愛する君の治し方〜その主人公は蝶の影響に翻弄されない〜

差氏アタリ

1/8 西呂少年の異能力 壱

「っはぁ…っはぁ!もう少し…!」


 学校帰りのとある少年が、道路脇の歩道を必死に走っている。彼の目的地は病院であり、そこで入院中のある人物の下へと全力ダッシュを決め込んでいた。


 その少年は学校指定の制服を着用しており、その背にはリュックを背負っている。少年の身の丈は150程であり、相対的にリュックが大きい物として映る。


 そして、彼は高学生であり、本日も帰りのHRが終えられると同時に教室を飛び出したようだ。


「はぁ…はぁ…よし!到着…!ふぅ〜…」


 彼は目的の病院の前に到着し、手を膝について呼吸を整えている。そうして、吸って吐いてを繰り返すこと数回、彼は肩での呼吸をめた。


 病院の入口へと向き直り、よしっ!っと一言呟いた彼は、足早に院内へと入っていく。


 彼は受付へと足を向かわせて、ひょこりと顔を出し、いつも通りの文言を述べてみせる。


氷見ひみ伊綱いづなちゃんの面会に来ましたー!」


 彼の述べてみせた文言に対して、受付のお姉さんは慣れた調子で受け答えをしてみせる。かれこれ数年間このやり取りをしている両者である。


「こんばんは、西呂にしろ君。伊綱ちゃんは変わらず404号室に居るよ」


「ありがとうございます!」


「院内は歩くんだよ」


「はい!分かりました!」


 西呂少年は受付のお姉さんにお辞儀をして、速歩きで404号室へと足を向かわせた。


 本日の彼はいつもより機嫌が良く、ニンマリとした笑顔で院内を歩いている。際しては、すれ違う看護師の人達に挨拶を忘れない。新入社員を除けば、皆が彼とは顔なじみである。


 そして、彼の足はある部屋の前で止まった。どうやら404号室の前に到着したようである。彼は自身の高鳴る気持ちを落ち着けるために、再度数回、病院前でして見せたように吸って吐いての深呼吸をした。


「よし、入るよー?」


 呼吸を整えた彼は、スライド式の扉を開けて室内へと入った。その部屋の中には、病床に横たわる伊綱ちゃんの他にも、人の姿があった。


 伊綱ちゃんのお母さんである。


「あっ、こんばんは!」


 伊綱母に挨拶をした西呂少年は、彼女が腰掛けた椅子の隣へと移動した。


「あら、こんばんは。今日も来てくれたのね。この子もきっと喜んでいるわよ」


「おばさん、また…泣いてた?」


「…!…そうね、最近は涙腺が緩んで、簡単に涙が出てくるようになったわね」


 伊綱母の目元をみると、涙が流れた跡がうっすらと残っている事が伺えた。目聡い彼だからこそ、気がつけた涙の跡である。


「来て早々に悪いけれど、私はこれで失礼するわね。夕食の支度をしないといけないわ」


「うん。またね、おばさん」


「ええ、体調を崩さないように気をつけるのよ」


「うん!」


 伊綱母は椅子から立ち上がり、伊綱ちゃんの額にキスをしてから404号室を後にした。扉越しに聞こえる足音は、次第に遠くなり聞こえなくなった。


 その一連の動きを見届けた西呂少年はボソリと呟いた。その頭には先程のキスが浮かんでいる。


「…愛って、あんな感じなのかな?……うぇ」


 彼は扉の方に向いていた身体を、伊綱ちゃんの病床へ向ける。その表情は、この部屋に入室した時と同様に緊張して見える。自然と胸が高鳴り、呼吸が少しずつ荒くなっているようだ。


「伊綱ちゃん、僕ね学校の定期考査で高得点を叩き出したんだ。今日はそれを自慢しに来たよ」


「…………」


「先生の授業はいつもよく分かんないけど、僕なりに勉強してるんだ。今回はそれが実ったんだと思う」


「…………」


「努力が実るとさ、次からのモチベーションも上がるし、それに、君の下に来たときのネタにも困らないよね」


「…………」


「まぁ、何も無くても毎日来るよ。僕の趣味は、君に会うことだからね」


「…………」


「……僕から君に伝えたい気持ちが、今か今かと口の中から機会を伺ってるんだ。…だから…」


「…………」


「…起きてよ、伊綱ちゃん」


「…………」


「君は少し長い睡眠をしているだけなんでしょ?…伊綱ちゃん…」


 彼女はその瞼を閉じたまま、ピクリとも反応を示さない。西呂少年はそんな彼女の手を握り、じっと見つめている。


「…君は眠っていても絵になるね。目を覚ましたら似顔絵描いてあげるよ。…それまでに沢山絵の練習しないとだね」


「…………」


「その栗毛も、その華奢な身体も、その全部が僕にとって………」


「…………」


「とても、尊いものとして感じられるよ。ちょ~好きだ」


「…………」


「…あ~、恥ずかしいもんだね」


 西呂少年はその視線を、部屋中を見渡すようにグルリと巡らせた。改めて誰もいないことを確認をした彼は、彼女の耳元に口を近づけて、ボソリと呟いた。


「今の台詞何だけどさ、告白するときの前置きとして何点だと思う?」


「…………」


「僕的には赤点ギリギリって感覚かな…てか、好きって言ってるし…」


 彼は、伊綱ちゃんの耳元に寄せていたその口を、今度は彼女の口元へと近づけた。際しては、病床の上に片膝を乗せている。


「…………」


「…………」


「……あ~、ここまで近づいて日和っちゃうなんてな…や、やっぱり起きたら…」


 片膝だけを置いてその体勢を保っていた都合上、彼はバランスを取ることが難しかった。つまり、彼はバランスを崩してしまったのである。


 彼は辛うじて、手を病床の上に突くことができたが、その口はピタリと触れてしまったようだ。


 元々の体制がアレであったが為の事故である。


 彼は慌てて身を起こし、言い訳を連ね始める。だって、仕方ない、意図して行ったわけではない等、その口からはどんどんと言い訳が湧いて出てきた。


 そうして湯水が如く湧き出てきた言い訳は、とうとう底をつきたようで、彼は沈黙の状態となった。


 すると、不意に部屋の扉が開いた。


 そこから顔を覗かせたのは、先程にも受付で顔を合わせたお姉さんである。その表情はどこか心配そうなものであった。


 西呂少年はその表情から何があったのかを汲み取った。あぁ、親が病院まで迎えに来たんだと。


 受付のお姉さんが口を開く前に、彼は床に置いていたリュックを背負い直し、また来ます、とだけ伝えてその場を去った。


 彼の足は病院の前まで一直線に動いている。親を待たせるという意味を、彼はよく知っているからだ。


「ヤクちゃん、お家帰るよ」


「はい…」


 西呂少年がエントランスに到着して早々に、親から声がかけられる。因みに、ヤクちゃんとは、西呂少年の下の名前から付けられている愛称である。


 声をかけられた側は、来て早々に帰宅することに名残惜しさを感じているのか、はたまた、その体の強張りが原因してか、返事をする声に元気が感じられない。


 彼は親に連れられて病院の駐車場へと向かい、親の軽自動車の後部座席に乗り込んだ。


 車のエンジンがつき、その車体は駐車場の出入口へと向かった。そのまま道路へ合流し、病院はすぐに見えなくなる。


 それからは特に大した会話もなく、自宅の駐車場まで到着した。


 → → → → →


 彼らは家の玄関まで移動した。親が鍵を開けて先に入り、それに続いて西呂少年も中に入った。


 玄関からリビングに移動して、背負っていたリュックをいつもの場所置いた。リュックを開き、本日の宿題を床に広げる。彼はいつも、それらを帰宅してすぐに片付け始める。


「じゃあ、ママちょっと出かけてくるから」


「はい。いってらっしゃい、ママ」


「いってきます」


 親を玄関まで見送り、足音が段々と遠ざかることを確認して鍵を閉める。その後、西呂少年は宿題の続きをするためにリビングへと足を向かわせた。


 リビングに到着した彼は、窓のカーテンを閉めて、部屋の電気をつけた。


 彼は窓に背を向ける配置で宿題を書き進める。今は、相似や証明などの問題が、彼の頭を悩ませていた。


 それから1時間程が経過し、宿題を終えた彼はベランダに出て空を眺めていた。綺麗な茜色の空を、彼はただ見つめていた。


 ところが突然、真っ黒な雲の塊が空を覆い尽くした。先程まで眺めていた景色は、真っ黒の雷雲かみなりぐもにより、禍々しいものへと姿を変えたのである。


 余りにも突然な空の変化に、西呂少年は驚いた。


 そして、雷雲が空を覆ってから数秒後に、それは起きた。


 世界がチカチカと光り、それに続いてゴロゴロとした音が鳴り響く。


 西呂少年は、自身がベランダにいることを忘れて、その景色に見惚れていた。何をすることもせず、ただひたすらにそれを眺めている。彼は今、何を考えているのだろうか。


 すると、西呂少年の家に向かい、光の柱が轟音を連れてその家を包み込む様に突き刺さった。


「っ!?」


 彼はベランダに出て外を眺めていた都合上、不幸にも光の柱に飲まれてしまったようだ。


 家の中に避難していれば助かった可能性もなくはないが、どちらにせよ何らかの被害はあっただろうことは、その光の柱を見れば明々白々である。


 数秒の間、家は光りに包まれた。その数瞬の後には、家を包む光や音が止んだが、彼の瞼には未だに光の跡が残り続けていた。


 → → → → →


 あれから半刻ほどが過ぎた頃合いには、気が付けば光の柱も、雷雲も、最初から無かったかのように消えていた。


 西呂少年はリビングの床に座り、先程の出来事についてノートに書いている。先程つけたテレビからは、特段、雷雲に触れるような内容のものはなかった。


 もしかしたら速報として出てくるかもと、ニュースの内容に耳を傾けつつも、彼はある人物の事が心配でならなかった。だがしかし、現在の時間を考えると、今から家を飛び出すことも憚られる。


 もし病院に向かって駆け出しても、親の帰宅前に帰ってこれなければ、そして、歩道を駆けているところを親に見られては、また雷が自身に直撃してしまうであろうことは目に見えている。


「…さっきは何で無事でいられたんだろう?」


 ふと、疑問が浮かんだ。本来ならばもっと早くに気がつくべきであった違和感である。身体の内側に感じられる、ゾワゾワッとした感覚にも疑問が上がるが、そんなこともあるかと、後者の疑問は棚の上に放り投げた。そして、彼の意識は前者の疑問へと移る。


 それは、どうして雷が直撃してもなお、今の自分には傷一つなく、どこも痛まないのか。普通は即死するであろうそれを、無傷にて生還している事実に、彼は首を傾けた。


 そうして悩んでいるうちに、ふと時計をみた彼は、驚きに顔を歪ませる。


「22時!?早くお風呂入って、歯を磨いて寝ないと!」


 彼は大慌てでシャワーを浴びて服を着替えた。それから、家中の電気を消し、リビングに布団を敷き、歯を磨いて横になった。


「よし、おやすみなさい」


 彼は目を閉じて、自身の脳が眠るまでひたすらに時間を数えた。そうして3桁毎に数え直し、両手の指を開いて閉じてを繰り返しているうちに、彼の意識はうつらうつらとしていった。


 そうして眠る直前の彼の頭には、伊綱ちゃんの姿が思い浮かんでいた。それは、彼女が寝たきりの状態になる前の、一緒に元気に遊んでいた時の彼女の姿である。


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 チャイムの音が鳴り響き、様々な感情の声が聞こえてくる。それは楽しいような声、それは怒っているような声、それは泣き出しそうな声等、色んな種類の声が耳に入り込んでいる。


 そして、西呂少年のことを呼ぶ声も聞こえてきた。


「起きて!ヤっくん、放課後だよ。一緒に帰ろう?」


 体を揺さぶられている彼は、ビクリと大きくその身体を震わせて立ち上がった。際しては、勢いよく立ち上がったせいで、彼の腰掛けていた椅子は後ろに大きな音を立てて倒れてしまっている。


「わっ!ビックリしたぁ!」


「…………」


「ど、どうしたの?」


 彼は状況を把握出来ないで、混乱の只中にいた。つい先程までは、リビングに敷いた布団に横になっていた筈なのである。


 それがどうしたことか、辺りをぐるりと見渡すと、どこか見覚えのある中学校の教室を思わせる場所にいたのである。


 すると、椅子が倒れた音を耳にしてか、自身に注目が集まり始める。そして、次の瞬間には、彼の耳には皆の笑い声が響いた。


「ビックリしすぎだろ」「どんだけ熟睡してたんだよ?」「今の凄くない?」「私までビクってしちゃったんだけど」「やっぱり不思議ちゃんって感じするよね」「かわいい~!」「それな!」


 そうした皆の声が届く頃には、少しずつながらも、西呂少年は冷静さを取り戻してきていた。


「ヤっくん?」


「あ…お、おはよう。伊綱ちゃん」


「も〜、ちゃんと授業受けないとだめだよ?」


「ごめん」


「おっ、随分と素直だね。何か悪いものでも食べたの?」


「…かも、しれないな〜」


 彼は現在の状況の確認を始めた。キョロキョロと周囲を様子を伺うと、黒板の隅に本日の日付を見つけた。それを目でなぞった彼は、心の声をボソリと口から漏らした。


「…戻った」


「え?何が?」


「あ、何でもないよ。帰ろっか」


 彼は後方に飛ばしてしまった椅子を元の位置に直し。リュックを黒板側の壁とは反対の壁、そこに数多並んでいるうちから自身のものを回収して、教室を後方の扉から後にした。


 廊下に出て、同校の昇降口へとその足を向かわせる。


 そうして廊下を歩いているうちに、伊綱ちゃんが西呂少年に話しかけた。その表情はニコニコとしていて、西呂少年はつい目元が潤みそうになってしまう。


「今日の授業もぐっすりだったね。それなのに、テストではいつも満点取ってるから訳が分からないよ」


「それは…いつも勉強を教えてくれてたからだよ」


 すると彼女は、突然廊下に立ち止まった。西呂少年はそれに対し、足を止めて彼女に向き直る。いったいどうしたのだろうとは、彼の心の中での呟きである。


 そうして、数秒間を無言のまま見つめ合う2人。満を持して先に口を開いたのは、伊綱ちゃんの方である。


「……なんか変だよ!いつもよりもなんか…大人っぽいっていうか…」


「…僕は、実は…………まだ眠気が取れてないんだ。ふぁ~ぁ…」


「なんか怪しい…」


「さっ、早く帰ろう。久しぶりに、僕に勉強教えてよ」


「あっ」


 彼は強引にも彼女の手を引っ張り、昇降口を目指した。彼女の手は、病院で握った時よりも、どうしてか温かいものとして感じられた。


 そうして駆け足で昇降口へ向かっている際に、視界の隅に見知らぬ人物が横切った。この学校の生徒にしては髪色が特徴的であった為、彼の視線は自然と動いた。


 西呂少年はその場に急停止し、その人物の方へと振り返る。だがしかし、先程視界の隅に映った謎のブロンドヘアの人物は見当たらなかった。


「ヤっくん?どうしたの?何か教室に忘れちゃった?」


「ああ、いや、別になんでもないよ」


「そう?なら、いいんだけど。もし何かあったらすぐに言ってね」


「うん。ありがとう」


 彼は再び昇降口の方向へ駆け足で進み始めた。依然として彼女の手は握ったままである。彼はその手を、しばらくは離さないつもりであった。また、伊綱ちゃん側の表情を見てみると、繋いでいる手をジッと見つめており、なんだか満更でもなさそうである。


 そうこうしているうちに、2人は昇降口に到着した。下駄箱にて、上靴から外靴へと履き替える。西呂少年は、その際にも手を離さなかったので、いつもよりも少し時間が掛かってしまった2人である。


 靴を履き替えて、いざ外へ出ようとした頃合いに、またも視界の隅にブロンドヘアの人物が映り込んだ。


 西呂少年はパッとその方向へと首を動かした。すると、今度はその人物の姿をはっきりと視認することができた。あんな子、中学校に通ってたときにいたかな?とは、彼の胸中にて抱かれた素直な疑問である。


 そうした視線の変化に気がついた伊綱ちゃんは、彼の視線の向かう先を確認した。そうして向けた先にいたのは、ブロンドヘアのよく似合う美少女であった。これに彼女は、なんだかモヤモヤとした気持ちになり、その視線を西呂少年の下へと戻した。


「エッチ…」


「えっ!?ど、どうしたの?」


「早く行こぅ!」


 彼女は彼がこれ以上、あの金髪美少女を見ないようにと、強引にも繋いだ手を引いて昇降口を抜けた。


 モヤモヤする気持ちを顔に出さないように堪えながら、彼に対してこう語りかけようとした。曰く、私と話をしているときに、他の女の子は見ないでよと。だが彼女は、喉元まで出かかったそれをギリギリのところで飲み込んだ。完全に束縛系のそれだよねとは、彼女の心の声である。


 そんな彼女の気持ちなんて露知らず、彼は金髪美少女についての質問をした。当然、そんな質問をされた彼女の面持ちは、面白くないと言わんばかりのものである。だがしかし、彼女はそれでも彼からの質問にしっかりと対応してみせる。


「ねぇ、あの子って誰だっけ?」


「確か、最近別のクラスに来たっていう転校生の子かな?別の国から日本に来たらしいよ。だけど、日本語はペラペラなんだとか。凄いよね」


「転校生?…そういえば聞いたことあるような」


 彼は今、話を合わせている。当然、彼の記憶の中には、中学生時代に外国から転校生が来ていた、なんてものは存在していない。


 彼としてはかなりいずい存在だ。


 そうして伊綱ちゃんから視線を外して、謎の金髪美少女を見つめていた頃合い、やけに聞き覚えのある声と共に、あの日の悪夢が始まった。


「ぎゃっ!」


 突然聞こえた伊綱ちゃんの声、少し遅れて耳に届く皆の悲鳴、段々と握る力が抜けていく彼女の手、それらの情報が西呂少年の脳みそに伝達される頃には、彼は事態の把握を済ませていた。


「先生!!呆けていないで、早く救急に連絡してください!」


 彼は職員室内から事態を眺めいる大人に連絡をするように指示を出した。その声を聞いてハッとした表情となり、誰が連絡を取るか話し合う素振りをしていた。


 彼はそれに対して憤りも一入、一際声を上げて投げかけた。


「誰でもいいだろ!?何やってんだ!」


 彼の投げ掛けによりやっと動き出した大人から、伊綱ちゃんの方に向き直る。


「伊綱ちゃん…!」


 彼女は地面に仰向けに倒れている。頭から流れ出てくる血が、真っ赤な空を映し出していた。


「やっぱりそこに怪我を!でも…ここで?」


 彼女の傷口を、自身のリュックに入っていたタオルを用いてグッと抑えながら、やっぱり何かが違うことに戸惑いを覚えた。


 本来ならば、家に到着したタイミングで起きるはずのハプニングである。それで彼は時間をずらすべく、強引にも彼女の手を引いて、足早に家に帰ろうとしていたのだ。


 そもそも、彼女が寝たきりになった原因は、はるか上空を飛んでいた航空機から、ネジ部品が外れ、それが不運にも直撃した為である。


 それが何故か、まだ校舎内に居るにも関わらず発生した。どうやら今回の事態も、数年前に目の当たりにしたものと同じ原因によるものらしい。それは彼女の患部の位置を見ることにより理解できた。


 それからは先生がこちらに駆けつけ、西呂少年と代わって救護活動をしてくれた。


 今回は前回の時とは大きく違う点がある。それは、近くに大人がいるかいないかである。


 前回は、あまりにも突然な出来事に対して、自身の反応が遅れてしまっていた。近所の人に救急車を呼んでもらっている時点で、彼女の頭部から出たそれが、自身の履いている靴を赤く染めていた事を、彼は今も鮮明に覚えている。


 その日の出来事を頭に思い浮かべているうちに、救急車は学校の駐車場へと到着した。それから彼女は救急車へと乗せられ、そのまま病院へと送られて行った。


 西呂少年はそれを、救急車の音が聞こえなくなるまで見届け、願うような気持ちで1人帰路についた。学校の先生によれば、彼は明日にでもカウンセリングを受けるらしい。

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