013

「さて、と」


 ドーピングの効果は30分も持たないだろう。体のあちこちがすでに痛い。

 体内で破壊と修復が同時に起きているのだ。


(今の僕にはお宝の山だな。お、ついでに固定されていた祭壇も貰えるじゃん。中身空っぽだけど、これ解析してみたかったんだよね)


 資材の隙間に体を出し、生き埋めにならないように周囲の魔力を纏った術具を〈念動〉や〈引き寄せ〉などを使って回収していく。一部の柱は残っているので隙間もあるし術具や武具もいくらかは無事に残っていた。大抵が壊れていたが一部多少の破損で済んでいるのもある。

 ついでにあの巨大な祭壇。そちらは傷1つなく資材に埋もれていた。固定していた術式が壊れたのかあの黒蛇を召喚したために用済みになったのか〈収納〉することができた。


 カルラが天井まで貫通するブレスを放ち、周囲を結界で固定しながら地上まで一気に登る。

 そして地上では100人を超える術士たちと黒蛇の戦いが繰り広げられていた。


(なんかいっぱい集まってるな~)


 元々黒蛇を召喚しようとしていた黒ローブと武装集団。それ以外にも陰陽師や僧侶などの姿が見える。

 黒蛇はその身体から瘴気を放ち、硬い鱗で多少の攻撃ならびくともしていない。


(倉庫街全体に結界が張られているな。逃さないためというよりは周囲への影響や人払いの結界か。あの黒蛇クラスになると一般人にも見えたりするのかな?)


 レンは普通に見えてしまっているのであれほどの存在力のある魔物をこちらの世界の人間が見られるのかどうかはわからない。試しにスマホカメラで撮ってみたが巨大な黒いモヤがうっすらと写っている。

 微妙なラインだ。

 だがこれほどの大きな事件なのにマスコミのヘリなどは飛んでいない。結界の効果か、それとも政府筋が動いたのか。


 袈裟を着た坊主の集団が錫杖を掲げると縛鎖が黒蛇を拘束しようとしているが即座に千切られている。方針を変えたのか巨大な独鈷杵が現れ、黒蛇に向かって飛んでいく。

 陰陽師が札を撒き、岩弾や岩槍が殺到する。式神を呼び出し、5mを超える大きな鬼が棍棒で黒蛇を打っていたりぶつかると爆発するカラスや霊体の犬や狐など式神での攻撃はそれなりに効果があるようだ。


 神官や巫女らしき者たちもいるが儀式なのか神官が白木の杖を振り、巫女が舞を舞っている。

 近接系の術士たちは黒蛇の瘴気で近寄れないようだ。銃弾などはすべて鱗に弾かれているし効果がない。グレネードランチャーなども使用されていて砂煙が酷いがあまり攻撃が効いているように見えない。

 攻撃の統制の取れていないところを見ると周辺の術士集団が個々に対処しているようだ。


 放たれた3mを超える独鈷杵は黒蛇の鱗を貫通し、肉にまで達するが瘴気でグズグズに溶け、そして黒蛇の傷は目で見てわかるレベルで傷ついた肉が再生していくのがわかる。

 陰陽師の攻撃は効いているものと効いていないものが半々だろうか。多少効果はあるが小さな傷をつけるに留まっている。大きな鬼の式神はうざかったのかぱくりと食べられてしまった。

 また、黒蛇の巨体は少し動くだけで周囲に大きな被害を齎す。どこかに攻撃したついでに体やしっぽに弾かれる式神や術士がいる。


 神官たちは儀式が終わったのか中央を舞っていた神官が白木の杖を地面に突き刺すと周囲に浄化の魔力が充満し、黒蛇の瘴気が中和されていく。

 黒ローブたちはどんな術なのかわからないが、赤い光を放ち、傷ついた鱗を狙って鱗を剥がしたり再生している最中の肉を焼いている。


 当然黒蛇も無防備に攻撃を受けているわけではない。

 その巨大な身体は動かすだけで強力な攻撃だ。しっぽを振るえば人が飛び、黒いブレスも吐いている。

 身体から黒い棘が現れ、無差別に飛ばし周囲を蹂躙する。


(アレじゃ倒せないだろうけどなかなかやるなぁ)


 そう思っていると武装集団から赤い雷が放たれる。かなり強力な魔力が込められている。首筋を狙ったようだが黒蛇も身体をくねらせてしっぽを盾にして受ける。

 赤い雷は黒蛇の鱗を蒸発させ、肉と骨まで抉って大きな穴を開ける。

 今まで放たれた術の中では最も強い術だ。実際黒蛇は痛みでのたうち回っている。


(4、いや、5位階くらいの威力があるか?)


 その穴を狙い上空から風の刃と氷の槍が殺到し、傷口を広げていく。かなりダメージが入ったのか余計に黒蛇は地面をのたうった。


(なんだ、隠蔽しているがアレは魔女か?)


 黒いローブに箒に乗って空を飛ぶ女。手には杖を持っている。顔までは見えないが攻撃の威力もタイミングも完璧だ。だが魔女はそれ以上手を出すつもりはないのか空中をUターンしてどこかへ去ってしまった。自身の手に余ると見たのだろう。

 レンも少しだけ逃げ出したいという気持ちを押さえつけ、機を窺う。


 流石にダメージを受けた黒蛇は地面に向かって黒いブレスを吐く。煙状のブレスで地上をすごいスピードで覆っていく。神官たちが満たした浄化の魔力が穢されていく。

 間合いを十分に取っていたと思っていた術士たちが飲み込まれ、耐えきれないものは黒い肉塊になって崩れていく。


 かなり遠くに陣取っていた陰陽師の集団の術がようやく完成したようだ。

 上空から燃えた岩が落ちてくる。大きさは直径10mはありそうだ。

 さすがの黒蛇も危機感を覚えたのか仮称メテオにブレスを当てつつ回避を行うが、同時にいくつもの集団から逃さないように術式が放たれて黒蛇の肌を削る。

 ズズンと地面が揺れ、大穴が開く。


(なかなか頑張ってるけど火力が足らないね)

(そろそろ良いのではないか?)

(そうだね。でもその前にいくつか回収しておこうか)


 レンは黒蛇の戦い方や日本の術士たちがどのような攻撃を行うか見に徹していた。

 別にレンが全部やる必要はないのだ。むしろ多少は弱ってくれていたほうが良い。

 ついでに今回の主犯と思われる黒ローブの集団を見つけたので後方から奇襲を行い、〈白牢〉に放り込んでおく。偉そうにしていて護衛もついていたのである程度は情報も持っているだろう。

 武装集団は統率も取れていて警戒も強い。特に赤い魔剣を持つリーダーはすでに撤退を視野に入れて動いている。手は出せなさそうだ。

 ついでに死んだ術士たちが持っていた術具も近くにあるものは回収する。僧侶や陰陽師、神官たちが使っている装備だ。解析するだけでどういう系統の術具か分析できる。


(じゃぁそろそろ行こうか。カルラ、〈精霊融合〉を)

(承知)


 カルラは半魔物であり、半精霊だ。〈契約〉を交わしているレンとは特殊な精霊魔法を使うことができる。

 しかしカルラは〈箱庭〉の巨大な湖に宿っている。最も力を発揮できるのは宿った泉の近くだけだ。

 湖から離れた地上では100%の実力を発揮できない。しかしそこをドーピングしたレンが補う。

 黒蛇もかなり高位の力を持っているが、不完全な顕現と今まで受けた攻撃でかなり弱っている。


 〈精霊融合〉。カルラの本体を召喚し、レンの身体は巨大なカルラの身体に溶けるように飲み込まれていく。

 意思が混ざり合わないように、自我をしっかりと保ちながら地上に巨大な水蛇、カルラが現れた。


 ◇  ◇  ◇


「すごい」

「なにあれ」


 映像に映っているのは黒蛇が日本の術士たちと戦っている様だ。それなりにダメージを与えているようだが神霊と呼ばれるほどの格の黒蛇相手では形勢が悪い。

 それでも黒蛇は召喚された直後だからか動きが鈍い。

 そして急に視界が高くなった。10m以上はあるだろうか。視点の高さが黒蛇と同じになったのだ。


「アレが玖条くんの力?」


 水琴はレンが連れていた水蛇の神霊を見て、改めてレンの危険性を認識した。

 神霊などそうそう従えられるものではない。どちらかというと供物などを捧げ、奉り、力を貸して頂くのが通常だ。

 しかしレンと水蛇の神霊との関係性はそういう雰囲気ではなかった。従属させているというよりは、仲間や協力者に近い雰囲気を感じた。


 カルラが巨大化したことによって映像はカルラの鼻先が映っている。そしてその先にいる黒蛇も。

 カルラが黒蛇に襲いかかり、首元に噛み付く。黒蛇は痛みに暴れるが首を伸ばし、カルラの首元に噛み付き返す。

 2匹の神霊はお互いの身体を絡みつけ合い、お互いの首を食いちぎろうと暴れまわる。


 外の映像は砂煙によってもうどうなっているのかわからない。

 映画のような怪獣大決戦が起こっているようなものだ。


「レンっちはどこにいるんだろう」


 美咲が小さく呟く。確かにレンの姿は見えない。アレに巻き込まれていたら大変なことになるだろう。

 だがレンが重傷を負えばおそらく戻ってくるであろうし、死ねば出口ができると言っていた。

 ならば無事なのだろう。レンが何の策もなしに出ていったとは思えない。

 おそらく隠密力を駆使して何かしら暗躍しているのだろう。

 まさかカルラとレンが融合して黒蛇と戦っているとは水琴だけでなく誰も想像すらしていなかった。


 上空から先程見た燃える巨大な岩が再度降ってくる。

 2体の神霊が争っているのをチャンスを見たのか黒蛇と戦っているカルラも巻き込むつもりのようだ。

 カルラは絡み合う黒蛇の身体を燃える岩塊に向け、盾にする。

 岩塊は黒蛇を掠めたので、身体を貫き分断することはできなかったが大きく削り取った。


 その瞬間、黒い影が現れる。周囲の術士たちはわからないだろうがレンだ。

 地面は大きく揺れ、隕石の余波で周囲の見通しは酷いことになっているがカルラの視点なのだからかレンの姿がはっきりと見えた。

 腰に吊っていた鞘から美しい白刃を抜き、白刃は鍔元までスルリと黒蛇の眉間に吸い込まれるように刺さっていった。

 しかし黒蛇の身体は瘴気に覆われている。レンの装備が、肌が瘴気に侵され、黒ずんでいくのが見える。口から、鼻から吹き出している瘴気だけでも至近距離で喰らえば水琴たちでもおそらく数秒も耐えられない。

 眉間を貫かれた神霊は苦しそうに暴れ、カルラが押さえつけるように黒蛇を拘束している。

 神霊は急所を貫かれたところで滅せられるものではない。

 これからどうするのか、そう思っていた瞬間、中空に浮いていた映像からレンの姿も黒蛇の姿も消え去った。


「全国規模の同時襲撃事件に私たちの誘拐事件、それに神霊の召喚。これらは全部繋がってたのね。そして玖条くんが従えている水蛇の神霊の出現。政府系の家は大変ね」

「あぁぁぁぁ~~~~~っ」


 呆然と5人の少女は戦いの映像に魅入っていたが、ぼそりと灯火がそう発言すると楓が急に絶望したような声を出した。


「ど、どうしたの? 楓さん」

「うちのお父さん、そっち系のお仕事してるの。最近すっごく忙しそうにしてるのに……。お母さんの機嫌がまた悪くなるぅ」

「「「あ~」」」


 誰もが同情の視線と共に、楓の父親は今後しばらくは激務に晒されることを確信した。


 ◇  ◇  ◇


(やば、もう限界)


 カルラと〈精霊融合〉を行い、カルラの身体で黒蛇に攻撃したまでは良かった。

 相手が弱っていることもあり、地力はカルラの方が強い。

 お互いが噛みつき合い、身体を絡ませて黒蛇を弱らせていたのにどこかのバカが先程使っていた仮称メテオをカルラもろとも撃ち込んで来やがった。

 なんとか黒蛇の身体を盾にしたがカルラにも余波でダメージが入る。

 しかし黒蛇の方がダメージが大きい。


 そこを好機と見てレンは〈精霊融合〉を解き、カルラの身体から飛び出し、フルーレを黒蛇に刺し込み、身体を瘴気に焼かれながら黒蛇に契約を迫る。


(従えばいずれ元の世界に返すかお前の求める場を与えてやる。戦いをやめ、我と契約せよ)


 言語ではなく、思念を叩きつける。これほど巨大な力を持つ魔物なら知恵や自我があるはずだ。

 従えと言ったが従属というよりは取引に近い。これほど強力な魔物を従える力は今のレンにはない。

 黒蛇はしばらくあらがっていたが、幾度も思念を叩きつけるとふっと力が抜け、魂のパスが繋がった感覚がある。契約は成ったのだ。

 その瞬間レンはカルラと黒蛇と共に〈箱庭〉に逃げ込んだ。


 ◇  ◇  ◇


「玖条様っ」


 葵が叫ぶ。

 映像が消えて少しした瞬間、巨大な黒蛇と水蛇の神霊、そしてレンが少し離れた丘の下の湖の近くの広場に現れる。

 その瞬間楓の父親への同情心など吹き飛んでいた。

 あれほど荒ぶっていた黒蛇は溢れる瘴気を抑え、静かにとぐろを巻いて身体の回復に努めているように見えた。

 そして水蛇の神霊、カルラは巨体を5mほどのサイズに小さくなり、ボロボロになったレンを咥えて葵たちの元につれてくる。いや、葵たちの脇を通り過ぎ、一筋も興味を示さずに家の中に入っていった。


「あのっ、私は癒しの力が使えます。玖条様の回復に助力させてください」


 葵が叫ぶとカルラはついてこいと言わんばかりに両開きの大きな扉が自動で開き、葵と少女たちは中に入っていった。




「酷い」


 水琴がレンの状態を見て小さくこぼす。それほどレンの身体はボロボロになっていた。装備はボロボロになり、肌は瘴気で爛れ、美しい少年の見る影もない。

 しかし生きている。


 カルラが治療台にレンを寝かせる。水瓶や布も部屋の中には用意されていたので手分けしてレンの装備を脱がし、怪我の状態を確認する。

 左目は潰れ、指が両手で5本失われ、残りも癒着してしまっている。黒蛇に接していた足は靴が溶け、骨が見えている部分もある。他にも瘴気によって肉が爛れている場所など数える気にもならないほどある。

 おそらく内蔵などにもダメージが入っているだろう。


 カルラが陶器の瓶を咥え、器用に牙を使って穴を開けて薬らしきものをレンの身体にぶっかける。するとレンの身体を覆っていた瘴気が浄化されていき、怪我が回復に向かっていく。

 葵は特に酷い部位に癒しの力を使う。たとえ自分がぶっ倒れても良いと思うほどの力を込める。

 レンは意識はあるようで片目を開けた。


「み、みぎ……手。のませ……」


 掠れた声でレンがいうとレンの右手に現れた瓶を水琴が受け取り、木で作られた蓋を外してゆっくりとレンに飲ませていく。

 葵が癒し、カルラは慣れているのか液体薬をレンの傷に掛けて行く。

 どれほど効果が高いのか、見ているだけでレンの体がどんどんと浄化され、回復していく。

 傷が癒えた部分を灯火と楓が水で濡らした布で拭っていく。


「あ、ありが、とう。しばら、く、寝る」


 外傷の大半が少なくとも軽傷程度になった頃に、レンはそう言って意識を失った。

 声も通常に戻り、潰れたかと思っていた目も治っている。爛れた肉も見えていた骨も治り、ついさっきまで死にかけていた少年には見えない。

 葵も限界まで癒しの力を使い、立つのも辛い状態だ。だが命の恩人であるレンを救うためならばこのくらいはなんてことはない。それに……。


(なにこの薬。魔女の秘薬とかそういうレベルじゃない?)


 おそらく全員が同様の疑問を持っているはずだ。

 それほどレンやカルラが使った薬の効果は高かった。逆にこの薬があるからこそ、レンは黒蛇に挑んだのだと確信した。

 カルラはレンを守るように治療台を守っている。そしてその目線は出ていけと明確に言っていた。


「しばらく休めば癒しの力をまた使えます。使えるようになったらまた来ても?」


 カルラに葵が頼むとカルラは首肯した。言葉が通じたのだ。

 しかし今は休養が大事なのだろう。5人はカルラに目線としっぽで追い出された。


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