紫鳥コウ

 昼の二時は、休日でも閑散かんさんとしている。いや、夜になっても店内がにぎやかになることはない。それは、カードゲーマーたちの習慣というよりむしろ、このショップの扱っているカードタイトルがひとつしかなく、昨年に開店した、七階と八階にきょかまえる大手のチェーン店に比べ小規模で、品揃えが悪いからだった。よって、店じまいもそう遠くないらしかった。のみならず、店長の度会わたらいは、この事態を打開する術を知らなかった。

 カードゲーマーたちは、レアカードを売りにこなかった。それは、度会の店が、経営上、買い取り価格を高く付けられぬことが原因だった。高価での買い取りは、事実上、七階と八階のチェーン店の専売特許のようになっていた。世界大会で一躍いちやく脚光きゃっこうを浴びたデッキに使われているあるカードは、それらの店では七千円位で買い取りがなされていた。しかし度会の店では、五千円程度しか出すことができなかった。こういう理由もまた、品揃えが悪い原因となっていた。

 度会は家への帰り道、カードショップが乱立するこのエリアで生き残る方途ほうとを考えていた。しかし彼の頭で考えつくのは、人件費を安くするために、三人の店員のうち一人に解雇を言い渡すことより他はなかった。しかし解雇を下す理由がないくらい、三人の店員は真面目に働いてくれていた。それに、度会はあまりに臆病だった。のみならず、感じやすい性格だった。もし自分が解雇を言い渡されたならば、どれくらい傷つくことだろう。そういうことを想像しないというのは、彼にはできないことだった。

 彼に休日はなかった。定休日というものを持っていなかったから。いつでも開いている店だというのに、客足が絶えることはまれではなかった。のみならず、売りに来られるものといえば、レアリティの低いものばかりだった。それは、店の知名度を上げるためという理由から始めた、たいして値のつかないカードを、他店より少し高く買い取りをするというサービスのせいだった。しかしそうしたとしても、客足の聞こえないことは頻繁しばしばだったし、経営を明るくすることはできなかった。

 よって、度会の店は、大手チェーン店がテナントに入ってから半年後に閉店することになった。年を越すことは叶わなかった。度会の悲劇は、それだけではない。店のシャッターが閉まる前から、三人の店員は他のカードショップに移ることを、秘密裏に決めていたのだった。優秀な店員である以上、店の経営が心許こころもとないことは知悉しりつくしていたし、店長の弱気な性格もとっくに見抜いていた。それに、もしその計略がバレてしまったとしても、潔く店を飛び出せばいいだけの話だった。しかし度会は、再就職の道を用意していなかった。それは、彼が最後まで店の経営のために尽力したからであり、また店長という立場である以上、仕方のないことでもあった。


 度会のカードショップがあったところには、貴金属の買い取りをする店が居を構えるようになった。しかし繁盛をすることはなかった。それは立地の関係でも、鑑定の心許なさでもなく、店長の寛二かんじが開店中にもかかわらず、遊びに出かけてしまうというだらしなさにっていた。寛二がいないあいだ、店を切り盛りするのは、弟の有紀ゆうきの役目だった。

 だが有紀は、生まれながらの持病と夏の暑さのせいで、この店に通うことができなくなった。のみならず九月には入院してしまった。よって、兄の寛二が店にずっといなければならないはずだったが、やはり昼間から風俗や競馬場に行くことをやめられなかった。半ば必然的に、アルバイトを雇うよりしかたなかった。

 寛二は元妻とのあいだにできた息子の陽次郎ようじろうに店を任せることにした。そのためには、陽次郎だけではなく、元妻の才華さいかを説得する必要があった。大学に入れたからには、勉学に集中してほしいという才華に対して、そのためには金が必要だと言いくるめることは、容易たやすいことではなかった。それは、交通の便や給金の高低などというより、もっと切実に、元夫のもとへ息子をひとりやることに、なんらかの不穏を感じているからだった。

 しかしながら陽次郎は、ほとんど人がこないのに、少なからず時給を貰えるということで、アルバイトをするのには乗り気だった。しかも仕事の内容といえば、鑑定をするのではなく、鑑定をするために物品を預かることを告げるだけだった。のみならず寛二は、暇な時間は勉強をするなり本を読むなりしていいと言ってくれていた。だからしまいには、陽次郎の方から才華へ懇願こんがんするという形になった。しかし才華は承知しなかった。

 と、こういうもめごとをしているうちに、店の経営は怪しくなった。しかしながら寛二は、そういうことへも無頓着むとんちゃくだった。というのも寛二は、自分に貢いでくれる女性に事欠かず、競馬で何度も大穴を当てるくらいの運があったから。それに、いくらかの汚れた金もふところに持っていたから。よって、年を越す前に店が閉じてからも、悠々自適に暮らしていた。だがしかし、弟の有紀は亡くなってしまった。後にも先にも、寛二が涙を流したのはこのときだけだった。刑務所に入れられたときでさえ、彼は……。


 有紀の死をより痛切に悲しく思ったのは、彼の次男のたつるだった。樹は、父を追って死のうと考えた。母は三年前に死んだ。その翌年に兄はどこかで知り合った女性と駆け落ちし、心中した。誰もが最後は苦しんで死んでいた。が、母も父も「ようやく一息をつけた」というような表情をして死んでいた。のみならず兄もどこか幸福そうな顔をしていた。

 樹の兄はなんの遺言ゆいごんも遺していなかった。しかし天国への門が閉ざされていることは、兄自身よく理解していることであった。その証拠に、姿をくらます一日前に、彼は樹にこう言っていた。「ひとりで死ぬより、ふたりで死ぬ方が罪悪だよ。ふたりぶんの重さを、天国は受け入れてくれないから」――と。そのとき樹は、お前はひとりで死ぬがいいと言われている気がしていた。お前は天国へ行くべきなのだと。この家では、お前だけが罪悪を抱えていないのだからと。

 地獄のような地上から、享楽きょうらくを与えるものに満ちあふれた楽園へと向かおう。樹は首をくくるか、どこかから飛びおりるか思案をめぐらせた。めぐらせているうちに、生に執着する自分を見出した。この逆説は、さらに進んで、猛烈な怯懦おびえとなり樹をさいなんだ。片方では、死ぬことでしか救済されないという気持ちがあり、もう片方には、死ぬことそのものへの未知なる恐怖が対置されていた。

 この両方の感情を抱えこんでしまったからには、いかなる決定も下せぬまま、日を経ていくしかなかった。それは、どちらかを決めることよりも、彼にしてみれば苦痛だった。蜂の巣の茂った部屋へ入れられたまま、一向に蜂に刺されないようなじれったい苦痛だった。この苦痛から逃れるためには、より痛切なる苦痛に甘んじるしかないはずだった。もし、蜂の巣をつついてみる勇気さえあれば……。


 あれから二、三の店がオープンしては一年も経たずにクローズした。度会わたらい行方ゆくえなど誰も知らぬ。それはともかく、次にその手狭てぜまなテナントにできたのは、名もない画家の画廊だった。画廊?――それは、もう人生に敗戦したひとりの男性の余生の在処ありかだった。陰鬱なるつい住処すみかだった。照明もどこかうす暗く、終日じめじめとした感じを見るものに与えるところだった。そしてもちろん、ひとが入ってくることなどなかった。冷やかしさえこなかった。なんの目的もなくこの画廊へ入るのは、用もなく夜の墓地へ侵入するような不謹慎な遊びのようにさえ思われた。

 壁に引っかかっている絵だけは、枯れた木の枝へ朝鳥がまっているかのような安らぎを与えてくれないこともなかった。が、全体的に人生の暗部をえぐりとったような雰囲気をかもし出していたのも確かだった。それはあるいは矛盾なのかもしれない。しかしながらこの二つの相反する側面は、彼の半生の象徴というより他はなかった。人生に疲れたひとに癒しを与えたいと思い絵を描きはじめた。それは、彼の先輩画家(もっともその画家は彼のことなど知りもしない。彼が勝手に私淑ししゅくしているだけである)の影響だった。のみならずそこには、その先輩に認められたいという、やましい気持ちもないではなかった。

 そのため、彼の描くものは、長閑のどかな郷里の風景を暖色と優しい筆致により写し取るものがほとんどだった。しかしそれらは、誰かの心を揺さぶる前に、数多あまたの絵のなかに葬り去られる宿命をざいしていた。いかなるコンテストの審査員も、莫大ばくだいな私費をついやして開いた展示会に立ち寄る客のほとんども、彼を認めなかったばかりか、その腕を冷笑したり、棘を含んだ一言を彼に与えたりすることもしばしばだった。そのうちに彼は病みだした。

 その原因は、絵を描き続けるための対価としての労働によるものであるらしかった。自作が一向に評価されず、当初の目的を達成することができないことへの、心理的な疲労ももちろんそこに含まれていた。よって彼の絵には、自然と陰鬱や厭世えんせいまぎれこむようになり、それは悪性のウイルスのように画布の上に版図を広げていった。いまや彼の描く絵の大半には、そのウイルスと抗生物質の闘争が見られるようになっていた。つまり画布の上に見られる、相反する二側面というのは、このような彼の半生の軌跡を見事に反映していた。それゆえに、不幸にも、当初の志を裏切る方向へと画風がじめじめと蠕動ぜんどうしていったのだった。

 画家としての彼の終の住処は、カードショップやアニメグッズのストアのある商業ビルの一階にあるためか、誰の目的とも手段ともなることはなく、ひっそりとゆるやかに、頽廃たいはいの色を深めていった。それは彼の容体が日に日に悪くなり、老いた父母や親類が代わる代わる留守を預かるようになってからも変わらなかった。父母はともかくそれらの親類たちは、画廊を開く時間を勝手に短くしたし、壁に掛かっているものにたまるほこりを払うこともしなかったし、居眠りや暇つぶしにゲームをするのを欠かすことはなかった。のみならず、彼をよく思っていないおいなどは、進んで留守番を申し出て、彼の店にある金目のものを(もちろんそこに彼の作品は入っていなかった)、質屋にいれたり懇意こんいの女性に捧げたりすることを忘れなかった。

 彼の死を悲しむものは肉親の他にいなかった。むろん肉親さえ、彼の一生は決して悲観するものではないと結論づけていた。なぜなら、自分の好きなことを堂々とすることができていたのだから。彼の葛藤を知らなければ、そう決めてかかるのも糾弾されるべきいわれはないに違いなかった。そしてその画廊は、間もなくして別の店へ生まれ変わり、彼の作品のほとんどは物置に仕舞しまわれる宿命に甘んじなければならなかった。もし彼の一生で報われたことがあるとするならば、彼の戒名かいみょうに「色」という一字が混入されたことに他ならなかった。「色」という一字は、彼の芸術家としての葛藤かっとう矜持きょうじの象徴であるのだから。しかしそのうちに両親も死ぬと、彼の家の家計図は完結した。


 鳥が駆け抜ける陰が色濃く見えるような夏の日、汗をハンカチでぬぐいながら、ステッキを持った紳士が、茶色い口ひげを八の字にした男にいた。

「もしもし。ここはギャラリーではなかったかね」

 男は古びたサスペンダーを左手で気にしながら、つまらなさそうにこたえた。

「場所違いでしょう」

「いやいや。確かに、ここにあったはずなのだが……」

「まあ、ここは店の入れ替わりが激しいから、いつかはギャラリーだったかもしれませんね」

 それを聞いた紳士は、少し残念そうな顔をしてみせた。が、その眼のなかには、致し方がないという気持ちもないではなかった。のみならず、彼の関心はもう、別の方角へと移っているらしかった。

「ところでこれは、どこの珈琲コーヒー豆かね」

 男は紳士の方を見ずに応えた。

「裏面に書いてありますよ。よかったら、手に取ってご覧になって下さい。わたしはいま、右手が汚れているものですから……」



 〈了〉

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紫鳥コウ @Smilitary

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