第2話

八重はそれから本を読むことを辞めた。別に無理したわけではない。本からごっそりとナニカが抜け落ちたからだ。


 ピーター・パンと飛ぶキラキラした空は、気づくとただの陳列した文字になっていた。軽い体は、気づくとどこにもない。


 本は、自分は飛べないのだという現実を改めて実感させるだけだった。


 あんなにキラキラしていた本は、黄ばんで誰かの手垢がべったりついた――薄汚いモノとしか認識できなくなった。


 胸の空っぽを埋めようとするように、八重は隣の女の子に話しかけた。花のバレッタをした女の子――ミカはにっこりと笑って八重と話してくれた。


「八重ちゃんが本を読んでないなんて珍しいね!」

「……うん、なんかそろそろ辞めようかなって」


 八重がスッと目をそらす。ミカは、邪気のない笑顔で明るく


「じゃあ、これからたくさん話そう!」


と笑いかけた。


 それは八重のバクバクなる緊張を和らげて、無煙寮にジクジク痛む胸を引っ掻くものだった。


 それから八重は、ミカとたくさん話した。親と喧嘩したこと、幼馴染のこと、ミカがおそろいのバレッタをくれたこともある。


 途中クラス替えをして、カンちゃんとは違うクラスになった。


 だが、そんなこと気にしないような満ち足りた時間だった。


 しかし、突然に八重の胸にはミカとの楽しい話が色褪せる時がある。幸せそうなミカの顔に、いらだちを感じてしまう。


 そんなときは、窓をチラリと見た。学年が変わると、窓の景色も変わる。だから彼の笑い声も姿もない。


「……八重ちゃん……?」


「ごめん……! ボーッとしてた」


 八重が正直に謝罪すると、ミカは優しく笑ってくれる。だが、その笑みを見ると裏切っているような後ろめたい気持ちになる。


「……もしかして……カンちゃんのこと探してる……?」


「……うん」


 八重は、ミカに釣られて声を小さくして答えた。ミカが、ニヤニヤと笑ってきて落ち着かない。


「それって恋じゃない!?」


 ミカがキャーと小さく歓声をあげる。八重は、首を傾げた。理解できずにミカの顔をじっと見る。


 ミカは、嬉しそうな声を上げている。しかし、目だけが悲しい色をしている気がした。


 そして、もう一度クラス替えになった。張り出された紙を見れば、ミカと同じ。……カンちゃんはいない。


 八重が少し残念に思っていると、隣のミカがヤッター!と声を張り上げた。八重は周りを見て、迷惑そうな視線に慌ててミカの手を引く。


 教室に向かっている途中、ミカが八重の手に指を絡めてきた。八重がギョッとして振り返れば、ミカはなんてことないように鼻歌を歌っている。


 八重は自分の考えすぎか……と自分を納得させてギュッ握り返す。そして、沈黙が場を支配する。


 そして、渡り廊下に着いた。舞っているホコリが窓ガラスから入る光を反射して輝いている。ズラッ並ぶ窓ガラスに比例してキラキラした道は続いていた。


 八重は、ミカのことも忘れてた足を踏み出す。


――カンちゃんの笑い声が聞こえた。


 八重は、少し黒くなっている窓を気にせず空いてる手を窓に押し付けた。校庭に目を走らせたが、誰もいない。


廊下でボーッとする八重は腕を引っ張られる感覚にハッとした。


「八重ちゃん、行こ!!」


 ミカがどこか焦ったように手を引いている。八重は咄嗟にうんと返事をして、ミカの手に引かれていった。



 


 


 

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