第81話「戦線崩壊」

「……出てこない」

 

 ダンジョンに踏み込んで、かれこれ十分以上。


 モンスターの一匹も出てきていない。


「けど……殺気は感じる」


「だな」


 いつどこから攻撃してくるか、油断はできない。


「交差点に出るよ」


 歩いた先にある、片側二車線の道路同士が交わる大きな交差点。 


 周囲を警戒しつつ、白久さんを先頭にレイド全体が交差点に踏み込んでいく。


「いつかのダンジョン攻略を思い出すな」


 数ヶ月前、羽月と再会することになったダンジョン攻略。


 あの時は敵の斥候に釣られてレイド全体が交差点に出た瞬間、敵に四方を囲まれた。


「あの時の再現がされなきゃいいけど……」


:お、フラグ発言か?


:今のは流石にフラグだな


:果たしていつ回収されるか


 俺の不穏当な発言を拾って、配信のチャット欄は大盛り上がり。


 これだけで大盛り上がりできるのはすごいって思うよ。


 そして、その不穏当な発言が現実となるのは存外早かった。


「爆撃だ!」


 空から降り注ぐ炎。


 当然レイドメンバーが魔法による迎撃を行うが。


「数が多すぎる!」


 飛来する炎の数は、想定のはるか上。


「イロードアイシクル!」


「孤風!」


 白久さんはつららの魔法で、羽月も剣を抜いて迎撃にあたるが、


「撃ち落としきれない!」


「っ、逃した!」


 二人の力をもってしても、数の力に圧されてしまう。


 そして、迎撃し損ねた炎は次々に着弾していく。しかし──


「私たちを狙ってない……?」


 一箇所に固まったレイドメンバーには、一つとして炎は降ってきていない。


「……まさか!」


 炎の降り注ぐ先、それは四方を囲むビルの一階部分。


 着弾した炎が、爆発を起こして、それが連鎖的にビル全体に伝わっていく。


「全員ビルから距離を取るんだ!」


 俺の叫び声に反応できたのは、レイドメンバーの約半数。


 残りのレイドメンバーは、崩壊し始めたビルの衝撃と、崩れて落ちて瓦礫によって……。


「……なんてことを」


 完全に崩壊したビルと、その余波で発生した砂埃の中で、俺たちはただ呆気に取られていた。


 そして、その砂埃が治ると、さらなる衝撃が俺たちを待っていた。


「冗談、だろ……」


 四方八方を、瓦礫の山を乗り越えてモンスターが迫ってきていた。


「空からも!」


 紅色の空を覆い尽くすような、敵の大軍が押し寄せてくる。


「何がフラグ発言だ」


 回収どころか、この間よりもはるかに状況が悪化してるじゃないか。ふざけるな。


「くるわよ!」


 ウジウジ悩んでいても仕方ない。とにかくできることをやるだけだ。


「咲き誇れ・ブルーミング・アイスフォレスト」


「孤風!」


 白久さんと羽月は背中合わせに、全力で敵を迎え撃つ。


「時雨!」


 俺もまた羽月の剣技を借りて、空中の敵を堕としていく。


 敵の数は多いが、俺たち三人を中心に、残った全員でなんとか拮抗できてる。


「この状況を乗り切って──」


 拮抗は、唐突に崩れ去った。


「あ、れ……?」


 急に白久さんが、膝から崩れる。


「なっ⁉︎」


「は⁉︎」


 同時に、彼女が作り出した氷の世界が消失していく。


「魔力の欠損……!」


 最悪のタイミングで引いてしまった。


 白久さんが維持していた戦線が、完全に崩壊してモンスターたちがそこから押し寄せてくる。


「ディフィートアウトするんだ!」


「で、でも……」


「大人しく匠の言うことを聞きなさい! 今のあなたがいても足手まといなだけよ!」


「っ……」


 唇を噛み締める白久さん、しかし現実が変わることはない。


「……ディフィート、アウト」


 彼女にモンスターの大群が襲い掛かろうとする直前に、彼女はダンジョンから緊急脱出ディフィートアウトしていった。 


「全員、危険だと思ったら迷わずダンジョンから脱出しろ!」


 白久さんが消え、戦線が崩れたこの状況では、俺も羽月も誰かを庇い立てながら戦うことは不可能。


 しかも、


「嘘だ……」


「ミハルさんが……」


 ダンジョン攻略のアイドル、白久さんがディフィートアウトした。


 その一点だけでも、彼らの戦意が失われるのには十分すぎる。


「う、うわぁぁぁっ!」


「で、ディフィートアウト!」


 一人、また一人とレイドメンバーが倒れていく。


「くそっ……!」


 一人でも多くのレイドメンバーを残したいのに、それは叶わない。


 手のひらから、砂がこぼれ落ちていくような感覚に囚われそうになる。 


「匠!」


「っ……!」


 羽月の声に活を入れ直される。


 俺や白久さんたちと違って、羽月はレイドメンバーにそれほど情はないからな。


 情が芽生えるということは、利点でもあり欠点にもなるというのは、戦場の常識だ。


 けど今だけは、その情に傾けば、死あるのみ。


「スゥ……」


 小さく呼吸をして、意識を切り替える。


「…………」


 白久さんと仲良くなる以前、雑魚敵の掃討を押し付けられていたあの日々。


 どうやって敵を効率よく、最速で殺していくか。


 それだけを考えて────。



     *



「はぁ、はぁ……」


「はっ……ふぅ……」


 羽月と二人、背中合わせで地面に座り込む。


「これで、全部よね……?」


「あぁ……ボスっぽいやつもぶった斬ったからな……」


 空にヒビが入って、ダンジョンの崩壊が始まった。


「疲れた……」


 こんなに疲弊したダンジョン攻略は初めてだ。


「もう今日は動けそうにないわ……」


 羽月も同じように、肩で息をしているのが背中の動きでわかる。


「結局、何人残ったのかしら……?」


「俺と羽月を入れて……五人か」


 残った三人も、全員膝から崩れて動けそうになかった。


「…………」


 近くにいるドローンを呼び寄せて、配信の画面を表示する。


 チャット欄は……予想通り大荒れだった。


:かなりヤバかったな……今回のダンジョン攻略


:タクミやウヅキが生き残ってるのはさすがだな


:けど、犠牲を無視して戦ってたのはどうなんだよ


:致し方ないだろ、あの状況じゃ


:ディフィートアウトの指示は出していたし、妥当だろ


 俺たちの戦いに対しては、擁護派の方が多い印象。これは少し意外だった。


 けど、問題は……。


:問題はミハルさんだろ


:そもそも戦線崩壊の原因は彼女だしな


:急に動けなくなって、魔法も使えなくなったし


:魔力切れでも起こしたんだろうか


:そんな状態でダンジョンに出てくるなって話だ


:彼女のせいでかなりのレイドメンバーが巻き添えを喰らったしな


:流石に擁護できないやらかしだよな……


 普段彼女を信奉している視聴者が、手のひらを返して彼女をバッシングしていた。


 擁護する人がいないではないが、圧倒的多数の批判派によって押し潰されていた。


 こればかりは仕方がない、とは思う。


 誰だって、失敗の原因を誰かに押し付けたい。


 そして今回は、その失敗の原因が明確なのだから。


「……気分がいいものじゃないな」 


 それはそれとして、普段彼女を崇めている連中が、ここぞとばかりに彼女を批判するのはおかしな話だ。


 そんな連中、クソ喰らえだ。


 正直、俺がダンジョンストリームをそれほど良いものと思っていない理由が、まさにこうした部分だ。


 以前朔也が言っていた通りだな。


 自分の顔が見られないから、好き放題批判できてしまう。


「けど……」


 きっと白久さんは、この批判を真正面から受け止めるだろう。


 受け止めて……きっと抱え込んでしまう。


 まっすぐで、不器用な白久さんだから。


(だから、俺は……)


 分不相応にも、思わずにはいられない。


「おい、大丈夫か!」


「いたぞ、こっちだ!」


 けたたましいサイレンと共に、警察や自衛隊が駆けつけてくる。


「動けるか」


「ほら、掴まれ」


 ダンジョンを最後まで戦い抜いた俺たちを救護テントまで運んでくれた。


 そこで軽い身体検査を受けて、異常がないことを確認してもらってから、俺と羽月は解放された。


「お疲れ様です。三峰様、森口様」


 救護テントから出たところで、中川さんが待っていた。


「あの、白久さんは?」


「こちらに戻ってきたあと、救護テントで応急処置を受けて、先に帰られました。私は晴未様より、お二人を連れて帰るように言われておりますので」


「そう、ですか……」


 正直、なんて声をかければいいのか、皆目検討がつかない。


 だからこそ、少しだけでも考える猶予を与えられたことに、ホッと息をついてしまう。


「さ、お二人もどうぞ」


 中川さんの案内で車に乗り込んで、帰路へとつく。


「匠」


 窓の外を眺めながら、白久さんとの会話を考えていると、羽月が呼びかけてきた。


「彼女にどう話しかけるつもり?」


「……わからない」


「真面目ね、慰めるとか言わないあたり」


「…………」


 今回の失敗は、彼女にとってすごく有意義だ。


 けど、そのことに自分自身で気づかなければ意味がない。


 下手な慰めは、彼女を気づきから遠ざけてしまいかねないのだから。


「ここで折れるようなら、彼女はもう戦場に出てこないほうがいい」


「おい……」


 ここには中川さんだっているってのに。


「匠はどう思うの?」


「……彼女は、こんなところで折れる人じゃないと思う」


 あんな過去を経験しても、まだ白久さんはダンジョンに挑み続けてる。


 それに、俺たちは約束した。


 だから、きっと彼女は戦場に背を向けることはしないはずだ。


「とは言っても、すぐに元通りにとはいかないだろうな」


 あれだけの失敗をしてしまったのだから。


「……やっぱり真面目ね」


 小さく、呆れたように笑う羽月。


 そこで会話は途切れて、羽月は窓に顔を向ける。


 俺もまた、窓から空を眺める。


 一番星が、雲に隠れて見えなくなっていった。



     *



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