020
「それで、ご用件は?」
レンは久道と鳥居と名乗った2人の男と近くのファミレスに来ていた。
斑目久道は私服だがセミフォーマルな格好をしている。見た目だけなら青年実業家と言われてもおかしくはない風貌だ。
逆に鳥居と名乗った忍者の1人はどこに居ても目立たない風体だ。
流石に顔立ちまでは変えていないだろうが職業病なのだろう。どこの街に行っても目立ちそうにない。
レンと鳥居が邂逅して3日だ。それでまさか鳥居が主と呼ぶ久道がやってくるとはレンも全く思っていなかった。
そして斑目家と言う家も知らない。一応葵や水琴に聞いてみたが水琴は名前は知っていて山梨県にある家だというくらいの情報しか出てこなかった。
流石に他家のことを獅子神家内で水琴に調べて貰うのは難しい。文献を漁るのならともかく急に水琴が斑目家に興味を持ったらかなり怪しいだろう。
(案外ファミレスのコーヒーも美味しいな)
「まずは自己紹介をしよう。斑目久道という。斑目家の当主は父がしているが今は別件で動けない。長男である私が鳥居たち忍者の扱いも任されている。玖条くんは斑目家についておそらくほとんど情報がないだろうから軽く説明させて貰おう。良いかな」
レンがそんなことを考えていたら久道が口を開き、斑目家について説明してくれる。
斑目家は室町中期までは小さな陰陽師の家だった。甲斐の国に拠点を構え、怨霊や妖魔を退治し、卜占などで生計を立てていたがそこに大きな脅威がせまった。
時は1525年。時代としては応仁の乱の混乱がまだまだ残っていた時代だ。まだ室町幕府の権勢はギリギリ保っており、戦国時代と言うにはまだ少し早い時代だ。
甲斐の国を治めるのは争乱を治め、守護として復権した甲斐源氏の武田家。有名な武田信玄の祖父の時代。荒れる甲斐の国もようやく落ち着いた頃だったと言う。
始まりは甲斐の国ではなく越後の国だった。日本海を渡ったのか大水鬼と後に呼ばれる妖魔が越後の国に上陸し、暴れ回った。
越後の国で討伐に失敗すると大水鬼は信州でまた暴れまわり、ついには甲斐の国にやってきた。
京にある幕府や朝廷は頼れない。信州や越後、そして相模や武蔵の寺院や神社、武家などが武田家を中心に甲斐の国で暴れる大水鬼と決戦を行った。
水行の魔物だと思われていた大水鬼との決戦では大きな被害を出したが大水鬼を山梨県北東部の山奥に封印することができた。
そしてそこで功を成した後日、斑目家という名を与えられた先祖たちが、その封印を守る役目を負ったのだ。そして甲斐武田家の家臣として禄を得ながら封印を守り続けていたと言う。
「そして大水鬼の封印は今も存在する」
ハンバーグセットを食べながら話を聞いていたレンは、大水鬼はどんな妖魔なのだろうと想像を巡らせていた。
当時の記録では巨大なサンショウウオのような見た目の妖魔だったらしい。しかし黒く濁った水のような肌をしており、神官や僧侶の術の効果がかなり減じてしまった上に常に瘴気を纏い、口からは瘴気のブレスを吐き、近接武器を使う者たちは近づくこともできなかったのだと言う。
実際封印できた後も大水鬼が残した瘴気は数十年も甲信越に凶作をもたらし、大きな被害が出たという。
「それと僕に何の関係が? それと封印を解いて再度討伐しようという話はなかったのですか?」
「1つ目の質問は簡単だ。玖条くんの力が水行に関連する妖魔を調伏するのに有効ではないかと考えたからだ。2つ目の疑問については実は1回封印を解いて討伐しようとしたことがある」
時代は代わり、室町、戦国時代が終わり江戸時代に入る。戦国時代に甲斐武田家は織田家に滅ぼされたが斑目家は残った。また、織田家、豊臣家、徳川家の治世になってもその役目はそのまま続けるようにと言われ、続いていたのだと言う。
江戸幕府の治世が安定していた時代。甲斐の国は甲府藩になり、その後幕府直轄地となった。
そんな時代に斑目家は1人の寵児を得た。名を久政と言う。
久政は5才の頃には当時の当主に匹敵する霊力を持ち、齢10歳にして斑目家の秘伝をすべて操り、元服する頃には新たな術も作るほどの天才であった。
斑目家が管理する封印はただ見張っていれば良いというわけではない。
10年から20年に1度は儀式を行ってしっかりと封印をし直さなければならない。そのために必要な人員や儀式を行う為に様々な霊具が必要になる。
久政は自身の代で大水鬼の封印の管理という役目から斑目家を解き放ちたいと考えた。
そして幕府に訴え、過去大水鬼で被害を受けた武家や神社、寺院などを巻き込み、大水鬼を封印した時以上の戦力をしっかりと準備して封印を解き放ち、討伐に乗り出したのだという。
だが結果を見ればその討伐は失敗だった。久政の編み出した術式は確かに効果を発揮し、戦況は優勢であった。しかし大水鬼は伝承に残る力以外の力を発揮し、久政は戦死し、斑目家以外にも多くの被害が出た。
結局討伐作戦は失敗し、再度封印することになってしまったのだ。
「だがもう時代も時代だ。私たち斑目家を担う者たちはどうにか大水鬼をどうにかできないかと様々な方策を考えた。だが現代まで封印はそのままで未だ斑目家は封印に縛られている。そんな折に神霊と呼ばれるほどの式神を操る少年の話を聞いた。しかも水行、もしくは水属性の神霊だと言う。ならばその少年、玖条くんは水属性の妖魔に強力な効果を発揮するか調伏する手段を持っているのではないかと考えたのだ」
「ふむ、その大水鬼というのは興味がありますが残念ながら斑目さんの求めるような力は僕にはありません。というか、僕は僕がどのような力を持っているのか正直まだ把握もしていません。ほんの数ヶ月前にフィクションでしかないと思っていた力に目覚め、妖魔の存在も最近知りました。正直その大水鬼にどれだけ効果があるかどうか全く想像もできません」
「そうだな。だがそれは今の話だ。川崎に現れた凶悪な神霊を調伏したという少年が出たと聞いたので興味を持ち、調べている段階だ。斑目家に所属する必要はない。斑目家の術式を教え、後ろ盾となろう。そして玖条くんの力が大水鬼に効果があるのであれば父と私が斑目家の中心にいる時代に役目から解き放たれることができる。すぐに封印をどうにかしたいという話ではない。考えては貰えないだろうか」
「なるほど?」
久道の意見はわかりやすいものだった。レンを取り込みたいわけではない。だが父親か自分の代で封印をどうにかしたい。現代の兵器や術士を集め、再度討伐隊を結成したい。そういう願いがあるのだと言う。そしてその札の1つとしてレンを当てにできないかと考えたのだ。
「玖条くんにも都合や考えというのがあるだろう。こちらはできるかぎりのバックアップと資金や武器などの支給も行おう。人員や術、霊力の扱いなどの教師も派遣する用意がある。今すぐという話ではない。次の封印の儀式は3年後だ。できるだけ早く返事は欲しいがとりあえず今は考えてくれるだけで良い。良い返事を期待しているよ」
久道はそう言い、レシートを手にレジの方へ向かった。
用件は終わったということだろう。レンはドリンクバーで最後にコーヒーを一杯飲んでからファミレスを後にした。
久道が残した封筒を持って。
◇ ◇
「片平健二か。酷いな」
「なぁに、それ」
「ん、先日僕を襲ってきた金髪の情報。今日訪ねて来た斑目家の人が置いていった封筒に入ってた」
封筒の中には1回目の大水鬼との戦いの伝承。そして2回目の久政が主導で行った戦いの文献。そして最後に片平家と片平健二の情報が入っていた。
大水鬼の情報もさらっと見たがかなり厄介な属性らしい。防御力が高く、動きはそれほど速くなく攻撃力も高くないが汚染力が高い。そして大食いで2回の戦いでの被害も甚大なものだ。
そちらも気になるが目の前の脅威としては片平健二の方が上だ。
なにせ街中で問答無用で襲いかかってくるような狂人だ。
片平家の本家は寺院に仕える家の1つらしい。
だが健二の祖父の時代、ちょうど日本が戦後の混乱から高度経済成長に入った時代だ。健二の祖父は片平家の家督を継げず、出奔した。
そして混乱期と経済成長期に裏の世界に身を投じたらしい。
分家と言えば分家だがすでに断絶していて、片平家の本家は福島県にあるが健二の居る片平家は新潟県を拠点にしているらしい。
日本海を使って朝鮮や中国、ロシアなどと交易を行いつつ麻薬や人身売買、拉致や誘拐など様々な悪事に手を出しているという。
「どこにでもこんな奴らはいるもんだな」
「どういう意味?」
「魔力という強い力を悪いことに使うやつらは世界が違ってもいるってことさ」
「そんなの私たちを誘拐したやつらも同じ。どの時代でも、どの国でも居るとおもう」
「そうだな。獅子神家を襲ったのも犯罪組織だったし白宮家も襲撃を受けたんだもんな」
「そう。絶滅しちゃえばいいのに」
「きっとそう思ってる人はたくさんいるよ」
葵の強い言葉にレンは苦笑しながら善良な為政者は皆同じことを考えているだろうと思った。しかしレンの知る限りそういう存在が根絶されることはない。
世界的にも治安が良いという日本でもこの有様なのだ。治安の悪い国や情勢が不安定な国はもっと酷いことになっていることは想像に難くない。
「まぁとりあえず彼らには報いを受けさせてあげないとね」
「手伝う?」
「ん~。あんまり汚れ仕事は葵にはさせたくないんだよなぁ」
「でもレン様を襲った。レン様の敵は私の敵」
「じゃぁ少しだけ手を貸して貰おうかな。幸い、なのかどうかわからないけど片平健二は再度僕を襲うために拠点に戦力や武器を集めてるみたいだから全部貰っちゃおう」
「うんっ!」
思っていた以上に葵から強い返事が返ってきてレンはまた苦笑した。
◇ ◇
「なんだ、何が起こっている!」
片平健二は見知らぬ場所で捕まっていた。ほとんど光はなく、周囲の状況もよくわからない。気がついたらこの状態だったのだ。
周囲に人はおらず、腕や足は荒縄で縛られている。服も剥ぎ取られ、パンツ1枚だ。当然武器などはすべて無くなっている。
「ようやく起きたか。ずいぶんとお寝坊さんなんだな。そんな格好でイキってても滑稽なだけだぜ?」
そこに光と共に急に少年が現れた。先日襲撃をした玖条漣だ。
「てめぇっ」
健二はレンを再度襲撃するために人員と武器などを集めていた。
今度は確実に従えているという式神を奪うために。そして翌日には襲撃を行うと決め、前祝いを行っていたのが最後の記憶だ。
健二の周囲には誰もおらず、腕と足を縛っている荒縄は壁か天井に固定されていて動けない。
不思議なことに霊力が練れず、荒縄を千切ることもできなかった。
「まぁいいさ。お前はちょっと実験に付き合って貰うことにした。お前が集めた戦力はもう無力化したし集めた武器も接収させて貰った。呼ばれただけの女たちは帰したけどね。さぁ、出てこいよ」
レンがそう言うと荒縄がパチンと切れる。
縛られていた腕や足は痺れていたがぐっと霊力を込めると〈自己治癒〉が発動して痺れが取れる。
レンが去ったドアを出ると健二が着ていた服や装備が纏めて置いてあった。
だが気になったのはそれではない。今健二がいる場所だ。
地面は白い石畳のようなタイルが敷き詰められている。壁や天井はアイボリーの真四角の部屋だ。ただその部屋の大きさは天井の高さは20mを超え、1辺は100mほどありそうな広さの場所だった。
そして健二がでてきたドアはすでに消え去っており、出口はどこにも存在するように見えない。
「なんだココは」
「処刑場だよ。ついでに僕の戦闘訓練に付き合って貰おうと思ってね」
レンはサラッとそう言った。
健二を殺したいだけなら健二が気を失って居た時に行えば良い。いくらでも殺すチャンスはあったはずだ。
だがそうはなっていない。健二の装備も用意されている。
つまり目の前のクソガキは健二とタイマンを張ろうとしているのだ。
「てめぇ、ナメてんのか」
「いや、そうでもないよ。僕の予定にない場所で用意された人員で襲われたら面倒だし前みたいに怪我を負うかもしれないからね。だからちゃんと勝てる準備をしてこの場所に君を連れてきた。ナメてるのなら君たちの動きを知っているのだから対策して襲撃を返り討ちにしているよ。残念ながらあの街は他の組織の密偵も多いからね、見せたくない手札を披露する気もないしね。ここなら邪魔者にも見られたくないことも見せないで戦える」
「くっ」
レンは健二の襲撃計画を事前に察知し、そして正面から襲われると面倒だと言い放った。しかし健二とのタイマンなら自分に分があると確信しているような態度だ。
それが健二の「ナメている」態度だとは全く思っていない様子だった。
健二は服や装備を身に着け、愛用の山刀も銃にも細工がないことを確認し、本当にレンが自分とタイマンを、レンの言う戦闘訓練を行うというのが本気だと知った。
「その判断、後悔させてやるぜ」
健二は山刀を構えるとパチリと蒼い光を放つ短槍を持つレンに向かって走り出した。
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