022
「あ~。この呪剣は使い捨てなのかぁ」
「どうしたのですか、レン様」
「うん? あぁ、片平家から接収した呪剣を解析したんだ。最初に襲われた時に使われた奴だね。なかなか良い性能だったから改良すればもっと使えるかと思ったんだけど耐久性が非常に低いのがわかったのと、僕の知る術式や剣じゃないから改良の方法もわからない」
「なるほど。残念ながら私ではお役に立てそうにないです」
「あははっ、葵は色々役に立ってくれているから十分だよ」
レンが斬り付けられた呪剣。形状としては短刀で鞘に魔力を隠蔽する機能が付いていた。つまり抜くまではその魔力を感知することが難しいのだ。携帯性を重視したのか刃渡りは20cmほどしかない。
そして斬られると傷の治癒が難しく、血が止まらない。理由は単純で血と同時に治癒に使われる魔力も抜くような作用があるからだ。
魔力持ちの傷の治りが速いのはその魔力で〈自己治癒〉が勝手に働くからだ。その源泉である魔力を傷周辺から抜かせ、傷の治癒の阻害をしつつ相手の魔力を減らすことができるなかなか良い性能だ。
だがその呪いは鞘に入れていることで保たれているらしく、1度鞘から抜いてしまうと呪いの維持ができない。2,3回なら使えそうな感じだが2度目から効果が落ちるし4度は使えないレベルだ。
使い捨てに近いからか、十数本も在庫があった。
「コレを改良するくらいなら似たようなのを作った方が早いなぁ。こっちの金属は僕の知る世界の金属と微妙に性質が違うんだよね。冶金技術も優れているみたいだし。それは僕に取っては新しい知見も齎してくれるけど、同時に参考にはなっても改良や修復は難しいのが問題だね」
水琴の大蛇丸や脇差しも見せて貰ったが、霊剣は専門の鍛冶師が作る物らしい。更に霊剣や魔剣になるにはいくつかの条件があり、まずは霊鉄と呼ばれる霊力に馴染んだ鉄を使い玉鋼を作り、その玉鋼で霊力を持つ刀匠が刀を打つことだ。
しかし現代の最高の鍛冶師が打った刀でも大蛇丸と同等か多少の性能の差があるものしか作れないらしい。
ちなみに大蛇丸は業物ではあるが大業物などのより上位の霊剣は存在するし、神剣も存在する。
ではより上位の霊剣、魔剣などはどう作るのか。結論を言うと簡単に作ることはできない、だ。
鍛冶師が打った霊剣を神社や寺院に奉納し、霊力の高い場に百年単位の長い時間置き、長年祈祷などを行ってより強い霊力を宿らせたり、多くの妖魔を斬った剣がより強い剣となることもあるという。
前者を霊剣、後者を魔剣と呼ぶらしい。
有名な鬼切安綱や酒吞童子を斬ったとされる安綱銘の鬼切丸などは後者に当たる。
大蛇丸も元々はそれほどの名鍛冶師が打ったものではないが、大蛇の妖魔を斬り、蛇系の妖魔により効果が高いそうだ。
それであれば魔剣のように思えるが獅子神神社に所蔵され、長年祈祷もされているので霊刀とされている。
他にも神託によって打たれた剣はかなり特殊な剣となるらしいが、現代どころか歴史上最後に打たれた神託の剣は江戸時代の物らしい。ちなみにそれらも神託が降りてきて打たれた物なのかそれとも何か強力な妖魔を討つ為に神託を神官が乞うて神託を得た物かで神剣と霊剣と呼び方が分かれるらしい。
霊剣や魔剣、神剣などという呼び方は臨機応変というか、様々な事情も絡んでいるのだろう。
ちなみにレンは神剣以外をすべて魔剣と呼んでいるし、今回のように呪いの込もった剣は呪剣と呼んでいる。レンの中では大蛇丸も呪剣も魔剣の一種だ。
「まぁ呪剣はともかくいくつか魔剣や魔槍も手に入ったし同様の、しかも上位の効果を持つ魔剣なら一応持ってはいるからいいんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん、かなり凶悪な魔剣だよ。残念ながらまだ僕は認められてないから触ることすら許されないけどね」
レンの思い浮かべた魔剣は相手の魔力をごっそりと吸い取り、且つ呪いによって強力な浄化術でないと傷が塞がらないというかなり凶悪な効果を持った魔剣だ。斬れ味も鋭く、魔物を斬るよりも人を斬るのが好きだった。そして非常に気位が高い魔剣である。
こちらの霊剣や魔剣は人を選ぶということはほとんどないらしい。
実際大蛇丸も握らせて貰ったり抜いて振ってみたが全く問題はなかった。片平家から奪った魔剣の類も同じだ。だが残念ながらあまり良い物はなかった。数打ちのような低級の物ばかりで残念だ。
しかし上位の霊剣になると所有者を選ぶこともあるそうだ。
よく考えてみるとレンが武器庫に保管しているような魔剣はほとんどが上位の力を持っているものだ。思い返せば力の弱い魔剣ならそうそう所有者を選んだりしていない。
魔剣は所有者を選ぶもの、という意識はレンが上位の魔剣を収集するようになり、且つ長年そういうものだと思いこんでいた為だろう。
実際多少魔力の通りが良いだけの剣やちょっとした機能がついただけの魔剣は葵や水琴が使っても普通に効果を発揮するだろう。
試しては居ないがレンが粗雑に扱っている魔剣は気にせずに功績を上げたり気に入った騎士やハンターに下賜していた覚えがあるし、使えなかったという苦情が来たこともない。
「そういえば葵は短槍も使うんだっけ。ちょうど良さそうなのがあるからあげようか?」
「いいんですか!?」
「うん。いいよ。片平健二の郎党を襲撃した時に手伝って貰ったし。ご飯も最近は美味しくなっているしね」
「もうっ、言わないでください。でも……嬉しいです!」
葵は簡単な料理は作れたが味は普通より少し下手という感じだった。レン自体は野営料理ならともかく家には料理人が居たのできちんとした料理など知らない。
そして漣少年は外食や惣菜を利用していたのでレンの料理の技術は低いのだ。
そして水琴は料理も堪能だった。それを知った葵は水琴に料理を師事し、最近はかなり味が良くなっている。
レンは別に多少味が微妙な前の葵の料理でも作ってくれるのだから文句はなかったのだが、レンのために努力してくれるという姿勢は素直に嬉しい。
「ちょっと待っててね」
ちょうど良い短槍があるのを思い出して言ってみただけなのだが葵の反応は思っていたより劇的だった。
1.8mほどの短槍で魔力を込めると倍ほどまで長く伸びることができる。また、その伸びるスピードが速いので相手の意表を突くのでなかなか使い勝手が良いのだ。
斬れ味もよく、軽いのに柄も頑丈で石突から小さな魔力の刃を出すこともできる。
背の小さい葵でも振り回すことができるだろうし、所有者を選ぶようなこともない。
ついでに魔麻の繊維や霊樹の樹皮を使ったインナーアーマーや軽革鎧。レンの使っている隠密装備と竜鱗の小盾も送ろうと思った。
葵と生活を共にしてまだ1月ほどだが思っていた以上に尽くしてくれるし居心地が良い。
得意な分野ではなかった料理も頑張って覚えてくれているし、癒やしの力もあり合気柔術の腕も達人並だ。
レンが思っていたよりも葵は遥かに使える人材であり、更にそれとは関係なく気に入って来ていた。
「嬉しいです! 大事にしますね」
「いや、槍や盾よりも自分の身を大事にしてね?」
「……はい」
インナーや軽革鎧は調整が必要なのですぐには用意できないが、短槍と小盾、隠密用装備を葵に渡すと予想通り大げさに喜ばれた。特に隠密装備はレンとお揃いなのが嬉しいらしい。
だがなんとなく槍や盾、ローブなどを自分の身よりも大事にしそうなのでついおかしな注意をしてしまった。
だがその後の葵の反応からすると杞憂ではなかったようだ。
後日インナーアーマーや軽革鎧を送ったら再度注意しておこうとレンは心のメモに書いて置いた。
◇ ◇
『なんだって!? アレを奪えだって』
アーキルは隠れ家で本国の上層部から降された命令を聞いて額に手を当てて天を向いた。
なにせ部隊の数も戦力も減っているというのに、あの時邪魔をした水蛇の神霊を捕らえろと命令されたのだ。
つい最近までは邪魔をした存在は謎に包まれていたが、レンの存在は様々なところから漏れていた。
そしてついにアーキルたちも知ることができた。
年若い少年が組織が数年掛けた大掛かりな計画を、ただ単に生贄の少女を救う為にぶち壊したという現実を知った時は酒瓶を壁に投げつけてしまったほどだ。
しかし報復をしようとか、そういう気にはならなかった。
当時は計画をおじゃんにされたことで非常に怒りに燃えていたが、冷静になって考えれば計画通り生贄と奪った魔具を使って召喚が成功しても計画自体は失敗した可能性が高い。それほど召喚したあの黒蛇の力はアーキルたちの予想以上に強かったのだ。
そしてなんとか召喚した異教の古い神である黒蛇の神霊には魔術陣に刻まれていた〈従属〉の術式も効果がなかったし、拘束するための神具も力づくで振り切った。つまり元々の計画自体が邪魔が入らなくても失敗する可能性が高かったのだ。
その黒蛇を倒した水蛇を少ない戦力と準備や武器も足らない状態で捕らえろというのだ。
どう考えても無理だ。
アーキルは敬虔な信徒というわけではなく、どちらかというと生きる為に今の組織に所属している傭兵に近い。
部隊の部下たちの家族が本国に居るので裏切るのは難しいが、だからと言って死地に向かうのは違う。
『ボス、とりあえず命令を受諾したことにして、やってるふりだけでも良いんじゃないですかい?』
『あぁ、そうだな。俺もそう思っていたよ。資金や武器、魔具は横浜経由で送ってくれるらしい。一応計画は立ててみるが適当に手を抜いて失敗するとしよう。どちらにせよ失敗したからと言って俺たちを切れるほど組織も余裕がない。大体もう計画は失敗したんだ。神霊を従属させるという計画を捨てて別の計画でも立てればいいと思うんだが、上層部は随分と固執してるな。厄介なことだ』
アーキルの所属する組織は世間的には宗教系武装組織だ。
紛争の絶えない祖国でいくつも同様の組織が勃興し、そして争い吸収されたり滅ぼされたりする。そんな組織の1つだ。
一応国内では有力な組織の1つで金払いも悪くない。所属した当時は選択肢がなかった為に今も惰性で所属しているがアーキルやアーキルの部下たちは忠誠心などは持ち合わせていない。……そういうメンバーを集めたということもあるが。
ただ上層部の命令は絶対だ。反抗など許されない。アーキルは独り身だが部下たちには妻や子が組織に保護されているがそれは別の見方をすれば人質と同じことだ。
そしてアーキルたちが日本という極東の島国で異教の古い神を召喚し従属させようとしているのは理由がある。
それは組織が現在劣勢にあるということと、近隣国家の別組織が同様の術を行って成功したという例があるからだ。
流石に国内で行うことはできなかったし、欧州では教会の締め付けが厳しく難しい。
中央アジアは情勢がかなり不安定で計画の成功率が低い。アフリカは必要な量の魔具を集めることが難しい。
そこで目をつけたのが日本だった。
多くの呪具や魔具があり、且つ小さな面積に多数の勢力がひしめき合っている。
国際的にも治安が良い国で警察が突然発砲してくることもない。
いくつもの勢力が纏まっておらず、且つ外国系の犯罪組織がいくつも存在している。
日本でならば金とコネさえあれば呪具や生贄を集めることも難しくないと判断されたのだ。
そして実際に作戦はかなりの良い経過を迎えていた。
外注した組織が襲撃に失敗したりすることはあったが必要数の魔具は集まったし、別部隊がリストアップしていた生贄候補のうち何人も誘拐に成功した。
実際水琴たちの誘拐は儀式の最後の手順であり、それまでにも数人の生贄を攫い、儀式の前準備に使ったが日本の政府機関や神社や寺院という勢力に踏み込まれる前に儀式を終える寸前まで行ったのだ。
『ふむ、発想を変えてみるか。水蛇の神霊を従属させることを第一に考えるんじゃなく、あの邪魔をした術者を狙おう。水蛇を出されたら捕らえる振りをしながら退却する。水蛇を出されなくうまく行けば術者が死んだ神霊が暴れるが日本で暴れる分には俺たちには関係がない。送られてきた捕獲用の魔具を使ってみて従属できれば良いし、できなければ撤退だ』
『いい考えですね。あいつらの敵も討てる』
部下のいうあいつら、同僚たちは水蛇に倒された者はほとんどいないのだがアーキルはそこは指摘しなかった。
ハクたちに倒された者たちはアーキルの部隊とは違う部隊で交流はあったが情はない。
彼らは老人たちと同じ狂信者に近い者たちだったので殉教できて幸せだったろうと思う。
『そうだな。だが無理はしない。そういう方向性で行こう。上層部も頭が沸いてるんじゃないか?』
『あいつらの頭は元々沸いてますよ。今更です』
『ははっ、そうだな。とりあえずターゲットの情報をもっと集めよう。呪具や装備、金も目一杯要求してやろう。そういえばあの時離散した老害たちはどこに行ったんだ? 流石に全滅したということはないだろう。地上では護衛たちや別の部隊も何人か生き残っているのを見てるぞ』
『それは俺も知りませんぜ。この拠点以外に集まってるんじゃないですかい?』
『そうかな。だがまぁうるさい奴らが居ないのはいいことだ。日本は飯も酒もうまいしいいところだしな。気にしないことにするか』
アーキルはそう言い、レンについて調べ、且つ今回の作戦が失敗した後のことも考えることにした。
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