48話 終わりは近い

話を終え私はゆっくりお風呂を楽しむ。気づけば窓からは朝日を示す光が差し込んだ。夜が明け始めていた。幽香はのぼせる前に浴室から出ていき残ったのは私と千理だがいつのまにか私の肩で寝息を立て寝ていた。私と一緒にいることが分かった安心した穏やかな寝顔だった


「風邪ひくだろたっく…寝るなら部屋に戻れっていうんだ。おい!起きろ!風邪ひくぞ」


私は千里の肩を叩くが反応はなく、返事の代わりにあったのは彼女の寝息だった


「あぁもう世話が焼けるんだから」


私は千理を担いで風呂を出ようとした

浴室の電話が響いた。私はそれに応答する


「なんだ」


受話器の向こうから聞こえてきたのは、低く、聞き覚えのある声だった。


『こちらは欧州連合特殊監察局。登録コードを照合、対象“葵(あおい)”と確認した』

「何の用だ」

『君に伝達するべき内容は一つ。エデンプロジェクト関連の個人データ、遺伝子コード、作戦行動記録がすべて流出した。君を含め、関係者数名の指名手配が、国連に提出されている』

「そうか」

『ベルリン、パリ、ハーグで動きが出ている。君たちはどこにいても、もはや中立圏ではない。ユーロ圏は君を受け入れない』


私は口を閉ざしたまま、視線を千理に落とした。


『繰り返す。君たちの居場所は特定されつつある。警告はこれで最後だ。では』


通話は一方的に切れた。


「……ちっ」


私は受話器をゆっくりと置き、肩でため息をついた。

残された時間はこいつの育成に使わなくてはならない。私は簡単には殺されはしないがエデンには資金力がある、それを使われでもしたならわたしとてたやすく始末するなど容易だろう。数と金の暴力には私でも勝てない。だが、私に残された時間があるならそれは全て隣で寝ている千理に使ってあげよう。

私は千理を担いで浴室から出る。ベッドに千理を寝かせると、彼女は小さく身じろぎして、また穏やかな寝息を立て始めた。


私は部屋の隅にある椅子に腰を下ろし窓から外の景色を見た。

まだ朝焼けの名残がわずかに空を染めている。低い雲がゆっくりと流れ、街並みは静まり返っていた。だが、その静けさは一時の幻に過ぎないことを、私はよく知っている。追手はすでに動き出している。エデンは一度標的を定めたら、徹底的にその痕跡を追い詰める。証拠などいらない。ただ、「都合が悪い」というだけで、私は排除される。


だからこそ、急がなければならない。

私は視線を、ベッドの上で眠る千理に移した。

枕元の毛布が、彼女の小さな呼吸に合わせてわずかに上下している。あの頑固な少女が、今は何の警戒心も見せずに眠っている姿に、私は少しだけ笑みを浮かべた。


「必ずお前だけはこの状況から救ってやるからな。必ず」


その時、ポケットの中で携帯端末が震えた。通知は一件、ヨークからだった。


《午前11時から施設地下で訓練を始める。千理の準備が整い次第、合流を》


 わかっている。あいつも本気で千理を育てる気か。


私は端末を閉じ、軽く首を回した。手術の痕がまだ微かに痛むが、問題はない。戦場で動ければ十分だ。


そしてもう一度千理に視線を向ける。


「寝てばっかじゃ、間に合わない。千理」


ぼそりとつぶやいてから、私は立ち上がった。訓練のための準備を整えるべく、棚に並べられた装備の中から千理に合うものを探す。銃は最初はハンドガンだろう。握り方から教え直さなければ意味がない。狙って撃つための筋肉も知識も、この子にはまだない。


だから私が、それをすべて叩き込む。


そのために、生き延びる。


背後で小さく寝返りを打つ音がした。目は覚まさないまでも、彼女の無意識が何かを感じ取ったようだった。


私は改めて心に誓った。

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