少年Aを殺さないで

はれ わたる

第1話

「少年Aを殺さないで!」

 俺の大切な友人がそう言う。それを聞いた俺は思う。少年Aなんて死んでしまえ、と。


 少年Aは俺にないものを持っている。俺と少年Aは志を同じくして、小説を書いている。彼の創るものは感情や気持ちを巧妙に表現していて、数は少ないかもしれないが彼の創作に心を打たれた人もいるだろう。

 そして少年Aは、俺の大切な友人、笹原遼ささはらりょうに応援されている。遼は俺の方なんて見向きもしないというのに。少年Aは、沢山の人に支持されているわけではない。でも確かに、彼を応援している人は少数であろうともいるのだ。彼の創作は確かに誰かに届いている。


 それなのに。彼は遼の応援を受け入れようとしない。応援してくれている人を、創作を受け取った人を見ようともしない。なんと傲慢なことだろうか。

「俺なんて、応援されるに値しない。応援してくれている人も、たまたまその人の好みに合ってただけかも」

 と、少年Aは言う。それは確かに俺の心を抉った。俺は、それすらないというのに。

 何もかも持っているくせに、今あるものを見ようとしない少年Aが、俺は嫌いだった。


「今回の作品も素敵だね。おれ、すごく好きだ!」

 遼が少年Aに声をかけている。いいな、少年Aは。遼に応援してもらえていて。

 その声を聞く度、俺は創作をやめたくなる。ずっと手放せずに握っている筆を折って、粉々にしてしまいたくなる。きっと俺の創るものなんて、誰にも届いていないだろうから。


 創作は認めてもらうための道具ではない。自分の気持ちを、感じたことを表現する手段だ。

 でも、だけど。考えを受け取ってくれないという事実は鋭く尖り、俺の心に冷たく突き刺さる。その度、俺の心は端から冷えていくのだ。俺の創作は受け取ってくれないのに、遼が少年Aの創作を大切に思うという事実もまた、俺の心を冷え切って固まったものにさせる。


 俺は少年Aを嫌っていながらも、彼の創作を嫌いになれずにいた。実に巧妙で、俺も彼の創作に心を打たれた一人であった。

 だからこそ、少年Aの創作を好きでいる俺を受け入れようとしない彼が、たまらなく嫌いになったのだ。


 そして俺は決意した。少年Aを殺すことを。

 決行日は明後日の放課後。急だと思うかもしれないが、この考えは一度や二度のものではなかった。


 二晩はあっという間に過ぎ、ついに決行日がやってきた。

 俺は少年Aを殺すため、少年Aを呼び出した。呼び出した場所は高校の教室。俺と、遼のクラスの教室だ。

「俺を殺したい?」

 少年Aが俺にそう問う。

「ああ。とっても」

「そう。じゃあ、君に殺されてあげるかな」

 一言、一言と言葉を紡いでいく。まるで、別れを惜しむように。だけどまるで、未練はないと思えるようにするかのように。

 そんな時だった。

「少年Aを殺さないで!」

 遼が、やってきてしまった。

 絶対に、遼にはバレないようにしてきたのに。だって、バレてしまったら遼はきっと、俺を止めるから。

「殺す必要なんてないだろう! 分かり合える道があったはずだよ!」

 ほら、そうやって少年Aを庇う。

 少年Aの本当の部分なんて知らないくせに。

「そんなことなかった。だめだったよ」

 俺の言う声に遼は被せるように言う。

「だめなわけないよ! 少年Aは良い人だ!」

 もう、限界だった。

「そんなわけないだろ‼ 少年Aは醜いところを集めたような人物だ。遼は、何も知らないくせに!」

 そう言って、「少年Aはこんなに醜いんだ」と遼に伝えるために少年Aの方を見ようとした。見ようとした、はずだったのに。

 そこにはただの空間があるだけだった。

「あれ……?」

「おれが何も知らないわけないだろ! こんなにも碧人あおとのことが好きなのに!」

 今、遼は、誰のことを好きだと言っただろうか。少年Aではなく、君と言わなかっただろうか?

「え……?」

 目の前の男はなおも続けた。

「たった一人の君なんだ。自分で自分を、殺そうとしないでよ」

 ああ、そうか。


 少年Aは、俺だった。

 人の応援に耳を貸さず、目の前のことに見向きもしない傲慢な少年Aは、紛れもなく俺だったのだ。

 だけど、遼に応援してもらっていたのも間違いなく事実だった。遼に応援してもらえて嬉しい、という気持ちと「友達として褒めてくれているに違いない」という気持ちとが混ざり合い、俺はもう一人の俺と対峙することになった。


 俺は、自分で少年Aを殺そうとした。今までの作品を捨て去り、筆を折る、という形で。

 結局、遼が止めてくれたおかげで俺は俺自身を殺さずにすんだ。傲慢な自分を認め、嫌っていながらもやっぱりどこか自分の作品を見捨てられない気持ちが残っていた。だから、本当に俺を殺すようなことになってしまわなくて良かった、とどこか安堵している自分がいるのだ。

「碧人が自分のことを殺す前に間に合って良かった」

 遼は相変わらず優しい顔でそう言う。


 俺は、自分の気持ちを伝えてみることにした。そうしたら応援してくれている人たちのこともしっかり見ることができるような気がしたから。

「遼、いつも応援してくれてありがとう。いつもすごく力になってるんだ」

「ううん。おれの方こそいつも素敵な作品をありがとう!」

 きっと、全ては俺たちの周りにある。大事なのはそれに気付けるかなのだ。

 少年Aは、今日も生きていく。まだ少ないが、応援してくれる人に支えられながらこれからも生きていくのだ。

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少年Aを殺さないで はれ わたる @harewataru

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