使いとの危険に晒されていた異世界を生き抜いたレンにとっては「まだまだ」なのだろう。基本的な強さに対する欲求と感覚が違うのだ。


「私たちももっと修練しましょう。レンくんに教わった霊力操作の訓練はすごいわね。私こそ「まだまだ」よ」

「それは私も思います。ではもう1本、お願いしますね」


 水琴は木刀を持って無手の葵に相対し、今度こそ葵の使う術の感覚をつかもうと気合を入れて打ちかかった。



 ◇ ◇



「中国武術か。確かに型はなんとなく似ているものもあるな。それに発勁ってもしかして僕の〈断穴フーガ〉や〈崩竜ア・ギ〉に近い打法なのかな。


 レンが水琴たちに見せたのは基本的な魔力を体術に混ぜた魔闘術の1つだ。

 一般的、とまでは行かないが高位のハンターや達人たちはそれらを使わないと魔物相手に無手で戦ったりしない。

 どちらにせよ武器を持つハンターも街中では武器を振り回すわけではない。武器が失われた時の為に体術も習得するのが基本だった。


 そしてレンのその前世の知識と経験、こちらの世界では魔力があり魔力使いが隠されてはいるが普通に存在することから、発勁というのは魔力と体術を組み合わせたものではないのかと思ったのだ。

 つまりレンの知る魔闘術である。

 葵の使う技法も似た物は知っている。ただ13歳の練度ではないレベルではあるが。


「流石に動画ではわからないなぁ。基本の型とかは動画でもあるけど。お、なんかこの太極拳はさっきみた動画とは毛色がかなり違うな」


 自室のパソコンで中国武術について調べて見るとかなり多くの流派に分かれていることがわかる。

 単純に八極拳と言っても強氏八極拳や李氏八極拳などとわかれていたりするし、太極拳も全く違う武術ではないかと思うような別れ方をしている。

 レンが今見ているのは陳氏太極拳の演舞だ。

 漣少年のイメージであるゆったりとした太極拳ではなく、実戦的で激しい動きが多い。八極拳や陳氏太極拳の型に〈崩竜ア・ギ〉などを乗せれば凶悪な威力を発揮するだろう。


「本当は集中した方がいいんだけど、こっちも勉強してみたいな」


 レンの悪い癖はわかっていても好奇心に駆られてつい様々な物に手を出してしまうということだ。

 常人より長い人生を歩めたことで相乗効果で高めることもできたが、本来は武術でも魔法でも魔術でも1つのことに集中したほうが上達速度も速い。


 守・破・離という言葉がある通りまずは基本の型をしっかりと身に付け、実戦に応用し、自身の技法として新たな境地に達するにはそれが早道だ。


「そう考えると葵はもう離の域に達している気がするな。天才はすごいなぁ」


 葵の師は老人で大東流合気柔術を基礎として学び、実戦派のいくつもの柔術を混ぜ合わせたことで自身の名を付けた看板を掲げていたらしいが、もうすでに葵の合気柔術は白宮流合気柔術と言って良い物に昇華しているように思える。

 ただ中国武術に関しては軽く調べてみたが本格的な道場は近所にはないようだ。

 軽く調べてみたが近隣ではおそらく道場拳法であろう道場しか検索にヒットしない。

 師事するならできれば達人に習うのが良い。本人の努力も当然重要だが、師のレベルの差は上達レベルに大きな差が出てくる。


「とりあえず保留、かな。発勁、実際に見てみたいなぁ」


 レンはそう思いながらウィンドウを閉じた。

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