第3話
「なぁ」
自分が呼ばれていることに気づいた八重は、恐る恐る振り返った。久しく見てなかった彼がいた。身長は前よりも伸びて、肌は前よりも浅黒い。
「なに?」
と絞り出した声に彼はバツが悪そうに
「実はさ…、母さんから本を読めって言われてて……。八重が前よく読んでた奴、面白そうだから貸してくれない?」
八重の脳内に彼とぶつかって壊れた作品の物語だと、気づく。血液が急激に冷えるのを感じた。
「知らない」
八重は、自分が出した声の冷たさに驚く。しかし、体は勝手に歩き始めていた。
――流石に冷たすぎた?
――謝ったほうがいい?
授業中、八重はグルグルと疑問と自己弁護を繰り返していた。結局、毎度行き着くのは自己嫌悪。
八重は仕方なくミカとの帰りの約束を断って、急いで家に帰った。はぁはぁ、と息を乱しながら、自室の扉を開ける。
何年も近寄ってなかったせいか、並ぶ本の上にはホコリがたまっている。八重は、ケホケホと咳をした。
――探さないと……!
そうやって急き立てられていたが、八重はふと冷静になった。
――どうして、私の作品を壊した彼に本を貸そうとしてるの?
八重の動きが、止まった。思考がさっきのように堂々巡りし始める。彼が悪い、でも持ってるんだったら貸してあげたほうが……。
「あの図工の作品どこだっけ……」
八重は急に気になってから本棚から踵を返して、机の引き出しを見た。ミカからもらったバレッタ、ミカと作ったお城の絵……。
そうやって見ていくと、ついに目当ての作品が見つかった。
土台の薄い木の板の中心に、木のブロックを接着剤で止めた杜撰なお城がある。雑に白く塗られたブロックの隙間から透明な固まったボンドが出ていた。
そして、お城を囲むように子どもたちの粘土細工が倒れている。彼にぶつかったせいで、立っていた彼らは倒れてしまった。
八重は、この世界が大好きだった。子どもが和気藹々と暮らし好きなことをする世界が、この表紙に描かれた真っ白なお城が……。
作品を見ると同じ世界には、とても見えない。子どもだけが和気藹々と暮らすのは不可能だと、馬鹿にされたような気分になった。
八重は、倒れている人形をみる。笑っているはずが、無理して笑っているように見えた。
八重は、なぜかその人形にカンちゃんを重ねた。
「やっぱり貸してあげよう」
八重は、本棚から暗い赤の背表紙の本を手に取る。表紙には、平らなお城と子供たちがいる。
人形のモデルになった男の子もいた。絵の中の彼は、とても幸せそうにわらっている。
八重は、ソッと胸の前で優しくその本を抱きしめた。
八重は本を届けようとして、何度目か諦めた。彼は人気者だから他のクラスに行って、話しかける勇気はない。
どうしよう? 途方に暮れて、八重はクセで窓をみてしまう。
もし、ここで校庭が見れたなら彼に手を振り返して伝えられるのに……。
そうやって毎回窓を見ていると、ミカは無理に明るい声で話しかけてくるようになった。顔が暗いのに、その声は調子外れに明るい。
八重は、その顔を見るたびにいたたまれなくなって、ちょっとずつ「本」や「カンちゃんの言っていたこと」を忘れていった。
そして完全に忘れかけていたとき――八重は学校から出された宿題をしていた。
「あー、むずかしい!!」
そうやって、発狂していたときに扉が勢いよく開いた。肩を揺らして八重が振り返ると母親が立っていた。
その顔を青ざめさせて……。八重は、すんでのところで喉で文句を押し殺した。八重が大丈夫か? と母親を見つめる。
「カンちゃんが死んじゃった……」
八重は、母親の言葉を理解できずに呆然とした。
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