第84話「氷に閉ざされた世界」

「ちょこまかとっ!」


 ワタシの攻撃を、のらりくらりとかわし続ける敵。


「あんたにだけは言われたくないねぇ」


 けど、向こうの技も全て受けられる。


 正直、こいつ自身はそれほど強いわけじゃない。


 こいつの力の強みは、さっきみたくこちらを混乱させることにあるらしい。


 ただ、やたらと攻撃をかわすのが上手いせいで、捉えきれずにいた。


 そのせいでお互い決め手に欠けたまま、千日手の状況が続いてる。


「けどなるほどねぇ。こんな意味不明な技を使えるだなんて、確かにエンキの言うとおり只者じゃないってことさね」


「…………」


「ふん、可愛げのない小娘だ」


 その程度の挑発に、ワタシが乗るとでも思われたのだろうか。


 だとすれば、随分と安く見られたものだ。


「しかし気に入らないねぇ、その目。あいつらと同じ目だ」


「……?」


 何を言って……?


「────っ⁉︎」


 背中に冷たいものが走ったのは、その時だった。


 背後に巨大な白い光が立って、それが豹変していく。


 ……一本の、巨大な氷柱へと。


「なに⁉︎」


 あれを起こしたのは、きっと晴未さん。


 けど、あの規模は……。


「……はっ、はははっ。ハハハハハッ! ようやく、ようやくかい!」


「なにを⁉︎」


「ようやく事が成ったみたいだねぇ!」


「成った? あなた一体なにを!」


「さてと、それじゃあアタシはこれで失礼させてもらおうかね。あんたとの決着は、またいずれつけてあげるよ」


「なっ⁉︎ 待ちなさいっ!」


 剣技を放つも、コンマ数秒のところで届かなかった。


「っ!」


 怒りで奥歯を噛み締める。


「一体何が、どうなってるの……」


 その答えを得るには、あそこへ行くしかない。


「匠も絶対にあそこへ行くはずよね」


 急いで引き返して、氷柱の元へと向かった。



     *



「これは……」


 暴走した覚醒者を一通り気絶させて拘束した後、彼らを任せて白久さんの行方を探した。


 そうしてたどり着いた場所は、凍てつく世界。いくつもの氷柱が建てられていた。


「なっ⁉︎」 


 ……その氷柱一本につき一人、人が閉じ込められて。


「これは……」


 そのうちの一本に触れようとした瞬間、全ての氷柱にヒビが入り、崩れていく。


「嘘だろ⁉︎」


 しかし崩れた氷柱に、囚われていた人の姿はない。


 氷柱が崩壊するその一瞬に、ディフィートアウトしたように見えた。


「生きて、いるよな……」


 意識の断絶による、強制ログアウト。RMSが正常に働いたのだろう。


「けど……これはやりすぎだ」


 低体温症によって意識を刈り取る。


 他に手段がないからって氷漬けにするのは、いくらなんでも度が過ぎる。


「白久さんは奥にいるのか」


 再び歩き出して、氷の世界の中心へ。


「白久さんっ!」


 氷の向こうで、一人佇む彼女を見つけた。


「白ひ──」


 俺の声に振り返った彼女は右手を振りかざし、それによって発生した氷が吹雪となって襲いかかってくる。


「なにを──っ!」


 顔を上げた白久さんの目に光はなく、得体の知れない寒気と恐怖心に襲われる。


「白久、さん……?」


 再び声をかけるも、振り上げた手がこちらを向けて振り下ろされ、再び氷が押し寄せてくる。


「くっ!」


 鞘から刀を引き抜きざまに、氷を一刀両断。


「白久さん!」


 彼女の名前を呼びかけるが、眉ひとつ動かさない白久さん。


「……咲き誇れ・白き森ブルーミング・アイスフォレスト


 小さく呟いた彼女を中心に、雪に覆われた木々が無数に生える。


白き罪のイバラシン・アイススローン


 四方を囲む木々の枝が伸び、一斉に襲いかかってくる。


「このっ!」


 移動の魔法を駆使してかわしながら枝を斬っていく。


「ガッ!」


 しかし数に圧倒されて、思い切り吹き飛ばされた。


「グハッ!」


 そのまま地面に叩き落とされて、身動きが取れない。


「く、そ……」


 立ち上がろうともがいている隙に、残った枝が俺の身体を捕まえる。


「離、せ……!」


 手足に巻きついた枝から、少しずつ身体が凍りついていく。


「まさ、か……」


 さっき氷漬けになっていた連中も、同じように……。


「白久、さん……」


 逃げ出そうにも、氷によって身動きひとつ取れず、やがて視界が氷に埋め尽くされていく。


「待っ、て……」


 氷の向こうの白久さんは、冷ややかな目で俺を見つめていた。



     *



「っは!」


 ガバッと身体を起こす。


 周囲を見渡すと、俺と同じようにベッドに寝かされたレイドメンバーがいく人もいた。


 仮設テントに仮設ベッドらしいけど……。


「匠!」


「ぐえっ⁉︎」


 俺の名前を呼ぶ声にゆっくりと振り向くと、目の前に羽月が飛び込んできた。


「う、羽月……ギブギブ……」


 抱きしめる力が強すぎて、苦しい。というか、窒息する……。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて飛び退く羽月。


「よかった……本当によかった……」


 ホッとしたのか、大粒の涙をこぼす羽月。


「ちょっ、泣くなって」


「うるさい……ワタシがどれだけ心配したと思って……ばかぁ……」


「……わるかった」


 再び抱きついてきた羽月が泣き止むまで、頭を撫で続けた。


「それで、どれくらいの間眠ってた?」


「グズ……えっと、八時間、かな」


 ようやく泣き止んだ羽月に、状況を説明してもらう。


「暴走した晴未さんが、ワタシ以外の全員を倒して、そのまま……」


「羽月は……ディフィートアウトしてきたってことか」


「……癪だけど。あの状況で突撃するほど無謀にはなれなかった」


 握りしめる手に力が籠っている。


 羽月にとっては、戦いもせずに逃げるというのは許しがたいことなんだろうな。


「その判断は正しい。無闇に突っ込んで行っても、解決できなかったと思う」


 でもそれじゃあ、ただの猪突猛進の猪でしかない。


「けど……次は叩き斬ってやるわ、あの裏切り者」


「待て待て待て」


 流石に裏切り者は違うだろう。


 あの状況で、真に倒すべきはシーナと名乗った奴なのだから。


「そうだ、奴はどうした?」


「……ごめんなさい、逃げられた」


「そうか」


 羽月が取り逃すとは、想定外にやるってことか。


「けどあいつも、次は真っ二つにするわ。ワタシに任せて」


「…………」


 正直に言えば、こんな事態を引き起こしたあいつを真っ二つにしたいのは、俺も同じなんだけど。


「ってことは、ダンジョンはまだ」


「えぇ、まだ閉じてないわよ」


 ベッドから起き上がって、簡易テントを出ると、目の前にはダンジョンのゲートがあった。


「ってことは」


 RMSを起動して、急いで配信を確認する。


 俺の配信は、ディフィートアウトした時点ですでに閉じられており、一旦アーカイブを確認する。


:え……


:まじ……?


:あのミハルさんが……


:暴走……


 流石のチャット欄も、白久さんが暴走したという事態には呆気に取られているようだった。


:まじかよ


:あのタクミがやられた


:そりゃ仕方ないか……


:相手はあのミハルさんだもんな


:勝てなくて当然


 俺がディフィートアウトしたことに、もっと文句を言われると思っていたけれど、チャット欄は意外にも同情的な意見の方が多かった。


 ……とはいえ、一部では批判の声もあったし、嘲笑するようなものもあったけど。


「ちょっと待てよ」


 まだ白久さんはディフィートアウトしてない。


 ってことは……。


「……やっぱりか」


 白久さんの配信は、まだ続いていた。


 表示された画面は、真っ白な雪景色の中を、ただ歩いているだけだった。


「これじゃ、生きながらの地獄だ……っ」


 彼女の力が暴走し続けている限り、彼女の見る景色はこの白く雄大で──孤独な世界のみ。


「第二陣は突入したのか?」


「二時間前に。ことごとく彼女に返り討ちになったわ」


「……そりゃそうか」


 無策で突撃しても、白久さんの魔法に勝てる道理はないからな。


「けど……」


 一旦ベッドに戻って、改めて彼女の配信を眺める。


「白久さんのあれは……本当に暴走なんだろうか?」


「は?」


 羽月さん、そんな怖い目で睨まなくても。


「何言ってるの? バカなの? それとも頭おかしくなった?」


「お前なぁ……」


 そこまで罵倒しなくてもいいじゃないか。


「いや、暴走は暴走なんだけど……今までの暴走とは明らかに違うだろ」


「違う?」


「たとえば、これまでの暴走者たちは無差別に魔法を使っていた。けどアーカイブを見る限り、白久さんは人だけを正確に狙って攻撃してる」


 第二陣の突入時のアーカイブを見る限りは、白久さんは明らかにレイドメンバーのみを狙っていた。


「それに……氷に閉じ込めて、低体温症で気絶させるだけで終わらせてるところだ」


 彼女の魔法は強力だ。それこそ……人を易々と殺せるほどに。


 でも、彼女は全てのレイドメンバーを氷の中に閉じ込めこそすれ、殺すことはせずにディフィートアウトさせるに留まっている。


「つまり……白久さんの暴走には、まだ白久さんの意思が残ってるんじゃないか」


「ずいぶんと無茶苦茶な仮説ね」


「言われなくてもわかってる。けど、いつまでもこの状況が続くとは限らない。だから早く──」


 言葉を言い終える前に、仮設テントの出入り口の幕が勢いよく開かれた。


 テントの中にいて起きていた全員が驚いて顔をそちらに向けた。


「──なっ⁉︎」


 そうしてテントの中に押し入ってきた人物は、俺の知る人物で、この場に現れることは絶対にないと思っていた人物だった。


「白久、政也……⁉︎」


 驚きすぎて言葉を失っていた俺を見つけ、無言で目の前に迫ってきた。そして──


「グハッ⁉︎」


 ──思い切り顔をぶん殴られた。


 思い切りベッドの向こう側に転がり落ちる。


「よくも!」


 羽月が目の色を変えて、瞬時に刀を奴の首筋へと振り抜く。


「やめろ羽月!」


 すんでのところで羽月の刀が止まった。


「でも!」


「羽月!」


「っ……わかった」


 睨みをきかせながら、ゆっくりと刀を納刀する。


「何か言いたいことがあるか」


「……別に」


「ふん」


 それ以上は何も語らずに、テントを出て行った。


「なんなのよ、あいつ……」


 羽月の目にも、意味不明な行動に見えたのだろう。


 俺の目にも、そう見える。


 けど、その本質は……。


「な、なんだ今の……」


「一体どういう……」


「……行こう、羽月」


 流石にあんなことがあっては、ここにはいられない。


「三峰様!」


 テントから出た瞬間を、中川さんが待っていた。


「旦那様が申し訳ございません! お顔は大丈夫ですか⁉︎」


「大丈夫です、この程度は問題ありませんよ」


「しかし……」


「本当に大丈夫です。それに、白久さんのことも」


「三峰様……」


「すぐに連れて帰ってきますから、少し待っていてください」


 中川さんを置いて、羽月に俺の刀の保管場所まで案内してもらう。


「……結局、あれはなんだったの?」


「要するに、自分の不始末を自分で拭けってことだ」


「はぁ? 不始末?」


「要するに、アレも人の親だってことさ」


 意外、ではあるけれど。


「……よしっ」


 中川さんから受け取った服に着替えて、左腰に刀を携えて。


「行くぞ羽月。このダンジョンを終わらせて、白久さんを取り戻しに」



     *



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