003

(危なかった)


 速度もそうだが、剣筋が恐ろしく正確だった。しかも〈強化〉だけでなく、間合いが10mほどに近づいた瞬間、一瞬で間合いが消えた。

 勘が働かなければ、……巫女の少女が抜刀する前から後ろに飛んで居なければ避けられなかった。

 むしろ斬撃を飛ばすなり、刀に魔力を纏って刀身を伸ばされていたらレンの首は飛んでいた可能性が高い。あの魔力の感じならその程度はできるはずだ。使っている刀も魔剣の類だろう。なかなかの威容を放っている。

 護符や防具、魔法薬はあるし念の為カルラの分体がレンを守っているため大丈夫だったであろうが、冷や汗モノだ。


 抜刀から即座に袈裟に、それも避けると袈裟斬りは無理に止めたのだろう。途中で刀が急停止し、横薙ぎに変化する。


(速いだけじゃなくて技もすごいな)


 レンは仕方なく左手につけていた小盾で刀を受ける。これは残念ながら避けられない。それほどの鋭い変化だった。似た技を知っていたから反応できたに過ぎない。ギリギリだ。

 レン自身は弱くともつけている装備は一級品だ。隠密装備は残念ながらレンの魔力不足で十全な性能を発揮できていないが、盾は竜の鱗を削り出したものだ。単純な防御力は非常に高い。


 ガキィン


 刀を盾で受け、あえて逆らわずにレンは吹き飛ばされ、なんとか間に合った地面に作った〈箱庭〉の入り口に吸い込まれていく。

 少女は驚いたような表情をしながらも警戒を解かなかったのが印象的だった。


「ふぅ、やばかったぁ。ってか気付くのすごいな。看破系の魔眼でも持ってたのかな。他のメンツには気付かれてなかったから隠密系装備が機能していなかったってことはないはずだし」


 〈箱庭〉の地面に仰向けになりながら、少女の剣筋を思い出す。

 魔力量や練度、〈強化〉が甘かったためになんとかなったが、空間を切り裂くような抜刀を見ただけでレンは巫女の剣の天禀を見た。


「鍛えればあの子みたいになるのかな」


 レンは剣も槍も弓も、ついでに言えば魔法も魔術も錬金術も平凡だった。貴族になり、それまで我流だったレンは騎士や有名な剣士や槍士に教えを乞うた。

 彼らは口を揃えていった。レンには才能がないと。

 ただそんなことはレンは知っていた。魔法を使えるようになるまで、自身よりも魔力量が少ない才ある者たちに抜かれていった苦い記憶があるからだ。


 そして才はなかったがレンには時間があった。いつ尽きるかはわからないが、少なくとも500年は生きたほどの時間だ。

 通常のヒト種は50年ほどしか生きることができない。魔力持ちで80年~120年。強い魔力もちで魔法や魔術を使えば150~300年ほどだろうか。妖精種、鬼人種、魔人種、竜人種などの長命種は別枠だ。

 レンは剣も槍も弓も、魔法も魔術も他人の何倍も努力した。おかげで一流にはなれなかったが、一流の剣士たちと勝てないまでも打ち合えるようにはなった。


 ある日呼んだ剣士がまだ幼い子を弟子として連れてきた。まだ12,3になっていなかっただろう。

 レンはその頃には帝国騎士と剣を交えることができるようになっていた。

 しかし負けた。一瞬だった。気がついたら首筋に剣が当てられていた。その一閃に見惚れてしまったほどだ。

 その少年は騎士になり、下位貴族の庶子であったのにも関わらず、騎士団長は代々伯爵位以上の子弟が就くことに決まっていたため、その功績と実力で副騎士団長まで上り詰め、20年後、大きな武闘大会で優勝し、国すら滅ぼしかねない強力な魔物を狩り、剣聖と呼ばれるまでになり、他国にまでその名は轟いた。

 先ほどの巫女の少女はその剣聖になった少年と同等の天禀を持っているように思えた。

 レンは最初の一撃、抜刀の剣筋を見た瞬間、あの少女もいつか剣聖が至った域に達するかもしれないと幻視した。


(まぁそのためには魔力量も制御も操作も全部鍛えないと駄目だろうけど。魔眼も制御できてなかったし、多分魔力回路もほどほどな感じだしな)


 素晴らしい剣の才。惜しいな、と思った。魔力回路を調整し、魔力炉を励起させ、実戦と修行を重ねなければ天性の才があってもたどり着けない境地がある。

 レンはどの分野でもその境地にはたどり着けなかった。

 剣聖になった少年然り、北の果てで魔法の天才と呼ばれた少女、魔術を極めたと言われた大魔術師の老人、錬金術の師。槍をもたせれば天下無双と呼ばれたハンター。数百年も生きていれば多くの才能を目にすることができる。その度にレンは自身の才の無さに絶望し、憧れ、彼らの見ている視界を見たいと努力を重ねてきた。なにせ時間だけは他人の何倍もあったのだ。

 しかし名が残ったのは幾人かだけだ。ほとんどの天才は名を残す前に死んでしまうか、その才を腐らせてしまう。


 レンはどの才もなかったので、総合戦闘力を上げることを重視した。そうでなければ生き残れなかったからだ。

 剣や槍で敵わないのなら魔法で、罠で、術で、数で封殺してしまえば良い。魔法や魔術で敵わないならば錬金術で作った魔道具で相手の魔法を殺し、接近戦に持ち込めば良い。索敵の鈍い相手なら隠密で近づいて暗殺するという手もある。罠でも毒でも勝つためなら何でも使った。

 どんな魔法でも魔術でも相性はある。レンは才はなかったが、長い長い時間とひたすら突き詰めて努力する才だけはあった。天才の数倍修練すれば、そして彼らが使う術を熟知していれば対処はできるのだ。

 そして多くの従魔を集め、彼らの力を借りることでレンは大陸でも屈指の戦闘力を手に入れた。

 どうにもならない相手には〈箱庭〉の従魔たちの力を借りれば良い。

 そうしてレンはいくつもの死線をくぐり抜け、偉業を重ね、大陸に名を轟かす大魔導士と呼ばれたのだ。


 ◇  ◇  ◇


「なんだったのかしら、今の?」

「どうした、嬢ちゃん。いきなり走り出して」


 獅子神水琴はほんの1分もない邂逅に混乱していた。

 獅子神流の門下生たちの実戦のために、ちょうど現れた下位の鬼を討伐する部隊についてきていた。

 しかし師範代が彼らを統率し、陰陽師に結界まで張って貰っていた。水琴の出番などそうそうありえない。

 水琴が、もしくは他の2人が手を出せばほんの数分で終わる程度の相手だが、死を意識する実戦を繰り返すことは大事なことだ。水琴も10才の頃から戦いに駆り出されてきた。

 ようやく門下生たちが鬼を倒した瞬間、後方に小さな気配を感じた。

 まだうまく使えていない〈水晶眼〉でもはっきりと見えない。薄すぎる気配。暗闇の中に薄く見える黒いモヤのような相手。しかし敵意は感じない。人とも妖魔とも言えないナニカがそこにいた。


 霊力を込めて走り出す。どうやったのか知らないが他家が張った結界の中に入り込み、戦闘を盗み見ていたのだ。人間でも妖魔でも敵だ。少なくとも正体くらいは明らかにしなければならない。

 近づいても相手の正体は全く見えない。だが確実にそこにいるのはわかった。

 数秒でそのナニカの近くまで走り、〈縮地〉を使い抜刀でモヤの首のあたりを狙う。


(避けられた!?)


 渾身の一撃だった。だがまるで水琴の一撃を読んでいたように刀が空を斬った。驚きを飲み込み更に踏み込んで袈裟に斬り、無理に刀の軌道を変えて鋭角に横薙ぎにつなぐ。得意な剣術の1つだ。全身に負荷は掛かるが、確実にとらえたと思った。


 おかしな感触だった。妖魔でも人の肉でも、そして金属などの感触でもない。

 水琴に与えられた霊刀大蛇丸の刃は硬いナニカに弾かれ、そのままモヤのような相手は消え去ったのだ。


「何か居たと思って斬りかかったんだけど、逃げられました。妖魔だったのか人だったのかすらわかりません」

「おいおい、俺の結界の中に気付かれずに入り込んでたっていうのか。しかも接近戦で嬢ちゃんから逃げるなんてすげぇな。一体なんだ?」

「わかりません、もう気配も感じないし」

「今日の第一目的はあいつらの引率で死人を出さないことだ。何人かけが人はでたが目的は達成したんだ。まずは無事に帰ろうぜ」

「そうですね」


(アレはなんだったんだろう)


 水琴は小さな棘を心に残しながら、帰路についた。


 ◇  ◇  ◇


 あの巫女少女との邂逅から1週間。もう学校が始まる時期だ。

 レンはその間も相変わらず自身を鍛えていた。真剣はまだ難しいが木剣をある程度操ることもできるようになったし、数kmなら走れるようになった。

 新しい体は筋肉が貧弱で背も小さく、リーチも短い。特に鍛えているのは魔力操作と隠蔽だ。

 学校に行くということは外に出るということだ。誰の目に見つかるかわからない。


 この世界にも魔力持ちがいる。魔物らしき鬼も存在する。それは嬉しい誤算ではあったけれど、危険も多いということだ。

 知識から日本は平和な国だと思っていたが思っていた以上に強者がいそうだ。

 レン自身は未だとても弱い。装備や魔道具で多少上乗せすることはできるけれど、外で狙われたらどうあってもレンの存在は隠せない。

 漣少年の記憶では残念ながら魔力持ちが日本でどのような立場を持っているのか、どんな力を持っているのかも全くわからないのだ。


(おかしなのに捕まるなんて冗談じゃないしな)


 レンを探すような魔力持ちの数は減っていたが、それでも探知系の魔力は断続的に感じられている。おかげでレンはほとんどの時間を〈箱庭〉の中で過ごしていた。

 その分鍛錬に費やし、レンはふと気づいた。

 先日あった少女ほどの才はない。レンの知る本当の天才たちには敵わない。

 だが漣少年の、この体は以前のレンの肉体と比べれば遥かに才に溢れていた。

 剣術、槍術、体術。魔力操作に魔法、魔術。

 未だか弱いし、魔力量も以前に比べれば竜とネズミくらいの差がある。

 だが上達の幅が早い。反射速度や反応も良い。

 魔力回路も貧弱ではあるが、調整の効果が高い。これなら1つ目の魔力炉の稼働もそれほど遠くなくできるかもしれない。

 鍛えれば鍛えるほどどんどんと強くなっていく自分に気付く。


「あはっ、はははっ」


 レンは地べたに寝転がりながら笑いがこぼれていた。

 転生だか憑依だかわからないが、この肉体を鍛えればレンが見られなかった、憧れていた天才たちの見た境地の一端にでもたどり着けるかもしれない。

 その可能性があるだけで、自然と口から笑いが出てくる。


「そういえば、強くなる感覚って久しぶりな気がするな~」


 まだ初級者とも言えないが、毎日自身の体が、魔力が強くなっていく感覚がある。

 そんなのは100年以上前の感覚な気がした。

 レンは技術も魔力も400歳前に自身の才の限界まで鍛え上げてしまったのだ。

 後年のレンは研究者としてあまり実戦に出ることもなかった。

 地位も名誉も持ち、名が轟いたレンに絡んでくる貴族や騎士もほとんどいなかったし、よほどの事態でもなければ魔物狩りに行くこともなくなった。

 新しい術や錬金術、魔法の研究に時間を費やし、鍛えることはやめなかったが、自身の成長を実感するのは本当に久々だったのだ。


「楽しいな」


 その感覚もなんだか久しぶりな気がする。

 平凡と評された体を鍛え上げ、天才たちの数倍の時間を掛けて武術を覚え、弱点を補えるように多くの術を研究し魔物を集めた。

 レンの武名が上がり、挑んでくる相手もいなくなっていた。

 弱くなったことは残念ではあるし、レンを狙う勢力も存在する。

 現状ではレンではあの同年代に見えた巫女の少女にすら敵わない。命の危険を感じるなど最後の戦いの前はいつだったか。

 鍛えることで強くなる、そんな当たり前のことをすっかり忘れていた。


 科学の元となるこちらの世界で発達した知識も面白い。向こうでは学校も教師として招かれたことはあったが通ったことはない。

 日本という小さな島国でも知らないことはたくさんある。これが海を渡った先には何があるのか、こちらにも精霊や神はいるのか。気になることはそれこそ山ほどある。


「楽しみだな」


 なぜこの世界に来たのかは未だわからない。

 だがレンは少しずつ新しい人生を楽しみ始めていた。


 ◇  ◇  ◇


(えぇと、教室は……ここか。学校って大きいんだな。しかもほとんどの子供、というかローダス帝国ではもう成人している年齢の子たちがほぼ全員高校に通って勉強するなんてすごいな)


 ローダス帝国や魔導王国などいくつかの国には研究機関とは別に学校も存在したが、大国の選ばれし者か爵位を持つ家に生まれた者しか教育などは受けられなかった。学校がない国の方が多いのだ。

 しかし現代日本ではそれが当たり前になっている。

 歴史を振り返れば200年も遡ればそんなことはないのだが、逆にたった200年でそれが当たり前の光景になっている。ものすごい変化の速度だと思った

 。


(魔物は存在するみたいだけれど、表には出ていない。少なくともこちらの人間には以前のような大量の魔物という天敵はいない。おかげで人間同士で争うことは多いみたいだけれど、魔物が表にでないだけでこれほど歴史の流れの違いや発展があるんだな。とりあえず学校では静かに目立たずに、見つからないように潜んでいよう)


 ガラリと指定された教室のドアを開ける。

 その瞬間レンは凍りついた。

 視線が一瞬で囚われる。


(……なぜ)


 視線の先にはほんの少し前に巫女服を着て、2本の刀を差し、レンに唐突に斬りかかってきた少女がいた。

 友人なのか数人の女子生徒に囲まれている。

 〈魔力隠蔽〉の練度もあげたし補助用の魔道具もつけている。

 幸いにも少女はレンと一瞬目があったが、レンの正体には気付かなかったようだ。

 だがこれから最低1年間は少女と同じクラスで勉強することになる。

 レンはついさっき決めた予定がガラガラと崩れる音が聞こえた気がした。


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