第4話 架川遊(3)




〝俺は盗作なんてやっていない……無実なんだ……遊、信じてくれ……!〟

〝父さん……〟

〝絶対に真実を証明する、あいつだけは許さない……〟





 テレビもネットニュースも雑誌も、その時は父さんの盗作疑惑のニュースで持ちきりだった。家に記者が乗り込んできたり、近所の人間たちに疎ましく思われたり、俺たちが何をしたんだと、やるせなさに胸がぐしゃぐしゃに潰れそうな日が続いた。


 俺は父さんを信じている。父さんは盗んでいない、盗まれた側なんだ。自分の無実を最後まで証明しようと動いていた。





「……あれ」

「遊……! 先生、起きました!」


 父さんが生きていた頃の夢から醒め、辺りを見渡すと心配そうなヨル子の顔が俺を見下ろしていた。


「架川くん、大丈夫? 酷い貧血で倒れたのよ君」

「複島先生……」


 養護教諭の複島ふくしま先生。銀縁の眼鏡に、白衣の女性だ。目鼻立ちがはっきりした顔の美人で、一見、ロシア系のハーフかと思うような顔をしている。話し方こそさばさばしているが、話を丁寧に聞いてくれる人当たりの良さもあり、生徒からの人気が高い。


「俺、どんぐらい寝てたんすか?」

「昼休みが終わりそうな時間。けど架川くん、家のこともあり、相当ストレスが溜まってると思うわ。今日はもう帰りなさい」

「ここ一ヶ月、かなり休んじまってて遅れてるんですよ……この後の授業は出ますよ」

「だめ。今日は帰りなさい。また倒れるわよ君……それに……あなたのクラスには秋多さんの話を聞いている限り、大きな問題がある。そんなクラスにあなたを戻せないわ」


 担任は俺や那賀野たちの件を見て見ぬ振りなのに、複島先生は堂々と指摘してくる。実際にクラスの問題に介入して掻き回すことなく、複島先生が解決する様子は何度も見てきた。そういうところも生徒から支持されてる理由なんだろう、教師たちからは疎まれてるようだが。


「遊、私も今日は帰った方が良いと思う……」

「荷物もさっき秋多さんが取ってきてくれたの。まだ歩けなければもっと休んでからで良いから、もう今日は帰宅!」


 皮肉にも、ここで先生を押し切って授業に戻る選択をしていたら、俺の人生は全く別のものになっていただろう。


「……わかりました。じゃあ昼休み時間中だけ休んでってもいいですか、三限目に入るぐらいの時間に帰ります」

「ああ、もちろんだ」

「遊、授業でやったとこなら私が教えるよ!」

「おう、さんきゅーな」


 ヨル子にもずっと世話をかけっぱなしだ。


「じゃあ、僕はそろそろ帰ろうかな」

「!?」


 不意に入ってきた声に驚いた。俺が気づかなかっただけで、どうやら隣のベッドにも男子生徒が居たらしい。


伊紙川いしかわくんにはそもそも、ずーっと帰れって言ってるわよね」


 笑顔の複島先生の額に、ぴきりと青筋が見える。


 伊紙川藍人いしかわあいと。俺たちと同じ学年の生徒で、この学校でも有名なサボり魔だ。よく保健室や屋上で授業をふけっている。しかし、学年テスト一位常連の名もまたこいつであり、いわゆる天才くんだ。

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