第80話「力を手にしたが故の」
「咲き誇れ、ブルーミング・アイスフォレスト」
訓練室が氷雪の世界と化し、氷の木々が周囲に生える。
「シン・アイススローン」
木々の枝が伸びて、枝が一斉に羽月へと襲いかかってくる。
「孤風!」
伸びてくる枝を、たった一振りで全て薙ぎ払う羽月。
しかし白久さんの魔法は継続中、木々は再び生え、それに伴い枝も再び蔓のように伸びて羽月に襲いかかる。
「とんでもない技ね……」
魔法の圧に、とうとう羽月が引き下がった。
「初めてだな、羽月が白久さんの魔法で下がるのは」
やはりそれだけ、彼女の魔法が圧倒的と言うことだろう。
「時雨!」
連続刺突によって再び枝を迎撃するが、刺突の数よりも襲いかかる枝の数の方が上回っている。
「チッ!」
羽月があんな苦しそうな顔で、舌打ちするところを見る日が来るなんてな。
「なら──」
一転して、羽月が前に踏み込み始めた。
襲いかかる枝の鞭を切り払いながら、一直線に白久さんの元へ。
「前に出たか」
本来剣士というものは、自身の剣の間合いで戦うものだ。
羽月は特別な剣技があるせいで、その基本を少しだけおろそかにしがちなところがある。
故に、普段の剣技が有効打とならないこの苦しい状況を、あえて基本に忠実になることで打破しようと考えたわけだ。
「っ……」
最強クラスの剣士が、一直線に自身に吶喊してくる。
その恐怖に、白久さんの顔も少し険しさを見せた。
「シン・アイススピア!」
恐怖心と戦う決意を、魔法に込めて発射する。
「全方位からの……上等!」
さらなる一撃を加えてきた白久さんに、不適な笑みを浮かべて、刀を鞘に仕舞い込む。
「──円舞!」
刀を鞘から神速で引き抜くと同時に、身体ごと刀を一回転させ、全方位の槍を斬っていく。
円形に飛んでいく斬撃、しかし白久さんの槍を全て斬り落とすことはできず。
「しまっ!」
身体を捻じてかわそうとするが、ギリギリ間に合わなかった。
「勝負あったな」
前回と違い、今度こそ白久さんの完全勝利だ。
「ワタシもまだまだね……」
「仕方ないさ、俺だってさっき負けたばかりだからな」
そう、羽月が戦う前(正確にはいつも通りのねぼすけ羽月がここにやってくる前)、俺も白久さんと軽く一戦して、見事に敗北した。
「ちなみにどれくらい本気でやったの?」
「うーん……手を抜いたつもりはないぞ」
けど速翼も連歌も使ったわけだし、それなりにちゃんと戦ったつもりだ。
「……それは手を抜いてるって言うのよ」
なぜかジト目で批判を受ける。
そんなことない、と思うんだけどな。
「二人にちゃんと勝てたの、初めてかも……!」
一方の白久さんは、勝利に喜んでいた。
「なかなかの力みたいね」
「ありがとう。きっとこれなら、今まで以上にみんなの役に立てるって思う」
「……そうね」
自信満々の白久さんに対して、ほんの少しだけ浮かない笑顔を浮かべる羽月。
この前ダンジョンで俺に言ったことを気にしているのだろう。
けど、そのことを白久さんに直接言えてはいない。
新しい力を手にして、こんなにも喜ぶ彼女を前にして、言えるわけがなかった。
「ま、油断しないようにね」
「うん。それじゃあもう一試合、する?」
「晴未さんがいいならいいけど……」
「もう四戦連続だけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ! まだまだ元気だから!」
「……なら、もう一試合お付き合い願おうかしら」
「うんっ!」
そうして白久さんと羽月の稽古試合が始まる。
今度は最初から羽月が接近戦に持ち込んで優位を取るが、負けじと白久さんも例の魔法で対抗して見せる。
最終的には、手数に押されて羽月のシールドウェアが先に削られた。
流石にそこで一旦、白久さんの休憩時間を設けることにした。
「やっぱり、手数の多さでは敵わないわね」
「魔法という力の長所だからな。同時に、俺たちの弱点でもある」
羽月の剣技のおかげで、その弱点は克服しているように見えても、結局は隠れているだけ。
基本的な特性を変えることは不可能。
「ところで匠」
「うん?」
「この前のダンジョンについてなんだけど」
「この前のダンジョン?」
「なんで二人は水着なのかって」
「ブフッ⁉︎」
飲みかけたスポドリを思いっきり吹いた。
「ゲホッ! ゴホッ!」
「ちょっ、汚いわねっ!」
「三峰君⁉︎」
流石に白久さんまで近づいてきた。
「おまっ、見たのかよ……」
「当たり前でしょ。ワタシがいない間にどんな敵が現れたかを知っておかないと、次が大変でしょ?」
「それは、そうだけど……コホッ」
「大丈夫? 三峰君」
咳き込む俺の背中をさすってくれる白久さん。
「……なんだか、距離が近くないかしら?」
「えっ? いやそんなことは……」
「心配してくれてる白久さんに失礼だろ……けほっ」
「それはそうね、ごめんなさい」
素直に頭を下げる羽月。
「それはそれとして、どうして二人が水着でダンジョンに挑んでるのか、ぜひ聞かせてもらえるかしら?」
……これは絶対に逃げられない。
「それに匠、あなたワタシたちの剣技、使ったわね?」
「あ……」
サーッと、頭から血の気が引いていくのがわかる。
「説明して?」
「はい……」
仕方なく、羽月が出かけたその日にくじ引きでリゾートプールペアチケットを手に入れて、二人で遊びに行ったこと。
そのタイミングでダンジョンが発生して、一般人が巻き込まれたために、着替えの時間を惜しんでダンジョンへと突撃した流れを説明した。
状況的に、羽月の剣技を使わざるを得なかったということも。
「なるほど、水着でダンジョンに行った理由は理解した。あなたが禁忌を破った理由もね。巻き込まれた人が無事で、本当に良かったわ」
「全くだよ……」
これまでのダンジョンの中でも一、二を争うほど緊張した。
「あと、これは先に伝えておくけど、この件については師範も見逃すと言っていたわ。流石に人命がかかっている状況だったからね」
「そうなのか……?」
なら師範も、あの戦いを見たってことか。
「っていうか、最初から俺のこと脅さなくてもいいだろ」
「別にワタシだってこの件に関しては問い詰めるつもりはないわよ。ただ、
「あぁ……」
師範は相変わらず厳しい……というか、まだ許してもらえてないんだろうな。
「さてと、それじゃあ本題。どうして二人だけでリゾートプールとやらに行ったのかしら?」
「「…………」」
「答えて?」
「い、いやだって。羽月は実家に帰っちゃっていつ帰ってくるかわからなかったし。それにほら、有効期限だって!」
残っていたチケットの半券を羽月に渡す。
有効期限は、羽月が帰ってくる二日前。
「…………はぁっ」
羽月は受け取ったチケットをしばらく睨みつけて、やがてため息を吐いた。
「……そんなに正論で固めることないじゃない」
「は?」
「別に、ワタシはただ……」
「???」
羽月が何を言いたいのか全くわからない。
「……そういうところだよ、三峰君」
白久さんにはわかったらしい。
「羽月さん、来週末に夏祭りがあるんですけど、みんなで行かない?」
「夏祭り……」
「あ、あれ? 嫌、でした?」
「い、いえ! そんなことないわ! もちろん行くわ」
「良かった。断られたらどうしようかって思ったよ」
「けど……」
「けど?」
「ワタシ、夏祭りをどう過ごせばいいか知らないから……」
「へ?」
「あー……羽月はずっと舞の奉納をしてたからな。あの祭り、まだ続いてるのか」
「当たり前でしょ? ワタシの責務なんだから」
「やっぱりか」
「やっぱり二人とも、色々と普通じゃないよね……」
「「…………」」
「だから今年は、普通のお祭りを楽しもう?」
「そうだな」
「そうね」
なんかいい感じに話がまとまったけど、一体何の話をしてたんだっけ?
「って、そんなことよりも──」
ビーッ! ビーッ!
緊張感をもたらすアラート音。
「……話はまた後ね」
「あぁ」
「うん」
*
「白久さんは今日は前に出ない方がいいかもしれない」
「え……?」
「さっきまで俺たちと連戦して、結構魔力を使っただろう? だから今日は、みんなへの指揮をメインにしたほうがいいと思う」
最近の白久さんは、戦うことに傾注して、レイドメンバーへの指揮が疎かになってる。
力が持った故の症状だろう、俺や羽月も似たような経験をしている。
けど正直今の白久さんには、レイドメンバーへの指揮と新しい力での戦い、この二足の草鞋を履けるだけの力はないと思う。
だからこそ、彼女にはどちらかに専念してほしい。そして彼女が最も力を発揮できるのは、レイドメンバーへの指揮のほうだ。
「大丈夫。魔力もまだ残っているから。どっちも対応できるよ」
「いや、どっちもって……」
「…………」
羽月は何も言わず、ただ見守るだけ。
そういう部分は、師範とやり方が同じだ。
最初から口を出すことはなく、あえてやらせて失敗させることで学ばせていく。
「わかった。でも少しでも不調を感じたらすぐに下がってくれ。俺たちがその分も働くから」
「……うん、ありがとう」
俺も、羽月や師範の教育方針には賛成だ。
でもここはダンジョン、一歩間違えれば命に関わる。
だから余計でも、一声かけられずにはいられない。
「それじゃあ、今日もダンジョン攻略を始めよう」
白久さんが前に立って、他のレイドメンバーに声をかけて先導していく。
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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