017

 信光たちとの会談は穏やかに終わった。

 本当にレンの術やカルラについて根掘り葉掘り聞いたり、捕らえたりする気はなかったのだろう。

 だがレンはレンの存在が関知されてしまったというだけで大問題だと思っていた。


「儂らが玖条くんを認識したことでおそらく君に手を伸ばそうとするものたちは増えるだろう。政府筋には儂から手を出さないように言っておくが儂の力もそれなりに大きいと自負しているが全能ではない。気をつけることだ」


 と、信光にも言われてしまったことだ。

 鷺ノ宮家の庇護でも請えば良かったのかもしれないが、レンはその気はなかった。


 部屋を出ると如月麻耶が待っていた。麻耶はレンを探していた如月家の者で、水琴からもその存在を聞いている。水琴とは顔見知りでそれなりに仲も良いと教えて貰っていた。

 麻耶は如月家直系の女子で実働部隊を率いる立場にいるそうだ。実際レンを探している部隊も彼女が統率していたらしい。


 ホテルをでようとするとホテルの中でも階級が高そうな男が大きめの袋を持って待っていた。実際に副支配人らしいのでそんな人物が何を持ってきたのかと疑問に思う。

 聞くとホテルで使っている茶葉、コーヒー豆などのセットだという。ついでに茶器や淹れ方の書いた冊子も入っていると言う。

 茶葉も烏龍茶だけでなく煎茶、抹茶、紅茶を幾種類か。コーヒー豆も今回飲んだものだけでなくいくつか入れてくれたようだ。

 副支配人はキャスター付きのキャリーにレンが持っていたアタッシェケースと一緒に固定してくれた。

 レンは仕事が早いなと思いながら礼を言い、渡されたホテルのカードの番号に連絡を入れれば追加の発注も受けると言われて再度礼を言った。




 ホテルを出ると灯火が待っていた。


「レンくん、無事で良かった」

「そんなに心配されてたの?」

「ううん、危害を加える気もないと言っていたし鷺ノ宮様は信頼できる方だから疑っては居なかったけれど、それでもまた顔を見れてホッとしたの」

「ふふっ、ありがとう」

「楓が今度レンくんと水琴ちゃんを誘って遊びに行こうって言っているの。どうかしら」

「日程次第だけど大丈夫だと思うよ」

「じゃぁ私は今日はここまでなの。またね」


 灯火と話を終えるとホテルに来た時の高級車でなく、普通に良く見かけるような大衆車をホテルマンがホテルの前につける。


「帰りは私が送っていくわ」


 目の前に付けられた車は麻耶の私用車らしい。後部スペースにキャリーを置かせてもらい、助手席に座る。


「改めて、如月麻耶よ。玖条くんの住んでいる辺りを管轄しているわ。と、言っても別に支配しているわけでもなんでもないんだけれどね。1つ聞きたいんだけれど、どうやって私たちの捜索を躱したの? 1回だけ霊力反応を感知できたんだけどそれからずっと音沙汰なしよ」

「僕を探してるって教えてくれたんですよ」


 レンは端的に答えた。そう答えれば麻耶はカルラが〈探知〉に気付いてレンを隠したのだと誤解してくれるだろうと思ったからだ。

 実際麻耶はそのように誤解したようで嘆息した。


「私はあなたの使う式神を見ていないからなんとも言えないのだけれど、貴方の正体はすでに耳の早い家には知れ渡ったと思うわ。どう、如月家の保護を受ける気はない?」

「遠慮します。僕は元々平穏に暮らしたいんです。そちらの世界にも関わる気はありません」

「玖条くんが関わる気がなくても向こうから関わってくるわ」

「如月さんのようにですか?」

「ふふっ、そうね」


 運転しながら麻耶は楽しそうに笑った。

 レンの拒絶の意思を悟って諦めた感じだ。実際麻耶の目的はレンの、新しい覚醒者の発見とその覚醒者の危険度の見極めだ。

 レンを捕らえたり引き込んだりは重要なことではない。故にレンに対してしつこくすることも強硬な手段を取ることもなかった。


「あの周辺は如月の名字を持つ者は多いの。玖条くんの学校にも居るわ。だから私のことは麻耶って呼んで」

「では麻耶さんで」

「いいわ。私もレンくんって呼んでも良いかしら?」

「どうぞ」


 その後麻耶は一般的なことに話題を変え、軽くレンの住む街の情勢を教えてくれるなどしているうちにレンは自宅の前に送って貰った。


「これ、私の連絡先。何かあったら頼って頂戴」

「使わないことを願っています」

「ふふっ、そうね。じゃぁまたね」


 麻耶はまたレンと関わることになると思っているだろうことを最後に言い残して去っていった。


「ふぅ」


 レンの存在は鷺ノ宮家に暴かれ、少なくとも藤森家と如月家にはバレてしまっている。

 そして一度漏れた情報はなかったことにする労力は膨大だ。

 どこまで漏れたかもわからず、レンはそれを知ることもその手段もない。

 元々レンの周囲には〈蛇の目〉が警告した覚醒者と獅子神家襲撃の介入者を調べる密偵がそれなりに入り込んでいた。

 その密偵を放った家は探していたのがレンだったと気付くだろう。

 しかしその業界に疎いレンはどんな組織がどんなアプローチをしてくるのか全く予想ができなかった。


(とりあえずは普通に過ごすか。でも大事なものは〈収納〉に仕舞って置くことにしよう)


 レンは家に帰ると〈箱庭〉に入る。

 カルラが教えているのか葵が「おかえりなさいませ」と待っている。

 この光景もいつものことだ。


「私はよくわかりませんが、強硬策を行う家は少ないと思います」

「そうなの?」


 葵に相談してみるとそう返答が返ってきた。


「周囲の密偵はレン様の存在と正体を知るためにこの街に集まってきたはずです。容易に捕らえられそうであれば強硬策もあるでしょうが川崎の事件の衝撃は知られているでしょう。少なくともほとんどの家は様子見に徹すると思います。それに覚醒者の保護の権利は近隣の力を持つ家が優先権を持っています。この辺りだと如月家と獅子神家でしょうか。横槍を入れられれば彼らも良い気はしないでしょう」

「ほとんどの?」

「どこにでもバカは居るものですから……」

「あぁ……」


 葵の最後の言葉はレンも残念なことに否定できなかった。

 どこの国の騎士団、魔法士団や宮廷魔導士、衛兵などどんな組織でも信じられないような行動を起こす者や犯罪に手を染める者はいる。

 レンの感覚では信じられない行動をするものが1割、3~4割ほどは大小問わなければ犯罪に手を染め、本当に潔白で優秀な者は2割ほどだと思っている。

 だが優秀な2割だけでは組織は維持できない。


「とりあえず警戒しつつ実力を蓄えるしかないな。まだまだ体も魔力も弱いし使える魔法も術も下級の物くらいだ」

「下級?」

「んっとね、僕が居た国では5つの段階に分けていたんだ。こちらの言葉で言うと下級、中級、上級、超級、極級の5つだね。使う魔力の大きさや難易度、威力なんかでわけてたね。他にも8つに分ける分類も主流だった。これは単純に位階で表していて第1位階とか第5位階とかそういう呼ばれ方をする。1が一番下で8が最も強い。5段階分類に当てはめると1と2が下級、3と4が中級、5と6が上級。7位階が超級、8位階が極級だね」

「なんとなく下中上の3段階で良い気もしますが結構細かいのですね。そして7位階と8位階は特別な感じがします」

「そうだね。大体魔法士や魔術士は上級まで使えれば一流と言われるレベルだ。超級以上が使える術士は国や国を超えて名が広がるレベルだね。そのくらい上級と超級の差は大きいし、超級と極級の差はもっと大きい。僕は極級の魔法もいくつも使えたんだけど今はこのざまだ。せめて上級まで使えるようになれば実戦では大概十分だろうから早くそうなりたいよ」

「そうなのですか? 超級とかは必要ないのですか?」


 葵は驚いたように言った。


「必要ないっていうか、威力が大きすぎるんだよ。街1つが一瞬で灰燼に帰すとか大きな山が吹き飛ぶって言えば想像できるかな」

「それは……確かに使い所が難しそうですね」

「攻撃系魔法でない高位魔法は危険はないけどね」

「〈制約〉はなんとなく高度な魔法なように感じましたしカルラ様と融合できると聞きました。それはあの危険な薬を使わないと使えないレベルの術なのですか?」

「う~ん、〈制約〉はどちらかというと特殊な魔法なんだ。位階でわける感じじゃないというか、枠を外れているというか。〈収納〉や〈箱庭〉と似たようなもので、僕の魂に紐付けられていて僕の魔力量や現在の実力に関わらず使える魔法なんだ」

「そうなんですね。不思議です」

「じゃぁちょっと訓練してくるね」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 葵と別れ、レンは魔法訓練用の〈箱庭〉に移動する。〈箱庭〉は1つの世界ではなく、いくつもの場所を持つことができる。〈白牢〉もその1つだ。


 この1週間、レンは体内の魔力回路の調整に時間を費やしてきた。

 日常生活は問題なく行えるようになっていたが未だクローシュとの戦いで負った傷は完治していなかったのだ。

 しかし良いこともあった。魔法薬で無理に過剰な魔力を発生させ、回路の中を流したことと霊薬でそれを回復したことで魔力回路の強度があがり、レンの魔力量も上がったのだ。

 前世の魔力量とこちらに来たばかりの時の魔力量が竜とネズミほどの差だとすれば現在は竜と猫くらいの差にはなった。

 依然差は大きいがネズミから猫への差は大きい。今なら3位階の魔法くらいなら問題なく放てるだろうと踏んでいる。


 レンは初級者から中級者が使うようの小さなワンドを持ち、集中して体に魔力を満たし、標的としている大きな柱に魔法を放つ。


 〈氷槍〉、〈水波〉、〈雷撃〉、〈火炎球〉。〈土柱槍〉、〈闇塊〉、〈閃光〉、〈風刃〉。様々な属性の、魔法を、魔術を標的に放ち、その制御や威力を確認する。


「ははっ」


 思い切り魔法を放つ快感にレンは笑う。どんどんと魔力は減じて行き、魔力回路に負荷が掛かるが、それを無視してレンはぶっ倒れるまで魔法を放ち続けた。


「はぁ、気持ちいい」


 土の地面にどさりと寝転がり、レンは大の字になってそう呟く。

 少し前は使うことができなかった魔法が使えるようになる。既知の魔法であってもこんな簡単であった魔法が使えるようになったというだけでレンは満足感を覚えていた。

 もちろん目標はもっともっと遥か先にある。

 何年掛かっても極級と呼ばれる魔法が使えるようになると決めている。

 そしてそれは邪魔さえ入らなければいずれは叶う願いだとレンは信じている。


「やっぱりこの体は良いな。以前よりよっぽど適正が高い。そして水と闇、風に相性が良いかな」


 体内の魔力回路を修復、調整しつつレンは自身を分析する。

 漣少年の魔法の素養は天才というほどものすごく高いというわけではないが、以前のレンの肉体と比べれば遥かに良い。そしてそこに様々な神や精霊の加護を受けたレンの魂が入っている。魔法や魔術の知識もあり、魔術具や武具、素材は〈箱庭〉や〈収納〉に入っている。

 最初の人生に悔いはないが、少なくとも最初の40年は相当苦労の連続であった。せめてこの体くらい素養が高ければもっと楽な人生を送れていただろう。

 だがそうであればあの霊樹の精霊との邂逅はなく、レンの人生は100年持たずに終わっていた可能性が高い。

 今レンの魂が漣少年の体に入り込み、おそらく魂はゆっくりとだが融合している。

 そう考えると人生とは不思議な物だ。元々死んで終わったと思ったレンは今は異世界で玖条漣として存在している事自体不思議に満ちあふれている。


 レンが元の〈箱庭〉に戻るとハクたちが待っており、彼らと戯れていると葵が夕食ができたと誘ってきた。

 レンはホテルで早めの夕食を済ませていたが魔法の訓練をこなした後ランニングや武術の型などの訓練を済ませていたので葵に礼を言いながら一緒に夕食を取った。



 ◇ ◇  ◇



「玖条漣くん、か」


 如月麻耶は今日会った少年について考えていた。

 見た目は可愛らしいと言って良いだろう。感じられる霊力も大した量ではなかった。

 最初は隠密系の能力に覚醒したのだと思っていたが水でできたような蛇の神霊を操る異能だとは思っても見なかった。

 だが過去に例はある。

 血筋についていた強力な式神が先祖返りで濃い血を持った子孫に憑くという例だ。

 麻耶の知識ではその類だと理性では判断している。しかし麻耶の勘はそうではないと思っている。


 レンにはもっと大きな秘密がある。神霊と呼ばれるほどの式神を操る、それだけでも十分な脅威だがそれだけではないと思っていた。

 大体レンから感じた霊力では神霊など操れるものではない。

 それに血筋に憑くのであればレンが生まれた時からあの神霊はレンに憑いていたはずだ。しかしそうであれば如月家や獅子神家が気付かないはずがない。


「さて、どうしたものかしらね」


 麻耶としてはレンが危険な存在でないのならば放置でも良いと思っている。むしろ良好な関係が築ければより良いだろう。

 だが麻耶は如月家の一員であり、如月家の方針に関われるほど地位は高くない。

 麻耶の嫌う老人たち。もちろん上層部の全員ではないが幾人かの上層部はレンを取り込むか捕らえたいと望むだろう。

 そうでなくともレンの能力をより詳細に把握し、確認するべきだと主張するのが目に見えるようだ。

 レンは穏やかに暮らしたいと言っていたし麻耶はそれを応援したいと思っていたが、麻耶は自家のことを考えただけでそれは難しいだろうと嘆息をした。




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