014.ガールズトーク

「ひっ」


 声が出たのは美咲だけではなかった。追い出された家から出ると3体の神霊がまるで主人を待つように庭に居たのだ。

 真っ白な神々しい巨大な狼。黒と銀を基調に赤の混ざった虎。赤く燃え盛るような鬣を持つ朱色の獅子。

 しかしどれも美咲の知る狼や虎、獅子とは違う。似てはいるが全く違う存在であることが見るだけでわかる。

 そして力の差が大きすぎて力を計ることすらできない。


 腰が抜けそうになるのを必死で耐える。楓は耐えられずにストンと腰を落とす。灯火は一瞬呆然としてから、切り替えたのか普段の表情に戻った。しかしぎゅっと握った拳が震えている。水琴はその巨体を見上げながら何か納得しているような表情をしている。葵は静かにその姿を見つめているだけだ。この子が一番肝が座っているのかもしれないと思った。


 全員が恐慌に陥らなかったのは、距離があったのと彼らから全く敵意が感じられなかったからだ。敵意がないというよりは興味がないのだろう。美咲たちの存在にまったく気を払っていない。彼らの視線は彼女たちが出てきた部屋に固定されていた。

 もし1体でも彼女たちに敵意を持って攻撃してきたらそれはもうどうにもならずにおそらく意識する間もなく命の灯は消えただろう。痛みなど感じる間もないほどに。

 彼らの興味は彼らの主人にしかないのだ。美咲たちなど眼中にない。


「戻りましょう。少し落ち着かないと」


 灯火がそう言って楓の手を取り、東屋にみんなを導く。


「はぁ~、なんか一生分のびっくりを使い切った気がするよ」

「楓さんはコレをそんな風に表現してしまえるんですね。ふふふっ」


 灯火は楓のその物言いを面白そうにしている。実際その一言で全員の緊張がほぐれた。

 幸いなことに3体の神霊と東屋は距離が離れている。それでも存在感は大きいし湖の方を見れば黒蛇が静かにとぐろを巻いている。

 今までの常識をすべて否定されたような状況に精神が混乱しているのがわかる。そしてそれはほかの娘たちも同じだろう。

 慣れている甘いジュースを飲む。少しそれで落ち着いた。ほかの子たちも慣れ親しんだ食べ物や飲み物を取り、心を落ち着けている。


「それで、獅子神さん、貴女が一番彼に詳しいと思うのだけれど、説明はして頂けるかしら?」

「そうしたいところですけれど、私が話せることは少ないですよ」

「それでも、お願いできるかしら?」

「えぇ」


 灯火が水琴にレンについて情報の提供を求める。

 美咲たち全員にとってレンの存在は大きな謎どころではない。神霊が降臨しただけでも十分に大事なのに、複数の神霊を従え、広大なこの空間を持つ少年。

 彼の存在が漏れただけで様々な組織に激震が走るだろう。

 だがそのレンに助けられたのだ。レンは水琴を救うつもりだけだったようだが、ついでとは言え、美咲たちも助けてくれた。

 どういう理由かわからないが、異国の組織が召喚した黒蛇の神霊を調伏してしまった。しかもその際には水蛇の神霊の力を使ったのだ。

 誰もがレンについて気になっている。そして水琴はその唯一の情報源なのだ。


「でも本当に話せることなんてないんだけどね……」


 水琴はレンが最近異能に覚醒した〈蛇の目〉に危険視されている覚醒者であること。同じ学校のクラスメイトであること。以前獅子神家が管理する神社が襲われた際に助けてくれたことを教えてくれた。

 しかしそれだけだ。この場所については初めて来たので水琴も知らないと言っているしカルラやあの3体の神霊についても初見だと言っている。

 〈制約〉が効いているのかレンの使う術や力については答えられないのだろうと思ったが、実際はほとんど彼女も情報を持っていないことがわかっただけだった。


 しかし美咲にとって大事なのはそこではない。

 レンは美咲の番だ。それはもう美咲に取って決定事項だった。家のことなど様々な障害はあるが、まず目の前の少女と協定を結ばなければならない。


「ねぇ、葵っち」

「なんでしょう、豊川さん」

「おないだし美咲って呼んでよ。それで、ちょっと話があるんだけど、いい?」

「えぇ、どうぞ」


 美咲は葵にできるだけフレンドリーに話し掛けたが葵はニコリともせずに静かに返答した。


「葵っちも私とおんなじ系だよね? レンっちに惚れた?」

「そうですね。系統は違いますが同じだと思います。惚れた、というよりは、恩返しをしたいという感じですね。そしていくつかの理由から都合が良いというのもあります」


 葵は自身が白蛇の血を引く家の分家の出であること。強く白蛇の血を宿した先祖返りであること。そして白宮家の状況を端的に説明し、葵にとってはレンの傍にいることは白蛇の子孫としても白宮葵という少女としても良いことしかないと話す。ちなみに美咲は有名なので葵は美咲のことを顔は知らなくても名前で色々と推察できていたらしい。

 灯火や楓、水琴はいつの間にか美咲たちの話を聞くことにしたようで、静かになっていた。


「うん、うちは仙狐の血を引く娘なんだ。そしてレンっちはうちの番だと思ってる。豊川の家はちょっと特殊だから即どうにかなるかどうかはわからないけど、うちは諦める気はないよ。一番いいのはレンっちが婿として来てくれることかな。レンっちの力がどうとか関係なく、ね」

「つまり私の恋敵ということですか?」

「ううん、うちは別に独占しようなんて思ってないの。だから、仲良くできないかなって。葵っちがレンっちを諦められないのはうちもよくわかるし、白宮の家のことが問題があるんだったらうちが口利きしてあげてもいいし、豊川の家に匿って上げても良いよ?」

「思っていたより穏当なお話でした」

「あははっ、気持ちはわかるって言ったじゃん」

「ちょっと待って。豊川家が玖条くんを囲うのは色々と問題が出ると思うわよ?」


 葵と和解できそうで安心したところで灯火が口を出してくる。

 美咲だってわかっている。レンの持つ力を見てしまったからだ。レンの力が漏れればどこの家も手に入れようとするだろう。

 玖条家という家があるわけでもなく、強い力に目覚めた覚醒者は大体が近隣の大きな力を持つ家が確保する。

 戦力とするのか使い潰すのか、一族として迎え入れるのかは様々だが美咲はレンを婿をして受け入れ、葵も側室ということになるだろうが共にレンの傍に居られるのが一番良い形だ。

 しかし水無月の娘である灯火には譲れない話だろう。


「助けられたのにレンっちを囲おうっての?」

「待って、そうじゃないわ。水無月じゃなくてもきっと色々なところが動くわ。特に豊川が囲うってなるとすごい大事になるわよ」

「構わないよ。そういう問題じゃないんだよね~。重要なのはレンっちはうちの番で、葵っちもレンっちに侍る気満々。大人の話は大人に任せるよ。言っとくけど豊川の家は強いよ?」


 少し威圧すると灯火は怯んだ。実際に豊川家というのは大きな力を持つ家であり、且つ敵対する場合は苛烈な攻撃をすることで知られている。

 少なくともレン1人の身柄で豊川と敵対したい家はそうそうないだろうと美咲は思っている。

 灯火もレンに命を助けられた少女の1人だ。これ以上は口出ししても無駄だと思ったのか小さくため息を吐いた。


「あの~」

「ん? なぁに? 水琴っち」

「玖条くんの意見は聞かないの?」

「聞くよ。うちの考える一番良い方法がそれだってだけで、レンっちが嫌がったら他の方法を考えるよ。豊川家の性質上婿入りしてもらうのが一番いいけどもちろんうちが嫁入りするってのでも良いしね。家の人からは色々と言われるかもだけど……でもうちも葵っちもレンっちを諦めるって方向にはならないかな」

「……そうよね」


 水琴は少し遠い目をして小さく答えた。

 美咲や葵のように神霊の血を引く者が命を助けられ、運命を感じたのだ。

 時代や国が違っても似たような話はいくらでもある。

 押しかけ……に近い感じにはなるが、美咲も葵も引く気は全くないのだ。



 ◇ ◇  ◇



「ごめん、意味がわからないんだけど」


 目を覚ましたレンは治療台に寝転がりながら5人の少女たちの話を聞いていた。

 自力で薬も飲めるようにはなったが魔法薬も適量というものがある。

 これから1週間くらいは療養が必要になるだろう。


 レンとしては水琴含め5人の少女たちに〈制約〉を掛けて帰せばそれで問題ないはずだった。

 しかし葵が帰らずにココに残ると言い、美咲が豊川の家に婿に来ないかと言ってきたのだ。

 正直全く意味がわからなかった。


「えっとね、玖条くん。神霊とか妖魔が命を助けられると美女に化けて嫁入りするって話は知ってる?」

「うん、日本にも中国にも欧州とかでも似たような話は結構あったと思うけど」

「豊川さんと白宮さんは神霊の血を濃く引く娘たちなんだって。そして玖条くんに命を助けられたからお嫁さんになりたい、って話なんだけど」


 水琴はゆっくりと水を飲ませてくれながら事情を説明してくれた。

 レンが助けた少女のうち2人が神霊の血を引き、レンを結婚相手として見初めたというのだ。

 そしてそれは昔話でも寓話でもなく、現代でも適用されるらしい。

 レンは傷とは別に頭が痛くなった気がした。

 ちなみに神霊の血を引く子孫でも血が濃くなければ基本的にそのような本能は働かない。そして5人中2人もココにいるが実際にはかなり希少な存在のようだ。

 彼女たちを攫った犯罪組織が美咲や葵のポテンシャルを見込んで狙ったのだろう。

 実際灯火、楓、水琴、美咲、葵はレンから見ても現在の実力はともかく非常にポテンシャルの高い少女たちだと感じている。

 水琴が狙われたのはもしかしてレンが水琴の魔力回路を調整したり〈水晶眼〉を使えるようにしてしまったせいかもしれないがそれは今更だ。


「とりあえず保留でもいい? 今はそんなことを考える余裕がないんだ」

「もちろんいいよ。とりあえず宣戦布告? 違うな、レンっちと番になりたいって宣言しているだけだから。でも逃げられるとは思わないでね?」

「私はずっと旦那様の傍に居る」


 レンが未来の自分に丸投げすると美咲は肉食獣の、葵はすでに嫁入りしたような言葉を発する。

 灯火や楓は諦め気味に、水琴は少し困っているような表情をしている。


 実際レンは今も体中に痛みが走り、頭痛や内臓のあちこち、背中や腹、腕に足と痛くないところがないほどだ。

 高濃度の瘴気に侵され、部位の欠損までした上にその瘴気を吸い込んでいる。内臓も大きく損傷しているのだ。

 そうなることはほぼわかっていた。しかし短時間にカルラの願いを叶えるにはこの手が1番良いとレンが選び、リスクを負ってでもやる価値があると思って実行したので後悔はない。


 しかしまさか水琴のついでに助けた少女のうち2人から求婚されるのは予定外も良いところだ。


(あ~なんか昔も似たようなことあったな)


 つい助けて、というか拾ってしまった少女を懐に入れ、結局押し切られて妻の1人になった獣人の娘を思い出した。

 レンの前世では妻は何十人といた。500年という長い年月生きていたというのと、大国であるローダス帝国の貴族でもあり宮廷魔導士長も勤め、大魔導士とまで呼ばれたのだ。

 皇女や公爵、侯爵など貴族の娘との縁談を断れなかったこともあったし、ハンター仲間や救った部族などから嫁を差し出されたこともあった。


(なんというか、新しい世界、新しい体になってもあんまり状況が変わらない気がするなぁ)


 好奇心で大事件を起こしたり大変な状況に陥ったりとするレンの習性は転生したとしても治らなかった。

 そして女性関係もなんとなく治らない気がする。

 美咲と葵を皮切りにまだ増えるのではないか。なんとなくレンは諦観の表情をしながら葵の癒やしの術を受け、限界が来たのでスッと意識を落とした。



 ◇ ◇  ◇



「ふふっ」


 神子は〈箱庭〉の中の様子は視られないが黒蛇の神霊とレンの戦いを遠くから視て小さく笑った。

 今回の戦いに勝てるかどうかで、レンの未来は大きく変わる。

 大きな力を持つ神霊などが絡むと未来は幾筋もの枝分かれをして確定した未来など視ることはできない。レンが黒蛇の調伏を諦めれば神子の望まない未来に向かうことはわかっていた。

 しかしレンはかなりのダメージは負ったようだが勝負に勝った。

 これで神子が望む未来に1歩近づく。


(あぁ、早く会いたいです。旦那様)


 神子とレンが邂逅するのはまだしばらくの時が掛かる。しかもそれまでにいくつもの障害があるのを神子は知っていた。

 しかし神子は信じている。レンが全ての障害を乗り越え、少女の元にやってきてくれることを。


(あの子たちとも仲良くなれるかしら)


 未来の行き先にもよるがあの5人の少女のうち3~5人はレンと恋仲になるだろう。少なくとも神子の中では美咲と葵は確定だ。

 だからこそ、今後は美咲と葵のことも知り、仲良くなれるようになろうと心に決める。


 レンは嫁候補がひっそりと見守りながら待っていることを当然ながら知ることはなかった。

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