木曜日のセーラー服

ちま乃ちま

木曜日のセーラー服

俺の隣の席にはとても可愛い美『少年』が座っていた。


気づいたのは高校生になって初の体育の時だった。それまでは誰もが彼女のことを『女』だと思っていたのが、着替えがきっかけで『男』だと分かった。


彼女がそのことを気にすることはなかった。しかしそれが原因で、他クラスや学年を跨いで彼を見物しようと毎日人が訪れていた。


そしていつの日からか、彼女が学校に来ることはなくなった。原因は――



◇◇◇



彼女が学校に来なくなって三ヶ月、もうすぐ二年生になろうとしていた春休み。俺が友達四人と、とあるショッピングモールでウインドウショッピングをしている時だった。


「いらっしゃいませ〜」


聞き覚えのある低いような高いような声がどこからか聞こえてきた。


「ごめん! いい感じの服があったから先行っといて!」

「おう」


俺は友達をおいてその声の方へと向かっていった。近づけば近づくほど、その声が懐かしく思えてくる。この声の正体は――


「愛川!」

「……鏡くん。久しぶりだね」


彼女――愛川胡詠あいかわこよみは白と紺のセーラー服に赤スカーフを巻いた姿で腰まである長い黒髪を耳にかけながら言った。


「久しぶり……元気だった?」


彼女はコクリと頷いた。


「ここで働いてたんだな」

「だから? 私のことをからかいにでもきたの? それとも私のことを写真にとってネットにあげるつもり? 『このお店に女装してる男がいます!』って!」

「そんなこと……」


俺は言葉に詰まった。すると裏からキャラメル色のブレザーを着た、可愛い店員さんが出てきた。


「ちょっとちょっと! お店で争っちゃだめでしょ! あっ、うちの店員がすみません!」  


店員さんは愛川の肩を持って深々と謝ってきた。「そんなことしなくて大丈夫ですよ」と言うとすぐに二人は頭を上げた。


「何しに来たの?」


愛川はギッと俺を睨みつけながら言った。俺はそれを受け入れるように愛川の目を真っ直ぐ見て口を開けた。


「えっと、あっ、愛川が今着てるようなセーラー服を探しに来たんだ。一回着てみたくってさ……」


「ふうん」と言いながら、店員さんの手を振り払って、彼女は俺の周りを一周した。


「鏡くんにセーラー服は合わないよ」


簡単に一蹴されてしまった。本気で言ったわけではないのに何故か悲しい。


「ブレザーが似合いそうだな。長袖のシャツを腕まくりして、紺にピンクの線が入ったチェック柄のスカートとリボンをあわせて、それに紺のセーターを着たらもう最強。さらに胸下くらいの黒髪をポニーテールにしたら……はっ!」


 愛川はほとんど最後まで早口になりながら答えてくれた。俺はそれがとんでもなく嬉しかった。


「ははっ。やっぱり愛川はそうじゃないとな」

「ごほん……じゃ」


彼女はスタスタとレジへと入った。俺はここで離したら彼女ともう話すことはないかもしれないと思って手を引っ張った。


「何で離れようとするんだ? 俺達友達だろ?」

「友達なわけないじゃん。私のことを私の『秘密』とともに全世界に向けてバカにしながら晒したのに? あと周りをちゃんと見たら? ここ一応女子向けの制服ショップなんだけど」

「えっ」


確かに周りには女子が好きそうなものばかりが置かれている。そう思っているとスマホが振動した。俺は手を離してスマホを見た。


『俺らのことは気にせず自分の好きなことしろよ! スカート今度見せろよな! (・ω・)ノ‹ニシニシ』


近くにいるのかと思って窓の外を見てみたが、僕のことを異質だと思いながら通り過ぎる人だけだった。流石にここを出たほうが良い気がしたので、出ていくことにした。


「またな」


◇◇◇



あれから数日が過ぎたとある始業式がある水曜日。廊下にクラス替えの紙が張り出されていた。書いてある通りの教室に入り、指定された席に座った。教室にいる知り合いはたった数人。その中に愛川の姿はなかった。まあそうだよな。


――スッと隣の席に誰かが座った。艷やかな腰までありそうな黒髪に、指定の紺ブレザーと青チェックのリボンとスカートを履いている。誰だろう……


「愛川!?」


ギロッとやはり俺のことを睨んできた。しかし今年も同じクラスだったので少し嬉しい。


「何にこにこしてんの?」

「いや〜別に〜」


俺は彼女が指定の革鞄と、もう一つ四つ切の画用紙が入りそうなほど大きな紙袋を持ってきていることに気づいた。何をそんなに持ってきているんだ……。


「その中に何入れてるんだ?」

「何でもよくない? 関係ない……」


彼女は口を閉じて何かを考え始めた。そしてすぐにまた口を開けた。


「気になるんだったら放課後、第二空き教室に来て」



◇◇◇



「……本当に来たんだ」


いやあんな事言われたら来るしかないだろう、と突っ込んでしまいそうになったが我慢した。彼女は教室全てのカーテンを閉め、俺の目の前に立った。


「よし、パンツ以外全部脱げ!」

「……はあ!?」


自分で脱ぐならまだしも、他人に脱げと言われて本当に脱ぐヤツがどこにいるんだ。しかし彼女は俺のことをキラキラとした眼差しで見てくるため脱がないわけにはいかなかった。


俺はため息を吐き仕方なく、上靴、靴下、ブレザー、カーディガン、ベルト、ズボン、シャツの順番で、いよいよタンクトップを脱いで、パンツ以外の服を肌から全て剥がした。


彼女は嬉しそうに俺の体を、頭の天辺からつま先までまじまじと見ている。


「やっぱり私の思った通りだよ。この感じの骨格と筋肉と脂肪の付き方だったらブレザーのほうが似合うね。一応いろいろ持ってきたけど、どれから着る?」


そう言って彼女は全ての机に余すことなくブレザーやセーラー服などの制服を並べ始めた。あの紙袋だけでは収まりきらなそうな量だがいったいどこから持ってきたのか。しかし、全ての制服に共通することは全て『女子』が着てそうな制服だということ。


仕方ない。付き合ってやるか。


俺は一着ずつ吟味した。すると、ある制服が目に入った。


「……これは?」

「やっぱりそれを選んだか。これはこの間会ったときに私が似合いそうだと思ったやつ」


だから気になったのか。正直どれでも良かったのでこれを着ることにした。


「あっ、ちょっと待って。それ着る前にこれ着けて」

「それってまさか……」


ブラジャーだ。紛れもなく女性がつけるものではないか。


「いいからいいから、ほら早く!」


サイズがぴったりなのは怖いが、違和感はそこまでなかった。


そして、制服に袖を通した。スカートを履くことに違和感はあるが、以外にもすべてすんなりと着ることができたので自分に驚いてしまった。


「あとは……ここに座って」


俺は彼女の言う通りにA4サイズの鏡とメイク道具が置かれた机の椅子に座った。すると愛川はすぐに俺の頭にネットを被し、メイクを丁寧にして、その後に黒いモサモサをカポッと被せた。そして肩にかかる毛を高めに後ろで結び、ヘアアイロンで前髪やサイドを巻いた。


その間愛川はずっと独り言を呟いていた。


鏡に映る俺がどんどん魔法のように変身していく。不思議だ。


「はい、出来た」


彼女は俺の手を引っ張って立ち上がらせ、その勢いで写真を撮った。


「こんな感じだけどどう? 私は鏡くんめちゃカワだと思う!」

「すご……」


自然と口から漏れてしまうほど、俺の見た目は美少女へと大変身していた。普段見ている自分とは全く違う。言葉に出来ないくらい凄く可愛い。


「愛川……お前凄いな!」

「でしょ〜?」


とても笑顔だ。やっぱりムスッとしているよりもこのくらい笑顔な方が絶対に似合っている。


「愛川いつもそのくらい笑ったら良いんじゃ……」


パシャリ。


すぐにバン! と扉を閉めたが、誰かが俺達を盗撮したようだ。


「愛川! 撮られたぞ! 早く追いかけよう!」

「いや、いいよ。慣れてるし」

「……いやだめだ! ほら行くぞ!」


俺は愛川の手を取って、犯人を走って追いかけた。


「おい! 待て!」


犯人らしき人を発見した。俺はそれに向かって一生懸命走る。愛川がスピードを緩めている気がするが俺は絶対にやめない――


「後ろめたいことがあるから逃げるのか?」

「はあっ、もう無理……」


腕を掴むと、犯人はその場に倒れ込んでしまった。


「さっき撮った写真と半年前の撮った写真、どっちも見せてもらえる?」

「何で知って……」

「だって写真さらしたヤツのSNSの名前『ニシニシ』だし、西田しかいないだろ。ずっと知ってたよ」


「二人ともごめんなさい!」と西田は俺達に深々と土下座をしてきた。すると先生数人が「何事?」と声をかけてきた。俺達は事情を説明してあとはすべて先生に丸投げした。教室に戻りながら俺達は色々と話をした。


「……なんかごめん。ずっと鏡が私のことをネットに上げたんだと勘違いしてた」

「いやいいよ。俺こそ犯人が分かってたのにほったらかしにしてた。俺のほうが悪い」

「でも鏡じゃないんだとしたら何で西田が私の秘密を知ってんだろ……」


「……あのさ、聞きにくいんだけどその『秘密』って何?」

「えっ?」


 愛川はきょとんと俺の方を見てきた。


「第二空き教室に私の制服コレクションを置いてたのって鏡に言ってなかったっけ? あの動画とか写真のせいで先生にバレて大変だったんだけど……」


あの大量の制服はずっとあの教室に置かれていたのか。俺はすっと腑に落ちた。


「……じゃあ盗撮されたときに独り言をずっと呟いてたのが聞かれてたってこと……! きゃー恥ずかしい! 死ぬー!」

「お前……」


俺は呆れてしまった。こいつはどこまでアホなんだ。


「まあでも良かったよ。色々解決したし。鏡とも仲直りできたしね」

「一方的に俺のせいにしてただけだけどな」


「今年はちゃんと学校に来れそうだよ」と言っているし、まあいいか。


「そうだ。明日も別の制服着て良い? 俺、結構これ好きなんだけど」

「いいの? もちろん!」



◇◇◇

 

「今日はこの『セーラー服』を着てみたいんだけど……」

「良いね! 絶対似合うよ!」


 次の日の木曜日。第二空き教室には、赤スカーフを巻き、白と紺のセーラー服を着た美少女二人が、写真を何枚も撮っていた。











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