第85話「彼女の元へ行くために」
「……まるで真冬ね」
再びゲートを潜って、ダンジョンの中へ。
そこは全てが氷漬けの世界だった。
吐く息は白い水蒸気となって、空へと昇っていく。
「半袖は失敗だったわね」
ついさっきまで真夏の下にいたせいで、服装を大いに間違えてしまった。
寒いとか、そんなレベルじゃない。
少しでも動きを止めたら、凍えてしまいそうだ。
「さて、白久さんを探さないといけないけど」
「……その心配はなさそうよ」
羽月の指差す向こうから、雪を踏む音を立てながら白久さんがやってくる。
「白久さん!」
大声で呼びかけるも、彼女は全く反応を示さない。
目に光はなく、ただ獲物を見据えるように、こちらを捉えている。
「なんだい、異世界の侵略者っていうのは随分と諦めが悪いんだねぇ」
白久さんのすぐ右後ろの、小さいビルの屋上に、この事態を引き起こした真犯人がいた。
「ワタシのターゲットもすぐに見つかって助かるわ」
羽月も鯉口を切って、敵を見定める。
「誰かと思えば、アンタたちかい。一体何をしに……」
「決まっているだろう?」
「あんたを叩き斬りに来たのよ」
「白久さんを取り戻しに来たんだ」
鞘から引き抜いた刀を構えて、戦いの用意を整える。
「……プッ、アハハハハッ! 真面目な顔して何を言い出すかと思えば、とんだ理想を語ってさ。そんなことが本当にできるとでも──」
腹を抱えて笑うところに、剣戟が襲う。
奴のいた場所は剣傷により崩れ、地面に落ちてきた。
「黙りなさい、この外道が」
「……やってくれるねぇ、小娘が」
瓦礫と共に地面に着地した敵が、苛立ちを隠そうともせずにこちらを睨みつけてくる。
「生意気なだけならまだしも、噛み付いてこようとする小娘は、引っ叩いてわからせてやる必要があるねぇ」
「わからせる? 冗談は顔だけにしておいたら? おばさん」
「生意気な小娘がッ!」
羽月の戦いが先に始まる。
戦場を同じにしないという羽月の配慮か、戦いながらどんどん離れていく羽月。
豆粒の大きさになっていく羽月を見送って、改めて白久さんに相対する。
「白久さん!」
「…………」
「俺だ、三峰匠だ! 分からないのか!」
改めて声をかけるも、彼女は一切の反応を示さない。それどころか、
「……
魔法を発動して、周囲の雪景色に木々を生やした。
「やめろ、白久さん! 俺は君と戦いたいわけじゃない!」
「……
問答無用と言わんばかりに、周囲の木々が蔦となって襲いかかってくる。
「っ!」
四方から襲いかかる蔦を斬り刻みながら、それでも彼女へと話しかける。
「目を覚ましてくれ! 白久さん!」
「…………」
しかし彼女は応答せず、ただ彼女の魔法が苛烈さを極めるのみ。
「ダメなのか……」
ただ声をかけるだけじゃ、彼女には届きそうにもない。
「なら……仕方ない」
刀を持ち直して、彼女に対して鋒を向ける。
「蒼天!」
近づいてくる蔦を薙ぎ倒して、一直線に彼女めがけて飛んでいく突き。
「──なっ!」
彼女の遥か手前、半透明な氷のシールドに斬撃がぶつかって、相殺されてしまった。
「何重のシールドだよ」
ちらっと見えただけでも、五重はあった。
「彼女の元へ行くには、あの盾を突破するしかないか」
彼女を目覚めさせるためには、それくらいの無茶はどうということはない。
「いくぞ、白久さん」
刀を構え直して、一直線に彼女の元へと駆ける。
「……
再び襲いかかってくる鞭の攻撃、しかし一度目の攻防で木々の位置は覚えた。
全ての攻撃をいなしながら、一気に距離を詰める。
「秘剣──隼連歌!」
彼女の目の前に貼られたシールドを、連続剣で全て無力化。その先にいる彼女に向かって剣を──
「っ……」
──振り下ろせなかった。
その代わりに、刀から離した右手を白久さんに伸ばす。
ピシッ!
その手が彼女を掴む直前に、彼女の頭からヒビが入って、崩れ落ちた。
「これ、は……」
羽月と戦った時に見た、氷の人形か。
「「「「……
「⁉︎」
複数の声が戦場に響く。
襲いかかってくる槍をかわしながら周囲に目をやると、八人の白久さんが俺を取り囲んでいた。
「冗談よしてくれよ……」
「「「「……
氷の葉が無数に形成されて、放たれる。
「くそっ!」
動き回りながら守りに徹する。
けどあまりの手数の多さに、対応しきれずシールドウェアが削れていく。
「天乃羽衣!」
防御魔法も駆使しながら、この場に踏みとどまろうと試みるが、
「っ、スツールジャンパー」
物量には勝てず、たまらず跳んでビルの上まで退避。
「囲まれたらなぶり殺されるな……」
ビルの屋上から、増えた白久さんたちの姿を眺める。
同時に向こうも、こちらの位置を確認したようで、再び攻撃が飛んできた。
「やばっ!」
急いで屋上から飛び降りる。
刹那、ビルの屋上は彼女たちの魔法で消し飛んだ。
「けど……」
彼女たちのいる位置、生えた木々の場所は、すべて見えた。
そして、使う魔法、そのタイミング、攻撃の密度、予備動作、戦術パターン、およびそれらの組み合わせ。
白久晴未という人間を構成する情報が、おおよそ脳に蓄積された。
十全ではないが、今はこれで必要十分。
これらの情報から、あの人形全てを斬るのに必要な経路は、すでに構築済み。
そして俺自身も……覚悟を決めた。
「……
脳内に出来上がった経路映像に現実世界をリンクして、動き出す。
一手目、敵方より葉吹雪の攻撃。
二手目、
三手目、敵方より蔓による面制圧。
四手目、連歌による連続斬りによって回避。
五手目、
六手目、半透明の障壁によって防御。
「まずは一人目──隼五連歌!」
七手目、神速剣によって、防壁ごと彼女を斬る。
「木偶であってくれよ……」
たとえ本物であっても、シールドウェアがあるから、最悪の事態にはならない……はずだ。
故に遠慮なしに、刀を振り下ろした。
刀を上から振り下ろし、その刃先が彼女に触れた瞬間、彼女の姿をした氷が砕け散る。
「次っ──⁉︎」
すぐに次の目標へシフトしようとした瞬間、いるべき場所に彼女の姿はなかった。
「……
背後から、枯れ葉の吹雪が襲いかかってくる。
気がつけば、複数人いた彼女の姿が、一人に収束している。
「なら──」
再び経路を算出して、直ちに経路を変更する。
「ふっ!」
葉吹雪を跳んでかわして、空中から一直線に彼女を狙う。
「うっ⁉︎」
前に進んでいた身体が、急に動かない。
何事かと思って身体を確認すると、足に蔦が絡みついている。
しかもその蔦は、覚えのない場所から生えた木から伸びていた。
「まさか」
こちらの動きを先読みして、罠を仕掛けた?
「うわっ⁉︎」
考えるよりも先に、足から引っ張られて振り飛ばされる。
「っつ……」
そのまま地面に叩き落とされた、下が雪じゃなかった怪我どころじゃ済まなかったかもしれない。
「く、そ……」
こんな簡単に、組み上げた経路が破綻するなんて。
「……違う」
ゆっくりと立ち上がって、白久さんを見据える。
「俺はただ、分かった気になっているだけだ」
自分の刃が届かない理由も、彼女が今攻撃してこない理由も、俺は何一つ理解できていない。
「刃を……いや」
彼女に届かせるべきは、俺自身だ。
そのために必要なのは、
「白久さんを見つめること、だよな」
羽月と戦った時、そうだったように。
「ふうぅー…………」
目を閉じて、深呼吸。
ゆっくりと静かに開眼すると、逸る気持ちが落ち着いていく。
早くなっていた心臓の鼓動が、上がっていた息が、今は穏やかになった。
あるがままを受け入れ、全てが溶け出して、一つになる感覚。
そしてその先にある、道へと続いて──。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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