007

(すごい、こんなに差があるなんて)


 獅子神水琴は剣を振りながら今までの自分と現在の自分の力の大きな違いを実感していた。

 まず眼だ。水琴は獅子神家の血統に稀に出現する〈水晶眼〉を持っている。

 今獅子神家で〈水晶眼〉を持っているのは水琴とまだ幼い分家の男子だけだ。

 祖父も父も兄2人も持っていない。水琴より上の代では持っては居たが隠居してすでに使えなくなった者しかいない。そして彼らも〈水晶眼〉を使いこなせなかった者たちだ。

 同様に水琴はその〈水晶眼〉を使いこなせていなかった。

 レンから解放されてすぐ、視えるモノが増えたことに気付いた。今まで気付きすらしなかった黒いモヤが視える。逆に今までモヤにしか視えなかったモノの正体がわかる。怨霊、悪霊などというほどではない些細な霊障に気付けるようになった。

 獅子神家や神社の敷地内は結界で浄化されているためにおかしなものは視えないが、街を歩くと様々なモノが視えてしまうので調整できるようになるまでは少し苦労をした。


 しかし実際に使えるようになってみると、獅子神家の秘伝と言われるのもよくわかる。特に対人戦だ。

 相手の筋肉の動き、霊力の流れ、全てが手に取るようにわかる。獅子神流で使っている道着は特殊繊維で織られていて霊力の動きなどが漏れないように作られているのだが、まるで透けているように視える。

 そしてそれは相手の一挙一動が明確に視えるだけでなく、何をしようとしているのか、どのような技を使おうとしているのか、どこに力を、霊力を込めているのかがわかるのだ。同門であるために相手がどんな行動をしようとするのか手に取るようにわかる。


「ハッ」

「くっ、なぜこんな急にっ」


 獅子神家の分家の者の1人、若手でNO.1と言われ、師範代でも最年少の獅子神当夜。

 実力は近いと言われながらも今まで勝つことは敵わなかった。

 しかし今は違う。相手の先も後も取れる。まだ現状の力の調整に慣れていないために打倒していないが、すでに幾度も打ち込む隙が見えていた。

 霊力量自体も増えたような気がするが、レンが行ってくれた霊脈の調整の効果だろうか。

 今まで感じなかった霊力の流れの淀みや、使えてなかった部分に霊力がするりと通り、霊力使いが一般的に使う〈強化〉のレベルが1つも2つも上がったように感じる。

 帰ってから霊刀大蛇丸に霊力を流してみたが、明らかに使い心地が違う。水琴は大蛇丸のポテンシャルを活かしきれていなかったことを痛感した。


「すごい、お嬢様が押してるぞ」

「一体何があったんだ。明らかにレベルアップしているように見える」

「師範代もたじたじだ」


 道場では水琴と当夜の戦いを見ながら門下生たちが稽古をやめて注目しているのがわかる。

 目の前にいる当夜の焦りが感じられるようだ。

 当夜の動きが荒くなる。力が入っているのがわかる。霊力が漲っている。

 だがその分水琴は冷静に視ることができた。

 当夜の霊力の流れの淀みや歪み。同じだけの霊力を込めても効率が違うのがわかる。

 当夜の身長は181cm。体重は82kgだ。筋骨隆々というほどではないが、単純な重量や筋量では大きく負けている。〈強化〉は元々の力を増幅するものなので今までは技量というよりはパワーで負けていた。


 当夜は今まで勝てていた水琴に読まれていることがわかっているのだろう。強引に打ち込んできて体当たりをかましてくる。ぐっと耐えて鍔迫り合いになる。

 以前はこの体当たりは耐えられなかった。しかし今は違う。

 ぐいと木刀を右方に押されたと思うと右肘が顔に飛んでくる。

 獅子神流は剣術と謳っているが刀も槍も当身や柔術なども使う総合戦闘術だ。

 肘を上半身だけで紙一重で避けるとそのまま続けて右肩からタックルが来る。それを読み、左足を下げて右手に避け、同時に堪えて居た木刀への力を抜いて当夜の木刀を外す。そしてそのまま足を掛けて転ばせる。

 態勢が崩れた当夜の首元に木刀を軽く添えると、そこで勝負は決まった。

 わっと歓声があがる。


「強くなりましたね、お嬢さん。俺もまだまだ修行が足らないようです」

「えぇ、ありがとう。当夜さん」


 口調は静かだが眼が怒りで震えている。

 技で負け、力勝負をしたが耐えられ捌かれ、致命打を寸止めされたのだ。

 完全な負けと言って良い。


 しかしそういう目は水琴は昔からよく向けられてきた。剣の才は獅子神家一と幼い頃から言われてきた。

 〈水晶眼〉も継承しているので男子であればと親がこぼしていたのを知っているし、2人の兄も水琴が男子で生まれていれば次期当主は水琴だったな、などと笑っていた。笑ってはいたが、目は笑っていなかった。心中ではホッとしていたのだろう。

 幼い頃から同年代には男子女子関わらず負けなかった。年齢が上の者も下してきた。

 年配の者たちは水琴の上達を素直に喜んでくれるが、少し上の年代の者たちから同様の眼差しを打ち倒す度に向けられてきた。

 そして師範代の1人であり、若手では1番と評判の当夜も下した。


 獅子神家の当主を奪おうなどとは思っていない。ただ先日の襲撃を受けた時、水琴の実力は足らなかった。

 今の水琴の力があれば、死なずに済んだ一門の者もいたし、感知能力も上がったので本殿への別働隊にも気付けただろう。


(強くなりたい。もっと、そう、玖条くんのように)


 獅子神神社への襲撃者を一網打尽にするほどの力。

 しかし水琴の〈水晶眼〉で視たところレンの霊力量はかなり少ない。

 だが瀕死の水琴の治療をし、水琴以外ではあの場に居た者たちはレンがどこにいるのかすら気付いていなかった。そして異様な道具を使って襲撃者たちをあっという間に倒した。

 強さというのは単純な霊力量だけではないのだ。

 同じクラスに1月共に過ごしたというのにレンが霊力持ちであることすら気付かなかった。


 高度な隠密の装備と霊力の隠蔽の技量。治せないと言われている霊脈の治療やレンの言葉でいう「調整」。

 異能に覚醒したばかりとは思えない装備や技量にレンの謎は深まるばかりだ。

 気にならないというと嘘になるが、水琴は助けられた立場だ。あまり深く詮索はしないようにしようと思っていた。


 ◇  ◇  ◇


「僕はね、ココと違う世界で魔導士をやっていたんだ。なんだろう、こっちの言葉でいうと逆異世界転生みたいな感じかな?」

「えっ?」


 水琴には〈制約〉の術が掛かっている。レンは水琴にはある程度レンの出自や正体を明かすことに決めた。

 放課後、人気のない場所で人払いと遮音の術を使い、水琴が疑問に思っているであろうことの一端を明かす。

 別世界で大国の魔導士をやっていたこと。〈収納〉というこちらでいうアイテムボックスのような能力があり、中には以前から使っていた武具や魔道具などがそのまま残されていたこと。

 レンの隠密防具も見られているし、レンが使う術や先日使った〈闇の茨〉の出処など水琴は不思議に思っているはずだ。

 〈箱庭〉については明かさない。他にもどのような術や術具があるかも教えない。

 だが〈収納〉と異世界ですでに術を学んでいたということだけわかってくれれば良い。


「だから獅子神さんにはこっちの世界の魔法? 魔術? そういう表に出ていない世界のことを教えてほしいんだよね」

「え、えぇ。私もそんなに詳しいわけではないけれど、いいわ。お礼になるかどうかはわからないけれど、答えられることは教えてあげる」

「ありがとう」


 そしてそこまで事情を説明すれば、レンがこっちの世界の事情に疎いこともわかるだろう。

 少し情報を受け入れるのにフリーズしていたが、水琴は即座に頷いてくれた。


「そうね、じゃぁ今日は基本的な情報からね。とりあえず日本を中心に話すわね」

「うん、よろしく」

「まず日本では大きく3つの勢力があるのは神官、陰陽師、僧侶ね。武家の末裔も力を残している家もあるわ。そしてそれを束ねるのは表向きは政府よ。ただ日本のその3つの勢力はあまり連携が取れているとは言えないわ。戦国時代みたいに群雄割拠、というほどではないけれど横の繋がりはあるけれど統制は取れていないわね」


 水琴は現在の日本の状況や、歴史的経緯から色々と教えてくれた。

 頭の回転が速いのだろう、水琴の説明はあまり詳しくないものにもわかりやすい言い回しで、且つ要点を押さえて教えてくれる。


 天孫降臨で天照大御神の血を引くという天皇家。武家や公家、陰陽師、神官、寺院などにもその血は長い歴史の中で広がっている。

 レンが魔力と呼ぶ力は日本では大まかに霊力、呪力、法力などと呼ばれているが本質は同じだ。多少の性質の差異はあるだろうが、それは魔力でも同じことだ。


 そしてレンの感覚では魔力持ちの数や質はその国の武力そのものと言っても過言ではない。

 現代では軍隊の兵数と兵器の数と同じようなものだ。どれだけの空母や戦車、戦闘機やミサイルを持っているかで戦力を大雑把に計るのに似ている。


 どこの国でも魔力持ちは国が管理したいものだ。

 だが貴族や騎士というのは大概が魔力持ちであり、ローダス帝国のように集権国家ならば可能だが、それがうまくいかない国も多い。

 なまじ力を持っているだけに独立心が強いのだ。

 日本も同様に、うまく魔力持ちたちを統制する機関を作ることができなかったのだろう。

 政府関連の省庁や自衛隊、警察などに仕える家や機関もあるらしいが、神社は神社。寺院は寺院。陰陽師は陰陽師と勢力に分かれて地方ごとに様々な特色があるようだ。

 首都がある関東地方はある程度政府の統制が効いているが、地方に行くほどあまり管理はうまくいっていないらしい。


 日本は神道が現在の国教だが江戸時代以前は寺院の方が力が強かった。陰陽師は江戸時代まで陰陽寮が国家機関としてあったが明治時代に解体されている。

 明治維新後にいくつも戦乱があったので国内の統制に集中できなかったのだろう。

 レンは以前の世界でもそんな例をいくつも知っている。


(陰陽術も僧侶が使う法術も神官が使う霊術も気になるなぁ)


「あれ、でも獅子神さんとこはどっちかというと武家っぽい感じだよね。戦い方」

「そうね。獅子神神社は戦災と戦後の混乱で一度潰れかけたことがあったの。戦争というよりはその際に起きた混乱に乗じて攻め入られたのよ。そして当時はそんな神社や寺院、家はいくつもあったらしいわ。ひいお祖母様にあたる方が本家の直系で残っていた方で、同様に戦乱で勢力を保てなくなった剣術を主流としていた家の男子を迎え入れて神社を再興したの。霊術や神事も残ってはいるけれど、失伝してしまったものも多いわ。残念な話だけどね」


(ふむ。疑問の1つが解けたな)


 獅子神家は神官の家系であるのに戦い方は武士というイメージが強い。元々の霊術などが失伝され、婿養子に入った男子が伝えていた剣術などを獅子神流として再構築したのだろう。

 当然秘伝などは聞いていないのでわからないが、神霊を召喚したり憑依したりできるのだろうか。なんとなく神官というと神事を行う人々で戦うイメージがないのでどういう術を使うのかがイメージできない。

 陰陽師や僧侶は漫画やアニメの知識で良ければなんとなくイメージもできるのだが、それもあっているかはわからない。むしろ間違いだらけだろう。


 レンの住む西東京はいくつも神社や寺院もあるが、大きな勢力としては如月家という陰陽師系の家があるらしい。獅子神家はどちらかというと弱小勢力のようだ。ほかにもいくつもの神社、寺院、陰陽師などの家は無数にある。

 他にも明治維新や戦後の混乱に入ってきた外国の犯罪組織や異能を使う組織など、かなり混沌とした状態らしい。


「とりあえずしばらくおとなしくして僕の存在に気付かれないのがベストだね。そううまくはいかないだろうけど」

「ふふふっ、首を突っ込んできたのは玖条くんじゃない。手を出さずに隠れていれば見つからなかったと思うわよ? 今は獅子神家の抗争での介入者について色々なところから探りが入っているって聞いているわ。気をつけてね」

「好奇心猫を殺すっていうけどほんとそうだよね。つい手を出しちゃったんだ。反省はしているけど後悔はしていないかな。色々参考になったよ。また今度時間があるときに教えてくれると嬉しいな」

「えぇ、構わないわ。お祖父様は無事だったけれどあのまま御神体を持ち去られていたら獅子神家の状況は今よりもかなり悪くなっていたわ。私の命も獅子神家もその好奇心に救われたのだから、恩を返したいわ。獅子神家として味方するのは難しいけれど私個人で良ければいくらでも味方するから」

「うん、よろしくね」


 水琴と目立たないように別れ、レンは帰宅する。家と学校が近いというのは便利なものだ。近所に商店街もあるが大きなスーパーとホームセンターの複合施設もあるので買い物に不便はしないし、通販やコンビニなんていう便利なものがある。

 家電も魔道具などよりも使いやすいものが多いし、何より電気やガス、水道が整備されている。公共交通機関や道路の整備も発展度合いは比べ物にならない。


(平和で食料も物も十分にある。小さな島国なのに経済では世界でも上位にいる。魔物の脅威も存在はするらしいけれど僕の知る世界とは圧倒的に少ない。争う必要とかないと思うんだけどなぁ)


 水、食料、生活も豊かな街を見ていればレンなどはそう考えてしまうが、隣国は虎視眈々と日本を狙っていると聞くし、太平洋の向こう側にある大国、アメリカ合衆国は日本が軍隊を持つことすら許さなかった。

 世界という単位で見れば今現在も紛争や戦争が起きている地域は多い。

 たまたま転生した時代が、平和を謳歌しているだけで日本も少し前であれば幾度も戦争を行っていたし、江戸幕府が統一する前は国内で争っていた。

 どれだけ発展すれば争いがない世界になるのだろう、そう思わなくもないが、残念なことに争いはなくならないのだろう。

 それはどこの世界でも変わらないらしい。


「じゃぁやっぱり強くならないとね」


 獅子神神社襲撃事件では自分から首を突っ込んだがレンを監視している眼の存在は未だ不明であるし、レンを探している組織もある。

 レンと全く関係のない争いに巻き込まれる恐れもある。

 結論として、どんな暴力に晒されても跳ね返す力がほしい。最低でも逃げ出すだけの実力が必要だ。


「せめて1年、静かに力を蓄えたいなぁ」


 たった1月ちょいでレンは水琴に正体がバレ、存在自体は予言によってすでにバレている。

 更にレンはもし前回のようなことがあればきっとまた首を突っ込むだろう。

 難しいことだなと思いながらも、レンは小さくつぶやいた。


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