第79話「力を手にしたが故に」
「咲き誇れ・ブルーミング・アイスフォレスト」
白久さんがレイドメンバーの最前線に立ち、魔法を発動する。
瞬間、周囲は全て氷雪の世界と化し、氷の木々が周囲に生える。
「シン・アイススローン」
木々の枝が伸びて、白久さんの世界に踏み込んだ敵をことごとく叩き潰していく。
不用意にそこへ踏み込んだモンスターたちは、枝による鞭攻撃に叫び声をあげ、逃げ惑う。
しかし氷雪に足を取られ、転んだり動きを鈍らせたりした結果、鞭によって潰され、また一体と黒い煙となって消えていく。
「…………」
……強い。
地上を這うモンスターが、これを超えてこちらに迫ってこれるわけがない。
たとえ空から迫ってこようとも、
「なら──シン・アイススピア」
氷の木々が槍のように飛翔して、空からくる敵を撃ち落としていく。
一切の容赦がない、まさに圧倒的な魔法だ。
「す、すげぇ……」
「これが、ミハルさんの……」
「圧倒的じゃないか……」
彼女の魔法を目の当たりにして、他のレイドメンバーが呆気に取られていた。
「でも……」
なぜだろうか、この魔法からは冷たさしか感じない。
「無敵っていうのは、こういうことを言うのかしらね」
背後から、声が近づいてくる。
「羽月……?」
「久しぶり。というか、ただいま」
「羽月⁉︎」
なんでここに羽月が⁉︎ 帰ってくるって連絡はなかったのに。
「あー……ごめんなさい。忘れてたわ」
「…………」
「ご、ごめんなさい……」
「お〜ま〜え〜な〜!」
なんでそういう大事なことを忘れるんだよ!
「し、仕方ないでしょ! こっちを担当してるワタシまで呼ばれるくらい厄介な敵だったんだから」
「…………」
それはそうなのだろう。
覚醒者として、ダンジョンの攻略の命令を受けている羽月が招集されるなんて、よほど厄介な事態だったのだろう。
「……ま、なんにしても無事でよかったよ」
無事に戻ってこれたことが、素直に喜ばしい。
「それにしても、このダンジョンは彼女一人だけで攻略できてしまいそうね」
「そうだな」
まだボスモンスターが姿を現していないことが気がかりだが、それも白久さんの力で倒してしまいそうだ。
「でも、彼女にあんな攻撃的な一面があるなんて思わなかった」
「と言うと?」
「決まってるでしょ? あんな、敵を無慈悲に叩き潰していくようなやり方は、普通じゃない。というか、ちょっとグロテスクね……」
羽月は俺が思っても口にしなかった言葉を、惜しげもなく言うなぁ。
「正直、彼女にそんな覚悟があるとは思っていなかったわ」
「覚悟?」
「敵に容赦をかけず、無慈悲に殺すこと。わかるでしょ?」
「…………」
羽月の言う通りだ。
正直、白久さんは優しい。
それは平時では長所でも、戦いにおいては欠点となる。
それゆえに、白久さんは正直戦いに向いた性格ではない。
「ワタシや匠が持っているものと同じ位の覚悟は、彼女にはないと思っていたけれど……」
以前、羽月が指摘した部分がまさにそこだった。
「だからこそ、羽月に指摘されて、自覚したってことじゃないか?」
「バカ言わないで。そんな簡単に持つことができるものじゃないってことくらい、あなたにだってわかるでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
白久さんだって、自分の夢のためには進むことができる人だって、俺は思ってる。
だからきっと、敵を無慈悲にでも殺していく覚悟だって……。
「──っ!」
首も後ろ側で、ゾクっとした反応がした。
「匠!」
「わかってる、何かいるぞ!」
背中合わせにあって、全周を警戒する。
そして、その敵は突然姿を現した──白久さんの頭上に。
「白久さん!」
突然の襲撃に、白久さんの反応は完全に遅れた。
「蒼天!」
しかし敵の攻撃が白久さんを捉える直前に、羽月の剣戟が間に割り込んだ。
攻撃されていることを感知した敵は、すぐさま姿を隠す。
「消えた⁉︎」
「消えたと言うよりは、影の世界に逃げ込んだって言うのが正しいな。一瞬だけど、姿が見えた」
シャドークロウウルフ。日本語に訳すと、影を這う狼。
奴は現実世界と影の世界を自由に行き来できる、神出鬼没のモンスター。
「匠!」
「速翼!」
今度は俺の頭上に現れた敵を、斬りにかかるが、再び敵は影に潜り込んで回避する。
「みんな集まってくれ!」
どこから現れるかわからないこの敵に対しては、分散している状況は危険だ。
全レイドメンバーを集めて、全周を警戒するように配置する。
「対策はある?」
「……こちらから影の世界への干渉は不可能だ」
奴がこちら側に現れた時に攻撃するしかない。
「あと、ここは場所が悪すぎる。紅月の明かりがビルのせいで影になってるからな」
ここは、奴にとっては格好の餌場というわけだ。
「じゃあ、ワタシが周辺のビルを全て斬って更地にするってのは?」
「バカ言うな! そんなことしたら瓦礫の影が増えてこっちがより不利になるだろ!」
そうでなくても、崩壊するビルに巻き込まれて、最悪は瓦礫の下敷きだ。
「じゃあ、こう言うのはどうかな?」
珍しく、白久さんのほうから作戦を提案してきた。
「……なるほど」
「俺は白久さんの意見に賛成だ。移動が危険なこの状況じゃ、他に有効な手段が思い浮かばない」
「……匠もそう言うのなら、やるしかなさそうね」
「みんなには私から説明するね」
「頼んだ」
そうして白久さん発案の作戦を、彼女自身がレイドメンバーに伝えていく。
「みんなの了承はもらったよ。それじゃあ……始めるね」
「あぁ!」
「頼んだわ」
背中の方で、白久さんが一度深呼吸する。
「いくよ……ディープ・フリーズワールド!」
瞬間、ダンジョンが白銀に染まる。
俺たちが立っているアスファルトはもちろん、周囲のビルも全てが凍りつく。
にもかかわらず、周辺はさっきまでとは比べ物にならないほど明るくなる。
それは光の乱反射によるものだ。
雪の日はなぜか外が明るく見える理由と同じ、真っ白の雪の粒子が光を反射するおかげ。
つまりは、影のある場所を極端になくす。
敵の有利をひっくり返す、おそらくは唯一の手段。
しかし影をなくすということは、敵が姿を表さなくなることと、ほとんど同義だ。
だから、
「羽月!」
「……これは敵を誘き出すため。私にしかできないことだから、仕方ない」
今からやることに対する複雑な感情を、あえて口に出して整理する羽月。
「……スパークリング・スパークラー!」
空へと向けた手のひらから、小さな青白い玉が発射される。
羽月の魔法特性──光魔法。
やがて十分な高度を取った光の球が弾けて、閃光を降り注ぐ。
「どこからくる──!」
閃光弾によって、影のできる場所を限定、それによって敵の現れる場所を容易に特定できる。
そして、奴が狙うとすれば、この状況を引き起こした──。
「羽月!」
「孤風!」
羽月の影から飛び出してきたシャドークロウウルフ。
それを羽月が迎え撃つが、
「外した⁉︎ っ!」
閃光によって視界が制限されたせいか、羽月が技を外し、シャドークロウウルフの鉤爪を喰らう。
「羽月さん!」
「大丈夫! それよりも奴を──」
「──獲った!」
閃光が収まり、姿を現した狼の周囲に、潜むことができる影はない。
無防備に晒したその身体を簡単に斬り裂ける。
「秘剣──隼連歌!」
刃に、確かな手応えを感じる。
間違いなく、敵を斬り落とした。
「羽月!」
敵の消滅を見届け刀を鞘にしまって、すぐに羽月の元へ駆け寄る。
「大丈夫、シールドウェアが守ってくれたみたいだから」
「よかった……」
下手なところに当たっていたら、剣士生命がなくなっていたところだからな。
「それにしても、羽月が技を外すなんて珍しいな」
「思っていたよりも光が強くて、視界が戻ってくれなかったわ」
覚醒者になっても、これまで魔法を使うことを極端に嫌っていた羽月だからこそ起きた弊害だろうな。
「閃光で視界が遮られてる中でも戦えるように訓練するべきかしら……」
「いやいらないだろ……」
一体どんな場面を想定して訓練するんだ。
……羽月の家の性質上、ありとあらゆる事態を想定して訓練することは、確かに重要なんだけども。
「流石ですミハルさん!」
「やっぱりミハルさんの魔法はすごいです!」
「発案通り行ってよかったですね!」
気がつけば、白久さんは他のレイドメンバーに囲まれて賞賛の言葉を浴びていた。
「ありがとうございます。でも、私一人の力で戦ったわけじゃないですから」
「いやいや!」
「……最後敵を斬ったのは匠なんだけど」
白久さんが持ち上げられていることに対して、小さく苦言を呈する羽月。
「まぁまぁ、そんな目くじらを立てるようなことじゃないさ」
「だから匠はそういうところがなくなってるのよ! 敵を倒してのはあなたなんだから、もっとそれを誇るべきよ」
「何度も言っただろ、ダンジョンは一人で戦うものじゃないって。それに今回の作戦を率案したのは白久さんなんだから、彼女が一番に賞賛されるのが筋だよ」
「まったく……」
「それに、白久さんはダンジョン攻略のアイドルだからな。彼女の活躍を喜ぶ人はたくさんいるからな」
配信のチャット欄も、白久さんの活躍ぶりに大盛り上がりしている。
「ふ〜〜〜〜〜〜ん」
「なんだよ」
「匠も晴未さんが活躍したら嬉しいんだ。ふ〜〜〜〜〜〜ん」
「なんでそんな頬を膨らませてるんだよ」
「べっつに〜〜〜〜。ふーんだ」
「…………」
……なんて言うか、この手の会話はやりにくいな。
羽月の想いを知ってしまってるばかりに。
「……けど」
「?」
急に顔がシリアス寄りに真顔になった羽月。
表情がコロコロ変わりすぎる。
「彼女のあの力、確かにすごいし活躍もしてるけど……本当にこのままでいいのかしら」
「どういうことだ?」
「今の彼女は、真剣の訓練をする直前の門下生と同じような表情をしてるって、ワタシは思ってる」
「…………!」
「気をつけてあげたほうがいいかもしれないわね。彼女自身が足を掬われる前に」
*
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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