006

「うぐっ、絶対何もしゃべらんぞ」

「やだっ、やだっ、やめてよぉ」

「離せっ、なんだこの気色悪いのはっ」


 暗闇の中でいくつもの悲鳴が聞こえる。

 それもそうだ。レンは尋問というよりはまず拷問を始めた。

 レンが捕らえた獅子神神社襲撃の実行犯たち。そのうちの幾人かはほとんど何も知らなかった。

 着ていた黒ローブやその内側の防具はそれなりの性能を持っていたが、それだけだ。あの程度なら街の防具屋でも買えた。

 せいぜいこの世界特有の特殊素材や機械を使った織り方が参考になった程度だ。


 今叫んでいるのは御神体を盗むために別働隊のリーダーをしていた男、そして空を飛び、風の刃で獅子神家を苦しめていた女、炎術を使っていた男の3人だ。

 3人はレンが昔作った魔法生物にとらわれている。こちらの概念でいうとローパーに近い触手生物だ。

 魔力持ちは毒に強い。体も頑強で病気にもほとんどならない。一般人に金属バットでフルスイングされても怪我すら負わないだろう。

 だがレンの作った魔法生物は相手の魔力を吸い、乱し、その体を強化している元を断つ。魔力持ちも魔力がなければ多少強いだけのただの人だ。

 その上で魔力持ちにも効く魔法毒や呪毒などを分泌し、本来曲がっては行けない方向に関節を曲げたり、通常は入り込めないような穴の奥まで潜り込んでいく。冗談抜きで魔力持ちを拷問、尋問するためだけに作られたものだ。



「とりあえずあの女に聞いてみるか、あいつが一番意思が弱そうだ」


 風術士の女を連れ出し、解放しマントを掛けてやる。よほど怖かったのか顔がぐしゃぐしゃだ。涙も鼻水もよだれも垂れ流しで、顔を拭いてやってソファに座らせ、温かい飲み物を与えるとようやく落ち着いた。


「ひっく、ひっく。わ、私は殺されるの?」

「う~ん、私の質問に素直に答えてくれるなら許してあげないこともない、かな?」

「こ、答えるからぁ、もうアレはやだぁ」


 レンは〈ラーマの仮面〉と普通のローブをつけて少女と相対していた。声も変えている。

 少女は褐色肌で純粋な日本人ではない。聞いてみると東南アジアとのダブルで、まだ20歳にもなっていないそうだ。

 その素質を見込まれ、親に売られて売られた先で風術を仕込まれ、今回の襲撃に参加して獅子神家の人間を何人も傷つけ、殺した。

 以前のレンなら情報を引き出すだけ引き出して確実に処分しただろう。

 実際下っ端で使われていただけのものたちはほとんど処分済みだ。

 しかし今レンはこの少女を殺したくないと思っていた。


(うん、やっぱ混ざってるよね)


 レンは玖条漣という少年の体に転生してからもう1月以上経つ。

 主人格や記憶などはレンのものであり、漣少年の記憶も持っているが映画を見るように思い出せるだけで、その時に感じた感情までは共有していない。

 だが嗜好の変化をこの1月ちょいで感じている。

 例えば味覚だ。酒は好きだったが舌が慣れていないのかあまりうまいとは思えない。こちらの酒のほうが明らかに味も質も高いというのにだ。これは法律的にも買うのが難しそうなので成人してからゆっくり楽しもうと思っている。

 他にも甘味は特に好きではなかったが、よく食べるようになった。これは日本のスィーツのレベルが高いというのもあるのだろうが、漣少年が甘味好きだったからだと思っている。

 女性の好みも変わった。以前のレンは年齢を重ねていたので、妙齢の落ち着いた女性を好んでいた。しかし今のレンは妙齢の女性も好きだが漣少年と同年代の目の前の少女や水琴のような、以前なら対象外として扱っていた年齢層の女性にも興味が出ている。


 そして漣少年はどちらかというと、気弱で荒事は好まない優しい少年だった。

 今目の前の少女の命を問答無用で奪わずに、逃してあげたいと思っている。そしてほんの少しだけ、力尽くで犯してしまいたいという欲望が存在する。どちらも以前のレンにはなかった感情や考え方だ。

 他にも微細な変化やおそらくレンがまだ自覚していない変化もあるだろう。

 明らかに玖条漣という体にレン・フィール・ウル・クロムウェルの魂が入ったことで、以前のレンとは変わっている。

 ただ長く生きれば嗜好が変わったり、就いた職業でやりたくないこともやらざるを得なかったこともある。

 女性の好みや食べ物の好みも年齢や住んでいる土地によって変わったものだ。

 日本は清潔だし家電も便利で、食事もうまい。思っていたよりも裏の治安は悪そうだがこちらにも魔法に準ずるものがあるというのはレンの探究心を刺激しているので悪くない。

 どのみち転生などという謎の現象が起きているのだ。それだけでわくわくが止まらない。

 レンは自身に起きた変化などはできるだけ把握しようとしているが、変化そのものは受け入れていた。


(この子くらいはいいか)


 そしてレンは別に拷問官でも官吏でもない。レンが少女を見逃したとしても誰に罰せられるわけでもないのだ。


 結局少女には少々強めの〈制約〉を掛けて解放した。

 少女はスラムとまでは行かないが貧民の子に生まれ、幼い頃に親を無くし、その魔力の素質を犯罪組織の魔術士に見込まれて風の魔術が使える杖や空を飛ぶ機能のついたブーツを与えられただけの、指示されるままに獅子神神社襲撃に加わっただけの子だ。

 持っている素質もそこそこという程度で、水琴ほど将来が有望というほどでもない。

 杖などの術具さえ奪ってしまえばちょっと魔力が高い女の子、というだけだ。


 全部剥ぎ取ってしまったが防具の下には普通の服も着ていたので返し、多少の金を与え解放してやった。

 元々彼らを捕らえたのも現代の術のレベルや仕組みを知りたいと思って捕らえただけだ。

 職務でもなんでもなく、どちらかというと好奇心や研究心に近い。

 心の赴くままに温情を示すのも良いと思ったのだ。

 どうせすでに水琴を救ってしまってレンの存在はバレている。水琴からバレることはすぐにはないだろうが、謎の視線の件もあるし、レンも一生隠れ続けられるとは思っていない。

 誰かの奴隷のように扱われるのは絶対にごめんであるが、そうでないのならしたいようにすれば良い。すでに一度死んだ身だ。ボーナスステージとして愉しめば良いのだと思っていた。


 少女に優しくした分、残りの2人には容赦というものは一切しなかった。

 その2人はそれなりに魔術に詳しかったり、今回の襲撃の主犯であったというのもある。


「精神系魔法、耐性低くない?」


 ただそれで思ったのが、今のレンで使えるような緩い精神系魔法にあっさりとその2人が掛かったことだ。

 拷問で気力や魔力が削られていたことを考えても、あっさりと掛かりすぎだと思った。

 聞いてみると彼らは拷問や精神系魔法に対しての訓練も行っているし、耐性も持っているらしい。体内にソレ用の術具も埋め込まれている。

 しかしレンの使う術式は彼らの訓練や耐性と全く違う部分に作用するのだと思われた。

 異世界仕込みの精神系魔法に対して、彼らは全くと言って良いほど無力だったのだ。


「まぁいいか。ただ逆もあるかもしれないから気をつけないと」


 炎術士と隠密部隊の隊長は魔術にもそこそこ明るく、彼らのアジトや資金源、魔術具や彼らが使える術や訓練方法などレンの知りたいことをすべて話してくれた。

 おかげでレンは犯罪組織とは言えこちらの魔法や魔術についてある程度の知識を得ることができたし、わざわざ獅子神家を助けた分の元は十分に取れたといえる。

 体内に埋め込まれていた対抗術具を解析すればこちらの精神系や拷問系の術式も予測できる。レンの感覚では200年ほど前に他国で流行った術式に近いものだ。


「でも外注なのかぁ」


 気になったところはそこだ。問題は彼らも雇われただけで、なぜ獅子神神社を襲ったのかや奪った術具をどのように利用するかなどは全く知らなかったことだ。

 別の犯罪組織に多額の金銭や装備などを与えられ、襲っただけのいわゆる下請けであったのだ。

 結局最も知りたいことは幹部格ですら全く知らなかったのだ。


「まぁいいか。西洋系の魔術だって言ってたけど、魔術ってやっぱり世界が違っても似かよるものなのかな?」


 こちらに来て知った言葉に収斂進化という言葉がある。

 海に住む哺乳類が魚類と同じような形態を取るように、求める物が同じであれば同じような方向性に進むのであろう。


 魔術とは魔力はあるが魔法が使えない者が、魔術具や触媒、魔術陣などの力を借りて魔法のような現象を起こせるようにするのが起源だ。

 その後独自の進化を遂げ、魔術士専用の魔術具から汎用的に使える魔道具が生まれたり、魔法では相当の才と修練が必要なレベルの術を術具などで補ってより強力な術を使えるようになるなど、様々な変化はあったが元々はそこが始まりだ。


 実際風術士の少女は魔術に関しての知識はほとんどなかったが、与えられた術具の使い方だけを練習させられてそれなりの術を使っていた。ただし逆に言えばそれしか使えない。

 そして彼らの使っていた術は、術具に使われる素材や刻まれた言葉こそ違えど、レンの知る術具と構造や方向性はほとんど変わらない。


「でも日本には多分陰陽師とか神官、僧侶とか色々いるよね。今度獅子神さんに聞いてみようっと」


 レンは残った幹部の2人を魔法生物のエサにしてしまうと、彼らが使っていた術具の解析に戻った。


 ◇  ◇  ◇


「なかなか慎重だなぁ」


 周囲には惨劇の跡が残っていた。獅子神神社の襲撃者のアジトを襲撃したのだ。カルラにも手伝ってもらったので一瞬だった。

 アジトには金銭や術具、魔導書などもあったのでホクホクだ。だが組織の首領や幹部を尋問、というか軽い〈洗脳〉の魔法ですべてを聞き出せたのだが、彼らに依頼した組織や奪った術具の使いみちなどは首領の老人ですら知らなかった。

 見知らぬ外国人の組織から多額の前払金を貰ったので受けたというのが真相で、それ以上は辿れない。

 ただ首領や幾人かの幹部は精神系魔術を使えるというので試させ、術式を解析したが少なくとも彼らが使える程度の術ではレンがつけている護符などで防げそうだというのがわかったのは大きな収穫だ。

 予想はできていても実際にやってみなければわからないことは多い。

 他にも多額の現金や金塊、宝石などもあり、レンがどこかの組織に追われても逃げ出すための資金になる。ありがたい話だ。


 あの時助けた少女のように、年若い少年少女が幾人か逃げ出せないように術で縛られて使い捨ての兵隊とされていたので、彼らには術を解き、幾ばくかの金銭を与えて解放してあげた。

 追跡ができて犯罪をまた犯せば次はないと脅しておいたが、言っただけで基本的には放置だ。

 魔力持ちというだけでアドバンテージがあるのだ。術を使わなくても体力や筋力の強化ができるし、病気や怪我などの治りも早い。

 殆どの子が小学生か中学生くらいに拉致に近い形で誘拐されるか勧誘され、術で縛られて働かされていたようだ。彼らの今後がどうなるかはわからないが、現状よりはマシなはずだ。

 ただ精神系魔法で残忍な性格であったり再犯をほぼ確実に犯すだろう者たちは解放せずに殺した。逃した子が大きな事件を起こしたりしたらやはり目覚めは悪い。


「GWが終わったらテストがあるのかぁ。まぁ適当にやるか」


 最後まで話を聞いていた首領の首を刎ねると、レンはやはり盗賊退治は金になるなとほくそえんだ。

 ハンター時代にはよくそれで稼いでいたものだ。


 ◇  ◇  ◇


「おはよう、玖条くん」

「お、おはよう。獅子神さん」


 GWが開け、学校が始まり、教室に入ると水琴がレンの姿を見つけて挨拶をしてきた。

 その瞬間教室の空気がざわりと変わった。

 一瞬レンは何が起こったのかわからなかった。しかし水琴は気付いたようだ。「しまった」という表情をしている。


 そのままHRが終わり、1限の休み時間に水琴が小さな紙切れをレンにこっそりと渡してくる。

 そこには昼休みに指定の教室に来てくださいと書いてあった。




「どうしたの?」


 指定の教室というのはマイナーな文化系の部室だった。昼は使われていないので水琴が友人から鍵を借りたらしい。


「朝はごめんなさい」

「ん? あぁ、なんか変な雰囲気に一瞬なったよね。よくわかんなかったけど」


 レンと水琴はクラスメートではあるが、特段仲が良いわけではない。幾度かは話したことはあるが2人きりで話すことはないし、挨拶もたまたま近くにいて目があった時にするくらいだった。

 しかし今日は違った。レンが教室に入ると水琴はわざわざ席を立って近づき、レンに挨拶をしにきたのだ。

 それがまずかったらしい。


 水琴は学年でも注目されている美少女だ。凛とした雰囲気と剣術や柔術が強いのは周知の事実らしく、体育の授業などでもおそらく抑えているのだろうが一般人の中では上位の運動神経を披露している。

 授業態度もよく、成績もまだテストが始まっていないが良いらしい。このあたりはクラス内で聞き耳を立てていれば聞こえてくる内容だ。


 そして実はレンも女生徒からは注目されているというのを水琴から初めて聞いた。

 レンの身長は155cmで男子としては小さい方だ。細いが最近は鍛えているのでそれなりに筋肉もついてきた。日本人の顔立ちとしては中性的で、整っている方だろう。

 というか魔力持ちは大概が整った顔立ちに生まれるのでレンとしては普通のことだ。あまり意識したことはなかった。

 水琴は特に年上の2、3年生や同じ学年でもかわいい系が趣味な女子に密かに人気があるのだと教えてくれた。


 そしてそんな注目の的の水琴が、GW開けに女子たちから密かに噂になっているレンに今までしなかった挨拶をわざわざ席を立ってしにきたのだ。

 日本の学校の常識に鈍いレンは気付かなかったが、クラス内どころかクラスを超えて学年中でGW中にレンと水琴の間になにかあったのではないかと噂になってしまったらしい。


「本当にごめんなさい。配慮が足らなかったわ」

「あぁいや、うん。そういうこともあるよね」

「とりあえずGW中に困っていたときに助けて貰ったってことにしておいたから話を合わせて貰えるかしら?」

「いいよ」


 レンも席が近く、比較的よく話す男子の友人に休み時間などにかなり問い詰められた。

 とりあえず大したことはなかったと言っておいたが、水琴がレンが思っていたよりも感謝していたということにすれば良いだろう。

 人の噂も75日。夏休みが終わった頃には落ち着くだろう。

 話し合い、とりあえず交際などはしておらず、水琴がレンに感謝していて少し仲良くなったという風にすることにした。

 せっかくだからと一緒に昼食を取り、連絡先を交換して解散になった。

 ただ連絡自体は盗聴やハッキングの可能性もあるので、基本的には待ち合わせの時間や場所などの連絡のみに留めるようにと注意を受けた。


「やっぱ学校って面倒だなぁ」


 身分の差がない分、そしてソーシャルメディアなどが発達している分情報が巡るスピードがレンの思うよりも遥かに早い。

 そしてそれらの電子機器にレンは疎いのだ。

 水琴は様々な部活に誘われたが家の手伝いがあるということで帰宅部であるし、レンも部活には入っていない。

 今日の放課後に目立たない場所で話そうと水琴と約束をし、レンは鍵を持っている水琴より少し早く部室から出た。


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