第2話 架川遊(1)

 時間は、その日の朝へと遡る。


 チャリチャリンと右後方部から、自転車のベルの音が聞こえ、俺は最近聞き慣れてきたその音へ振り返った。案の定、見慣れた顔で、朝から俺にはもったいないぐらいのとびきりの笑顔を向けてきた。


ゆうおはよう!」

「おう、ヨル子」


 長い黒髪を高い位置で一つに結んでいる、小動物(の中でも特にうさぎ)っぽい小柄な女性が、にこにこと俺の漕ぐ自転車に並走してきた。


 秋多あきたヨル子。俺の所属する剣道部のマネージャーで、二年生に進級してからは同じクラスにもなった。ヨル子とは中学も実は一緒で、家の方面も近いからか、通学中にこうして遭遇することがたまにある。だが、最近はある理由で特にその頻度が増えている。


「遊、なんかいつにも増して今日眠そうな顔してるね」

「あー、今日の世界史の宿題、完全に忘れてて寝るの遅くなった……」

「うわ、なかなかの量あったからね今回の宿題……いつ気づいたの?」

「寝る直前、0時」

「エグっ」


 0時に気づき、そこから三時間で仕上げたわけだ。ということで課題への葛藤の疲労と眠気で、俺はこの日は朝からげっそりしていたわけである。


「でも……疲労で良かったっていうのも変だけど……またお父さんのことで元気がないのかと思ったから、心配だった」

「……父さんのことは大丈夫だ、もうだいぶ落ち着いたから」


 ヨル子は、俺のことを心配して、最近は前よりも積極的に俺に絡んでくるようになった。俺が父親を一ヶ月前に亡くしたことを心配しているのだ。それも……父さんは普通の死に方ではなかったから。





「ちょっと……何よこれ!」


 ヨル子は教室に入り、俺の机を見るや否や、教室の後ろにある掃除用具入れへと向かった。その中にある雑巾をとると、クラスの中心あたりで集まってくっちゃべってる連中に、雑巾を投げつけた。


「うわ! 何すんだよ!」

「あんたたちでしょ、遊の机にこんな酷いこと書いたの!」


 ああまたかと思いながら、俺は自分の机を見下ろした。そこには俺の父さんのことが赤いペンで書き殴られていた。

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