019
「くっ」
7月の上旬のことだった。
レンは近所のコンビニに買い物に出た。そして帰り道、曲がり角を曲がった時にすれ違い様に斬り付けられた。
(油断した。呪剣の類か?)
斬られたのは右腕の上腕部だが血が止まらない。且つそこから魔力が漏れているのがわかる。
レンを斬った相手はすでにいなかった。そして結界が張られたことを感知する。
「よぉ」
目の前にいるのは身長も高く、体格も良い金髪の男だった。20代後半くらいだろうか。タンクトップにハーフパンツにスニーカー。肩には入れ墨が見えている。耳にはいくつもピアスがついている。
しかしただのチンピラではない。魔力持ちだ。つまりこれは襲撃だった。
「どちらさまで」
「お前が玖条漣だよな。おかしな式神を持ってるんだって? よこせよ」
はぁ、と心の中でため息を吐いた。街中で奇襲をされたのも油断だ。
まさかすれ違い様に斬り付けられるとは思ってもおらず、避けきれなかった。
しかもこれはおそらく殺傷目的ではなく、傷をつけることを目的とした呪剣だ。血も魔力の流出も止まらない。
〈収納〉から魔法薬を取り出せばすぐになんとかできると思うが〈収納〉を見せたくなかった。
(4、いや、5人かな)
金髪の男は見下ろすように10mほど離れた場所でニヤニヤと笑っている。
人払いの結界がされているので通りを通る人も車も来ない。来るとすれば異常を察知した如月家か獅子神家などの近隣の勢力だろう。
「言っている意味がわからないな」
レンは右腕を左手で抑えながら金髪に答える。
周囲には4人の気配を消した者たちの存在を感知している。
「そうか。じゃぁ力づくでいくか」
そう金髪が言った瞬間、金髪は向かってくるのではなく下がった。
同時に4方から隠れていた男たちが武器を手に同時に攻撃してくる。
隠れていた男たちも街で見つけたら単なるチンピラにしか見えなかっただろう。だが、魔力を持ち、武器を使った攻撃の意思を見せている。
(左っ)
レンは左後方から迫る男に敢えて突貫した。同時の攻撃など受けることはない、突き出されるナイフを避け、肘を脇腹に突き刺す。
バン
瞬間、頭のあったところに銃弾が通る。
金髪の男が狙撃してきたのだ。手には拳銃があったが、魔力がないので逆に感知しづらい。横目で金髪の動きを見ていたから避けられただけだった。
(面倒くさいな)
残った3人も連携して襲ってくる。そしてその隙間を狙って金髪が銃を放つ。
銃弾を避け、眼の前の男の顎に肘を当てる。気を失った男の体を金髪側に向け後ろ回し蹴りを短槍を突き出して来た男の頭にお見舞いする。
最後の1人はレンが銃弾を避けている間に何か術を唱え、足元から石槍が突き出してくる。
レンは飛び上がって避け、即座に足元に障壁を張ってそれを蹴り、胴体を狙ってきた銃弾を避ける。
「くっ」
しかし避けた先に炎弾がいくつも殺到する。金髪が放ったのだ。
レンは背中に隠していたようにレンが自作した銃に似せた武器を痛む右手で使う。
音も出ず、魔力で作られた鉄弾を撃ち出す銃だ。通常の拳銃よりも威力も速度も高く、且つレンの意思で銃口と多少軌道を変えて撃ち出すことができる。
「なっ」
肩と太ももにレンの放った銃弾を受けた者たちが倒れる。
「ちっ、意外にやりやがる」
金髪はそう言って仲間も放りだして逃げ出してしまった。
「ふぅ」
レンは小さな魔法薬の入った瓶を取り出して右腕に掛ける。
対処できる程度の襲撃者で良かったと思う。正直ギリギリだった。あと5分も戦いが長引けばレンの魔力も体力も尽きて居ただろう。
「やっぱり鍛えておいてよかったな」
水琴や葵にはやられまくっているレンだが別に弱いわけではない。
水琴と葵との訓練ではレン独自の体術は使わず、彼女たちに習った体術を習熟していくことに注力しているので練度が違うので敵わないのだ。
しかしレンがこちらの世界で目覚めてから3ヶ月。しっかりと鍛えて居たからこそ今回の戦闘で勝つことができた。
相手の練度はそう低くなかった。魔力を帯びた武器と魔術、それに魔力のない拳銃での狙撃の組み合わせ。
もう数人相手が多ければかなり苦戦しただろう。
「さて、見てたかな」
レンは動けなくなっている4人を〈白牢〉に捕え、コンビニで購入した袋を手に取る。
◇ ◇ ◇
「やぁ、見てたかな」
「何奴っ」
玖条漣を見張っていた鳥居雅人は急に掛かった声に反応して即座に忍者刀を抜いた。もう片方の手には苦無を持ち、背に隠している。
鳥居の居た場所はレンの住むマンション近くの雑居ビルの空きテナントだ。
他にもいくつか拠点を持っているが、扉や窓が開いた音すらせずに侵入者がいた事に驚き、そしてその相手が監視対象である玖条漣であることに2度驚いた。
「へぇ、本当に忍者だ」
「何用だ」
「こっちの話だよ。入れ替わり立ち代わり僕を見張ってくる有象無象は多いみたいだけれど君たちは毎日だからね。その割には襲ってもこないしコンタクトもない。ついでに今僕が襲われていたところも多分見ていただろうと思ったから襲ってきた相手に心当たりはないか聞こうと思ってさ」
「むぅ。我らはたしかにある目的の為に貴殿を見張っていた。しかし危害を加える気はない。しかしどうやって我らの拠点に気付かれずに入ってきた」
「答えると思う?」
「いや。良い。そちらからの要求はわかった。即座に返答はできぬが主に確かめてみよう」
「よろしく」
「行ったか。いや、気配があれほど薄いのだ。わからぬな」
鳥居はたらりと冷や汗が垂れるのに気付いた。
実際忍者である鳥居やその仲間たちが気付かれずに後背を取られたのだ。
声を掛けてきたのも敵対の意思はないということだろう。
しかし監視対象に気付かれ、後ろを取られるなど忍者としては恥ずべきことだ。同じ部屋に居た3人も気付かなかったと言っている。
「屈辱だが仕方がない。主に報告するとしよう」
レンが立ち去ったかどうかもわからない鳥居は気を引き締め、主人の元に一旦帰ることを決めた。
◇ ◇
「いやぁ忍者って本当にいるんだね」
「忍者に会ったの?」
「うん、というか鷺ノ宮翁に会った次の日からずっと監視してたのは気付いてたんだけどね。なんというか、昔の忍者像と今の装備を組み合わせた感じだったよ」
黒装束を纏い、しかし要所はプロテクターのようなものをつけていた。鉢金と口元を覆う金属か樹脂製のマスクも付けていた。表に出ていたのは眼の部分だけだが特殊なゴーグルのようなものも装備していた。
忍者刀や手裏剣のようなものも持っていたが銃も装備していた。拳銃ではなく小銃だ。市販品ではなくおそらく何かしらの改造が施してあるものだろう。
なんというか漫画などで描写される忍者と外国の特殊部隊をあわせたような格好だったのだ。
どちらも隠密行動や秘密作戦を行うので似たような装備になるのだろう。
忍術なども使えるのかもしれない。見てみたかったがその為にてっとり早いのは敵対することだ。
レンはむやみに敵を増やす気はなかった。忍者集団だけでなく、レンを見張る集団はいくつもある。そして今日は金髪のように襲撃してくるような者もでてきたのだ。
「それで、どうするの。レン様」
腕の傷を癒やしてくれた葵がレンに問う。
「攻撃してきた相手には相応の報いを……って言いたいところなんだけどね。とりあえず情報収集かな」
殺さずに捕まえた4人もいる。そのうち1人は傷が深かったのか当たりどころがわるかったのか死んでしまっていたが3人も居れば十分だろう。
「私も忍者、見たい」
「あははっ、葵はまだ外に出せないからなぁ。夏休みに入ったら機会を見つけてどこか一緒に行こうか。見張りの多い関東だと葵の存在がバレちゃうけど流石に東北とか九州とかまではついてこないでしょ」
「うん、嬉しい」
レンはその後は日課の魔力操作訓練と体力作り、そして剣や槍、体術の型の訓練。そして葵との手合わせなどを行って自室に戻った。
そろそろ期末試験の時期だ。中間試験は予想とほぼ変わらない点数を取ることができた。
国語の試験だけがレンに取って課題だったが国語の試験問題の意図を解説する参考書に出会えたことで意味のわからない問題を解読することができるようになった。
平均で70点台後半になるように、英語はどこかで使っているところを見られる可能性もあるので得点を多めにとっておいた。
レンに取っては学校の勉強などよりも語学や学校で教えられるようなレベルではない歴史、そして宗教学の方がよほど大事な勉強だ。
寝る前に3冊ほど読んで置こうとタブレットを手に取った。
そして忍者たちについていった闇撫が山梨のある家に入り込んだことをレンは闇撫の視覚から得て、本の続きを読み始めた。
◇ ◇
「そうか、それほどの腕なのか。想像もつかないな」
斑目久道は鳥居の報告を受けて率直に驚いていた。久道ですら鳥居の背を気付かれずに取れるかと言うと難しい。
そして他に3人の忍者がいる密室に入ってきたというのだから驚きだ。
「はい、申し訳ありません」
「良い、任務に失敗したわけではないのだ。お前たちを失わないことをホッとしているよ」
「有難きお言葉」
鳥居は斑目家が雇っている忍者の組の1つを任されている組頭の1人だ。
頭領ではないが、その腕を久道は信用している。
どのみち久道たち斑目家が玖条漣に興味を覚えているのは確かだが、敵対ではなく偵察だ。しかもできれば味方に付けたいと思っての偵察である。
隠密行動がバレ、接触されてしまったのは失態ではあるが、デメリットはない。
「そうだな。せっかくだ。正面から訪ねてみるか」
「まさかっ、久道様が直接行くのですか」
「父は今動けぬ。私が居なくなっても父や叔父たちも居る。弟や従兄弟たちが居る。だがもしその玖条漣が我らの求める力を持つ者ならば子などの代に役目を継がさずに済む。それにおそらく戦闘にはならない、のであろう?」
「はっ。そう思いますが……」
「ならば良いではないか。虎穴に入らずんばと言うではないか。ついでに求められた情報も集めて置いてやれ。交渉材料になる」
「はっ」
鳥居の気配がスッと消える。あれほどの腕を持つ忍者の裏を取った玖条漣という少年に久道はより興味を強く持った。
◇ ◇
「くそっ、舐めたガキだと思っていたが思っていたよりやりやがる」
片平健二は襲撃に失敗したことにイラついてつい本気でテーブルを叩いてしまった。
おかげでガシャンとテーブルが壊れてしまう。つい霊力を込めてしまったのだ。
健二は生まれ持った霊力の才能を使い、今まで様々な悪事を行ってきた。健二の祖父の代から行っていることなので健二にとっては家業のようなものだ。
そして今回たまたま川崎事変で強力な式神を扱ったという少年の情報を得た。新しく異能に覚醒した者でまだどこの家の手もついてないという。
ならば奪ってもどこからも文句はでないだろう。
いくつかの見知らぬ者たちがレンを見張っているのはわかっていたがまだどこも手を出していない。ならば早いもの勝ちだと思ったのだ。
健二の使う術は陰陽術ではないが、式神を調伏することはできる。従魔や式神を使うのは別に陰陽師の専売特許ではないのだ。
後ろ盾のないか弱い少年だと思い、とりあえず即座に動ける人数で襲撃を行った。しかし結果は失敗だ。
連れて行った人員も精鋭というわけではないが弱い者たちではない。今まで幾度も一緒に仕事を行ってきた奴らだ。
健二が逃走を選んだのはレンがおかしな拳銃を使ったからだ。霊力を感じる拳銃だが明らかに威力が高く、音もしない。
5人で襲いかかったのに噂の式神を出させることさえできなかったのだ。
流石に4人やられた状態でタイマンを張るほど健二はバカではない。
相手の力量が予想を超えていたのなら人数と武器を揃えて再度襲撃すれば良いだけだ。
健二はスマホを手に取り、兄に必要な人員と武器を送ってくれるように連絡し、念の為にヤサを変えた。
◇ ◇
ピンポンとインターフォンが鳴る。今日は水琴が来る日ではない。
レンは何かと思いながらモニターを見るとおそらく先日会った忍者の中身の男と、20代後半だと思われる男がモニターに映っていた。
「どちら様?」
「斑目久道という。先日君がコンタクトを取ってくれた忍者の主だ。少し話をしないかね」
「わかりました。今行きます。少し待っててください」
(まさか直接乗り込んで来るなんて、予想外だなぁ)
レンはそう思いながらマンションのエントランスで待っている久道を迎えに着替えて外に出た。
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