第5話 黒の異形(1)
伊紙川は怒っている複島先生のことを意にも止めてないように、あくびをしながら保健室から出て行った。
「はあ……毎日のように、本当に困った子」
先生は小さくため息をつくと、首を横に振ると、ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。廊下から、みんなが教室に戻っていく様子がばらばらと聞こえてくる。笑い声、授業を面倒くさがる声、流行りの芸能人やYouTubeについて話す声。
「じゃあ私、遊の荷物取ってきます!」
「ヨル子、いいのか?」
「うん、またクラスに戻って那賀野たちに遊が絡まれたら嫌だもん」
「ごめん……俺のせいでヨル子もクラスに居づらいよな」
「私はぜーんぜん大丈夫! 黙って遊が色々言われてるの見てる方が無理」
だから任せてと、ヨル子はにっと笑うと、ぱたぱた手を振りながら保健室を出て行った。
「秋多さんって本当に良い子よね。ずっと架川くんと秋多さんは仲良いの?」
「いえ、中学も一緒だったんすけど、よく話すようになったのは高校で部活が一緒になってからっすね」
人当たりが良くて中学の時もヨル子は人気者だったけど、どんな奴かは知らなかった。剣道部で一緒になってから、マネージャーの仕事の丁寧な一面や、練習や試合の応援が熱くて涙脆いところを知って……なんとなくヨル子がみんなに好かれる理由がわかっていった。
「ヨル子に迷惑をこれ以上かけられないんで、俺が変わらないと……」
「……架川くん、君のお父さんは本当は……」
複島先生が何か言いかけた時。
ぴきりと、部屋に軋みが走ったような音がした。
「地震かしら?」
揺れるのかと少し身構えた後、俺と複島先生はこれが普通の事態ではないと気づいたんだ。
「いやぁぁああああ!」
「!?」
さっきまで和気藹々とした声で溢れてた廊下から聞こえてきたのは、悲鳴だった。それも、複数の人間の悲鳴だ。ふざけて遊んでるものではない、一発ですぐに異常なことが起こってるとわかるような、悲痛な色を帯びていた。
「架川くんはここに居て……私が様子を見て……」
「……! 先生、こっちへ」
「!? 架川くん!?」
俺は先生の手首を引いて、ベッドカーテンの向こうに引っ張った。次の瞬間、保健室のドアは、爆風に押し除けられたように吹き飛んだ。
「!!」
ガラスがばらばらと割れる音も、壊れた扉が床に倒れる音も頭に入ってこなかった。一瞬で俺の全神経の矛先は、保健室に入ってきた〝異形〟に向いてしまったからだ。
(なんだよ、これ……)
それは、明らかに人間ではない黒い動物だった。背の高い男性ほどの体躯をした、全身黒塗りの生き物は、手長猿のように長い腕をぶらぶらとさせていた。目も耳も鼻もないが、鳥のようなくちばしだけはある。本、ネット、テレビ……どこにもこんな生き物は見たことがない。それこそファンタジーやホラー作品の世界の生き物だ。
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