バカは死んでも治らない ~異世界の大魔導士、日本に転生す~

柊 凪

第一章 転生と救助

001.転生

『何が起こったんじゃ? 儂はあの時邪竜のブレスで死んだはずじゃ……、ここはどこじゃ? 明らかにあの世ではなさそうなんじゃが。それに頭痛が酷い。割れそうじゃ』


 見たことのない景色。そこは小さな部屋だ。壁や天井は白く、床は板が張ってある。しかし驚くべきは窓だ。向こう側がはっきりと見えるほどの透明な巨大なガラス。そして天井にある丸い形で部屋を煌々と照らす照明。

 少なくともレンの長い人生で見たこともない物だった。


 ズキン


『いつっ』


 後頭部が痛み、手をやるとヌルリと血の感触がある。そこで初めて気づいた。

 手が幼い。小さく、柔らかい。剣や槍を振り続け、非常に硬く作り上げた自身の手ではない。


『わからぬ、わからんがそれは良い。魔力は……なんじゃこのか細い魔力は。魔力回路もロクに通っておらぬではないか。魔力炉もほぼ動いておらぬ。じゃがなんとか使えるか、〈回復キリーム〉』


 大事なことは現状を認識することだ。わからないことばかりではあるが、答えがそこらへんに転がっていることなどほとんどない。ならばまずわかること、できることを先にすべきだ。

 魔法を唱えると後頭部にできていた傷が修復され、流れ出ていた血が止まったのがわかる。


 ズキン


 追加できた頭痛はひどかった。先程のは頭を打ったことによってできた傷の痛み。しかし今回のは違う。頭の中心部で受けたことのないような痛みが走り、声も出せずに頭を押さえ、床に転がり、そして……気を失った。


 ◇  ◇  ◇


『転生? 前世の記憶? いや、憑依かの。わからぬことが増えたの。〈収納アンテ〉、〈箱庭イルメス〉。ふむ、なぜかわからぬが中身は無事か。ならばなんとかなるか。魔力のない、魔物のいない世界か。科学は気になるが少し詰まらぬの……。む、これは探査系の魔法か。なんじゃ、魔法があるではないか。いかん、今見つかるのはまずい。〈箱庭〉』


 レンは2度めの頭痛で記憶を見た。

 この体の持ち主。玖条漣くじょうれんという少年が15年間生きた記憶を。2年ほど前に両親を失い、両親の残したマンションの一室で一人暮らしをしている普通の少年。スポーツも武術も嗜んだことがなく、当然魔力や魔法の存在など知ることもない。

 最後の記憶は飲み物を取ろうとして足を滑らせ、ダイニングテーブルの足に頭を打ち付けたところだ。その衝撃で死んでレンの魂が宿ったのか、それとも前世の記憶でも思い出したのか、レンとしての人格が表に出てきてしまった。


『おお、お主ら逃げておらんかったのか』


 地球と呼ばれる星。その海に浮かぶ日本と呼ばれる島国。漣少年の記憶では魔力も魔法も魔術も、フィクションの中の世界だけのことであり、実際には存在しない……はずだった。

 だが実際漣少年の体には魔力が宿っている。レンの知る魔法を使うことができる。そしておそらく、レンを探していた探知系の魔力を感知し、レンは即座に以前から愛用していた異空間、〈箱庭〉の中に逃げ出した。


 〈箱庭〉に入れば懐かしい……というほどの日数は経っていないが、よく知る顔が走ってくる。

 白天狼のハク。黒雷虎のライカ。炎獅子のエン。以前と同じように彼らとの魂の繋がりを感じることができる。実際レンの姿は大きく変わっているが3体のレンを見る目は変わっていない。


『待て、待つんじゃ。今の儂ではお主らを受け止めることはでき……あぁぁ~』


 ハクもライカもエンも体高3mを超える巨大な体を持っている。レンの気配を感じて集まってくれたのだろうが、今のレンの体はとてもか弱いのだ。トンを超えるであろう彼らにいつものように突っ込まれれば即死してもおかしくない。

 しかしそれは彼らもわかってくれていたようだ。ギリギリで止まり、か弱い花を愛でるように優しく頭をすりつけてきたり、レンの顔より大きな舌で舐めてくる。

 それでもレンの小さな体には負担が大きく、レンはどうにもならずにしばらく彼らのおもちゃになった。


(ふん、珍妙な姿になりおったの。何が起きた)

(カルラか。わからぬ。死んだと思ったのじゃがな……。気がついたらこんな体になっておった。外の様子もだいぶ違うぞ。まだ見てはおらぬがな)


 カルラと呼ぶ水でできたような1mほどの蛇。半精霊であり半魔物である彼女はレンと明確に意思を疎通することができる。本体は数十mもあり、気を遣って分体で様子を見に来てくれたようだ。

 ハク、ライカ、エンたちはレンの言葉、というか意思を理解することはできるが話すことはできない。

 今は寝そべったハクの腹にレンは体を預け、逃さないようになのかライカとエンの顔がレンの左右にあり、動けない。


(出口はできなかったのか? 儂が死んだら〈箱庭〉から出る出口ができるようにしておったじゃろう)

(できたぞ。逃げたのもいくらかおる。だがお主の魂魄の気配は消えておらなんだのでな。大半の従魔は残っておる。ただ今のお主では認められぬだろうな。特に山脈の奴らはダメじゃろう)

(そうか。では儂は一度間違いなく死んだのじゃな。それからどのくらい経った?)

(15、6回ほど冬を越したくらいか)

(そうか)


 16年というと漣少年が生きていた時間とほぼ同じだ。漣少年が死んだ瞬間にレンの魂が憑依した、という可能性は少なそうだ。


(お主らが残っていてくれて嬉しいよ)

(我もまた会えて嬉しいぞ。ただ少し弱すぎる。そんな状態ではすぐ死ぬぞ)

(そうじゃの、また鍛え直さねば)


『ハク、ライカ、エン、眷属たちも呼んでやれ。森の入り口で待っておるぞ』


 そう声を掛けると3体はそれぞれに大きく吠え、大量の彼らの眷属たちが集まってくる。

 数百体の強力な魔物。1体でも現れれば街や小国なら即座に滅びるであろう魔物の群れが一気に集まってくる。

 全員が大切な仲間たちだ。他にも会いたい者たちは多くいるが、今のレンでは彼らの縄張りに辿り着くことすら難しいだろう。ここは彼らの縄張りなのでほかの従魔たちはほとんど顔を出さない。

 遠くに見える巨大な山脈にいるものたちはプライドが高いので以前より遥かに虚弱化したレンには従わないだろう。また力を示して認められなければならない。それがいつのことになるのかはわからないが、彼らにもまた会いたいなと思った。


「ふふふっ」


 笑いが勝手にこみ上げてくる。新しい体。か弱い魔力。筋肉もか細く、鍛え上げた武技も使えないだろう。

 魔力ではなく科学が発展した世界。しかしレンは明らかに探知系の魔力を感知した。

 つまりこの世界にも魔力使い、魔術士、魔法士はいるのだ。

 あの探知系の術がレンを探していたかどうかは定かではないが、今はまだ見つかるわけにはいかない。

 レンの居たローダス帝国では他国の術士が許可もなく入り込んでいれば何をされても文句を言えなかった。問答無用で捕まり、目的に記憶や術式などすべて暴かれて実験体か死体になるのが基本的なコースだ。他国でも大体同じ処置になる。

 レン自体は弱いがハクやカルラたちの力は以前と変わっていない。〈収納〉の中や〈箱庭〉の工房に残っている武具や魔道具はこっちの世界のミサイルや巨大な爆弾くらいの威力は楽にある。少し時間さえ掛ければ他国に吹き飛ばすことはできないが関東地方を一瞬で荒野にすることもできてしまう。

 そんな戦力を持っているとバレれば大変なことになるだろう。


(楽しそうじゃな)

(知らぬ世界の魔法や魔術が気にならぬ研究者がおるものか)


 レンはローダス帝国で、いや、大陸で名を知らぬ者がいない大魔導士だった。

 多くの国の術、魔術、法術、符術、呪術、錬金術などを研究し、新しい術などを作り出したり混ぜ合わせたりしていたのだ。

 とりあえずは日本の術士たちの実力、術式、法則など知りたいことなど山ほどある。

 それとは別にこちらで発展している数学、物理学、化学、生物学など得たい知識も多くある。

 何よりレンが転生したという最大の謎もある。

 前の世界に心残りがないとは言わないが、レンの魂がこちらに来られたのであれば帰ることも可能かもしれない。


「ははっ。あははっ」


 レンは柔らかく温かいハクの毛皮の中で、再度こらえきれずに笑いをこぼした。久しぶりに笑いが自然と出た気がした。


 ◇  ◇  ◇


「おかしいわね。一瞬反応があったのだけれど……」

「こちらも反応消えました。他の部隊からも同様の報告が」


 如月麻耶は一瞬現れた霊力反応が消えたことに疑念を覚えた。

 すでに探し始めて1週間近く経っている。ようやく見つけたと思ったが反応があったのが一瞬で、しかも思っていたよりも遥かに弱かった。


「〈蛇の目〉が警告を出すくらいだからもっと強い反応がすぐ見つかると思ったのに」


 〈蛇の目〉という組織がある。いわゆる予知、予言を売りにする組織だ。本拠がどこにあるのか、どこの家が取り仕切っているかなどほとんどが謎の組織ではあるがその予言の信用度は高い。10回あれば6,7回は当たると言われている。

 〈蛇の目〉に言わせれば外れた時は予言を受けてもうまく対処出来たために事件が起きなかったというのが言い分だ。本当かどうかはわからないが、無視できる話ではない。

 その〈蛇の目〉から如月家の縄張りに新たな危険な力を持つ異能者の覚醒が知らされた。しかし残念なことにその警告の内容はアバウト過ぎて捜索に手間取っている。


 新たな異能者の覚醒自体はそれほど珍しい話ではない。如月家や近隣の獅子神家のように血筋で霊力を繋げている家以外からも、急に異能に目覚める者は稀にいる。

 しかし大概の異能は放置しても問題ないものばかりだ。

 力に目覚めてもその力の存在に気づかなかったり、あくまで常識の範疇で強化される程度なのがほとんどであるし、力に目覚めても鍛えなければ当人の役に立つことはあっても脅威になることはない。力の弱い異能者のほとんどは監視下にあり、問題を起こさなければ基本的に放置している。


 しかし例外はある。

 目覚めた力の桁が明らかに高かったり、もしくは危険な力に目覚める者たちのことだ。

 例えば魔眼。魅了や洗脳などの力を持ち、社会を混乱させたりすることがある。他にも言霊、発した言葉が無意識だとしても強い力を持ち、周囲に影響を与える。

 特にこの2つは使った瞬間にしか霊力反応がないので見つけるのが難しい。

 単純に力が強い場合は特に扱いが面倒だ。使い方を知らないので暴走させ、大きな被害を齎すことがある。

 麻耶たちは〈蛇の目〉に警告を受けてからその異能者を探し出し、取り込むか、それとも封印するか、排除するか決めなければならない。


「もう少し具体的に教えてくれればいいのに……」


 〈蛇の目〉からは春先に如月家や獅子神家が管理している地域に危険な異能者が現れるとだけしか言わなかったのだ。

 性別であるとか年齢であるとか、どんな異能かなど何1つ情報がない。

 おかげで捜索にすら手間取っている。

 先程やっと見つけた反応も方角はわかるが距離が微妙だ。しかもそのあたりは繁華街で、いくつもの大きなビルやマンションがある。病院も存在する。

 あの一瞬の反応だけで見つけるのは困難がすぎる。


「獅子神家も捜索を手伝ってはくれてはいるけれど……期待薄よね」

「あそこはそういうのは苦手ですからね」


 近所にある獅子神神社を本拠とする獅子神家は戦力としてはともかくこういう事態ではあまり頼りにならない。

 人は出して貰っているが捜索などが得意な如月家がこの有様では獅子神家ではどうにもならないだろう。

 他の家や寺院、神社も同様に探してくれてはいるようだが良い報告はなかった。



「とりあえず反応があった場所を重点的に探しましょう」

「わかりました。各班に連絡しておきます」


 サブリーダーの男は少しだけ疲労の色を見せながら指示に従った。

 だが残念なことに、麻耶たちはそれ以来見知らぬ霊力反応を見つけることはできなかった。

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