021.健二戦

 レンは葵と共に片平健二たちの拠点を襲撃した。

 場所は斑目久道が残してくれていた情報に載っていたし、闇撫を派遣してみると20人以上の人員が多くの物資や武器と共に集まっていた。

 そして彼らが酒盛りをし、寝静まった時に〈熟眠〉の魔法を使い、連れて来られた商売女以外をすべて〈白牢〉に放り込み、物資や武器を奪ったのだ。

 おかげで何台かの車やバイク、魔力の込もった武器なども手に入れることができた。

 片平健二の側近として動いていた者たちも居たので彼らを特定して捕縛するのは簡単だった。

 麻薬の類は燃やしてしまったが、現金や術具なども手に入ったのでレンとしてはホクホクだ。

 やはり盗賊退治は儲かる商売だと思った。

 健二たちが行っていたことはいつの時代でも悪事として認識されるレベルのことだ。悪者が成敗され、彼らの財産は盗賊を退治した者の所有物となる。

 日本の法律ではそうならないかも知れないが、レンはレンの常識としてそう認識しているし、わざわざ彼らを司法に引き渡す気もなかった。


 そして片平健二だが情報ではなかなかの武闘派らしい。最初の襲撃の時は後衛に徹していてあまり彼の戦いを知ることはできなかった。

 だが炎術を操り、武道にも精通しているという。

 武器が山刀というのはどうかと思うが逆に山賊っぽさが出ていて似合うと思った。

 山刀は刀より厚く幅広だ。調べてみたがなかなかの業物で頑丈さも攻撃力も高い。

 拳銃は普通の拳銃だったが他にもいくつもの武器を用意していたようなのでレンは健二と戦ってみることにした。


 即死さえしなければ回復する手段はあるし、カルラやハクなどがこっそりと隠れ潜み、本気で危険なことになれば助けてくれる算段になっている。

 レンに取って危険はあるが死の危険はない。こちらの世界での術を使う術士との実戦を経験できる貴重な機会なのだ。


 実際今までの戦いは戦いとは言えなかった。

 獅子神家では空中から〈闇の茨〉を使い拘束しただけであるし、川崎での戦いはカルラの助力が大きかった。

 黒ローブたちも捕まえたが不意打ちを行っただけで正面から戦ったことはない。


 先日の襲撃では実戦だったが、相手の魔力こそ今のレンと比べれば高かったが練度や実戦経験が足らないと感じた。

 レンの動きは彼らより遅く、弱い。しかし彼らがどのように動くのかレンは長年戦い鍛え上げた洞察力で読むことができた。

 それなりに訓練された動きで戦術もできあがっていたが、だからこそ逆にレンは過去の経験から彼らの動きを読み、先を取って襲撃を跳ね返すことができたのだ。



 ◇ ◇



「その判断、後悔させてやるぜ」


 健二が山刀を八相に構えながら突進してくる。

 足に魔力が込もっているのを感知することができる。実際その瞬間健二の動きは遥かに速くなり、20mはあった間合いはすでに無くなっている。


(水琴の〈縮地〉よりは遅いけれど、速いな)


 袈裟に振られる山刀を新しくレンを認めてくれた魔槍〈雷閃シルヴァ〉で受け流し、後方に〈空歩〉で間合いを取る。

 銃でも使うのかと思ったが10を超える〈火炎弾〉がレンに迫る。

 シルヴァに魔力を込めて払うと〈火炎弾〉と同時に着弾するように速い〈炎槍砲〉が見えた。


「くっ、〈障壁〉っ」


 斜めに〈障壁〉を張り、〈炎槍砲〉を流すが風術で数百度になっているレンの周囲の空気をレンに向かって押し込んでくる。


(やるな)


 レンは少し健二をナメていたことを認めた。

 見た目がチンピラにしか見えないというのもある。また、前回の戦いでは確かに要所で銃を使ってレンを追い詰めていたが実際の戦闘力を低く見積もっていた。

 だが実際に刀をあわせて見ればどうだ。

 山刀の一撃は水琴の斬撃に匹敵する速さと、上回る重さを持ち、術の使い方も理に適っている。

 レンと言う敵を倒すために振るわれた健二の攻撃はレンの想像を超えていた。


 半球の結界を張り、熱風を逸らすが横一文字に振られた山刀の斬撃が飛んできて結界が切り裂かれる。

 レンは更に後方に飛ぶと健二の肩の入れ墨から炎の蜂が数十も現れ、様々な軌道と速度で空中のレンに迫ってくる。

 健二はいくつかの印を結び、「ハッ」と何か術を発する。

 するとレンの後方の地面にマグマが現れた。

 炎蜂の群れをどうにかしてもレンが着地する予定地点に罠を仕掛けてきたのだ。


「シルヴァ」


 レンがシルヴァを振ると炎蜂の群れが一掃される。

 そして空中を蹴り、後方宙返りをして地面に現れた直径10mほどの罠を避ける。


(遠距離戦も得意なのか)


 レンが着地すると同時に再度〈炎槍砲〉が着弾し、レンは竜鱗の盾でそれを防ぐ。チュインチュインと〈炎槍砲〉を弾いた盾に銃弾が当たる。

 〈炎槍砲〉の魔力に隠れて銃を撃つ姿すら確認できなかった。急所ではなく足など盾に守られていない場所を狙われていたら危なかったかも知れない。


「確かに僕はお前をナメていたみたいだ。これほどできるとは思っても居なかったよ」

「こっちこそ意外だぜ。これほど動けるとはな。得意の式神には頼らないのか? 式神だけでなくその槍も奪ってやるぜ」


 レンは守勢ではなく攻勢に出ることにした。

 宙を蹴り健二の攻撃を捌きながら間合いを詰める。

 レンの拙い〈縮地〉など健二には通用しないだろう。だがレンが今持っているのはレンが過去愛用していた雷閃シルヴァだ。


「〈氷獄現界ウル・ギ・アルス〉」


 レンと健二の間合いが元の20mほどに戻った時にレンは今まで練っていた魔法を放つ。

 この魔法はレンが過去使っていた魔法ではない。

 こっちの世界に来て、こちらの物理法則や科学を勉強し、改良した魔法だ。

 レンの知る氷の世界というのは推定だがマイナス40度からマイナス60度程度だった。

 実際にレンが現在使える魔法でできた空間の温度を測ったらそのくらいだったのだ。

 例えより上位の魔法を放っても範囲や効果時間が変わったり氷の槍や華を咲かせたりするだけで温度自体はそうそう変わらない。


 だがレンはこちらの世界で絶対零度という概念を知った。

 温度は分子の運動エネルギーと密接に関連しており、氷を生み出す魔法よりは〈停滞〉系の魔法を組み合わせた方がより低い温度を実現できるのだ。

 そうして作った魔法が〈氷獄現界〉だ。まだレンの魔力が少ない為に範囲や温度はレンの理想通りではない。だがマイナス100度を超え、健二を中心に半径50mほどの氷の世界が現れた。

 耐えようと炎を纏った健二の体や装備が凍っていく。

 当然範囲内のレンの体も寒さに震えるがレンはこの事態を予想して耐寒装備をインナーに仕込んでいる。


「雷槍一式、〈蒼雷〉」


 そして氷付き掛けた健二の心臓を、シルヴァの力を借りて使った槍術で、蒼い雷を纏ったレンの槍が貫き、健二は何も言わずに砕け散った。

 蒼い雷を纏ったレンの動きは光の速さ……とまでは行かないが健二や水琴が使う〈縮地〉などよりも遥かに速い速度を実現させる。

 健二は蒼い光が走ったとしか認識できずに心臓を貫かれたのだ。


「ふぅ。ありがとう。シルヴァ」


 レンはレンに力を貸してくれたシルヴァに礼を言う。

 炎術を使う健二相手ならばフルーレの方が相性が良いだろう。実際彼女を使えば〈氷獄現界〉もより効果が高く、素早く発動することができる。

 だがレンが武器庫に行った時にシルヴァが自分を使えと主張したのだ。

 それはシルヴァが今のレンを主と認めてくれたことでもある。

 フルーレもシルヴァもまだその実力の1割も引き出せないが、レンの力になってくれている。それは非常にレンに取って嬉しかった。


「レン様。お疲れ様でした」

「うん、ありがとう」


 レンも無傷ではない。致命的な傷は受けなかったが熱風やいくつかの炎蜂の特攻を体で受けてしまった。

 鎧や特殊な繊維で作った防御力の高いインナーを付けているが幾箇所も火傷を負ってしまっている。

 回復薬を飲めばすぐ回復する程度の傷だが葵がレンにタオルと水を渡した後癒やしの術を使ってくれているので甘えることにした。



 ◇ ◇



「ふふふっ、まさかココまでするとはの」

「笑い事ではありません。信光様」


 鷺内の咎めも気にせずに鷺ノ宮信光は笑った。

 それはレンが行った片平家に対して行った所業の報告書だ。

 レンが片平健二に襲撃されたのは知っていた。そしてその襲撃を撃退し、健二は更に人員と武器を集めて再度襲撃計画を練っていた。

 しかしそこにレンは先を取って押し入り、彼らを無力化した。


 レンと健二がどのように争ったのかは信光に届いた報告書にはない。

 だが健二の姿は次の日にはなくなり、健二の兄、叔父、父や従兄弟など片平家の悪事の主要メンバーは次の日には片平家の奥の間に首だけになって並べられていた。

 逆に片平家の悪事にあまり関わっていない者や幼い子供たちなどは何もされていない。

 そして口座にあった金銭などはそのままであるが片平家に秘蔵されていた現金や金塊、骨董品や霊具、武具などが失われ、片平家が手足として使っていた犯罪組織が襲われ、同様に首領の首だけがその場に残され、武器や金銭などは消え去っていた。


「カカッ、どのようにやったのかはわからぬ。諜報員も後から知ったくらいだからの。だが玖条少年はその力を示した。水蛇が現れたという報告はない。片平家の使用人たちは主人たちが死んだことすら次の日の朝に首を発見するまで気付かなかったらしい。これは威嚇であろう。玖条少年に手を出せばきっちりと報復する。そういう意思が感じられる。だがその方法は当家の諜報員にすら知られずに事を行っている。ほんの数ヶ月前に力に目覚めたとは思えぬほどの狡猾さよ。これが笑わずに居られるか?」


 信光が再度笑うと鷺内は苦い表情を浮かべた。


「しかし信孝様や幾人かはこの報告書を見れば玖条少年を危険だという意見が増えるでしょう」

「良いではないか。多様な意見はあって良い。だが手を出すことは当主である儂が許さぬ。確かにやり方は苛烈ではあるが片平家は癌のようなものだ。悪事を行っていた者たちを成敗し、金銭や武器などを奪う。やったのはそれだけのことよ。しかも先に手を出したのは片平家よ。玖条少年に接触したらしい斑目家とは特に問題は起きておらぬ。如月家や獅子神家とも関わっておらぬ。助けた少女とは仲良くしておるようだがの」

「確かにそうですが」


(しかしやはりあの時の勘は間違っておらなかったの。あの少年は水蛇の神霊だけでなく何か他の力を秘めておる。感じられた霊力は小さかったが隠蔽していたのか? じゃがあれほど小さく抑えることある程度以上霊力を持っていればほぼ不可能じゃ。ふむ、どうやって片平家を片付けたのか聞いてみたいがその機会はなかろう。それが残念じゃ)


 信光はレンの動向に対して諜報員を派遣していたし如月家も見張っている。

 今回のレンの苛烈な報復で状況を見守っていたいくつかの家は何かしらのアクションを示すだろう。

 だがレンに対して暴力で言うことを聞かせようとしたり片平健二のように急に襲いかかるような輩は確実に減るはずだ。

 信光は元々どこかのバカが暴発して同様の事件が起こると踏んでいた。

 そしてそのバカである片平健二が地雷を踏み、そして予想以上の爆発をした。それだけだ。


(相手が悪人でなかった場合はどうするのかの。今回は相手が片平家だったから苛烈に報復をしたと見ることもできる。実際玖条少年を見張っているだけの者たちには何もしている様子はない。だが如月家や水無月家、藤森家などは何かしら企んで居るようじゃ。しばらくは楽しめそうじゃな)


 信光は給仕が淹れた茶を飲み、再度報告書を楽しそうに読み直した。



 ◇ ◇


「聞いたわよ。結構派手にやったみたいね」

「ん、何のこと?」


 〈箱庭〉の中で水琴はレンと手合わせをしていた。最初は無手で。次に剣と槍を。

 レンは体が小さいので剣は木剣ならともかく刃引きの模擬刀なら小太刀を使っているし槍も2mほどの槍だ。刃はついていないので槍というよりは杖や棍に近い。

 そしてその手合わせが終わった後、水琴はレンに先日の片平家の話題を向けてみた。


「片平家のことよ。麻耶さんが教えてくれたわ。ただ片平家は新潟ではかなり悪評の高い家だったみたいだし、結果としていくつもの犯罪組織が潰れたから良いことなんだけど、って苦い顔をして言っていたわ」

「コンビニに行った帰りに急に通り魔みたいに襲われたんだよ。そして撃退したら人員を集めて更に襲撃計画を練ってた。それに詳しく調べてみると片平健二の独断ではなく片平家の上層部からの命令だったんだ。つまり片平家はすべて僕の敵になったんだ。悪人だったから情けを掛ける必要もなかったしね。僕に敵対したらこうなるっていい例になって貰ったと思ってるよ」

「全く、話を聞いた時は卒倒しそうになったわ。今どきあんな大事件そうそうないわよ。ニュースでも怪事件として報道されまくってるわ。もちろん真相は闇の中、だけどね」


 水琴はレンがあっけらかんと言うのをみながら嘆息する。

 実際レンの反撃は苛烈で過剰だったかも知れない。だが実際レンの言う通りレンに敵対すれば大きな危険があると主張するという目的は果たされている。

 水琴はレンが異世界の大魔導士であったことを知っているし、獅子神家の存亡の危機を救って貰った件でレンの実力の一端を知っている。

 更にカルラだけでなく〈箱庭〉やその戦力、ハク、ライカ、エンなどの存在も知っている。クローシュがレンの元に居るのも水琴たち以外は知らない情報だろう。表向きクローシュはレンが操るカルラが討滅したということになっているのだ。

 片平家程度レンに取っては散歩するように蹴散らせるだろう。

 ただそれは他の者たちは知らないことだ。

 だからこそレンはその力の一端を外に向け発信したのだ。


「もっと穏当な方法はなかったの?」

「ある筋から片平家の悪事について教えて貰ってね、少なくとも僕の知る世界では彼らの行っていた事は一族郎党族滅だよ。ここは日本だし悪事に関わってない幼い子や反対していたらしい人たちや関係ない使用人は残しただけ十分温情だと思うけどね」

「そうね。レンくんはそういう世界に生きていたのよね」


 レンの前に居た世界については稀に聞くこともある。葵はより聞いているらしく、葵経由で知ることもある。

 中世とまではいかないが中世と近世の間くらいの文化レベルであり、だが民主主義などは大陸のどこにもないと言う。

 それはレンの言う魔力持ちが世界を支配する支配者層だからだ。

 魔力を持たない者は支配者になれない。当然選挙などのように選ぶこともできない。平民からも稀に魔力の高い者が生まれ、騎士になったり爵位を得ることもあるらしいがそのくらいだ。

 だが日本も名を残した英雄や戦国時代の大名の多くは歴史書に残っては居ないが霊力を使う者だった。

 僧侶や神官も霊力を使ってその権勢を誇っていた時代があった。


 そして大きな違いが魔物の存在だ。

 レンの居た世界では魔物はすべて受肉し、危険な隣人として常に存在している。

 だが地球では妖魔のほとんどは別次元に居る存在だ。受肉した強力な妖魔や悪魔と呼ばれる存在のほとんどは異次元に隠れたか過去に封印、討滅されてしまっている。

 だからこそ人間は天敵のいない地上で支配者として謳歌することができている。

 次元の狭間から漏れ出る妖魔は水琴たちが裏で処理している。


 それに現代では強力な兵器がある。

 霊力使いたちは確かに個人としては非常に強い。スポーツの世界や武道の公式な試合には基本出ることもない。なぜなら霊力を使えない人間とは隔絶した実力の違いがあるからだ。

 しかしだからと言ってミサイルや原爆などに耐えられるわけではない。

 爆弾やロケットランチャーくらいならば水琴でもなんとかなるだろうがミサイルや機関銃で絶え間なく攻撃されれば普通に死ぬだろう。狙撃銃などの音速を超える攻撃も気付かなければ傷を受けてしまう。急所に当たれば死ぬ可能性もある。対人地雷クレイモアなども脅威だ。

 レンの世界と地球の事情は様々な部分で違うのだ。


「それに今回のことで手を出してくるバカは減ると思うから、予定通りだよ。片平家は結構酷い家だったから容赦なくやれたけど、最初に手を出して来た奴にはちょっと強めに反撃するのは最初から決めてたんだ」

「麻耶さんは如月家の上層部を止めるのに大変だったらしいわよ。でもその判断は正解だったって言ってたわ。まぁ如月家の縄張りの近辺でカルラちゃんが降臨したら大変な騒ぎになるものね」


 クローシュの時は周囲に張っていた術士たちが結界を張ったので問題にはならなかったが、クローシュレベルの妖魔が現れれば妖魔や霊を視る力が弱い一般人でも視えてしまう。

 如月家は自分たちの縄張りでカルラと敵対する気概はないだろう。実際にレンが何か悪事を成したとか言うわけでも何でもないのだ。

 しかも今回のことで更に尻込みするだろう。相当の準備と戦力を用意しないとレンには手を出すのは難しいと察知したはずだ。

 だが自分たちの縄張りにレンという異物が居ることを認めない如月家の者は一定数存在するだろうなと水琴は思う。

 獅子神家は如月家経由でレンの存在を知ったが、水琴が救われたことを知っているので友好的な関係を築こうとしていることだけが救いだと水琴は思っていた。

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