004.襲撃
(なんだ? 規模が段違いだぞ? しかもこれ獅子神神社の場所じゃないか?)
レンが巫女の少女、獅子神水琴と同じクラスになったことで正体がバレ、面倒なことになるかもしれないと思ったのは杞憂だった。
水琴はレンの顔を見ても特に反応をしなかったし、〈魔力隠蔽〉でレンが魔力持ちであることは水琴に気付かれることもなかった。
学校には水琴含め数人魔力持ちがいたのだが、接点もなく、露見した様子もない。問題なく4月が終わり、GWに入ったところだ。
獅子神水琴は近所にある獅子神神社という神社の神官の家系らしい。長い歴史を持ち、この辺り一帯の名家の1つとして認識されている。
獅子神流剣術道場というのを開いていて、水琴が刀をあれほど使えた理由もわかった。
実際神社の付近には多数の魔力持ちの気配があるのでレンは近づかないようにしている。
この1月でレンの体力や武術も向上し、魔力の操作などもそれなりになった。
相変わらず最大火力は大したことがないが、過去レンが愛用していた武器やレンが作った魔術具などもある。
感知できている規模の魔力波動であれば、そう危険なことにはならないだろう。
武術も元より基本は抑えている。鍛え方や技も知っている。あとは筋力をつけ、しっかりと基本の型から体に覚え込ませて行けば良いだけだ。
一朝一夕では行かない。時間を掛けてゆっくりと基礎を自身に仕込んでいる最中だ。
ただ問題も当然ある。体格の問題だ。以前のレンの肉体は190cmに近く、筋骨隆々とまでは行かないが魔力で強化せずともそこそこに力が強かった。
しかし今の玖条漣の肉体は155cm。筋肉も付きづらいのか鍛えても見た目はひょろりとしている。
大剣や大槍などの巨大武器には向かず、パワーよりもスピードを重視した装備や戦い方を選択したほうが向いているのだ。
身長はリーチ、つまり間合いに大きな差が出てくるし体重は堪えたり吹き飛ばされるなどの影響が大きい。大型の武器も扱いづらい。
対人でもそうだが、特に大きな魔物などを相手にする際には大きく差がでてくるのだ。
レンが感じた魔力波動は、多数の人間が戦っていることを示唆していた。
しかも一応クラスメートの獅子神水琴のいる獅子神神社がある場所だ。
敵になるかどうかもわからないので、行ったことはないが場所くらいは確認している。
そこで戦闘が起こっている。
「気になるな。見に行ってみるか。変声の魔道具もつければ大丈夫だよね」
介入するかはわからないが、前回見た戦闘はいわゆる鬼退治で、しかもレベルはそれほど高くなかった。戦いは見られたがレンの望むこの世界の術や戦いのレベルを知りたいという好奇心は満たされなかった。
今度のはおそらく術士同士の戦いであり、日本の術士たちの戦いを見る絶好の機会だ。
自身が探されている状況で外に出るのは宜しくないのは重々承知しているが好奇心をグサグサと刺激してくる。
結局レンは自身の好奇心に負け、様子を見に行くことにした。
レンは革鎧を身に着け、竜鱗の小盾と50cmほどの短剣を装備し、その上に護符や隠密装備と新しく変声の魔道具を仮面の内側につける。
レンの声は水琴にバレる可能性があるし、誰かに聞かれるのもよくない。いくつかのパターンは用意したがとりあえず性別も誤魔化すために少女の声に変声するものを選んだ。
万が一戦いになったときのために〈収納〉にいくつかの戦闘や逃亡用の魔道具を詰めておく。
〈収納〉はゲームやアニメのようにいくらでも物が入り、頭の中にリストが出てきて選べるなどの便利機能はない。時間も停止しない。ただ内部の温度や湿度などを指定することはできるので、食料や素材などの生物(なまもの)を入れてもそれほど困ったりすることはない。
そのものも1つの大きな空間というよりは、どちらかというと幾種類もの多数の箱がある感じだ。ダンボールから荷馬車、箱馬車から家や大きな倉庫など様々なサイズの〈収納〉をレンは持っていて使い分けている。
ざっぱに纏めて入れている大きなタイプもあれば、武器や魔法薬などの戦闘に必要な物だけを入れている小さな〈収納〉もある。
今回は使いそうな物を別に分けた専用の〈収納〉を用意する。
ベランダに出て、フードをきちんと被り、スカイボードに乗る。
レンはワクワクしながら獅子神神社の方向に飛び出した。
◇ ◇ ◇
「何っ?」
獅子神水琴は就寝しようと、ちょうどうとうととしていたところだったが飛び起きた。獅子神神社はそれほど大きくない山の中腹にあり、水琴が住んでいる屋敷や道場は神社がある山の麓にある。
そして明らかに神社で大きな霊力の波動のようなものが感知された。異常事態だ。
即座に部屋にある大蛇丸と脇差を手に取り、壁に掛かっている巫女服に着替える。
この巫女服も内に着るインナーも霊糸で作られた特殊な物だ。現代の軍で使われるような防刃や防弾の素材と合わせて織り込まれ、鎧ほどではないが防御力は高い。
「状況を」
「お嬢様、いけません」
「いいから状況を説明しなさい。私に命令できるのは当主であるお祖父様、それにお父様、お母様、せいぜいお兄様たちまでよ」
部屋を飛び出すと使用人たちが水琴を止めるが水琴は即座に切り捨てた。
「神社に複数の襲撃者が来たようです。ご当主様は神社に、重信様は屋敷の防備を固めています。次治様は先程高弟たちを連れて神社に向かいました」
「私も出ます。こちらに襲撃がなくて神社で戦いがあるなら目的は御神体の可能性が高いでしょう。絶対に守らなければなりません」
たとえ水琴と現当主である祖父や次兄が死んでも屋敷を守っている父か、今はここを離れている長兄がいれば本家の血筋は守れる。
神社には御神体やいくつもの霊具があり、屋敷にも獅子神家所有の武具や貴重な書物がある。父は屋敷を、祖父と次兄は神社を守る。
現状を即座に分析し、水琴は神社の守りに向かうことに決めた。
屋敷を出ると幾人かの分家の者や門下生たちが装備を整えて準備をしていた。
「水琴様っ」
「準備はできている? 優先順位は御神体、お祖父様、お兄様よ。すぐでるわ」
「はいっ」
郎党を8人ほど連れて家を飛び出し、神社の階段を駆け上がる。
神社の境内はひどい有様だった。
戦闘員非戦闘員関わらず、水琴の知っている顔の死体がゴロゴロと転がっている。
そして襲撃者、黒いローブを着た者たちも同様に死体になっていたり大怪我をして動けない状態になっている。
パッと見ただけでこちらの被害は10を超えているようだ。
まだ活動している敵の数は20を超えているだろうか。
拝殿や社屋の一部は壊され、次兄の次治と獅子神家の術士たちが本殿に敵を入れないように戦っているが、形勢はいささか不利に見える。
(あの2人が厄介ね。西洋系の魔術士かしら?)
獅子神家は神官の家系ではあるが、武家のように剣や槍を使って戦闘をするのが主体だ。
相手方に2人ほど、強力な遠距離系術士が居り、その2人のせいで獅子神家側が苦戦しているのがわかる。
他はそれほどの力量がないのがわかるが、敵方が銃器で武装しているのとその2人のせいで形勢は不利だ。
1人は炎術士だ。5本もの火炎放射器のような炎蛇を自在に操り、獅子神家の者たちを近寄らせず、かつ分断するように動いている。
もう1人は風術士で5mほど浮き上がり、空から風の刃を飛ばしている。
一撃で致命傷になるほどの威力ではないようだが、傷を負って戦闘不能になる者たちが幾人もいる。暗闇もあり、見えない風の刃はなかなか厄介だ。防具の上からでもダメージを負って幾人も動けなくなっている。
どちらの術士も5人ずつ守りを固めていて、近づくことすらできていない。
「あっちを先にやるわ。右から回って後ろから不意を突くわよ」
水琴は郎党たちに指示を出し、風術士から排除することにした。
声も音も出さずに風術士を守っている黒ローブたちに奇襲をかける。
風術士を守っていた黒ローブたちを2太刀で2人斬り倒し、水琴は空中に浮いている風術士に向かって刀を振る。
「ぎゃっ、なに~? いた~い」
霊力を込めた大蛇丸から斬撃が飛び、風術士の背に当たったが思ったより防御が固い。おそらく中に帷子か何かしらの防具を装備していたのだ。ローブは斬り裂けたが体までは届いていない。
風術士は衝撃で地面に落ちるが残った黒ローブたちがしっかりと守っている。
「今のやったのは貴女? 後ろからいきなり斬りつけるなんて酷いじゃない」
聞こえたのは若い女の声だった。ローブに認識阻害系の術式が付与されているらしく、顔は見えない。夜中に獅子神神社に襲撃しておいて酷い言いようだ。
先日の鬼程度であれば両断できていたはずの一撃は風術士を吹き飛ばし、ダメージは与えられたようだが致命傷にはならなかった。
落ちた風術士の追撃に護衛の一人を切り裂きながら近づき、〈縮地〉を使い、斬りかかるがギリギリ杖で防がれてしまう。使っていたのは金属製の杖で、半ばまで断てたが術士までは刀が届かない。
「うわっ、やめてよっ。接近戦とかできないんだからっ。あんたたちっ、ちゃんと守ってよねっ」
風術士は危険を感知したのか即座に飛び上がり、水琴の間合いの外に逃げていった。
だが風術士の攻撃が止み、防御に専念させられていた本殿を守っていた者たちが即座に反撃に移り、炎術士を守っている黒ローブたちを幾人か減らしている。
「水琴か、助かった」
「まだですよ。風術士も倒せていません。反撃に移りましょう。お祖父様は?」
「そうだな。お祖父様は本殿の奥で御神体を守っている。俺たちは敵をここから先に行かせないことだ」
風術士が離脱したことで形勢が変わる。向かってくる炎蛇を大蛇丸で斬り、高熱に炙られながらも護衛の1人を斬り裂く。人を斬る感触は相変わらず慣れないが殺らなければ殺られるのだ。躊躇する暇などない。
ヒュッと小さな音を感じて下がると腕に切り傷が付く。風術士が攻撃をしてきた水琴を狙って小さな風の刃が殺到してくる。
水琴は〈水晶眼〉で本来見えないはずの風の刃を視認し、避けることに徹するが数が多く、速度も速い。いくつかの攻撃は軌道も曲げてきて受けてしまい、傷を負う。急所は避けているが腕や足、肩などから血がこぼれた。
「そろそろだな」
次兄たちと戦っていた炎術士が楽しそうに声を出した。男の声だ。
(なに? 切り札かなにかがあるの?)
そう思った瞬間、本殿の奥で霊力が弾ける。御神体を守っていた結界が砕けたのだ。
(別働隊!? 襲撃は陽動か!)
奥から5人の黒ローブが出てくる。1人は古い木の箱に入った御神体を抱えている。他の4人も守っていたはずの霊具を持ち出したようだ。
それを確認した瞬間、水琴は自身の命を捨てることに決めた。
獅子神家が1000年を超えて守り続けていた御神体だ。水琴の命などとは間違っても釣り合わない。
次兄は炎術師に足止めをされていて間に合わない。
体に過剰な霊力を流す。生命力を削り、霊力に変換して一時的に通常の何倍もの力を引き出す禁術だ。
これを使えば水琴はよくて今後戦えない体になり、悪ければ死ぬ。それでも御神体を守れるのであれば、獅子神家の勝ちだ。
溢れんばかりの力が体を満たし、反動でギシギシと体中に痛みが走る。ギリと歯を食いしばり痛みを堪え、即座に御神体を抱えた男に突撃しようとした瞬間、声が聞こえた。
「だめだよ、お姉ちゃん。そんなことしたら死んじゃうよ」
(何!?)
聞こえたのは幼い少女の声に聞こえた。どこから聞こえたのかわからず姿も見えない。敵味方関わらず急に聞こえた少女の声に両者とも一瞬動きが止まる。
黒いテニスボール大の球が空からいくつも降ってくる。その黒いボールは地面に落ちた瞬間に弾け、真っ黒な棘のついた幾本もの茨になって黒ローブたちを拘束していく。
少女の声は敵か味方かわからなかったが、黒い茨は敵の黒ローブたちだけに襲いかかっている。
御神体や霊具を持った術士たちも黒い茨に拘束され、しかも水琴の眼には拘束された者たちが霊力を練ることもできない状態にされているのが視えた。
黒球が落ちてきた中空を見る。
他の者たちには見えていないようだったが、水琴の無理やり強化された〈水晶眼〉には板に乗り、ローブを羽織り、仮面をつけた声の主が視えた。
「御神体と霊具を確保しなさい」
あっけに取られている味方に指示すると即座に奪われた御神体や霊具たちを仲間たちが確保する。
(まずい、反動が)
くらりと水琴の視界が揺れる。時間制限付きの〈限界突破〉は諸刃の剣だ。実際に使ったことはなく、少女の声でその力を振るう前に思っていたよりも早く限界がきた。水琴は別働隊の5人を斬り殺せれば十分だと思って発動したのだ。
揺れる視界の中で敵の幾人かが黒い茨に囚われたまま地面にできた闇の中に吸い込まれていくのが見える。
そこには別働隊として御神体を奪った男も、炎術士も、そして離れて空から攻撃をしてきていた女風術士も含まれていた。
(良かった、守れた……のよね)
水琴はそれだけ確認すると地面にどさりと倒れ、視界が暗くなっていった。
そして水琴の倒れた地面にも同じように黒い闇が現れ、水琴の体は闇にずぶずぶと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
「あ~、やっちゃった」
手を出すつもりはなかったのだ。獅子神家も不利ながらもよく守っていたし、水琴の介入で形勢も良くなっていた。
襲撃者たちの術もいくつも見られたし、獅子神家が使う武術も観察することができた。
このままなら被害は大きいが問題はないだろう。そう思っていた。
しかし事態は急変した。本殿の奥での争いで襲撃者たちが勝ち、狙っていたであろう術具などを持ち出したのだ。
そしてレンの予想外なことに、水琴は自身の生命力を燃やしてそれを防ごうとした。
レンも似たような術は知っているが、基本的には禁術に分類されるレベルの手段だ。しかも慣れていないのだろう。術の構成が粗雑だった。本来するべき対処すらせずに発動していたのもまずい。あのまま水琴が戦えば勝てたかもしれないが水琴は再起不能になる可能性が高かった。無茶がすぎるとレンは思う。
それを癒せる術士がいるのかどうかもレンは知らない。単純な癒術士では不可能で、少なくともレンの知識上でも希少な能力だ。
それを見た瞬間、レンは体が勝手に動いていた。
周囲の注目を集めるように声を出し、魔術具である〈闇の茨〉をばらまいて襲撃者たちを拘束したのだ。
やってしまったことは仕方がない。拘束した術士たちを〈箱庭〉にある〈白牢〉という場所に放り込み、傷ついた水琴も回収する。
「だめだなぁ、生まれ変わってもこういうとこは変わらないや」
昔似たような感じで白狼族の少女をつい救ってしまったことを思い出した。部族を守るために自身の命を捨ててまで戦おうとしていた娘だ。
結局その少女もつい助けてしまい、懐かれるハメになった。
「なんだっけ、こっちではこういうんだよね。バカは死んでも治らない。ホントだなぁ」
レンは長く生きているだけに自身の良い部分も悪い部分も把握している。しかし悪い癖というのは治そうと努力しても治らないものだ。
探されているのに好奇心に負けてこの場にいることすらまずいというのに手まで出してしまった。
幾度か似た状況になった時にもレンは同じように行動し、時には自身がピンチに陥ることすらあった。
それでもレンは変わらず差し伸べられる手を引っ込めることができない。
それは地球という異世界に来てもやはり変わらないのだと、レンは嘆息しながら自室に帰り、〈箱庭〉に入った。
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