002
レンがレンとしての意識を持って7日が経った。その間はほとんど〈箱庭〉の中にいた。探知の魔力は未だに感じられるし、やることがいくらでもあったのだ。
その1つが〈箱庭〉や〈収納〉にあるものの確認である。
〈箱庭〉の拠点にしている森には山菜やキノコなど様々な食材があり、魔導人形で麦や野菜、果樹なども育てているので正直何年でも自給自足で過ごすことができた。
食料になる魔魚や魔物もいる。だがそれを漣少年、つまり日本人となった今の体が食べても平気かどうかわからなかったのだ。
魔法薬も同様だ。怪我に効く回復薬や病気、毒などに対処する魔法薬系が効くか否かもわからない。むしろ毒が毒であるのかすらわからない。
それらを様々検証してみると、意外なほどレンの知識とほとんど変わらないことがわかった。
レンの知る毒はレンが飲めば毒の症状を発症するし、解毒薬も効果がある。魔力が弱いために以前より毒の効きが良い。気をつけねばならない。
流石に即死毒などは試せなかったが、だいたいの目処はたった。回復薬や霊薬も同様であるし、魔物の肉や異世界の果樹や野菜を食べても問題がない。多少の差異はあるが、個人差と言って良いレベルだ。
(なんでじゃ?)
それはそれでかなり不思議だ。魔力持ちには毒や病気に耐性が付くので多少は平気なのがわかるが、日本人の肉体と異世界の人の肉体でこれほど差異がないのは逆に気になる事象だ。
レンの知る知識でも同じヒト種でも北国や南国、他大陸などのヒト種では同じ魔法薬でも効果が違ったり、処方量が違うものだ。
こちらの世界、レンはテラと呼ぶことにしたが日本人と白人や黒人では薬の効きや処方量が違う。それなのにレンの肉体はレンの知る魔法薬や食材を普通に受け入れている。
もちろんもっと実験を繰り返さなければわからないが、謎が更に深まった。
ただレンの魂がこの体に入っているというイレギュラーによって起きたという可能性もある。そうすると現地人を捕まえて実験しなければならない。つまり保留だ。
そしてもう1つ別に悩みがあった。
「……学校か~」
現在は3月末。そしてレンは15歳である。つまり4月から高校に通うのだ。
漣少年はあまり学校に興味がなかったらしく、歩いて行ける近所の私立高校を受験して入学が決まっている。徒歩10分で偏差値は多少高めだが進学校というほどでもない。校舎などの設備は新しいがスポーツも勉強もそこそこという評判だ。
入学準備に余念がなかったらしく、制服や学校指定のもの、教科書などはすでに揃えられている。この時期は近くの提携している本屋に1年生教科書セットなどと言うわかりやすい棚ができるのだ。
「行ったことないんだよな~、学校。ってかすごいなこの学校の数」
自室に戻ってインターネットで調べる。ついでに気になった電子書籍をどんどんと購入してタブレットに入れていく。
高校の教科書は1年分だけでなく3年分集めて全部読破してしまった。最終的にどの程度のレベルまで要求されるのか知りたかったのだ。
ついでに大学の入試問題もいくつか買ってみた。東大や京大などトップレベルの入試問題は読むだけで意味がわからなかったが、高校生に要求される最高レベルの知識レベルは測れる。
レンは一度読んだ本は忘れないし、魔術の〈完全記憶〉で一度見た物は他人に見えないようなモニターに映し出すことができる。少なくとも暗記系のテストは問題ないだろう。むしろ現在中学生レベルでしかない日本語や漢字の方が手強い。
辞書を全部覚えたほうが早いくらいだと思っている。
ちなみに発声は漣少年の言語能力にじじい言葉がなかったので日本語でしゃべろうとすると普通に少年のように言葉がでる。15のかわいい見た目でじじい言葉というのも目立つので良いかと諦めている。
そう、鏡を見て驚いたがレンの感覚でも漣少年の顔立ちは可愛らしかった。これは記憶を覗いても同様の扱いをされていたらしいので美的感覚の違いではないらしい。
背も小さく、中性的な美少年という感じだ。近所のお姉さんたちに幼い頃に遊びで女装させられていた記憶がある。本人はそこが不満だったらしいし、レンとしても以前はもっと威厳のある武人面だったのでギャップがひどい。
ローダス語や心の中の独白でたまにじじい言葉が漏れ出るのはご愛嬌だ。
結論としてレンはわざわざ学校に通う必要性がほとんどないと思った。
数学や物理、化学、生物などの理科系科目は読んだだけで理解できているわけではないが、わざわざ毎日通わなくてもそれほど時間が必要だとは思えない。数ヶ月もあれば3年分の学業は網羅できるだろう。
少なくとも古代文字と暗号で書かれた魔導書よりはよほど理解しやすいし、参考書や専門書も読み込めばよいだけだ。
国語も様々な物語は読めるが、テストで聞かれるような「ここの部分の作者の気持ちを答えよ」なんて問題文の意味がわからない。日本語は読めて書けて、理解できれば良いのだ。
英語の教科書もさらったが、語学に堪能だったレンにとって高校の英語の教科書を丸暗記しても英語に堪能になるとは思えなかった。
通常高校は進学か就職のために通う。そういう意味でもあまり意味は見いだせなかった。レンは大学に行って普通に就職する気はさらさらなかったし、日本にある魔力持ちたちが使う術に興味津々だった。
ただ学校に行かないという選択肢は残念ながらない。玖条漣という少年はまだ15歳で成人ですらない。事情があり一緒に住んではいないが親族が親の遺産などを管理してくれている。急に漣が学校に通わないなどと言ったら問題になるだろう。
季節に1回くらいは後見人を努めてくれている親族に近況を連絡しなければならない。
それにレンは今確実に探されている。急に進学が決まっている学校に通わなければまず目立つだろう。
相手がどんな気でレンを探しているのかはわからないが、あまり良い未来は見受けられない。
「もう誰かに飼われるとかごめんだしな」
レンは寒村の貧民の生まれだった。当時は武術も魔術も魔法も使えなかった。
村が魔物に襲われ、両親や兄弟、友人たちは魔物に食われる中命からがら逃げ出し、近くにあった街でハンターになった。伝手やコネのない子供にできる仕事など限られている。
こっちのフィクションでいう冒険者に近い職業だろうか。魔物を狩ってその素材を売払い、生計を立てる命を掛け金にする危険な職業だ。
コネも保護者もいないまだ年若いレンにはそのくらいしか選択肢がなかったのだ。
魔力自体は魔力持ちと呼ばれるか呼ばれないかという程度で、剣も槍も修練を繰り返したが全くもって芽が出なかった。30歳を超えてもギリギリの生活をこなし、ある時魔法に目覚めた。魔力操作はレンの命綱であったので鍛えていたが、後天的に魔法に目覚めるものは希少だ。
それでも魔力量は少なく、使える魔法は少なかったが、まがりなりとも魔法士の卵になれてから段々と稼げる額は増えていった。
ハンターとしてしか生きる道を知らず、体が衰え、40を超えた頃に恐ろしい目にあった。
九分九厘死んでいてもおかしくなかった。しかしレンはギリギリ生き延び、そしてそこで新たな力を得た。
たまたま助けた精霊が、レンに加護を与えたのだ。助けたと言ってもギリギリの戦いをしているところに居合わせ、瀕死の魔物に横槍を入れたというだけだが、助けた精霊は上位の精霊でレンにとっては過大な感謝をしてくれたらしく、レンの肉体は若返り、力強くなり、寿命が伸びた。魔法の使える威力も適性も大幅に増え、レンはホームにしていた街を、国を離れて別の国で新しい人生を始めることにした。
それだけレンの得た力は危険だったのだ。
しかし、しばらく他国で活動した結果、力を得たことによってハンターランクが上がり、豪商や貴族の依頼が増え、逆らえなくなった。
そこでレンは気付いたのだ。大量の金貨やそれにすり寄ってくる女性たちよりも、レンは自由に生きたいと。そしてレンはすべての名誉を捨てて逃げ出した。
年齢を数えることをやめ、10年毎に拠点も名も何度も変えた。しかしレンの存在に勘付き、追ってくる者がいた。
貴族だ。
当時の貴族から逃げ切るほどの力は持たず、レンはその貴族の犬になった。汚い仕事も暗殺も、やりたくないことを山程やらされた。
50年ほど飼われた後、ようやく〈隷属〉の魔術を自力で解き、逃げ出した。
それから数十年は静かに目立たぬように辺境を彷徨っていたが、結局また新しい貴族に目をつけられた。
ただその貴族は前の貴族のようにレンに首輪をつけようとはしなかった。
依頼を出し、きちんと報酬は払われたし、イヤなら断ることもできた。
それが大陸東部の雄、ローダス帝国の貴族だった。
その頃のレンの実力は1貴族程度では御し得ないほどになっていたというのも大きな理由だろう。貴族の戦力に勝てるとは言わないが、無視できない程度の力は持っていた。
その上以前の失敗を反省し、〈隷属〉や〈契約〉〈誓約〉などの術への対策はしっかりとしていたのだ。
しばらく経ち、ローダス帝国で皇帝の後継者争いがあり、レンは仕えていた貴族が推していた1人の皇子の味方をした。結果的に彼が皇帝になり、恩賞でレンは宮廷魔導士の身分と爵位を得た。
レンの生まれた小国では魔法士や寿命の長いヒト種は希少で狙われる立場だったが、大国であるローダス帝国では重宝された。
ただ宮廷魔導士は強力ではあるしある程度権力もあるが、やはり上位の貴族には逆らえない。戦争にも出たし魔物災害の対応など幾度も危険な目にあった。
ローダス帝国は魔法士の育成に熱心な国だ。多数の文献や魔導書を与えられ、幾度か功を上げて宮廷魔導士長まで上り詰め、幾人かの皇子の教育係にもつき、爵位もあがり、子供や孫もでき、後継者も育ったのでレンは引退してようやく自由を得た。
レンは向こうの暦で500年以上生きたが、新しい生を得た今、また、か弱く自身の身を守ることもできない状態で誰かに捕まることなど考えたくもなかった。
「予言か予知、かな。あんまり精度は高くなさそうだけれど、動きが早すぎる。それか占卜か?」
レンが探知系魔力に気付いたのは目を覚ましてすぐだ。しかもその日から継続してレンの家の周囲を探っている者たちがいる。
いくらなんでもレンの存在に気付くのが早すぎる。ただ預言者や予知能力者は元居た世界にも存在した。大概が国や宗教に飼われていたが、レン自身はともかくレンの持つ戦力は脅威だろう。
予言や予知が降りてきてもおかしくはない。単純に占卜に引っかかった可能性もある。
ハクたちやカルラだけでも一瞬で見渡せる範囲は更地にできる。
こちらの魔法士たちがどれほどの防御力を持っているかはわからないが、コンクリートでできているビルなどはぺしゃんこにできる。一般人は何万人と死ぬだろう。
今はハクやライカ、エン、カルラなどしか現在のレンを認めてくれていないが、それでも今従ってくれている〈箱庭〉の戦力を総動員すれば国ですら落とせるだろう。
「この体、本当に弱いんだよなぁ」
それに比べてレンの体は本当にか弱い。軽くランニングしてみたが2kmも走らないうちにすぐに足がガクガクとして動けなくなった。
剣や槍も持つことはできても使えない。長剣を振り下ろせても止められないのだ。長槍など持つだけでふらついてしまう。
今使えるのは精々短剣や短槍くらいだろう。
魔力に目覚めたことによって一般人とのケンカ程度ならどうにでもなるだろうが、魔力持ちが相手だと相当にまずい。レンは非常時ならともかくハクたちなどの戦力を公に晒す気はなかったのだ。
〈収納〉や〈箱庭〉などの特殊な魔法は除くと魔法も魔術も初級の物しか使えないし、制御も操作も恐ろしく粗い。
そんなわけでレンは捜索隊から身を隠しながら、必死に体力や魔力操作を鍛えることに時間を注いでいた。
丘や森を走り、木剣や木槍を振り、筋力トレーニングやストレッチも行う。
常に魔力の操作や制御を意識し、〈強化〉や〈障壁〉などの精度をあげる。
疲れ果てると大量に買った電子書籍をタブレットで読む。
あと1週間もすれば学校に通わなければならない。それまでになんとかなるか……レンは非常に不安だった。
◇ ◇ ◇
「あぁ、もうっ! うるさいなぁ」
パソコンで色々としようと自室に戻ると、ガンガンと魔力波動が飛んでくる。
誰かが魔力を使っておそらく戦っているのだ。
〈魔力感知〉の制御がもっとうまくできていれば気にもならないのだが、残念ながら今のレンにはそんな容易なことすらできない。
簡単に言えば近所の家で大きな音量で音楽を鳴らされている感覚だろうか。
「あ~、でも気になるなぁ。日本の魔力使いはどんな術を使うのかな」
つい悪い癖がもぞりと頭をもたげてくる。
誰かが魔力を使っているということはその術をうまくすれば見ることができるかもしれない。
幸いにして〈収納〉の中には隠蔽や隠密系の装備が揃っている。それらを使えばレンの魔力を隠し、影もできず、鏡やカメラにも映らない。
護符や防具で固めれば即座に死ぬということもないだろう。カルラの分体がいざというときは守ってくれると言ってくれているのもレンの好奇心と危機意識の天秤が好奇心に揺れた。
「ちょっとだけ見に行って見るか」
レンは〈収納〉から〈隠者のローブ〉〈ラーマの仮面〉〈幻影の腕輪〉を取り出し、いくつもの護符や魔術具を用意し、念のために短剣と小盾を装備した。
飛行板。こちら風でいうとスカイボードだろうか。小さめのスノーボードに似た板を取り出してそっとベランダに出る。
距離的には5kmくらいだろうか。大した距離じゃない。
スカイボードに乗り、隠密装備をつけたレンはふわりと空に浮き上がった。
◇ ◇ ◇
(うわ、何あれ、オーガ、いや、鬼? こっちの世界にも魔物っているのか)
現地につくと結界が張ってあった。人払いと遮音、そして中で行われている戦いが見えないように構築されている。
少し違うが似たような術式をレンは知っている。当然弱点も。試してみるとあっさりと結界の中に入ることができた。
距離は200mほど。〈遠視〉を使えば目の前で行われている戦いがよく見える。
そこには3mほどの棍棒を持った鬼と、7人の剣や槍、弓を持った男たちが戦っている。
和装なのか剣道着のような装備をした者たちは筋骨隆々で、2本の角を生やした鬼と戦っている。ただ年代は若く見える。
(侍と、巫女と、陰陽師、かな?)
戦っているのは7人だが、その後ろに3人の見物人がいる。
1人は7人の戦士たちに指示を出し、致命傷はなかなか与えられないようだがうまく連携を取って鬼の攻撃を喰らわずにダメージを与えている。
そして手も口も出さないのが2人。1人は白小袖に緋袴といういわゆる巫女服を着た少女だ。斜め後ろからなので顔は見えない。ポニーテールにしていて、立ち姿は凛としている。
しかし巫女服に似つかわしくないものがある。2本の刀だ。太刀と脇差だろうか。遠目からでもその少女がいつでも戦闘に割り込める態勢であることがわかる。
もう1人は狩衣を着た年配の男性だ。40代くらいだろうか。おそらくこの結界を張ったのは彼だろう。
符術を使うようで、たまに7人の戦士たちが危ない時にフォローを入れている。男の使う犬の式神が鬼の注意を散漫にしている。
7人の戦士たちは連携は取れているが攻撃力が足らない。おそらくこれは実戦訓練なのだ。
見た感じ鬼の戦闘力はそう高くない。だが防御力が高く、攻撃側の武器と魔力の質が足りていない。結果的に小傷を与えるしか手がないのだろう。危険な場面もいくつもあったが、その時だけ陰陽師やリーダーがフォローしている。
10分ほどだろうか、出血といくつかの大きな傷を受けた鬼は明確な隙を晒し、槍使いが膝裏を貫き、剣士が刀で棍棒を持つ手の指を切り落とす。
膝が落ち、頭が下がる。そこに7人の中でも優秀だった男が鬼の首に槍を突きこんだ。
致命傷だ。血を吐き、バタバタと暴れていたがだんだんと動きが衰え、鬼も力尽きた。そして黒い霞のようなものになって消えた。
(なにっ!?)
レンは今日一番驚愕した。魔物は倒せば魔物の素材が取れるものだ。魔核や角、体皮などは防具や武具の素材になる。それが消えてしまったのだ。
(やばいっ)
気配が漏れたのだろうか。巫女服の女が急に振り向いた。
女の顔は少女だった。まだ若く美しい。しかしそこにいる10人の中では1,2を争う魔力量だ。中級の魔力持ち程度の魔力を感じ取れる。現在のレンと比べると何倍も多い。
魔力が吹き上がる。〈強化〉を掛けているのがわかる。200mなど一瞬だ。
レンは勘が働き、即座に後ろに飛んだ。
瞬間、間合いが詰まった少女の抜刀がレンの首すれすれを掠めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます