店
紫鳥コウ
店
昼の二時は、休日でも
カードゲーマーたちは、レアカードを売りにこなかった。それは、度会の店が、経営上、買い取り価格を高く付けられぬことが原因だった。高価での買い取りは、事実上、七階と八階のチェーン店の専売特許のようになっていた。世界大会で
度会は家への帰り道、カードショップが乱立するこのエリアで生き残る
彼に休日はなかった。定休日というものを持っていなかったから。いつでも開いている店だというのに、客足が絶えることは
よって、度会の店は、大手チェーン店がテナントに入ってから半年後に閉店することになった。年を越すことは叶わなかった。度会の悲劇は、それだけではない。店のシャッターが閉まる前から、三人の店員は他のカードショップに移ることを、秘密裏に決めていたのだった。優秀な店員である以上、店の経営が
度会のカードショップがあったところには、貴金属の買い取りをする店が居を構えるようになった。しかし繁盛をすることはなかった。それは立地の関係でも、鑑定の心許なさでもなく、店長の
だが有紀は、生まれながらの持病と夏の暑さのせいで、この店に通うことができなくなった。のみならず九月には入院してしまった。よって、兄の寛二が店にずっといなければならないはずだったが、やはり昼間から風俗や競馬場に行くことをやめられなかった。半ば必然的に、アルバイトを雇うよりしかたなかった。
寛二は元妻とのあいだにできた息子の
しかしながら陽次郎は、ほとんど人がこないのに、少なからず時給を貰えるということで、アルバイトをするのには乗り気だった。しかも仕事の内容といえば、鑑定をするのではなく、鑑定をするために物品を預かることを告げるだけだった。のみならず寛二は、暇な時間は勉強をするなり本を読むなりしていいと言ってくれていた。だからしまいには、陽次郎の方から才華へ
と、こういうもめごとをしているうちに、店の経営は怪しくなった。しかしながら寛二は、そういうことへも
有紀の死をより痛切に悲しく思ったのは、彼の次男の
樹の兄はなんの
地獄のような地上から、
この両方の感情を抱えこんでしまったからには、いかなる決定も下せぬまま、日を経ていくしかなかった。それは、どちらかを決めることよりも、彼にしてみれば苦痛だった。蜂の巣の茂った部屋へ入れられたまま、一向に蜂に刺されないようなじれったい苦痛だった。この苦痛から逃れるためには、より痛切なる苦痛に甘んじるしかないはずだった。もし、蜂の巣をつついてみる勇気さえあれば……。
あれから二、三の店がオープンしては一年も経たずにクローズした。
壁に引っかかっている絵だけは、枯れた木の枝へ朝鳥が
そのため、彼の描くものは、
その原因は、絵を描き続けるための対価としての労働によるものであるらしかった。自作が一向に評価されず、当初の目的を達成することができないことへの、心理的な疲労ももちろんそこに含まれていた。よって彼の絵には、自然と陰鬱や
画家としての彼の終の住処は、カードショップやアニメグッズのストアのある商業ビルの一階にあるためか、誰の目的とも手段ともなることはなく、ひっそりとゆるやかに、
彼の死を悲しむものは肉親の他にいなかった。むろん肉親さえ、彼の一生は決して悲観するものではないと結論づけていた。なぜなら、自分の好きなことを堂々とすることができていたのだから。彼の葛藤を知らなければ、そう決めてかかるのも糾弾されるべきいわれはないに違いなかった。そしてその画廊は、間もなくして別の店へ生まれ変わり、彼の作品のほとんどは物置に
鳥が駆け抜ける陰が色濃く見えるような夏の日、汗をハンカチで
「もしもし。ここはギャラリーではなかったかね」
男は古びたサスペンダーを左手で気にしながら、つまらなさそうに
「場所違いでしょう」
「いやいや。確かに、ここにあったはずなのだが……」
「まあ、ここは店の入れ替わりが激しいから、いつかはギャラリーだったかもしれませんね」
それを聞いた紳士は、少し残念そうな顔をしてみせた。が、その眼のなかには、致し方がないという気持ちもないではなかった。のみならず、彼の関心はもう、別の方角へと移っているらしかった。
「ところでこれは、どこの
男は紳士の方を見ずに応えた。
「裏面に書いてありますよ。よかったら、手に取ってご覧になって下さい。わたしはいま、右手が汚れているものですから……」
〈了〉
店 紫鳥コウ @Smilitary
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